ひまわり

Mondyon Nohant 紋屋ノアン

 

 夏の空気は、光でこしらえたゼリーのようです。山や草樹くさき、花、あかい屋根の家々、この季節の風景のほとんどは、透明なゼリーでかためられ、あまり動こうとしません。ただ、小さな川だけが、光を細かく散らしながら流れています。

 てのひらをスプーンのかたちにして、空気をすくってみました。光のかたまりを少し切り取って持って帰れたら、と思ったからです。でも、そんなことはできっこありません。僕は、「ふっ」と、ため息をつきました。

 もう、一時間も川底かわぞこながめていたのに、まだ、さがしものは見つかりません。夕方ゆうがたには街に帰らなければならないのです。

「なにも、みつからない」

 僕は川辺かわべすわりこんでしまいました。

 ある人におみやげを持って帰りたかったのですが、喜んでくれそうなものが無かったのです。きれいな人ですから、プラチナの指輪とかサファイアのイヤリングなんかならきっと似合にあうでしょう。でも、そんな高価こうかなものを買うだけのお金が、僕にはありませんでした。この小川に来たのは、実は、水晶すいしょうのかけらでもさがしてみようかと思ったからです。

 水晶のかけらは見つかりませんでした。すこし綺麗きれいな小石なら幾つか見つかりました。しかし、水の中ではあかみどりに美しくかがやく石も、掌の上で乾いてしまうと、輝きがにぶくなるのです。

「やけに、ふさいでいるじゃないか」

 目の前で、ささやくような声がしました。麦藁帽子むぎわらぼうしのひさしをあげてあたりを見たのですが、誰もいません。

「ずいぶんと長い間さがしていたね。わたしも貧しいから水晶なんか持っていないよ」

 やっぱり、誰かが僕に話しかけているようなのです。僕は、もう一度麦藁帽子のひさしを上げました。

「そんな不思議そうな顔をしなさんな。君が子供のころは、よく話をしてあげたじゃないか」

 声のぬしが、やっとわかりました。流れの音が、言葉になって聞こえてくるのです。そういえば、ちいさかったころ、よく耳にしたおぼえがあります。

「水晶をあげられなかったかわりに、物語をきかせてあげよう。短い物語だ。どうせ、ひまなんだろう」

 小川の物語なんか、めったにけるものではありません。僕は川に向かって、こっくりと頭を下げました。

「ほら、ずっと上流の方だ。ひまわりのれが見えるだろう。あのひまわり達は、日がのぼる前には、いつも、わたしの流れに顔を向けている。そんながたに、私はひまわり達から話を聞くんだ」

「去年は二本しかなかった。一本は大きなひまわり、もう一本は小さなひまわり」

 川の物語が始まりました。


「ねぇ、きれいなひまわりさん」

 小さなひまわりが、声をかけます。しかし、大きなひまわりは、空をむいたままです。声が小さいのです。小さなひまわりは、再たあきらめ顔です。

「どうして、彼女はいつも知らんふりなんだろう」

 小さなひまわりはかなしくなりました。

 背の高いひまわりも、一応いちおうひまわりですから、太陽の輝いている間は空を見つづけているのです。それに、彼女は毎日、歌をうたっていたので、小さなひまわりの小さな声は聴こえなかったのです。二本のひまわりの間が少し離れていて、両方とも同じくらいの背の高さだったら、話をすることもできたでしょう。

 花は皆、光が好きですが、特にひまわりはそうです。日陰ひかげで育ったひまわりが大きくなることはありません。

 背の高いひまわりの広い葉のかげにいたために、小さなひまわりは、光を十分にびることが出来ませんでした。

 小さなひまわりは、毎日、彼女を見上げていました。彼女の葉やくきは、空の明るさを半分透はんぶんとおして、色ガラスの細工さいくのように見えるのです。

「君は、他のどんなひまわりよりもきれいだよ。もっとも、他のひまわりを見たことは無いけど」

 風が頭の上の葉をよけてくれたわずかな時間に、花びらをせいいっぱい振るわせて言うのですが、全く通じません。大きなひまわりは、自分のすぐそばに自分と同じひまわりがいていることさえ、知りませんでした。

