天才美少女魔術師とその弟子のオッサンの恋、のような話

平成オワリ

天才美少女魔術師とオッサン

 大陸中央部に存在する魔術国家『エリスメリス』。


 大陸の中央というのは比喩でなく、本当にど真ん中。周辺には東西南北それぞれに大国と隣接した、誰が何と言おうとど真ん中に存在するのである。


 そして国家と名乗っているが、実際は王都『エリスメリス』があるのみで、貴族もいなければ国王も存在しない。普通であれば他国に飲み込まれて終わりのただの都市と言っても間違いではなかった。


 エリスメリスの国民が全員、強力な魔術師という事でなければ。


 かつて偉大なる魔術王と呼ばれた男、エリスメリス・オーサンがただ魔術を追及する為だけに建国したこの国は、まさしく魔術国家と呼ぶに相応しいほど魔術に長けた国である。


 その軍事力は周辺国家全部を相手にしても十分おつりが帰ってくる。何せエリスメリスのトップ達はそれぞれが一国を滅ぼせるだけの力があるとすら言われているのだ。


 それが事実であることを身を持って体験している周辺国家は、決してかの国に手を出さないと決めていた。国が誇る宮廷魔術師がエリスメリスの子供に遊ばれたという話は、変えようのない事実であったのだから。


 これはそんな周辺国家からは「あの国マヂキチ」「手を出すな危険」「変態魔術狂」と恐れられている国に住む、天才美少女魔術師とオッサンの話。





「な・ん・で・よぉぉぉ!」


 エリスメリスの中でも高級住宅街に位置する館の一室で、腰まで伸びた美しい金色の髪の両サイドをゴムくくった少女は、緋色の瞳を鋭くつり上げながら怒りを隠さない様子で大声を上げていた。

 

 理由は彼女の持つ新聞にある。見出しには大きく『歴代最年少魔王アリサ! 魔術の名門であるロードライト家を相手に大立ち回り! 魔王の怒りに触れた彼等の運命は如何に!?』と書かれていた。


 その新聞に映っている写真には、ロードライト家と思わしき男達が涙ながらに許しを請う姿と、怒りに目を吊り上げた様子で炎を纏いながら高笑いをするアリサの姿がある。


 誰がどう見ても魔王に蹂躙された被害者に見えるよう撮られた写真だ。


「何よ何よ何よ! 何で私が悪者にされてるの!? だってこれ、こいつ等が先にイチャモン付けてきたんじゃない! 伝統ある魔王の称号がぁとか、こんな小娘がぁとか言ってさぁ! 悔しかったら実力で魔王になって見なさいよバァカ!!」

「師匠、女の子がバァカなんて汚い言葉使っちゃ駄目ですよ」

「何よオッサン。弟子の癖に私に口答えする気?」


 ギロリ、と炎を宿したような緋色の瞳が目の前の男を睨みつける。今年で十四歳になるアリサよりも二倍は年を重ねていそうな男は、苦笑しながら首を横に振る。


「私は魔王なんだから、汚い言葉だろうと何だろうと使ってやるわよ! ふん!」

「でも師匠は魔王の前に可愛い女の子なんですから、そんな汚い言葉は似合いませんよ」

「か、かわっかわわ!?」

「ほらほら、ハーブティー入れましたから。チョコもありますよ」


 顔を真っ赤に染めたアリサの前にさっとカップとチョコを置くオッサン。彼女に弟子入りして既に一年、アリサの好きな物くらいは把握していた。


 好物を目の前に、アリサの怒りも徐々に収まりを見せる。オッサンとチョコを交互に見比べて、一度大きく溜息を吐くと、小さな体をソファに沈めた。


「……うん。でも、その前に!」


 一端は落ち着いたものの、よほど新聞の記事に腹を据えているらしく、アリサは手に持った新聞を握り潰すとそのまま一気に燃やしてしまう。一瞬で燃え上がった新聞だが、アリサの掌に火傷はない。彼女が完璧に魔術をコントロールしている証拠だ。


