キラークイーン

@coconoseoef

天才と無能

この世には能力者と無能力者の2種類の人間が存在する。

能力者は普通の暮らしが約束されているが、無能力者はゴミのような扱いを受けている。

私達殺し屋は、そんな事関係なく依頼された通りの仕事をこなす。政治家やプロの格闘家、学校の教師にいたるまで殺してきた。


そんな殺し屋の業界の中で、私は誰よりも多くの依頼をこなしてきた。私の能力が殺しに向いていたからだ。

私の能力は「概念を操る能力」だ。対象から「生」の概念を消してしまえば相手を楽に殺せる。常に1位の成績をあげ続けたことにより、いつしか私の通り名は「キラークイーン」になっていた。



「─私の夫を殺してください」


今日もいつもの通り依頼人が来た。

「一応、理由を聞いても?」

「はい…大体の理由は夫の暴力です。警察に言っても良かったんですけど、娘がまだ幼いので警察沙汰にはしたくないんですよ」

「…分かりました」

暴力はこの仕事をしていて1番よく聞く話だ。日頃の暴力で精神を病んだ人達が正常な判断が出来なくなってここに来るのだ。

「では、今日の夜に決行します。今夜は適当に外出してアリバイを作っておいてください」

「…はい」

普通殺し屋は色々な調査を行ってから決行する。しかし、私は依頼を受けた当日に決行する。それが他の人と私に成績の差が生まれている原因だろう。


そうして夜になった。家の前で対象が帰ってくるのを待つ。


私の能力には2つの欠点がある。

1つ目は「相手に触れないと能力が使えない」という点。

2つ目は「無能力者に対して能力を使うことが出来ない」という点だ。

1つ目は大した問題ではない。運送業者のフリでもしていれば楽に近づけるからだ。問題は2つ目、殺す対象は無能力者のことが多い。それ故に能力を使えない無能力者が対象の依頼は受けることが出来ないのだ。


そんな事を考えていると、対象が帰ってくるのが見えた。それを追うように私も家に向かう。

「宅配でーす!」思いっきり声を出した。

「はーい」中から声が聞こえた。あと数秒後に扉が開くはず…家には対象しかいない筈だからそれ以外の人が出てくることは無い。開く瞬間に能力を使う!

「今開けまーす」ガチャっと扉が開く音がした。その瞬間、少し空いた隙間から手を入れ、対象の手首に触れる。まずは能力を使って「声」と「運動」の概念を消す。これで周りに気付かれることは無い。そうしてそのまま「生」の概念も消した。

「…終わった」

いつになっても人を殺すのは慣れない。一々深呼吸をしてないと狂いそうになる。


そのまま遺体を片付ける。片付けるとは言っても、袋に入れて遺棄専用の係に渡すだけだ。


「お父さん?」

家の中から人の声が聞こえた。


・・・あれ?人の声?依頼人は外出中のはず。


そう思い家の中を見ると、小学校低学年位の子供が見えた。あの子は…確か依頼人の娘。

「お父さんどうしたの?」

「お父さんは仕事で疲れちゃったんだね、ちょっと寝ちゃったよ。部屋に運ぶから手伝ってくれない?」

残念ながら殺す現場を見た人は誰であろうと殺すのが殺し屋という奴だ。依頼人には悪いが殺すしかない。

「いいよ!」

「ありがとう」

そう言って頭を撫でる。これで能力を使えば終わりだ。そうして能力を使ったのだが…。


「…あれ?」

能力を使っている感覚はある、しかし一向に死ぬ気配がない。私の能力が効かない…つまり彼女は…。

「無能力者?」

そう言った瞬間、彼女は先程までの笑顔とは打って変わって険しい顔になった。

「そうだよ。あなたもパパとママみたいにいじめるの?」

「…ママ?ママも虐めるの?」

「うん。ママは私に『アンタみたいな無能、産まなきゃよかった』って言ってくるよ」


どういう事?あの依頼人は娘を虐めてたの?じゃあ、この子を置いていったのは捨てるため?それとも…。


「…私に殺させる為に?」


「お姉ちゃんどうしたの?」

「いや、何でもないよ!」

この子はこの後どうなるのだろう。あの依頼人は戻ってこないだろう。もし戻ってきたとしてもロクなことにならない筈だ。

「貴方の名前教えてもらってもいい?」

「私は諏訪子!沢田諏訪子だよ!」

諏訪子をこのままにしておく訳にはいかない。じゃあ今の私に出来ることは1つ。

「諏訪子ちゃん、私と一緒に暮らしてみない?」

「え?」諏訪子が驚いたような顔をした。流石に早とちりだった。しかし、この場所に長居することは出来ない。最後の手段にしたかったが、付いてきてくれる様にする方法はある。


「…実はね」

「?」諏訪子が興味津々と言った感じで首を傾げる。正直言って恥ずかしい。

「ここだけの話、私は正義の味方なんだ。貴方の両親は悪の組織の一味で、悪いことしてる人なの!」

「え!?」

「だから、貴方が悪い人達に連れ去られないよう、すぐ側で見守って居てあげたいの」

大人になった今では恥ずかしいが、この子位の歳なら「正義の味方」とか「悪の組織」みたいな設定に憧れるものだ。知らない人を家にあげるようなこの子の事だし、信じてくれると思っていたい。

