罪と蜜

 薄暗い部屋の中に、朗らかな笑みを浮かべて彼は立っていた。


 最大級の幸せを噛み締めるような表情とは真逆に、髪はボサボサと肩まで伸び散らかして、髭も手入れされておらず、服もボロボロだ。



 以前、彼は夢を見ているのだと聞いた。


 焦点の合わない目がギンギンに開いているところを見るに、私はそのようには判断できないが、私なんかよりよっぽど偉い人がそう言っていたので、違いない。



 この世にまだ緑があった頃、頭上では星が輝いていた頃、そんな頃の夢を見ているらしい。



 

「ったく、種の保存のためとはいえランダムに選出した人間を強制的にコールドスリープなんて、昔の政府はひでえことを考えるよな」


「まったくだな。私には理解できないよ」


「あいつ、妊娠2ヶ月の彼女がいたらしいんだ。だからもちろん抵抗したらしいけど、その子は腹の中の子供ごと目の前でバーンだってよ。それで気が狂っちまったみたいだが、それに気づかずコールドスリープしちまって、今じゃこのザマだ」


 我が愛すべき友人は、心底呆れたように首を横に振る。



「そんでもって、結局人類はコールドスリープなんてしなくてもどうにか数を半分に減らしながら、生き残っちまった。浮かばれねえな、あいつも。俺らにとっちゃ正直お荷物だが、それでも何とかしてやりてえよ」



 友人は優しい性格だから、きっと彼のことが気の毒でしょうがないのだろう。

 しかし、見るからに彼は気が狂ってしまっている。言葉も通じない。部屋の隅に溜まったゴミをねって固めて皿に盛る作業を延々と繰り返す機械だ。


 あの皿は料理のつもりなのだろうか、優しい笑顔で皿の向こうの空間に話しかけている。



 こんな地獄に、オチなんてなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

罪と蜜 四百文寺 嘘築 @usotuki_suki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