第34話 最終解読、そして出発
高谷が申し訳なさそうに指摘すると、野木村は「あ、そうだった。言い間違えた。失敗失敗」とわざとらしいリアクションを見せる。
子供らの間では、ますます変な空気感が広がった。
「何言ってんの、清順さん。急に妙なテンションになって」
「待って」
蒼井のしゃべりを右手で制したの瑠音。空いているもう片方の手で自身のおでこを押さえてぎゅっと目を閉じる。しばらく考えると、ひらめきが降りてきた。
「野木村さん!」
「はい、何でしょう」
「ありがとう、ヒントを出してくれてたんだよね」
「お、早く気が付いてくれて、ほっとしたよ」
二人のやり取りに高谷が「ヒントってどういうこと」とまで口走ったが、その瞬間に彼女もひらめいたらしい。「ああ!」と声を上げた。
「分かったわ。野木村さん、もうちょっと自然な形で入れてくれないと、お芝居下手すぎ」
「下手な方が伝わりやすいと思ったんだけどねえ」
「おーい、俺達にも分かるように言ってよ」
取り残された蒼井と倉持が不満げに訴える。先に気付いた瑠音が説明役を買って出た。
「すっごく単純よ。『うかんむり』と『玉』。ここから連想される漢字は?」
「……宝だ」
「そう。宝はそのままの読み方で分ける他に、部首でも分けられるってことを野木村さんは教えてくれたのよ。うかんむりと玉、つまり、『う』『た』『ま』の三文字に」
「ええっ、何じゃそれ。大学生の言うこと?」
「僕を非難されても困る。考えたのは強盗犯」
「そりゃそうだけど」
とにかく、『う』『た』『ま』の三文字を元の暗号文から取り去ってみるとする。浮かび上がった文は、「からさわ家お屋敷おもて門から屋に向けて15メートル」となった。
「あれ? まだ意味が通じない。『屋』って何」
「『から屋』というお店、屋号では?」
「いや、そこの部分は現地に行かないとまず分からないんだ」
戸惑う瑠音達に野木村が種を明かす。
「屋は平仮名のままの方がまだ分かり易いかな。はっきり言うと、矢印の矢を意味してるんだ。島には一軒だけ
「なんだー、そういうこと」
「看板のある方角に15メートル行くと、今度はちゃんと土の地面、雑木林に中だと刑事さんは言ってたよ。そしてそこを掘り起こすと、深さ一メートル近くに、ビニールシートで何重にもくるまれたクッキーの巻が出て来て、開けてみると盗まれた宝石が入っていたって」
「ということは、今度こそ正解? やった!」
手を取り合って喜ぶ瑠音と高谷。倉持はタブレットの電源を落とし、そして蒼井は勝ち誇って言った。
「名無しの強盗犯、ざまあみろ! 俺が解いたんじゃないけど、解いてやったぜ」
「ついでがあったら、また遊びに来なよ」
朝早いというのに、見送りに出て来てくれた宗久が野木村に声を掛けた。
「結局、それに乗れなかったしさ」
顎を振ってハイエースを差し示す。野木村は苦笑いを浮かべ、「いずれ寄せてもらうと思います。そのときには」と答えた。
「おじさんはそれまでに丁寧な運転ができるようになってないとね」
瑠音が横合いから口を挟むと、宗久は辟易した様子で肩をすくめた。
「ごめんなさいね、私一人だけで。主人達は準備で手が離せなくって」
月子の母もわざわざ出て来てくれた。野木村は最敬礼でもって感謝を示す。
「この度は長い間、ご厄介になりました。それと、瓢箪から駒じゃないですが、宝石強盗の件でも無理を聞いてくださって、ありがとうございました。森垣刑事からもくれぐれもよろしく言っておいて欲しいと」
「もういいんですよ、そのことは。もやもやしていたものが吹っ切れました。私の名前で出したメッセージで、あの人が反省してくれたのならそれでいいと思うことにします。それよりも野木村さん」
顔を寄せ、囁くそぶりを見せる相手に、野木村は左の耳を心持ち向けた。
「月子に執着していた同級生の子、反省の言葉は私も聞いたので大丈夫だとは思うのですが」
「え、あれからまた何かありました?」
「暑中見舞いのはがきが一枚、診療所宛てで。定型の挨拶文に、反省の言葉が手描きで添えられていて。それだけなんですけど、どうやらあきらめていないみたいなのが見えて、少し不安の種です」
「はあ……」
「もしかするとまた月子があなたに相談を持ち掛けるかもしれません。そのときは知恵を貸してあげてほしいの。野木村さんには刑事さんの知り合いもいることだし」
