終血 これは、僕と君の物語

 むかし、一人の少年がいました。少年は自分の生きている世界が嫌いでした。何故なら、大好きな妹が死んでしまったからです。その日からずっと、少年は寂しさを抱え、灰色に染まった景色の中で過ごしていました。

 そんなある日、少年は胡蝶蘭に招かれて、こことは別の世界に行きました。そこでは悪い王様が暴れており、皆が泣いていました。平和な国のお姫様もその一人。家族を王様に殺され、たった一人で逃げ回っていました。しかし、偶然にも少年とお姫様は出会いました。少年は死んだ妹とそっくりのお姫様を、お姫様は死んだお兄さんとそっくりの少年を見て、たいへん驚きました。ここから全てが始まったのです。

 少年は孤独なお姫様に言いました。「お兄さんの代わりに僕が君を守るよ」それからすぐ、王様の家来の真っ赤な骸骨が二人を襲いました。少年はお姫様を守って、たくさんの血を流してしまいました。

 その時です。少年の血がみるみるうちに、剣に変わるではありませんか。はじめから襲われていなかったかのように、傷口も治っていきます。剣を手に入れた少年は骸骨と戦いました。強い力で骸骨を退けた少年は、それからも王様の家来からお姫様を守りました。でも、良いことばかりではありませんでした。少年が血の剣で戦う度に、少年は色んなものを失いました。記憶や身体の機能、大切な人、たくさんのものを失いました。それでも少年は泣きもせず、ただお姫様を守るために戦い続けました。

 そして遂に、少年は王様と戦うことになりました。王様は少年の持つ血の剣とそっくりの力を持つ青い剣を取り出しました。二人の力は互角で、なかなか決着がつきません。途中、銃を持った人がいっぱいやって来ました。それを見て王様は不利だと思い、自分の城へ戻りました。

 少年を助けた人たちはなんと、少年のお祖父さんの作った合衆連盟という組織のメンバーだったのです。お祖父さんに会い、少年はお姫様と共に合衆連盟のメンバーとなりました。そこで少年はお祖父さんや皆に、自分が世界を救う伝説の救世主(メシア)だと言われました。すっかり気負ってしまった少年は、さっそく仲間と任務に出ました。けれど、たどり着いた場所はもう王様達に滅ぼされていました。

 救えなかったことに苛立った少年は、怒りをお祖父さんにぶつけます。「どうして銃で守ってやらなかったんだ」自分に言うように怒る少年に対し、お祖父さんは王様達を倒せるのがメシアである少年しかいないと話しました。「自分がちゃんとしていなかったから救えなかった」少年はますます気負い、やがて優しかった心まで失ってしまったのです。

 そこへ突然、真っ赤な骸骨がお姫様をさらっていきました。少年は後を追いかけます。骸骨との激しい戦いの中で、少年とお姫様は真実を知ります。なんと骸骨は死んだはずのお姫様のお兄さんだったのです。お兄さんは王様が本当の敵を知っていて、本当の敵を倒すためにわざと王様と協力していました。

 本当の敵とは誰なのか。それは、祖父さんでした。お祖父さんは少年の持つ特別な力が欲しくて、少年に優しくしていたのです。でも、心も身体もボロボロになった少年を、お祖父さんは見捨てました。お祖父さんは少年を銃で撃ち、力を奪いました。

 今度こそ死んだかと思われたその時、お姫様が光を放ち始めました。すると、少年の身体が治っていくではありませんか。それからすぐに少年は元の世界に帰されました。けれど、何故かお姫様のお兄さんまで一緒に着いて来ていました。

 お祖父さんに悪いことをされているかもしれない。お姫様が危ない。どうにかして戻らないと。少年とお兄さんは別の世界へ行こうとしますが、二人は仲が悪くて喧嘩してしまいます。少年は隣町へ、お兄さんは少年の通う学校へ行きました。その先々で、二人はそれぞれの世界を知りました。少年は少女と出会って世界の美しさを、お兄さんは少年が見てきた世界の残酷さを知りました。

 仲直りした二人は、再び別の世界へ行こうと、お祖父さんがいない間にお祖父さんの家へ入り込みました。そこに現れたのはなんと、あの世界に行ったはずのお祖父さんでした。お祖父さんも元の世界に戻っていたのです。お祖父さんは力の使えない二人に銃を向けますが、少女の邪魔が入って取り逃がします。

 三人はお祖父さんの家で手に入れた情報を基に、二つの世界を繋ぐ機械のある地下室へ向かいました。そこでも三人はお祖父さんに出くわします。お兄さんの助けを借りて、少年はお祖父さんと戦います。ですが、戦いの最中にお祖父さんは少年に言いました。「君が戦ってきたのは姿を変えられたご先祖様達なんだ」と。