 大きなひまわりの歌をきいていた時です。

「君は歌わないのかい?」

 蜜蜂みつばちでした。

「花たちはみんな歌っているよ。サルスベリもムクゲも風に合わせて歌っている。おまえの隣のひまわりなんか、この近くじゃ一番うまいぜ」

「僕も、ひまわりなんだ」

 蜜蜂は信じられないといった顔をしました。

「ずいぶん小っちゃいから他の花だと思ったよ」

日陰ひかげで育ったからね」

「ほんとだ、ここは、となりのひまわりの葉っぱのかげだものな」

 蜜蜂は大きなひまわりの葉のにとまりました。

「よし、おいらがとなりのひまわりに言ってきてやる。あんたのおかげで、かわいそうな目にあっているひまわりがいるって」

「いや、いいんだ。ここも結構涼けっこうすずしくて住みやすいから」

「ばかいえ。日陰ひかげのひまわりなんか、羽のない蜜蜂みたいなもんだ」

「本当にいいんだ、いまさら彼女に何を言ったって、しようがないじゃないか。それに、彼女の歌を聴いているだけで僕は幸せなんだ」

 蜜蜂は首を傾げ、少しの間、小さなひまわりをみつめていましたが、

「おいら、やっぱり話してくるよ」と言うと、ブーンと羽音はおとをたてて急上昇きゅうじょうしょうして行きました。

 大きなひまわりの歌が聴こえなくなりました。蜜蜂と話をし始めたのでしょう。蜜蜂と大きなひまわりの話声はなしごえは、小さなひまわりまでとどきません。小さなひまわりは、蜜蜂がよけいなことを言って彼女が気を悪くするんじゃないかと、心配になりました。


「このごろ自分が綺麗きれいになったと思わないかい」

 蜜蜂が急に話しかけたので、大きなひまわりは、少しびっくりしたようです。

「君のんだ歌声は、このへんじゃ評判ひょうばんだよ」

「ずいぶんお世辞せじ上手じょうずな蜜蜂さんね」

「いや、蜜蜂は正直者さ。それだけじゃない。蜜蜂は、お節介せっかいやきなんだ。君が綺麗になった理由を教えようと思ってね」

 蜜蜂はおおきなひまわりの花の上にとまりました。


「何をやっているんだい」

 頭の上の大きな葉のあたりに蜜蜂の気配けはいを感じて、小さなひまわりは声をかけたのです。

「葉っぱをとしているのさ」

「えっ」

「彼女が、そうしてくれっていうんだ」

「そんな事やめてくれないか。彼女がかわいそうだ」

「君に日光をあげたいんだって。せめてものプレゼントだそうだ」

「そんなものいらないよ。僕は、毎日、彼女の歌をきかせてもらっている。それに、僕が彼女にあげられるものは何もない」

「いや、君が彼女にあげられるものはたくさんある。君も彼女も気がつかないかも知れないけどな」

 小さなひまわりは、何とかやめさせようとしますが、蜜蜂は知らんふりです。

 とうとう蜜蜂は、おおきなひまわりの足元あしもとの葉を切り落としてしまいました。

 葉は、小さなひまわりの顔をでて小川の中に落ち、流れて行きました。

「空って、こんなに明るかったのか」

 小さなひまわりは、てっぺんがきゅうに明るくなったのでおどろきました。

 それに、大きなひまわりの花も見えます。

 蜜蜂は、どこかへ飛んで行ってしまいました。大きなひまわりがお礼を言おうと思った時には、もう居ませんでした。

 いま、川の上流じょうりゅうに咲いているひまわりのれは、この二輪にりんの花の子供達です。


「さて、僕もそろそろ流れていかなくちゃならない。物語は、このへんでやめるとしよう」

 川は、少し疲れたようです。

「ポー」

 遠くから汽笛きてきがきこえてきました。あと二時間もすれば、僕も汽車にのって、まちに帰らなければなりません。

 しかし、あまり帰りたい気持ちはありませんでした。この村にいれば、小川の物語も聴くことが出来ますし、それに、あのお土産みやげのこと……あのひとにあげるお土産が無いのです。

「今日わたしが話した物語を、小川でひろったと言ってプレゼントしたらどうだい。水晶なんかおくるよりも喜ばれるかもしれない」

「誰にプレゼントしろっていうの?」

「君の片想かたおもいの恋人にさ」

 小川はそれだけ言って、サラサラと流れて行きました。

                             (おわり)

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