罪と蜜

四百文寺 嘘築

幸せ

「エミちゃん、今日は何食べたい?」


「……のり塩ポテチ!」


「そんな食生活じゃ体壊すでしょ、大体のものなら作ったげるから提案して」



 こんな生活が始まってから、早いものでもうすぐ一年が経つ。


「エミ」と僕が呼んだ彼女は、飲み会の帰りに路地裏でうずくまっているところを助けて以来の腐れ縁で、家が近かったこともあり、いつの間にか僕が週二くらいで料理を作るのがいつの間にか日課になるほどには親密な仲になっていた。



 食事を何にするか聞いて「ポテチ」と返ってくることから想像できるだろうけど、彼女は非常に生活が乱れている。


 正午に起きて自宅で仕事、夕方頃には飲み始めて、僕が夕飯を作る頃には出来上がっており、そのまま午前三時くらいまで遊んだりして、次の日は二日酔いで潰れる。僕が食事を作る日には大抵こんな流れになってしまっているようだ。



 こう書くとまるで僕が悪いようだが、僕は至って健康的な食事を彼女に提供しているし、お酒もある程度行ったら止めるように言い聞かせてもいる。

 しかし、人の要望を完全否定できない僕の甘さに付け込まれ、最終的にはOKしてしまうのだ。



「じゃあ今日はカツ丼! 卵の白身が半生でぐちゃぐちゃするのヤだから、よく火通してね」


 エミちゃんがお酒で顔を赤くしながらゲーム画面から目を離さずに僕に素っ気なく命令した。



 彼女のゲーム好きは折り紙付きで、どうやらいくつかのタイトルではちょっとした有名人くらいの実力はあるらしい。

 同じゲームをやっている同僚に話したところ、今度の紹介してくれとのことだった。



 口先で使われるのが癪だったので、ドカドカとわざとらしく近づいて行って、こちらを向かせキスをしてから「酒くさっ」言い残し買い物へ出かける。



 僕がわざと回りくどい言い方をしたから、二人はラブコメ的すれ違い系カップルだと思ったかもしれないが、僕達は普通に付き合っている。


 期待してくれていた人たちには本当に申し訳ないと思う。



 当たり前だが、現実世界において甘々すれ違いストーリーなんてのは滅多に起きない。


 ほとんどの人が片思いから始まり、いつの間にか両思いになって、結婚して、冷めて、別れて。そして死ぬ。



 きっとそんな流れで人類は緩やかに滅んでいくのだろう。




 スーパーで安い豚肉を買って、パン粉やら小麦粉やら卵やらも買う。


 米を炊いてくるのを忘れたから、炊いてもらうようにエミちゃんにメッセージを飛ばす。読んでくれるといいけど。



 買い物を終え、店を出た。

 大きく息を吸って、排気ガス塗れの空気を肺いっぱいに取り込む。


 都会の夜景は汚い、ついでに夜空も。


 高層ビルの上の方で高級コース料理を食べる。なんてよくあるデートを僕達はしたことがないからよく分からないけど、ドラマやらでロマンチックに演出されている夜景は、そのほとんどが精も根も尽き果てた社畜たちの命の灯火だ。


 そんな悲しき灯火によって、今消えたかもしれない星々が地球に届けた最後の光すら掻き消される。



 片手に買い物袋、片手にスマホを持ち世間の批判を無視して歩きスマホをする。

 最近は音ゲーにハマっているけど、片手では出来ないから適当にSNSを流し見することにした。



 ずぐにエミちゃん宅に到着。



 帰ってそうそう「私そんなに臭いかな!? お米炊いたし歯磨きもしたよ!」と僕に涙目で言ってくる彼女をこの世の何よりも愛しく感じて、思わず抱きしめて一言、


「今からカツ丼作るのに歯磨きしたの?」


「そ、それは……。臭いって言われたから」


 やっぱり気にしていたようだ。そのように僕が仕向けたわけだけど。

 まあ、からかい甲斐があって楽しいのでよしとする。


 僕は両手の内にエミちゃんの残り香を感じつつ料理に取り掛かった。



 カツ丼はボリュームの割にそこまで時間のかかる料理ではないのですぐ出来た。



「わあ、おいしそー」


「お望み通りしっかり火が通っております」


「ありがとう! いただきまーす」



 彼女の口に対しては少々大きめなスプーンで山盛りにすくって口へ運んでいく。

 この子は本当に、本当に幸せそうにご飯を食べる。


 何を隠そう、僕は彼女の食べっぷり、そしてこの表情が好きになったのだ。

 こんなに可愛い女の子を僕は知らない。



「──くんも早く食べないと!冷めちゃうよ」


「そうだね、僕も食べる」



 彼女の食べっぷりに見とれて自分が食べることを忘れてしまう。

 僕も彼女に続いて、箸でカツ丼を掻き込む。

 口腔に広がる脂と肉の旨味を感じつつ、僕達はしばらく無言で食事をした。



「ぷはぁー、美味しかった。後片付けはやっとくからお酒でも飲んでてよ」


「ありがとう、じゃお言葉に甘えて。ホワイトサワーある?」


「よくあんなタルい酒飲めるよね、──くんのために買ってあるけど」


「どうも。逆に僕は日本酒をロックで飲むような人種の方が信じられないけどね」



 二人分の皿を持った──ちゃんの笑い声が台所へ消えていく。


 そういえば──が余ったから明日は豚汁にでもしようかな。なんて考えながら冷蔵庫から取り出したホワイトサワ──の缶を開ける。


 これが一番うま──だ。口の中にネチョネチョ残る乳酸菌感がすごくいい。



 ──ちゃんが片付けを終わらせて戻って来ると、僕達は並んでソファに座ってどちらともなく映画をつけて見始めた。


 これが──った時の日課で、食後──画は有料テレビから適当に選んでつける。



 やっすいラブストーリーで、所々役者の演技も変だったから──移入は出来なかったけど、2人でいるだけで──かった。



 映画が終わると、これまたどちらともなく──に向かって、2人で横になる。


 ラブストーリーだったの──ってか普段より──かった。



 終わったあと、そのまま──で──なって、僕は最大級の幸せを──締めた。


 なんて幸せ──だろう。



 ──し、それ──時に不──感じる。



 果たして、これは現実なのだろうか?

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