030 魔王ゾラ

 巨大な竜に戦いを挑む少年タト。激突する力と力が魔王宮殿を震えさせる。二匹の竜が連携して放つ灼熱の炎と雷。それを短剣で弾き返す少年タト。もはや人間のものとは思えないパワーゲーム。


 タトがタトじゃない。まがまがしいその姿に神々しさはまるでない。S級の魔物(モンスター)と得体のしれない化け物が本能剥き出しでぶつかり合う。互いの闘気を食らい合う。


 目の前の壮絶な光景に怯える少女フローラの前を黒い影が走った。ガツンと体に強い衝撃を受ける。


「これでも来るか」


 いつの間にか魔王ゾラの手に少女フローラの首が握られていた。


「黒い魔石(クリスタル)の力か。貴様の力は死神プルトが授けたものよ。踊らされるバカな人間めが」


 魔王ゾラは少女フローラの首を握った手に力を込める。


「グエッ。タト、ゴメン」


 少女フローラがもがけばもがく程、魔王ゾラの爪が彼女の首に食い込んだ。


「フハハハ。こんなもので僕が惑わされるわけがないだろ」


 黒い魔石(クリスタル)を懐から取り出した少年タトは片手でそれを握りつぶした。砕け散る黒い魔石(クリスタル)。


 岩陰に隠れて様子を見ていたスライムのタトと聖女ティアは顔を見合わせ、互いに目を丸くして驚く。


「タト君、あの魔石(クリスタル)が死神プルトのマリオネットって知っていたの」


「わからない。記憶がまるでない」


 スライムのタトは戸惑うばかり。僕はいったい何者なんだ。ヤクル村の小学生に宿る凶暴な力は何なんだ。思い出せない。あれが僕なのか。


 いつの間にか少年タトは短剣を捨てていた。手から伸びる真っ黒な光の剣。少年タトの怒りが爆発する。


 暴発した魔力の嵐が魔宮殿に吹き荒れ、そこにいた上位ランクの魔物たちを一瞬にして消し去る。情けも容赦も選択もなくことごとく。


 魔物たちの魔石(クリスタル)を吸収して膨れかがる魔力の渦が少年タトの光の剣に集う。


「ばっ、バカな」


「滅びろ、魔王ゾラ」


 あわてた魔王ゾラがフローラの首を絞める一瞬前に彼の首は飛んでいた。なまがまがしいほどの巨大な黒い魔石(クリスタル)が出現しする。それすらも少年タトの体の中に吸収されていく。


「グガッ」


 黒髪の少年タトが闘気を放出した瞬間、魔宮殿は消し飛び、ダンジョンは崩れ、二匹の竜は消滅した。


 跡形もなく崩壊したダンジョンはヤクル村中学校の裏山に大きなくぼみを作り出す。陥没した瓦礫の上に少女フローラを抱きかかえる少年タトが立っていた。


 少年タトの魔力に触れてスライムの体を失ったタトと聖女ティアの魂が浮かんでいる。


「起きて、フローラ」


 金色の長い睫毛を揺らしながらゆっくりと目を開ける少女フローラ。


「タト・・・。私、怖い夢を見ていたの。タトがね、タトが・・・、化け物みたいに強くなって・・・。タトー」


 抱き抱えられた少女フローラは少年タトの体を強く抱き返して泣き出した。少年タトは少女フローラを瓦礫の上にそっと下ろす。


「フローラ。怖い思いをさせたね」


 少女フローラは膨らんだ自分のポケットの中に手を差し入れる。山のようにつまった魔石(クリスタル)。夢じゃない。


「フローラ、どうやら僕はこの世界の住人じゃないらしい。僕が吸収した魔王ゾラの魔石(クリスタル)が教えてくれたんだ。僕は別の世界から招かれた転生者だって」


 少女フローラは驚愕する。だけど魔王ゾラを一撃で倒してしまう姿を見てしまった今、それを否定することもできない。


「僕の力はこの世界にあっちゃいけない。この世界の邪悪な魔石(クリスタル)を食らい尽くす存在。膨大な悪意を吸収し、やがて制御できなくなる。暴走した力はこの世界を滅亡させる」


「そんなのわかんないよ。タトは魔王を滅ぼす神の使いかもしれないじゃない」


「いや、わかるんだ。魔王ゾラのクリスタルの力が僕の中にある。独りの魔王の力でもいつ暴れ出すか・・・。それなのに次の魔王の力を欲する僕がいる・・・」


「私にとってタトはタト。だからどこにもいかないで」


 泣きながら少年タトの胸を力なく叩き続ける少女フローラ。


「フローラ・・・」


「そうだ、フローラ。僕がヤクル村の無能者と呼ばれるくらい最弱になっても側にいてくれるかい」


「うん。それでも私にとってタトはタト。タトが私の側にいてくれるなら、その分、私が強くなってタトを守る」


「ありがとう、フローラ。僕はリミッター魔法を使って僕の中の邪悪な力を封印する」


「リミッター魔法って」


「毒を持って毒を制す力。力には力をぶつけて中和する魔法さ」


「危険はないの」


「バランスが崩れたら一気に力が噴出する。だから成長しちゃいけないんだ。これから僕は無成長の無能者だ。この先、欲望に勝てる自信がないから、僕の中の今日の記憶も消し去る」


「記憶も・・・」


「ああ、だからフローラが僕の秘密を知る唯一の人になる」


「タトの秘密を知る唯一の人・・・」


 少女フローラの顔がポッと赤く染まった。


「じゃあ始めるよ。離れてフローラ」


 少年タトの体からどす黒い気が溢れ出てくる。それが渦となって一つの力となり、外へ出ようとするまがまがしい力を内側へと押し込んでいく。


 総てを飲み込んだ少年タトは力を失って少女フローラの胸に倒れ込んだ。


「タト、大丈夫」


「あれっ、僕、どうしちゃったんだろ。うわっ、ゴメン。フローラ」


 少女フローラの胸に顔を埋めていることを知ったタトはアワアワと慌てて彼女から離れる。赤く火照った顔を恥ずかしそうに隠す。


 凶暴なタトは姿を消し、いつも通りの優しさが戻っている。それを見守っていた魂の聖女ティアが告げる。


『魂が拡散する前に戻りましょう』


『はい。聖女ティア様』


 未来からきたタトは時魔法を使って聖女ティアの魂と連れたって元の未来へと戻っていった。

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