「そうだったの!?」

「そうなんだよ。この事は誰にも言わないでね!」

「分かった!お姉ちゃんに付いてく!」

自分から騙しておいて何だが、ここまで信じてくると少し怖い。

「私の名前は菊だよ」

「分かった!菊お姉ちゃん!」

そんな事を話しながら諏訪子と一緒に外に出る。この子となら楽しい日々を過ごせそうだ。



─そうして時は過ぎて、彼女はもう少しで高校生になる。あれ以来、諏訪子には時々事務作業を手伝ってもらっている。


「なんであの時あんなこと言ったの?」

「その話は止めて…恥ずかしい」

時が過ぎると現実を見るようになってしまい、諏訪子を連れ出すための嘘も自然にバレてしまった。やっぱり冷静になられると恥ずかしい。

「ねぇねぇなんで〜?」

「やめて!私のライフはもうゼロよ!」

「あっはっは!」

「笑うな〜!」

時は過ぎたが、諏訪子のハチャメチャさは変わっていない。彼女といる時間は正直言ってすごく楽しい。

「あっそうだ!」

何かを思い出したように諏訪子が台所に向かった。

「はいこれ!スーパーで安売りしてた!今食べる?」

彼女が持ってきたのは立派なイチゴだった。

「食べる!」

甘いものに目がない私は食いつくように返事をした。それを見た諏訪子が「ふふふ」と笑いだした。

「どっどうしたの?」

「いや、こんなキラキラしてるのに殺し屋してるって可笑しいなって思って」

「いやいや、殺し屋だってキラキラするよ?」

彼女には私が殺し屋だということ、あの日母の依頼で父を殺した事は既に伝えてある。彼女には知る権利があるからだ。普通なら人殺しと罵倒して出ていくだろう。しかし、彼女はそうしなかった。彼女曰く「出ていっても私に居場所なんて無いし、菊が私を救ってくれたのは事実だもん!」らしい。本当にいい子だ。


「そういえば、なんであの時私が無能力者だって分かったの?」

「あぁ…それはね」

そうして私は自分の能力の事、諏訪子に能力を使っていた事を伝えた。

「そうなんだ。でも、能力を使わなくても殺せたんじゃないの?まだ小さかったんだし」

「それもそうだけど、あの時の貴方の姿が、昔の私に重なったのよ」

「昔の菊?」諏訪子が不思議そうに聞いてくる。彼女になら私の過去を伝えても大丈夫だろう。

「私はね、実は昔貴方と同じ無能力者だったのよ」

「え?」

「だから、無能って言われてた貴方の気持ちが凄い分かったし、自分と同じような目に遭っている人を殺すことは出来なかった」

ふと彼女の顔を見ると凄い驚いた顔をしていた。当然だ、能力は普通生まれつきに得るもの、それを生きている途中で得るような例は聞いたことがない。

「菊って」諏訪子が口を開いた。

「?」

「優しいよね」

「!?いや、殺し屋だよ!?優しいわけないじゃん!」

「菊が殺してるのって法じゃ裁けない人でしょ?法でどうにかなるなら弁護士でも雇えばいいじゃん」

「うぅ…」確かに、私が殺してるのは法では中々裁けない人ばかりだ。

「それに、世間じゃゴミみたいに扱われる無能力者を大切にしてくれてるんだし、やっぱり優しいよ!」

「諏訪子…ええ子や!」


そんな事を話していると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。依頼人らしい。

「どうぞ〜!」

そうしてその人の顔を見た時、私は目を見張った。直後、諏訪子とその人も同じように目を見張った。

「なん…で」

「お母さん…」諏訪子が驚いたように、怯えたように声を出した。当たり前だ、前の依頼の時に自分のことを間接的に殺そうとしていた相手だ。

「なんで!なんでこの子が生きてるの!」

「…狂ってる」思わず声が出てしまった。そしてそのまま言葉を続ける。

「この子は私が保護しました。貴方にどうこう言われる筋合いはありません」

「このっ!無能が!それなら私が今ここで殺すわ!」そうしてそいつは武器を取り出した。武器の生成…それがコイツの能力らしい。私とは相性が悪そうだ。


「ねぇ」

「え?」

急に諏訪子に呼ばれて素っ頓狂な声が出てしまった。

「どうしたの?」

そう聞くと、彼女は言いずらそうに言葉を発した。

「殺しの依頼…今してもいい?」私はその言葉を聞いて、彼女の考えを察した。

「いいよ!対象は?」

「…お母さん!」

「よし!了解!」

諏訪子が暗い過去を乗り切ろうとしているのだ、断る理由は無い。

ただし…。

「諏訪子にはずっと私と一緒に働いてもらうよ!それが報酬ね!」

「うん!」

そうして私は1歩前に出る。

そうして私は、これまで殺し屋をしてきて初めて、依頼を達成した後のことに対してワクワクしながら人を殺した。能力を人殺しに使うのもこれが最後だ。


その日から私には大切な人が出来た。


彼女と過ごす日々は楽しかった。


だから彼女には感謝している。


─ありがとう


小さく呟いた言葉は彼女に届くことなく、ゆっくりと消えていった。



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