鉄製の蜂の巣に包まれた銀色のふかふか

詩一

金属製のパンにサンドされたゴム製のハムは二角形

 鉄製の蜂の巣に包まれた銀色のふかふかが、みなさまに冷気を届けるために八本に分かれている。

 彼の役目は、ただそこに在り、縛り付けられていることだった。彼を淀んだ空中に固定するために、柱から鈍色のワイヤーと華奢な鉄の棒とが張っていた。そのような状態で、内蔵を叩きつける暴力的な冷風に寒いとも痛いとも零さず、暑い辛いと嘆くみなさまに届ける。それもこれもカンカン照りのせい——いや、どかどかと遠慮のない厚みのある空気のせい——いや、激しさだけを振りかざすアスファルトの遠距離射撃のせい——いや、冷ますために吹きかけた息のその逆側から放たれた目視不可の粒子たちのせい。


 夕景の苛立ちから突き放された薄暗さで、もう物悲しさだけしか相手にしていないような空間で、バカみたいに静かになるはずの空白で、彼は束の間の休憩を取っているようであった。


 一人の、青年期延長論を振りかざした青年が、ぼうとそれを見ていた。手には温度を全方位的に放つゴム質の三等辺二角形を持って。その二角形を、クリーム色の鉄パイプで出来た特大のてんきに入れて行く。1分と10秒強。ぐよんぐよんとたゆませながら、入れて行く。青年は時折手を閉じたり開いたりしていた。その手は元白色のグレーの布地に覆われていた。そのグレーは多分埃で、こびりついて落ちないその執念深さに青年は、一週間に一度の諦観を味わっている。


 遠慮のない木曜日であった。


 青年が、捕縛されながらに休息を取る彼を見つめながら二角形をぐよんぐよんと持ちながら掌を閉じたり開いたりするのは、一日の振り返りであった。いや、ここ四日間の振り返りであった。振り返れば振り返るほど、容赦のない日々。だから無遠慮だと言わざるを得ない。ただし木曜日のみが不躾ぶしつけな行為を積み重ねたというのではない。ただ、シーソーの上を移動して真ん中より一歩前に出るとにわかに傾斜の人生観が変わるから。目線の先のタイヤのアーチにぼうんと当たって太ももに重苦しい反動を与えるから。木曜日と言うのは、そう言う性格をしているなと青年は思ったのである。だからその一日に大いなる加害性を感じるのである。


 短針と長針のダンスに目をやる。


 約束の場所へと行くため、各々ステップを踏んでいる。二の足は踏まない。それが二人の流儀だ。だから青年は二人の生末おいすえを推し量るような行為を慎むようにしていた。それでも視線が二人を捉えたのは、窓からの鮮やかさが滲んだからだ。窓枠に区分された地面はもうとっくに暗がりに捕まっていた。塗装が擦れて剥がれたコンクリートにある亀裂は、多分地球の中身にまで通じている。手遅れ的暗闇を、この地面は至る所に刻んでいる。


 青年は二角形を三連続で鉄パイプの天突きに入れると、定位置から足早に移動した。薄く延ばされた緑色の恵方巻を左手に、やかましく油を食べる金属製のサンドウィッチに到達する。金属製のパンにサンドされたゴム製のハムは二角形。先ほど青年がぐよんぐよんと弛ませていた、それ。ガコンガコンと無機質な現実を響かせる。こいつは夢も希望もないが、夢と希望を見るためにはなきゃあいけないものだ。青年はそれをしんしんしんで知っている。

 青年がグレーの布地に覆われた指先を、ち、ちゃ、ぴー、とん、と、とんと、とん、ちゃ。と操ると、無機質な巨大サンドウィッチは鳴りを潜めた。これもまた、彼と同じくしばらく休息を取ることになる。とは言ってもまだ熱を持ったそれは、熱々のホットサンド。


 去り際、このサンドウィッチにこそ、彼の冷気が必要なのではないだろうか、などと考えた。青年はしかし、すぐさま思い直す。どちらも縛り付けられている。だからそれは叶わぬ夢なのだ。二人が夢を叶えないから、自分は夢を見られる。であれば、二人の夢を願うよりは、己の夢を叶えるために現実的な努力をすべきだとも。

 有機生命体としての使命と義務と権利のようなものを胸と背中に空いた穴にピアスみたいに嵌め込んで、もうすっかり苛立ちを忘れた夕映えに躍り出た。


 明日の準備を始めるには少し早く、なにかを始めるには少し遅い。延々と繰り返すスヌーズのような伸び切ったアディショナルタイム。しかしそれでも青年はただ涼しさだけを感じて、今のこの先に思いをせながら家路にいたのであった。

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