④
周囲で木が燃えています。
子供の魔物が泣き叫ぶ声のする民家では、雷によって焼け焦げた屋根が散乱していました。
村に在った洞窟の入り口は濁流によって削れ、無数のせり出た土の塊が地面にヒビを作っています。
そして殆どの建築物は、かまいたちにも似た風の力でバラバラに切り裂かれていました。
壊滅したと言っても過言では無い村の状況。この地獄の様な惨劇を作り出したのは……。
――それは全て、私の放った魔法の力でした。
「魔女様……一体何をしてるんだ……」
目の前が地獄に変わり果てて、その場に居た全ての魔物と全ての魔導士モドキは、恐怖の表情を浮かべて私の事を見ていました。
そんな状況の中、私に話し掛けてきたのはこの村の村長でした。
私は杖を強く握りしめたまま、早歩きで村長の前まで歩みを進めます。
――バシンッ。
私の張り手が村長の頬に直撃しました。しかし村長は魔物……人間の子供、しかも女の子のビンタ等、虫に刺された程度の痛みしかなかったのでしょう。不思議そうな表情を浮かべて、涙目になった私に動揺しているだけでした。
「……どうして叩かれたのか、分かりますか?」
「…………」村長は何も答えません。
「では聞き方を変えます。貴方は何を守る為に戦っていたのですか?」
「村の者を……ミルフィを守る為だ」
……あれだけミルフィに怪我を負わせておいてその発言、やはり自分が何をしたのか分かっていないのでしょうね。
怒りを露わにする私の顔を見て、村長は何か別の事を考えたのでしょう。小さくタメ息を吐くと「もちろん、魔女様を守る為にも戦っていたさ」とか言い始めました。
やはり、自分が何を傷付けていたのか分かっていないのですね……。
「では、貴方の右手の爪に付いた赤い血は何なのでしょう?」
村長は自分の右手を見ます。
魔物の血は青いので、この場で流す赤い血は人間の物になります。しかし村に住む魔導士は満身創痍で撤退していましたし、魔導士モドキは私が拘束しています。残りは私の血か、彼女の血になる訳です。
ここまで説明してようやく気付いた村長は、手を震わせながら私に聞いてきます。
「まさか……私がミルフィを……?」
「……そうです。貴方が過激派に殴り掛かる直前、ミルフィは貴方を止めようとしがみ付いていたのですよ」
「……無事なのか?」
「私が見た時点では生きていましたが、人間は魔物に比べて脆いのです……正直、魔導士によって安全な場所に運び込まれた今も生きているかは分かりません」
「…………………………………………」
自分のした事に気付いた村長は、感じてしまった絶望感や罪からか、その場に崩れ落ちて「ごめんよ……ミルフィ」と、泣き出してしまいます。
そんな彼を魔法を使って無理矢理立たせた私は、もう1度彼の頬に張り手を浴びせました。
――バシンッ。
これ……実は私が痛いだけなのですが、相手を冷静にさせたり喝を入れるには、叩くのが最も効くのですよね。なので痛みを堪えて、私は村長にビンタをするのです。
「下らない絶望をして、意味の無い懺悔をする暇があるのなら、今直ぐミルフィの傍に行ってあげなさいよ!」
「だが…………」村長は過激派の方を振り返りました。
「いいから行く! 彼等は私が何とかしますから!」
「……分かった。すまないな、魔女様」
村長はそう言うと、外に様子を見に来ていた魔導士に連れられて、ミルフィの元に向かって行くのでした。
さてと、次に過激派の魔物達ですね。
私は先程まで村長と交戦していた、恐らく過激派のリーダーと思わしき魔物の前に立つと、村長と同様に全力で頬に張り手を入れました。
――バシンッ。
「……俺は、何故叩かれた?」
地味に効いたのか、魔物は叩いた頬を擦りながら聞いてきます。
「魔素が欲しいからって小さな子供まで無意味な戦いに巻き込んで、沢山沢山傷付けて、気分はどうです? スッキリしましたか?」
「俺は別に……この村のガキがどうなろうと知ったこっちゃねぇぞ」
「貴方はそうかもしれません。でも、訳も分からずに争いに巻き込まれて、死ぬかもしれない一生残る恐怖を植え付けられて……もしもそれが貴方だったらどうですが? 嬉しいですか?」
「…………」魔物は首を横に振ります。思ったよりも素直な方ですね……。
「そうでしょう? ならば自分がやられて嫌な事は、他の者にもしない! 分かりましたか?」
「あぁ……だが――」
「分・か・り・ま・し・た・か?」
「……はい、すんません」
よし、これで過激派も収まりましたね。最後に魔導士モドキです。
魔導士モドキ達の拘束を解いた私は、彼等を一列に並ばせると、一人ずつ張り手を浴びせました。しかし最後のうるさい方だけは、何となくグーパンです。
「貴方達が魔物を狙う理由は知っています、生きる為でしょう?」
私がそう言うと、女性の魔導士モドキがブラウスの襟を掴んで泣きながら言ってきます。
「そこまで分かってるなら邪魔しないでよ! 私達はこの方法でしか生きる術を知らないんだから!」
「……ならば私が、今ここで他の生きる術を伝授してあげます。以降、魔法を悪用しないでくださいね」
「悪用したら……どうなるんだ?」
青年の質問に、私は不敵に笑いながら答えます。
「拘束した際に、貴方達全員に私の魔力を流し込みました。もしも人を殺せるほどの魔力を使ったら……貴方達の肉体が爆散する魔法を掛けてね」