「悔しかったら私を倒して魔王になればいいのよ。出来る物ならね!」

「師匠が凄いのは俺が良く知ってますよ」

「そうよ! 私は凄いのよ!」


 ふふん、と自慢げに無い胸を張る少女を見て、オッサンは凄い凄いと頭を撫でる。


 この魔王というのは魔術国家エリストリスにおいても三大タイトルの一つで、この国に住む誰もが目指す極地の一つでもある。


 少なくとも十四歳の子供が手に入れられる者ではなく、周辺国家からマヂキチ国家とまで言われている中でも、とびきり異常な才能とも言える。


 元来実力主義の国であるエリスメリスではあるが、それでもアリサは流石に若過ぎた。後ろ盾のない彼女に対し、嫉妬によるやっかみを受ける事も多々あった。もちろん、そんな輩は皆燃やされたが。


 その度にメディアに面白おかしく書かれるのだから、彼女からしたら堪ったものじゃないだろうとオッサンは思う。


 いくら魔術が天才的であっても、彼女はまだ十四歳。十五歳から成人とされるエリスメリスにおいて、まだ未成年の扱いなのだ。


 ならば弟子ではあるが、すでに年齢的におっさんと呼ばれても可笑しくない自分が彼女を守らなければと思う。


 そんな風に決意を露わにしながら窓の外を見ると、激しい雨が降っていた。


「今日は雨ですね」

「雨は嫌いだわ。炎の魔術が使いにくいもの」

「俺は好きですよ。師匠と出会った日を思い出しますから」


 ――おっさん、そんなところで寝てたら死んじゃうわ。


 名前もない、記憶もない、気付けば路地裏で倒れていた自分を見つけてくれたのは、小さな小さな少女だった。


「アンタも可笑しなやつよね。記憶がないからって、普通自分でオッサンなんて名前にする?」

「師匠が初めて呼んでくれた名前ですから」

「そう言うつもりで呼んだ訳じゃないわよ、馬鹿」

「それに、オッサンってなんか聞き覚えがあったんですよね。多分俺、記憶を無くす前もおっさんって呼ばれてたんだと思います」

「べ、別に今のアンタを見ておっさんなんて思わないんだけどね。あの時は顔も見れなかったし、ずぶ濡れだったし、その……今は結構格好いいと思ってるし……」


 段々と声が小さくなっていくアリサに、オッサンは彼女がフォローしてくれているのだと思い、笑顔を向ける。


「いいんですよ。実際の年齢は分からないですけど、大体三十前後ってところですし、師匠から見たら十分おっさんですって」


 ――記憶がない? だったら家に来なさい! 私の弟子第一号にしてあげるわ!


 名前も記憶もない、自分が何者かも分からない中で出会った彼女は、まるで道標のように暖かく輝いていた。


 ――オッサン……今の私で魔王に勝てるかな?


 いつも自身満々である彼女が本当は、ただの寂しがり屋の女の子だと言う事も知っている。


 ――あんの糞メディアァァァ! 今度こそ灰にしやるんだからぁぁぁ!


 怒りで新聞会社に突撃していくほどアグレッシブな彼女を止められるのは自分だけだ。


 彼女の傍にいる理由は沢山ある。だから今日もオッサンは弟子として、彼女を支え続けるのだ。


「さあ師匠、今日も魔術の特訓してください。俺、もっと強くなりたいんです」

「そうね。オッサンは意外にセンスがいいから、いつかタイトルが取れる日が来るかもね」

「魔王のタイトルもですか?」

「それは生涯私の物よ」


 そう言ってにひひ、と太陽のように笑う彼女を守れるよう、オッサンは今日も弟子として修行に励むのであった。


 これが恋なのかどうか、それは本人達もわかってはいなかった。

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