③
ハーブを集め終わった私達は、休憩も兼ねて崖の縁に座りながら他愛ない話をしていました。
どうもミルフィ、商人夫婦の間に生まれた子らしいのですが、いつまで経っても商売の手伝いが出来ないという事で『欠陥品』と言われ、この魔物の村付近に捨てられたそうです。きっと彼女の両親的には、ミルフィが魔物に殺されてしまえばいいと思ったのでしょうね。
と言うのも、国にも魔物に対する制度があり、これは商人に限った話なのですが、移動中に魔物による被害を受けた者は、自己申告をして損害補償としてお金を受け取れるものがあります。
当然、娘が魔物に殺されたとなれば受け取れる保証は莫大な物になった事でしょう。……ムカッ腹の立つ話です。
しかしミルフィは「お父さんにもお母さんにも捨てられたけど、今は村の皆が親みたいなものだから」と、悲しそうな笑顔でそう言います。とても強い子です。
しかし自分の娘よりお金を取るとは……昔の私なら悪人認定していそうですね。
「…………」
一瞬……ほんの一瞬だけ、彼女の悲しそうな笑顔を見て「この子を捨てた両親こそ、魔物に食べられてしまえばいいのに」と思ってしまった私は、彼女の両親と同様に心が歪んでいるのでしょうか?。
そんな事を考えたいた私ですが、顔つきが怖くなっていたのでしょう。ミルフィは少し怯えた表情で私の手を掴み、悩みながら別の話題を振ろうと四苦八苦していました。
「……まったく、私はダメダメですね」そう呟きながらミルフィの頭を撫でつつ、私は笑って見せます。
年下の子に心配させて気を使わせて……私の反省して直さないといけない所です。
そして彼女の意図を汲み、悩む彼女の代わりに私から別の話題を振りました。
「そう言えば、近くに別の魔物の村があると聞いたのですが、どうして一緒に住まないのですか?」
私がそう聞くと、これまた悲しそうな顔をしながらミルフィは答えます。
「私達の村、穏健派の村なんだけど……もう一方は暴力的で排他的な過激派の村なの。だから近寄れないし、一緒に住もうと提案もしにいけない。下手すると私達まで殺されかねないから……」
「……魔物同士で殺し合いをするのですか?」
「人間だってするでしょ? それと一緒だよ」ミルフィは続けて言います。「それに、過激派は私達の村を横領しようと目論んでるから、どうしても手を取り合えないの……」
「どうして村の横領を?」と言うか横領って……。
「よく分かんないけど、魔物にとって素晴らしい物が村の洞窟にあるからだって」
魔物にとって素晴らしい物……まぁ十中八九魔素の事でしょうけど、そもそも魔素は空気中に漂っていますし、物と言える固形では無い筈ですが。
とりあえず今の私に言える事は、人間だろうと魔物だろうと、無駄に面倒な事情を抱えて生きているって事だけですね。
さてと、話も一旦途切れた事ですし、それなりに休憩もしましたし、そろそろ村に帰りましょうか。……過激派と鉢合わせもしたくないですしね。
こうして私達は、行きと同じ様に膝の上にミルフィを乗せて箒で飛び、村に飛んで行くのでした。
〇
村が近付いて来た時でした、私と頭の上に居るチョロ子は、殺意の籠った気味の悪い魔力を感じて顔を歪めました。
「エレナ様、どうしたの?」
ミルフィは顔色1つ変えずに聞いてきます。これ程の魔力を感じない辺り、きっと彼女に魔法の適正は無いのでしょう。
「何でもないですよ」笑いながら言った私は、小声で私の肩まで這い出てきたチョロ子に向かって呟く様に聞きます。
「これ……あの村だけの魔力ではないですよね」
チョロ子は頷きます。
「あの村に、これ程の辛い魔力は無かった筈だよ」
……魔力に辛いとかあるのでしょうか?。
あぁ……そう言えばこのネズミ、魔素を食べてるのでしたね。
そんな話をしていると、徐々に村が見えてきます。早く帰りたいのか、ミルフィは待ち遠しそうに身を乗り出して村を見据えています。
――その時でした、村の中から飛んできた雷の魔法が私の眼前に迫ってきたのです。
――バァァン。
飛んできた雷魔法と同質量の雷と魔力を混ぜて反射的に飛ばした私は、無事に怪我はありませんでした。
しかし今の魔法、明らかに攻撃の意思を持っていて、それでいて狙って上で放ってきていました。……穏やかではないですね。
「エ……エレナ様?」ミルフィは心配そうな表情で私を見上げます。
「大丈夫……でもないですよね、村の方は」
「エレナ様……急げる?」
「急いでどうするのです? 先に忠告しておきますが、ミルフィに出来る事は何も無いですよ?」
「――っ!」
私の急に突き放す様な発言に、ミルフィは驚いて固まります。
分かっていますよ、戦いを好まない村に住む、強くて優しいミルフィの考えてる事。
村で起きている争いを止めたいのですよね? 皆の無事を確認したいのですよね? 襲ってきた相手と和解したいのですよね? えぇ、分かっていますとも。
……でも現実は非情で、貴女に出来る事は何も無いのです。村に降り立って走り出したら、四方八方から魔物を殺せるほどの高威力な魔法が飛んで来るでしょう。それに直撃でもしようものなら、人間なんて一瞬で肉塊です。
ミルフィの強さと優しさを知ってる上に、私でも同じ行動を取るであろう事が分かっている分、こんな事を言うのは私だって心苦しいです。
――だから、彼女の代わりに、私がこの争いを止めて見せます。