 正しいことのために戦ってきたんだと信じたかった少年は絶望してしまいます。しかし、お兄さんや少女の言葉に励まされ、少年はようやく自分だけの生きる意味を得ました。「皆を守りたい」その意味にメシアは関係ありませんでした。そもそも、少年は救世主(メシア)になる必要はありませんでした。何故なら、少年は心の奥底から救世主(メシア)だったのですから。

 こうして少年はお祖父さんを倒し、お姫様のいる世界に戻ってきました。そこではなんと、十年も時が経っていました。ですが、新しい王様も悪い人でした。お姫様をさらっていったなです。少年達は新しい王様を懲らしめ、お姫様を助けようと戦いました。

 戦いは少年達が有利でしたが、突然現れたお姫様が世界を壊し始めました。お姫様の身体の中には、神様となった少年の妹が住んでいたのです。妹は少年を傷つける世界が許せなくて、何もかもを壊してしまいました。壊し終わった後、今度は少年のいる世界を壊しに出かけました。お姫様の騎士と、鎧になった王様の力を借りて、少年は妹を止めるために追いかけました。そして、少年と妹はお互いを愛するがために、お互いと殺し合うことになってしまうのです。

 しかし戦いの途中、少年は妹の本当の願いを見ました。妹は少年にとって幸せな世界を望んでいたのではなく、少年に会いたかっただけなのです。ただひたすらに、少年の隣にいたかっただけなのです。その願いを知り、少年は妹を抱きしめました。自分も同じ気持ちだったと伝えると、妹は改心しました。

 一件落着かに見えましたが、今度はアピロイドというお祖父さんの生まれ変わりが襲いかかってきました。アピロイドの強さは凄まじく、少年と王様の剣は壊されてしまいました。最大のピンチを前にした少年に、胡蝶蘭が奇跡の実を落としてくれました。胡蝶蘭の鎧に包まれた少年は、これまで出会った皆の想いを乗せて、アピロイドを倒しました。

 すると今度は世界が壊れそうになりました。世界を支えていた少年と王様の剣が壊されてしまったからです。命懸けの戦いの中で、少年は世界が好きになっていました。そんな世界を守りたい。何故なら、世界だって皆の一員なんだから。少年はある考えを伝えるために、神様とお話をしに行きました。

 ボロボロの身体でどこかへ行ってしまった少年を見て、お姫様は思いました。「あの人の傍にいてあげたい」お姫様は妹の力を借りて、少年の所に行きました。少年は世界を守るのと引き換えに、永遠に世界を支え続けようとしていたのです。しかし、妹は言いました。「お兄ちゃんはちゃんと生きなきゃ」先に死んでしまったからこそ、妹は少年に精一杯生きてほしかったのです。世界の色や音、形を楽しんでほしかったのです。

 こうして妹が少年の代わりに、世界を支えることとなりました。色んな人間に支えられ、少年はこの世界で精一杯生きる決意をしました。そして──


「瑞乃」

「お兄ちゃん」

「約束、守ってくれたんだ」

「そりゃお兄ちゃんだからな。話したいこともたくさんあるんだ」

「面白そう。聞かせて聞かせて!」

「そんなに急かさなくても大丈夫だよ。今日から一緒に支えるんだから」

「本当にいいの?お兄ちゃん、もう生まれ変われないよ?皆にも会えないよ?」

「瑞乃の傍にいる。あの時からずっと、変わらない願いなんだ」

「そっか。ありがとう、お兄ちゃん」

「しかし、二つ上の妹って変な話だよな」

「いいじゃん。お兄ちゃんに見せたかったもん、おっきくなった私」

「子供達に説明するのが大変だった」

「そりゃそうだね」

「…色々あったなぁ」

「…そうだね。じゃあ、ゆっくり聞かせてよ」

「いいぞ。まずは皆が帰った日の晩から。俺、生まれて初めて父さんと母さんと一緒にご飯食べた。それも母さんの手料理でさ──」


 九条家の墓前。墓石の暗い色とは反対に、遺族の顔は心残りひとつ無い明るい色をしていた。

「不謹慎かな?私達」

「大丈夫。俺の父さん、いつも言っていたから。『死ぬ時は笑顔で送ってくれ。精一杯生きた証だから』ってさ」

 子供を挟み、男女が会話をする。まだ理解の及ばないなりに、子供は二人の手に握られた花を一輪ずつ供えた。

「妹さんの好きな花だったらしい。花言葉は『幸福が飛んでくる』だったかな」

「素敵な妹さんだったのね。立派なわけよ、お義父さん」

 三人の足が後を去る。そよ風が花弁をさらう。胡蝶蘭が太陽に照らされ、輝きの中へ舞い込んでいった。


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流血騎~The Lost Blood Knight~ 風鳥水月 @novel2000

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