「――っ!」
引きつった表情で固まる魔導士モドキ達。まぁ肉体を爆散させる事は可能でも、そんなトラップじみた遠隔の魔法は存在しないのですけどね。
えぇ、彼等に言った事は全て嘘です。なので今まで通りに魔法を使っても、本当は問題ありません。ですが一瞬にして村を滅ぼす様な真似をする事が可能な私が、不敵な笑みを浮かべて言うのです……さぞ怖いでしょうね。
「さて、早速ですが貴方達が生きる方法を伝授しましょう」
微笑みながらそう言う私に、魔導士モドキ達は真剣な表情で聞く態勢を取っています。
「……それは?」
「簡単な話です。この村で皆と仲良く住めばいいのですよ」
「いやいやいや、人間と魔物が共存するのは不可能だろ!」
「その不可能を可能にするのが、この村です。現に魔導士数人はこの村に滞在してる訳ですし、騙されたと思って住んでみてはいかがでしょう?」
悩む彼等を放置して、今度は過激派の魔物達に提案をします。
「貴方達が欲しいこの村の素晴らしい物……この村に居れば恩恵は得られるのですよね?」
「あ、あぁ……まぁな」
「であれば、わざわざ村の魔物を根絶やしにせずとも共存すればいいのでは?」
「……だがそれだと効果が薄まるんだ」
「どの様な物でも、何でも独り占めは出来ないのですよ。と言う訳で、貴方達も今日からこの村の……穏健派の住民です!。良いですね?」
「俺等は基本的に暴れたい――」
「良・い・で・す・ね?」
「…………はぃ」
ふふ、魔物も話してみれば可愛い方も多いのですね。良い事を知れました。
……さて、話も纏まった事ですし、私……そろそろ倒れても良いですよね?。
――パタンッ。
背中の傷が中々に重症だった私は、その場で倒れてしまいました。そして驚いて駆け寄る過激派の魔物や魔導士モドキに心配されながら、私は意識を暗闇の中に落として行くのでした……。
〇
その後、何だかんだで一命を取り留めた私は、話し合いをした上で全ての魔物と魔導士モドキが穏健派に加わる話を聞き、安心しながら村を出ました。
因みにミルフィも一命を取り留めていて、直ぐ元気になる事を魔導士達は約束してくれました。
そして私がボロボロにした村なのですが……元通りに直そうとした所、村長から「直さないでほしい、これは我々が忘れてはならない争いの代償なのだ」と言われたので、特に手は付けませんでした。……まぁ残す事で争いの怖さと惨さを胸に秘め、平和を目指してくれるのならば、久々に本気で怒った甲斐もあったと言うものです。
「また、いつかあの村に行きたいですね」そう思いながら、私は箒に乗って空を飛んで行くのでした。
〇
その出来事から数ヶ月が経った頃でした。私は魔物が住んでいそうな場所を転々としながら、時に歓迎され、時に襲われつつ、少しずつですが魔物とのコミュニケーションの取り方が分かってきていました。
「しっかし、エレナさんも物好きだよね」
「何ですか? チョロ子。貴方だって魔物との交流を私以上に楽しんでるではないですか」
「どちらかと言うと、話しながら魔素を食べるのが楽しいだけなんだけどね」
「……乞食ネズミが」ボソッ。
「聞こえてるからね? 次の夕飯まで恨むからね?」
こんな感じでチョロ子と他愛ない話をしていた時でした。私は後ろから飛んできた飛行型の魔物に声を掛けられたのです。
最初は誰なのか分からなかったのですが、どうも魔物と人間が共存する村に住んでいた魔物の一体だったそうです。
魔物は数ヶ月前のあの出来事の事を私に凄く感謝しながら、今の村の状況を楽しそうに話してくれます。
村に魔物だけでなく、引っ越してくる人間も増えた事。今でも当事者の全員が私の事を覚えていて、あの頃の事を思い出に酒を呑み交わしている事。村長がミルフィになり、元村長のバックアップを受けながら村を良い方向に導こうとしている事。そして、最近になって1組の人間と魔物が結婚した事。
そうですか……数ヶ月でそれほど変化したのですね、あの村は。
魔物の幸せそうに語る顔を見ながら微笑んだ私は、ミルフィが村長になった事に驚きながら、ますますあの村に戻ってみたいと思ってしまうのでした。
あ、因みにですが、私のお陰で村が大きくなったという事もあってか、村の名前が私の名前を弄った形で『エレーナの村』になったそうです。しかも村の中央には英雄として私の石像が建てられたのだとか何とか。……何だかこそばゆいですね。
ひとしきり幸せそうな表情で村の状況を説明してくれた魔物は、最後に「魔女様、また村に戻ってきてくれない?」と聞いてきました。
ですが私は、首を横に振ります。
「いつか行く事は約束します。でも、今ではない……まだまだ先のお話です」
「……そっか。それでも戻ってきてくれるなら、ミルフィも喜ぶと思うよ」
「だと良いのですけどね……では、私は先に行きますね」
魔物に会釈した私は、そのまま前を向いて旅を続けるのでした。
しかし前を向いて飛び続ける私の顔は、胸に秘めた嬉しさをちょっぴり表情に出していた為、いつも以上に笑顔になっていたのでした。
「大きくなった村と貴女を見るのを、楽しみにしていますよ……ミルフィ」
終末世界、魔女の旅 水樹 修 @MizukiNao
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