031 タト覚醒

 ヤクル中学校の円形闘技場の上、タトの体を抱きかかえて鳴き叫ぶフローラ。


「タトー、お願い。目を開けて・・・。お願いだから・・・」


 僕と聖女ティア様の魂は上空からその様子を見下ろしていた。僕の魂が聖女ティア様に導かれて、フローラの抱えるタトの体へと戻っていく。


 僕の中の隠された力をほんの少しだけ開放した。フローラの魔剣に貫かれた傷口が一瞬で塞がる。僕はゆっくりと目を開けた。


「フローラ、ごめん。長い間、僕を守ってくれてありがとう」


「タト・・・。生き返ったの。タトー、タトが帰ってきた」


 悲しみに打ちひしがれていたフローラの涙が嬉し涙にかわる。観客席では聖女ティア様がそれを温かく見守ってくれている。



 ヤクル村中学校の上にある時計台の上で見物していた死神プルトは呟いた。


「くっ。フローラ、使えない女だ」


「残念でした」


 黒服の少年の後ろから声を掛けたのは再生の神リセ。


「タトには黒魔石(マリオネット)なんて通用しないのですう」


「フフフ。まあいいさ。楽しみが増えたって見方もできる」


 死神プルトは少年が面白いオモチャでも発見したかのように無邪気に笑う。残念そうな面影なんてこれっぽっちも無い。


「なあ、知っているか、再生の神、リセ。黒髪の転生者の力が覚醒した時、何が起きるか」


 闘技場の上ではアリル先生がタトの腕を高々と上げ彼の優勝を宣言していた。フローラは反則負けで失格。二位は繰り上げで黒魔剣の使い手、生徒会長のカシスとなった。


 死神プルトはちらりとその姿を見つめてから続ける。


「黒髪の転生者、異世界から招かれし者。奴が覚醒すれば魔界も神界も消え失せる。ヤツは神殺しの力を有する唯一絶対の存在だ」


「力の使い方を間違えばの話なのですう」


「やつの魂のベースは愚かで身勝手でどうしょうもない人間だぞ」


「人には悪しき心とそれに対抗できる良き心があるですう」


「一つ良いことを教えてやろう。黒髪の転生者タト。ヤツが生まれた世界、元いた世界では神族も魔族も存在しない。とっくの昔に人間に消し去られ、伝説になった。ボタン一つで星を丸ごと焼き尽くす殺戮兵器が支配する世界だ」


「そなん世界でも滅びずにあるなら自制できていると言う証なのですう」


「たまたまなんじゃないか」


「希望はありますう」


「まあ、魔族だろうと人間だろうと沢山死にさえすれば死神の僕は満たされるんだけどね。今日は誰も死なないから退屈だ。せめてフローラの魂くらい持ち帰りたいが、黒髪の転生者に消されかねないので止めておくよ。世界の滅亡という楽しみなイベントが待っているんでね。再生の神リセ、せいぜいヤツの運命に抗ってみせてくれ」


 言うだけいって死神プルトは風にかき消されるかのように姿を隠した。時計台の上に独り残った再生の神リセは闘技場の向こうにある千年木を見つめる。


 タトの千年にも及ぶ修行を見守ってきた宿り木が枯れ果てた姿を風にさらしている。


 再生の神の力を全て使って抑え込めたのが、ほんの少しだけ暴走したタトの力でしかない。タトが本気で暴走したら、この世界で止められるものはいない。魔族は愚か神族でも。神王ゼウスでもだ。


 魔族は悪しき心、神族は良き心の持ち主。単純明快だ。死神プルトとて人間の価値基準で測らなければ、死を司る神であり必要な存在だ。自然界はそれぞれの役割でできている。


 その役割を一脱した存在が人間だ。良き心と悪しき心が混在した不安定な生物。圧倒的な力を有する黒髪の転生者、タトがこの世界を滅亡へと誘う可能性は高い。


 監視者として神王ゼウスより遣わされた再生神リセは、闘技場の上で輝いているタトの眩しい顔に希望を感じていた。滅びをもたらすほどの力は世界を変えうる力とも言える。


 タトの修行を見てきたリセには一つの確信があった。転生者の忌み子としてガドリア王国の国王が破棄した黒髪の赤子(あかご)。タトの冒険は始まったばかりだ。


「死神プルト・・・。タト君はもう覚醒してますよ」


 再生の神リセは、緑色の髪を風になびかせて、独り微笑んだ。



 第一章、おしまい。



 お読みいただきありがとうございました。第二章は今のところ連載未定です。リクエストで検討します。応援ありがとうございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やられっぱなしの僕が聖女様のナイトに選ばれたんだけど、リミッター魔法解除って何?強すぎなので怖くて本気が出せません。 坂井ひいろ @hiirosakai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