5、輝くもの天より墜ち

 体を拭くのもそこそこに、グレイア・サイラスは大急ぎでシャワールームを出た。

 同居しているいとこが、帰ってきたらぼやくだろうが、今はそんなことを気にしてはいられない。

 大画面のモニターの前へ、タオル一枚の姿で座り、冷たいドリンクの瓶を脇に置く。

 画面の向こうでは、湧きたつ夏の雲を背景に、広々としたコースが広がっていた。


『さて、スタート五分前となりました。今季、第八戦目、マレーネGP本選。気温は予報通りの二十八度、天候はやや曇りながらも、絶好のコンディションです』


 そのまま映像はスタートポートの中に移り、プレイヤーたちの表情を映している。そのユニフォームの中に、見覚えのあるチームロゴがあった。


『ここで注目したいのは、何としても優勝レースに生き残りたい、シエル・エアリアルですが、スターティングメンバーに、FLのペグラジェ・ロクデアを出してきましたね』

『他のチームが『イーグル』でスタートする中、彼のような『アルバトロス』を起用するとは、少々意外でした』


 自分の友人であるライルは、スターティングメンバーに入らなければ、大抵はラスト近くで活躍するのが常だ。それまでは、落ち着いたレース展開が続くだろう。ペグラジェという選手は、かなり堅実な飛び方をする。


「……こういうヒト、うちに来てくれないかなぁ」


 呟くグレイの脳裏に、先週まで挑んでいた険しい岩山の光景が浮かぶ。

 断崖絶壁や狭い渓谷を飛行するスポーツ、エクストリーム・グライド。その競技人口は自分も含め、全世界で一万を超えるぐらいだ。知名度もブレイズには及ばないし、スターと呼べる選手も少ない。

 彼には『安全飛行』なんてあだ名がつけられているようだが、あの安定性とボディバランスは、自然の風でこそ生きると感じていた。


「まあ、ない物ねだりしても始まらないってね」


 そのままカメラはそれぞれのベンチに移動し、各チームの雰囲気を映し出していく。

 生真面目に監督の指示を受けるチーム、バカ話に興じて緊張感ほぐすチーム、レース開始まで瞑想にふけるチーム、さまざまな様子があった。

 その中に、シエルのメンバーも映し出された。


「……あれ?」


 それは微妙な違和感だった。選手層が薄いために、他のチームよりベンチに入った面子が少ないのはいつも通り。

 だが、ライルの周囲にいるのは、小柄なライトグリーンのドラゴンだけで、他のスタッフと妙な距離があった。


「なんだよアイツ、またかんしゃくでも起こしたのか?」


 ハイスクールの頃から、ライルはチームメイトとうまくやれないことが多かった。本人の能力と他人の行動がかみ合わない、というのは分からないでもない。

 とはいえ、グレイに言わせれば、あれは一種の『わがまま』だ。


「俺に付き合えたんだから、他のヒトとも、うまくやれると思うんだがなぁ」


 昔の記憶を思い出し、苦笑いが浮かぶ。

 ハイスクールの一年まで飛べなかったグレイを、空に引き上げてくれたのはアイツだ。

 それ以来、ときおり連絡をくれる程度には、友人関係を維持できていた。

 周りが思うほど、ライルという存在は傲慢じゃない。むしろ、自分にも相手にも真摯に向き合いすぎて、本人が気づいていないものまで、見透かしてしまうのだ。


『お前、別にどんくさくねえよ。ちゃんと走れてんだから、空も飛べるはずだ』


 誰もがバカにする中、一人だけ自分を見てくれた友人。

 ライルなら、きっとどこまでも、空の高みまで行けるだろう。

 いつか語っていたように、あらゆる伝説(しょうがい)を飛び越えて。


『――全選手、スターティングリッドへ、シグナルがレッドから、グリーンに! スタートです!』


 一斉に飛び立っていくプレイヤーたちの姿に、グレイの物思いも一瞬で消える。

 ジェット・スポットが大気を揺らめかせ、人工の上昇気流へドラゴンたちが飛び込んでいく。

 その姿に、観客もグレイも、一緒になって叫びをあげた。

 八月のマレーネサーキットは、燃え上がっていく。

 その先にある事件を、予想だにしないまま。




『本日午後三時二十分、マレーネサーキットで行われていたサラマンダー・ブレイズのレース中、シエル・エアリアル所属のライル・ディオス氏が、レース中にスポット内に墜落事故を起こしました』


『ライル氏は直ちに救出、重度の熱傷と全身骨折により病院に搬送されました。現在集中治療室での治療が行われており、命に別状はないとのことです』


『詳しい情報が入り次第、改めてお伝えします』


END

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POTATO~into the sky~ 真上犬太 @plumpdog

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