目が覚めるということ

@seiza

それはある日突然の出来事でした。

 


 宝くじに高額当選した人の多くは、というかほとんどが不幸な結末を迎えると聞きました。

「そんなわけあるかい。3億だの4億だのそんな大金手に入ったら、そうれはもう、人生が一変してバラ色じゃい。」

 とは思いましたが、なるほどどんなことが起こるのか聞いて、まぁ納得しました。

 その大金は確かに多くの人の生活を一変させてしまい、その結果仕事をやめたり、金銭感覚がおかしくなり等々。

 それにしてもそんなことを全て飲み込むほどの大金なのでは、という疑念は残るものの、実際自分が手にしてみないことには・・・・獲らぬ狸の皮算用。



 「また、どうせはずれんだろうなぁ。」

 深夜のワンルームマンションで、パソコンの画面に向かって、宝くじの当選番号を眺めながら、ジュースと同じ値段のビールのような飲み物を開ける。

 「プシュー。」

 ビールがいいとか、こんなのは貧乏人が飲むものだとかいう人もいるが、俺は全然不満はない。安いほうがいいし、現に貧乏気味だ。

 レストランで15年働いてきたが、35歳の春に料理長にフライパンを投げつけられたことがきっかけで辞めた。

 それからもう飲食で働くのはこりごり、でもそんないい仕事に就けるわけもなく、深夜のビル警備員の仕事に就いたしだいです。

 それから2年、37歳の今は、10年彼女もいないまま孤独に耐え、警備員になるタイミングで肺が苦しかったのもあって、タバコも止めた。それなりに我慢強く、それなりに意思は固いのである。

 「まずは一等前後賞ですな。」

 「48組・・お。」

 「上から4で、おっ4、7で、おっ7、まさかまさか。8で、9。」 

 「もっかい確認、上から4で4、7で7、8で、9。」


 「ウーーーーン。まぁよく頑張った。かなり近づいた。良くやった。良くやった。」

「自分で自分をほめてやりたい。」

「でもまぁ、前後賞の一個となりとか、もうショックで耐えらんないと思うから、この位で良かったのかもねぇ。」



 ブツブツ言いながら残りを確認するも見事に全敗、というか参加賞の300円のみ。

 ため息交じりに歯を磨くと、ベットに倒れこむ。冷たく湿り気を帯びたベットが、自分の体温で少しづつ温まる。その湿度もまた自分と同化し、最初は不快だったものが自分に馴染んでいくのは不思議なものだ。



 翌朝、不思議なくらいすっきり目が覚めた。ベットから壁掛け時計を見ると、時刻はまだ5時30分。今日はせっかくの休みなのに、もう起きるなんてもったいない。

 しかし完全に目が覚めてる。あきらめて、無言で起き上がるとカーテンを開けてベランダの扉を開ける。足をベランダ用のゴムスリッパに乗せて体は部屋の中で座る。目の前はベランダの目隠し、その向こうの国道をトラックが頻繁に通り過ぎていく。早朝の空気は都会でも涼しげで新しさに満ちている。タバコを止めてから癖になっている、タバコを吸ってるふりをした。手を口元にもっていき、大きく息を吸って、深いため息の様な息を吐く。ベランダに見えないタバコの灰をポンポンとしたところで気づいた。違ってる。昨日までの自分と。

 青の折り紙を張り付けたような、わざとらしい程の真っ青な空を見上げた。

自分の中に、何か昨日までは無かった物があることが感じられる。そしてそれを歩くように、息をするように使うことができる。

 そしてそこで思いだす。

 宝くじで高額当選をして、ちゃんと幸せになった人の話を。

 その人たちの共通点は、何も変わらなかった事だそうだ。マンションのローン残高を払い、残りは貯蓄にして、仕事を続ける。

 株を買って運用するわけでもなく、外食の比率や、値段を上げることもなく。スーパーではお買い得な物を今まで通り選んで買うような人。

 でも、その人たちの生活も当選前と全く同じではなく、心の中の安心感が違うんだと思う。

 つまるところ、その人たちにとってのお金は、安心の象徴だったのだと。怪我をした、病気になった、損害賠償、子供の進学等々。

 普通はまぁ、仕事をやめて、高級車に乗って、海外旅行に行ってと思うのかなぁ。

 私はどうだろう。お金があれば可愛い彼女ができて、高級マンションで暮らして。

 でも、どうなんだろう?

 狭い部屋は、一人暮らしには便利で、お金が無くても俺という人間自体を好きになってくれる様な、気立ての良い人と付き合いたい。

 そうか、お金がないから、何も持ってないから自信が無かったんだなぁ。だから自分自信に価値が無いように思えて、縮こまって暮らしていたんだ。


 あの熱々のフライパンを投げつけられ、慌ててつかんだ左手親指の付け根には強烈な火傷が1か月残った。

 その日は店が終わるまでの残り時間、氷を押し当てながら、皿を洗い続けた。

 酷いやけどは表面よりも内側の骨が痛むことを知った。そのあと浴びせられた馬騰は、プライドよりも心の奥底に痛みを残していた。


 でも今は違う。

 この能力を使えば何でもござれだ。


 でも使わない、これは保険だ。

 これからは自信をもって人と接しよう。素敵な彼女と出会えるように頑張ろう。仕事に役立つ資格も勉強しよう。

 困っている人、昨日までの私の様に自分の中に痛みを抱えている人を助けるために、この能力を使おう。


 洗濯機と掃除機を徹底的に綺麗にしてから、洗濯と掃除を始めた。彼らも元気を取り戻した。

 風が吹いてきて部屋の空気を入れ替えてくれる。

 朝日が部屋に差し込んでくる。出来る限り新しい、綺麗なを見繕って着替えた。

 朝ご飯を食べに行こう。


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