ある夏。
追川イサ
ある夏。
はいじゃあ次、わたしの番ね。この時期にリモート百物語やろうとか、皆も物好きだね。怪談ねえ、うーん・・・怖い話、怖い話・・・あ、それっぽい体験あった。特にオチもないけどそれでいい?わたしが小学校の時の話だよ。
夏休みの宿題に、地元の景色を描いてこいっていうのがあったの。図工のやつで、何か地域のコンクールのだったかな。でもめちゃくちゃ暑いでしょあの時期って、熱中症も注意される中で写生とかやりたくないじゃない?だからその辺の写真を適当に撮ってね、家で課題やろうと思ったの。クーラー効いてるし、絵の具とか画材散らかしても無くさないし。でデジカメ持って帽子被って家出たの、「いってきまーす」って母親に声かけて。
わたしの地元ね、埼玉なの、武蔵野。住宅街の中にもあっちこっちに雑木林があってね、その中に入ると生活音がサーッと消えるの、変な感じ。人の生活圏からスパッと切り離されて、異世界に迷い込んじゃった気がする。でね、野火止用水てのがあって、その水路周りがやたら鬱蒼としてて、ここならどの景色撮ってもいい感じの絵が描けるなって思って、流れを遡っていったの。歩きで。
住宅地の水路はまだ明るいの、植物がそんなに無いから、水路も浅いし。歩道橋を渡ると一気に暗くなるの。木とか草とか沢山茂ってて、水路も急に深くなるんだよ、子どもが落ちたら自分じゃ上がれないよあれ。ブラブラ歩いていくとね、急に黒い蝶が目の前を通って。何匹も飛んでたから、わー綺麗だなーとか思いながらなんとなく追いかけたんだよ。
で、気がついたら森っぽい雰囲気の場所にいた。日が高いのに暗くて、人気も全く無し。植物が密集してて、橋が掛かってて。橋の向こうは公園だったかな。水面が見えて、錦鯉がいた。ちょうどいい雰囲気だったの。この景色にしよう!って。デジカメ構えて、橋から身を乗り出して、
ぎょろ、
って、目玉がこっち見てたの。・・・見間違いじゃないよ!充血した目がこっちを見たの!!・・・外見?分からないよすぐ顔引っ込めたもん。泥まみれで草が生えてたのと、胴体が長かったくらいしか。・・・手足?・・・手はあったと思う。5本指だった・・・かな。あんまり思い出したくない。
・・・え、今黒い蝶が?わたしの後ろの窓に?偶然じゃない?
もう写真とか考えられなくて、すぐ走って逃げたよ。ここにいたらいけない、あれに捕まる!って気がして。それで走り続けるんだけどさ、全然歩道橋につかないの。どこまで行っても頭の上に林が被さってて、周りは薄暗いまま。しかも後ろからぱしゃ、ぱしゃ、そんな足音が聞こえてくるの。生臭い匂いもしてきて。なんでこんなことになるのって、泣きながら足を動かした。
ぱしゃ、
え?今、水音がした?わたしは聞こえてないけど・・・
とにかく、ひたすら逃げた。けど足音と匂いがどんどん近づいてきて、もうだめだ捕まるんだ、って絶望したね。その時、まだデジカメを手に持ってることに気がついた。武器だ、そう思った。他に投げられそうなもの、持ってなかったし。覚悟を決めて、立ち止まって、振り向きざまに投げた。追いかけてきたやつに当たって、ぼご、て音がしたら、
気がついたら家の前に立ってた、転んだ覚えもないのに服も靴も泥だらけ。デジカメも無くしたから、しこたま母親に怒られたなあ。それから?特に何もないよ。わたしが前より怖がりになって、雑木林にも水路にも近づかなくなったぐらい。課題は結局何書いたんだっけ、えーと、学校の外観を描いて出した。これでわたしの話は終わり。ね、オチも何もないでしょ。
何、皆どうしたの変な顔して。さっきの蝶?音?偶然だよ偶然。そんな気にすることないじゃん。
ぴしゃ、
え、今どこに住んでるかって?立川だよ、東京。近くに玉川上水が流れててさ。・・・繋がってる?玉川上水と?野火止用水が?
・・・・え?・・・後ろ?何、何がいるの、
ぎょろ、
ある夏。 追川イサ @kerochan763
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