来ないでくれ名探偵!!

ちびまるフォイ

リスキル探偵

「女将! 女将ーー!」


「どうしたんですか番頭さん。そんなにあわてて」


「実は、この旅館に名探偵が来るそうなんです!!」


「なんですって!? 急いでスタッフ全員を集めて!!」


スタッフは旅館で一番大きな広間に集められた。

こんなことは誰しも経験がなく、みな不安そうにしている。


「みなさん、お集まりいただいてありがとうございます。

 実はこの旅館に名探偵が来るとの連絡がありました」


「名探偵……?」

「有名な人なら話題になるのでは?」


「名探偵が来れば、何が起きるか考えてみてください」


女将の一言に全員が「あっ」となにかを察した。


「そう、必ず殺人事件が起きます。必ずです。

 そのうえ、これからこの旅館へくる名探偵は

 これまでにも幾多の殺人事件を解決してきた経験があります」


「つ、つまりそれは……」


「それだけの数の殺人事件を引き寄せたというわけです。

 しかも旅館をめぐることから"湯けむり探偵"とか言われているとか」


「女将さん。それで私達に急なお暇を?」


「スタッフの誰かが殺人事件に巻き込まれてはたまりませんからね」


「しかし! 旅館を切り盛りするには人手が……!」


「私と番頭さんがこの旅館に残ります。

 最低限の準備だけ済ませたらみなさんは離れてください」


その言葉は怪獣のいる島にひとり残るようなものだった。

スタッフが去った旅館は妙に静かで、今にも殺人事件が起きそうな雰囲気になった。


「さ、番頭さん。これから忙しくなりますよ」


「女将。なにかなされるんですか?」


「警備の強化です!!」


女将は全室にゴツい監視カメラを取り付けた。

360度見渡せる死角ゼロのガチカメラ。


さらに、旅館の廊下には自動警備ロボを巡回させる。

下手に外へ出れば即通報される。


「女将、ここまでやる必要はあるんですか?」


「番頭さん。あなたはこの旅館を殺人旅館にしたいんですか?」


「いやそれは……」


「私はこの旅館を母から受け継いで、

 たくさんのごひいきにしてくださるお客様を抱えている。

 その大切な場所を殺人事件で汚したくないのですよ」


「女将……!」


「さ、次は赤外線センサーと動体検知器の設置ですよ」


女将と番頭は思いつく限りの警備システムを配備した。

もはやちょっとした要塞。

絶海の孤島にあるというロケーションも要塞に花を添えている。


「ふぅ、これでだいたい準備はできたわね。

 これなら犯人がいても殺人を起こす気にはなれないでしょう」


「女将。それじゃ本来の旅館の仕事に戻りましょうや」


「そうですね。まずはお客様の好みとアレルギーを見て、と……ん!?」


「女将。どうかされたんですか?」


お客様に寄り添ったサービスを提供するために、

事前に客の情報を仕入れることも女将の仕事のひとつ。


女将は訪れる予定の名探偵の経歴を見て固まった。


「この名探偵……あのアルカトラズ旅館での事件経験もあるって……」


「え!? あの難攻不落の旅館をですか!?」


「あの旅館に比べたらうちなんてザルよ……」


旅館に足を踏み入れた人は一切の望みを捨てねばならない、というアルカトラズ旅館。

FBIより厳しい警備体制の中をかいくぐって殺人事件は起きた。


そこでも名探偵は持ち前の頭脳を発揮して、

トリッキーな推理で犯人の逮捕へと導いたとされている。


なお、アルカトラズ旅館では10人が宿泊し

うち9人が犯人に殺されてしまったという。


「女将。それじゃ名探偵は消去法で犯人がわかっただけでは?」


「名探偵の推理を犯人が最後まで認めなかったけど、問題はそこじゃない。

 すでにコレ以上の警備を突破した経験があるってことよ」


「ど、どうするんですか! 今からアルカトラズ旅館以上の警備は無理です!

 本土から物を取り寄せる前に、名探偵がこの旅館に来てしまいますよ!」


「番頭さん。名探偵がこの島に来るまでの旅程を見せて」


「そんなのどうするんですか?」


女将は番頭の言葉に耳も貸さず旅程を読み込んでいた。


番頭はというと、なぜか名探偵が来てから大荒れになる天気を

もうちょっと前倒しにして島へ上陸しないように出来ないかと祈っていた。


番頭の吊るした逆さてるてる坊主の成果もなく、

天候は晴天で名探偵と殺人被害者候補の御一行のクルーズ船は旅館へ向けて出港したと連絡が入った。


「ああ……ついに来てしまった……」


みるみる近づく小さな船に番頭は落ち込んだ。

まるで死神のように見えた。


が、旅館のある島につくと船は物資の積み下ろしだけで中に誰も人は乗っていなかった。


事情を聞いた番頭は大慌てで女将を探した。


「女将ーー! 女将ーー!!」


「番頭さん、どうしたんですか」


「女将、いい知らせです! ここでもう殺人事件は起きませんよ!」


「どういうことですか?」


「実はこの旅館に来る前のクルーズ船で

 名探偵が来る途中で死んでしまったそうなんです。

 その対応に追われて引き返し、もうこの旅館には来ません」


「それはよかった。もうこの旅館がいわくつきになることはないんですね」


「そうですよ女将。いやほんとよかった。

 こんなところで人がたくさん殺されたらたまったものじゃないですから」


「海に落ちて死んでしまった名探偵には気の毒ですが、

 私達もここでの仕事がありますからね」


「女将。それじゃ普通のお客さんが来る前に監視カメラ片付けておきますね」


「ありがとう番頭さん」


監視カメラを片付けようとした番頭の手がふと止まった。


「……あれ? 女将さん。

 私、名探偵が死んだとは言いましたけど

 海に落ちたって言いましたっけ……?」


女将は変わらぬ笑顔と冷静な接客で答えた。



「あら? 海に落ちたのは二人でしたっけ?」

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