最終話 侯爵令嬢は愛を知る
突如、村の外で激しい怒号と喧騒が響き渡る。
「っ――」
「え、なに!?」
二人が慌てて外に出れば、村の一部が燃え上がり周囲には見た事のない数の魔物の群れ。農作物は荒らされ、家畜は奪われ村人たちも襲われていた。
「そんな!? 村が……!」
この世の地獄とも思える光景を前に、クラウスはただ茫然と立ち尽くすだけとなってしまう。
当たり前だと思っていた日常は、こんなにも簡単に崩れ去るものなのか。村で穏やかな生活をしていたクラウスには信じられない思いだった。
「なあクラウス」
そんな時、落ち着いた声が自分の名を呼ぶ。その声に反応してユーフォリアを見ると、彼女は今まで見た事のない、ほぼ無表情で村が襲われる光景を眺めていた。
「私はこの村で過ごす生活が好きだった」
「ユーフォリア……」
「穏やかに流れる時間。好いた男の隣に立つ瞬間。自分を姉と慕ってくれる者達。どうやら私は、自分で思っている以上にこの村での時間を大切に思っていたらしい」
一年以上共にいたクラウスには、彼女の心の中で様々な感情が暴れまわっているのが分かった。
「ユーフォリア!」
「正直言おう。こんな気持ちは初めてなんだ。こんな、こんなにも何かを守りたいと思うことは、初めてだ!」
――今のお主は危険すぎる。そのアーティファクトは真にその時を迎えるまで、決して外れはせん。どうかこの一時だけでも穏やかに過ごすがいい。
そんな祖父の言葉を思い出される。
そして、ユーフォリアの叫びと同時に彼女の首に巻かれていた黒いチョーカーが激しく光り、勢い良くはじけ飛ぶ。
瞬間、優しくも強大な魔力が村を覆うように広がっていく。その魔力は村人の怪我を癒し、逆に村を襲いまわっていた魔物たちには牙をむき始めた。
そしてほんのわずかな時間の間で村を襲っていた魔物たちは全ていなくなる。それはまるで古の聖女の力のごとく、間を払う光の魔力。
「ああ、そうか……そうだったのか」
久しぶりに取り戻した自分の力は、かつてのそれを遥かに上回っていた。もはや王国一と謳われた祖父すら足元に及ばないだろう。あまりの万能感に、全てを滅ぼしてもいいとさえ思ってしまう。
そして、この力があればきっと世界を変えられる。王国に巣食う魔物たちを一掃し、これまでの固定概念を全て覆すことが出来る。今のユーフォリアにはそんな確信があった。
だが――
「なあクラウス。離してくれないか?」
「離さない。離したら、君はどこかに行ってしまうから」
自分よりも一回り以上大きな青年が、全身を使って抱きしめてくる。その心地よさは、絶大な魔力から与えられる万能感よりも、ずっと離しがたいものだった。
「……はぁ。我が事ながら、ずいぶんと甘くなったものだ」
青年の腕の中、ユーフォリアは大きくため息を吐く。この心地よさを知ってしまえば、離れることなど出来る筈がなかった。
腕の中で見上げると、真剣な表情でこちらを見ている青年。出会った時から変わらず、穏やかそうな柔らかい瞳をしていた。だがそこにはこれまで見てきた誰よりも強い意志を感じる。
そんな男に、彼女は惹かれたのだ。
「まったく、祖父の狙い通り事が進んでいるのは癪だが仕方あるまい。クラウス……どうやら私は、自分が思っていた以上にお前の事を愛しているようだ」
「うん」
「きっとこの力があれば世界を変えられる。だがそれ以上に、お前と共にある事を望む私がいるのだ」
「うん」
クラウスの力が緩んだのを確認したユーフォリアは、そのまま態勢を変えて彼を見上げる。
「もしここで貴様と出会わなかったら、私はきっと世界がこんなにも輝いているものだと知らないまま人生を終えていたのだと思う」
「僕も、君と出会ってから世界が広がった。君がいなかったらきっと、僕の世界は村で完結していたんだと思う」
そうして二人は向き合うと、瞳を合わす。そして、世界が終わるまで二人は互いを愛し合う事を誓いあいながら、そっと口づけを交わすのであった。
世界を変えると少女は言った。そして実際に変えられる力を少女は手に入れた。
だが結局、その力が使われることは生涯ない。なぜなら、彼女の望みを叶えるために、力など必要がなかったからだ。
少女にとって本当に必要だったものは、膨大な魔力でもなければ、誰もが羨む名誉でも眩い金銀財宝でもない。
ただそこに寄り添い、心を支えてくれる者が一人いればそれで良かった。
これは世界に受け入れられなかった少女が、たった一人の青年に受け入れられる。ただそれだけの物語。
追放された侯爵令嬢は、辺境の地で運命の人と出会い愛を知る 平成オワリ @heisei007
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