第二話 夢を食す人
二杯目の紅茶を飲み終わり、ビスケットのおかわりも堪能した少女は小さく欠伸をこぼす。店主は目を細めて、口角を上げ、少女に奥のベッドを指さした。
「お休みになられますか?」
少女は首を横に振って、眉を下げる。
「そろそろ戻ります。もう遅刻だろうけど、行かないっていうのも、まずいかなって、思うので」
店主はにこりと笑ったまま、少女に言葉を返す。強く風が吹きつけたのか、ドアがガタガタと鳴った。
「ご安心ください。勝手にお招きしましたので、きちんと元のお時間にお帰りになれるよう、手配させていただきますから」
「そんなことができるんですか?」
「ええ。ここは世界の外ですから」
店主はにこにこと笑って、もう一度ベッドを指し示した。少女はその勧めように、苦笑いをこぼしながら「じゃあ、もう少しだけ休んでいきます」と頷く。店主はにっこりと笑った。
少女はベッドに横になり、店主はカウンターの内側で文庫本を開く。ここ最近の睡眠不足がたたったのか、少女はあっという間に眠りの世界へと落ちていった。
その体から、夢の香りが漂いだす。
店主は開いていた文庫本を閉じ、薄く笑う。赤い舌先が唇の間から覗く。少女は、誰かとても大切な人と夢の中で話をしているようだった。仄かに甘く、蕩けるような舌ざわり。それから、ほんのりと冷たい。まるでバニラアイスのような夢。
「ふふっ、これは絶品だ」
店主のうっとりとした笑い声が誰もいない店内に響く。目を閉じ、流れ込んでくる味の情報に集中しながら、店主は薄く笑みを浮かべた。
舌先で夢をなぞり、溶け切ったそれをゆっくりと飲み込む。口に残らない甘さが心地よく、時折感じる鋭利な冷たさが甘みを引き立てる。
(あぁ、なんて、素敵な夢だろう)
深く息を吸い込むと、ミルクたっぷりのカフェオレの中に潜むコーヒーのような微かな苦みを感じる。
一番欲しいものを手に入れている人間の夢はこういう味がするのだ。甘みは手に入った嬉しさ。冷たさは夢であることへの悲しみ。そして、うまくいかない現実への憤りが苦みとなって現れる。
店主は、そういった夢が大好物だった。「ふふふっ」店主の笑い声が店内の空気に溶ける。いつの間にか少女はベッドから消えていた。
夢を味わいきった店主が目を開くと、それを待ち構えていたかのように店の扉が開く。入ってきたのは青い髪に金色の瞳を持ち、青い服に身を包んだ少年だった。その後ろにきっちりとスーツを着込んだガマガエルが続く。
少年は無表情でカウンター席に座り、ガマガエルはにやにやと笑いながら、その隣に腰かけた。
「ずいぶん機嫌がいいじゃないか。またいい夢にあたったのかい?」
ガマガエルの問いかけに少年が不貞腐れた様子で答える。
「あたったんじゃないやい。僕が苦労して見つけてきたんだい」
「そうかいそうかい。そりゃ頑張ったじゃないか」
店主は二人のために紅茶をいれながら、笑って少年をほめる。
「今回もいい働きでしたよ。フォーゲル」
少年は得意げに鼻を鳴らして「頑張ったからビスケット追加してくれてもいいんだぞい」と笑った。店主はそれに笑いながら頷き、ガマガエルは「ゲッゲッゲッ」と笑う。
とても平和な、世界の外にある喫茶店に、いつもの夜がやってくる。
夢を食す 甲池 幸 @k__n_ike
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