なるほどそこを頼りにされているのかと納得した野木村は、「なるべくそういう事態にならないように願っています」とだけ返事した。
月子の母との会話が終わった頃合いに、月子が家から出て来た。手には魔法瓶タイプの水筒が二つ。
「いいって言ったのに」
先手を打って瑠音が言った。
「どうして。お弁当だけ渡されて飲み物がないと困るでしょ」
人数分の弁当を作ってくれた月子だったが、麦茶を作って冷やしておくのを忘れたとかで、朝、急いで作って急いで冷やして、今持って来てくれたのだ。
「途中で買えば済む話だったのに」
一本を受け取りながらもまだ言う瑠音。
「そんなこと言うもんじゃないわ。好意はありがたく受け取らなくちゃ」
もう一本を受け取った高谷が瑠音に小言めいたことを言う。「そうそう」と呼応して微笑む月子に、瑠音は本音をぶつけた。
「だって私は、月子さんにちょっとでも楽をして欲しくて言ってるんだから。一週間ずっと見ていたけれども、月子さん、家事やり過ぎだよ」
「心配してくれていたのね。ありがと。でも大丈夫。これは私の趣味みたいなものだし、この一週間は特別。瑠音ちゃん達が来たから張り切ってみたけれども普段はもっと力を抜いているわ。だから安心して。そう思ってくれないと、お弁当が美味しく感じないかもしれないじゃない。そんなの嫌だわ」
「……分かった。月子おねえさん、ありがとう。いただきます」
「おーい、そろそろ切り上げないか?」
車の乗り込み口近くに立つ男子二人が、ぼやき調で言った。彼らの手に荷物と渡された弁当でいっぱいだ。
「せめて野木村さん、ドア開けてくれたら置けるんですが」
車内の冷房を効かせるために、しばらくシャットアウトしてエアコンをかけていたのだ。
「そうだった。ではそろそろ出発と行こうかな」
ドアを開けて子供達を乗せる。最後に野木村が反対側に回って、運転席に乗り込んだ。
「本当にお世話になりました。ありがとうございました」
助手席側の窓を開けて最後の挨拶をした野木村。と、月子が窓辺に駆け寄った。
「もしも無蔵島にいることがあったら、連れてってくれます?」
「はあ?」
「母に執着した男のことをちょっとでも知っておけば、参考になるかなあっと思ったんです。おかしいかしら?」
「まあ、そのときが来たらということで。それじゃ、さよなら」
今度こそ別れの言葉を言って、車は穏やかに出発した。
「ねえねえ、清順さん。さっき月子さんが言ってたことだけど」
「島に行くって話かい?」
「俺達も行きたい」
蒼井の希望に、野木村はルームミラーを瞬間的に見た。
「え、何で。宿題は完成したんだよね?」
「整理して形にするのはこれからです」
高谷が話を継ぐ。
「だけど想像してみてください。今手元にある材料で宿題を作った場合のことを」
「何かまずいことでもあるのかな。あ、名前とか」
「名前は別にいいかなと」
倉持が言った。彼にはこの旅行中、タブレットを貸しっぱなしになっている。
「発表すればいやでもあの事件だなって分かると思うので」
「じゃあ何が問題なんだろ……」
「決まってるわ、野木村さん」
とりを飾るかのように班長の瑠音が口を開く。
「写真が足りないのよ。島に渡らずに済んじゃったから、現地の写真とか宝石の実物とか。暗号も元々のオリジナルのを写真でいいからあったらいいと思うんだけど。唯一、新たに出て来た短い暗号文だけは本物の写真が使える。だけどそれってバランス悪い気がしてきたのよね~」
「そうか。言わんとすることは分かるよ。でも難しいな。刑事さんに頼んでも出してくれるとは考えにくい」
「うん、それくらいは理解してる。だから代わりに、野木村さんと島まで行って、写真を撮ってきたらいいんじゃないかなって思ったわけ」
「う~ん」
さすがに思い悩む野木村。返事に窮する彼に、瑠音がもう一押しを試みる。
「野木村さん、言っていたじゃない。画竜点睛を欠くって」
「なるほどね。現地の写真は竜の眼ってわけだ。仕方がないな、ちょっと考えてみるか」
野木村から前向きな返答を引き出した瞬間、瑠音達はその場で軽く飛び跳ねた。
「こら。喜ぶのはいいけど、あんまりとんだり跳ねたりしないでくれよ。君らの翼はまだまだ短いんだから」
「はーい!」
おわり
翼があればどこまでも行ける 小石原淳 @koIshiara-Jun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます