佳織の声で、目を覚ました。

 身体を起こすと、やっぱり節々がぎしぎしと痛んだ。特に首。完全に寝違えてしまった。


「もー。だからリビングで寝るのやめたらって言ってるのに」


 佳織はテーブルの上にトーストを置いてくれていた。私の分も合わせて、二枚。昨日の夜中に広げたままになっていた答案用紙の類はどこかに――おそらくは佳織の通勤バッグの中に――消えていて、代わりに朝食とたった一枚の生き残りが、窓から差し込む暴力的なまでの朝陽に照らされている。

 最近は梅雨で雨続きだったので、こんな風に爽やかな朝は久しぶりだった。なんだか、全身を痛めた私をあざ笑っているかのように。


「ありがと。読んでくれたんだ」


 机の上で、かすれた文字を上にして横たわっている模範解答。佳織からの宿題への、私からの答え。


「うん、結構いいんじゃないかな。私は好きだよ」


 佳織に向けた言葉だというのにあっさりとした反応だったのは、きっと私の出した答えが全く想像の域を出ないものだったからなのだろう。

 だけど、そんな反応が返ってくることが、どこまでも居心地が良かった。


『いつも伝えている』


 私の考えたその花言葉は、小さくて、さまざまな色が混ざり合って咲くこの品種にぴったりだった。


 佳織への想いは、決して一言で表せるものではない。良いことも、悪いことも、ぐちゃぐちゃと混ざっている。

 だけど、その混ざり合ったこの世界でたった一つの集合が、私から佳織への、誰かから誰かへの想いなんだと思う。


 だからこの花が、そんな人に使ってもらえる花言葉になってくれたら、私はとても嬉しい。


「正式に発売されたら、うちでも育てようね。そのお花」


「いいね。結構場所取る品種だから、ベランダの場所空けなきゃだね」


 私は、佳織のお墨付きをもらった花言葉の案を、くしゃくしゃと丸めて、占いの球を作った。正直、私のこの案が花言葉の案としてすんなり通るとは思わなかった。きっと、もっとセンスのいいものを誰かが提案して、私もそれに拍手をして、全然違うものに決まるのだと思う。


 だけど、私たち二人の間だけではそういうことにしておこう。


 椅子に座ったまま、軋む全身を沈み込ませるようにして、バスケットのフリースローの要領でゴミ箱へとシュートする。


 私の手から放たれたボールは、縁をかすめることなく、綺麗にゴミ箱の中へと吸い込まれていった。

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