急いで村の端に降り立った私達は、とりあえず村長の家に裏口から入りました。
「村長!」ミルフィは村長の元に駆け寄り、抱き着きます。
「おぉ、ミルフィ! 姿が見えないから心配してたんだぞ!」
「すみません、私が外に連れ出していました」
私は村長に頭を下げます。しかし村長から帰ってきたのは、お叱りではなくお礼でした。
「魔女様、ミルフィを安全な場所に連れ出してくれていた事、礼を言うぞ。次からは一声ほしいがな」
「ご、ごめんなさい……」
そう言えばノリと勢いでハーブを取りに行ったのでしたものね。村の魔物に声を掛ける事、すっかり忘れてました……。
さて、謝罪も済んだ事ですし、状況の説明を聞いておきましょう。見た所、かなりの数の人間……恐らく魔導士レベルの魔法を使える野盗の様な人も居ましたし、魔物の数も倍近くに増えています。ハッキリ言って、今の三つ巴の状況が何なのか、全く分からないのです。
「村長、今の状況は?」
後ろで摘んできたハーブを洗うミルフィに聞こえない様な声で、私と村長は話し始めました。
「殺気の高い魔物は過激派の連中で、もう一方は魔物狩りを生業にしてる、時々ちょっかいを掛けて来る魔導士モドキだ。最初は過激派だけだったから、村に在住してる魔導士が応戦してくれてたんだが……」
なるほど、状況は分かりました。どうして三つ巴になったのかも察しは付きます。
恐らく魔導士モドキは、この村の戦闘力が低い魔物を安全に狩って生計を潤したかったのでしょう。でも不思議と魔導士の管理下にあったが為に、実力の追い付かない彼等では村に手が出せなかった。
そして魔導士モドキは、今度は過激派の魔物を狙ったのでしょう。しかしそのタイミングで過激派は、穏健派の村に奇襲を仕掛けに向かってた。それに気付いた魔導士モドキ達が漁夫の利を狙うのは至極当然の戦略です。
過激派がこの村を襲った理由は、ミルフィが話してた素晴らしい物を狙っての行動なのは読めますが……どうしてこのタイミングで動いたのかは分かりませんね。
まぁ何でも構いません。とりあえず魔導士モドキをコッソリと風魔法で拘束して、雷魔法で魔物の目を眩ませてから私の魔力を流し込んで体を痺れさせて、それで終わりです。
「それでは、この争いを止めに行ってきます」
そう言った私は、魔法で姿を消しながら裏口から出て行きました。
姿を消す魔法は、色々な属性の複合魔法です。厳密には姿が消えているのではなく、光を屈折させて私の姿を映さない様にして反対側の景色を見せてるだけだったりします。なので近くで見ると、私の周囲は靄が掛かった様に少し歪んで見えてしまうのが欠点になります。後、足音は普通にするので耳が良い相手には姿を消してもバレます。主に先生とか……。
まぁ村の状況は乱戦、足音で気付かれる事もないでしょうし、視界が霞んでいても気にも留めないでしょう。詰まる所、今の私……最強です!。
ささっと裏口から出た私は、大胆にも箒に乗って低空飛行で魔導士モドキ達の背後まで飛んで行きます。
「ねぇ……今、強い魔力を感じなかったかしら?」「あ? 気のせいだろ」「フッ……とうとう俺の真の実力に気付かれてしまったか゚……」
「…………………………………………」
この人達、放って置いても全滅しそうなほどに呑気ですね。
まぁいいや。そーれ、ほほいのほい。
「きゃ!?」「うお!? なんじゃこりゃ!?」「ぐぬぬ……よもや俺の内に潜む邪神が――」
「あーもう、最後の人うるさいですね」
私は姿を現すと、うるさい魔導士モドキの口に魔力の塊を詰め込んで黙らせます。
「ま……魔女!?」「うっそだろ……この村には魔物と魔導士しか居ない筈だ!」「ん~~!うっふ~~ん!」
「黙ってても、最後の人はうるさいですね……」
さてと、残りの魔導士モドキも拘束しましょう。ほほいのほーい。
辺りで手足を拘束されてバタバタと倒れていく魔導士モドキ達。何だか呆気無いですね……。
魔導士モドキの拘束が終わり、次に魔物の目を眩まそうとした、その時でした……思いがけない事態が起こったのです。
「もう止めて!」村の中央でミルフィの叫ぶ声が聞こえました。
村の中央付近は過激派の魔物に囲まれていてミルフィの姿は見えませんが、あの声は間違い無く彼女の声です。
「もう止めてよ! どうして殺そうとするの!?」
ミルフィがそう叫んだ時です。過激派の一体が彼女に向けて、鋭い爪を大きく振り上げてから降ろしてきました。
――バシュッ。
引き裂かれる音と共に、鮮血が宙を舞いました。
「まったくもう……貴女に出来る事は……何も無いと言った筈ですが……?」
ミルフィの目を見開いたまま固まる顔には、血がぽたぽたと零れ落ちています。
「エレナ様!? 血……血が出てる!」
そう、ギリギリ滑り込みで間に合った私は、ミルフィを庇って魔物に背中から斬り裂かれていたのでした。
「大した傷では無いですよ……ミルフィに怪我が無くて良かったです」
さてと、どうしたものでしょうか? 予定が完全に崩れましたし、私もそれなりに重症です。
…………。
おっと、考える前にミルフィのこの場から逃がす事が先決でした。
とりあえず村長宅までの退路を――。
「ぐおおおおおお!」
「――!?」
私が施行を巡らしていると、村長宅の方から一体の過激派の魔物が吹き飛んで来ました。死ぬ様な致命傷ではなさそうですが、かなりの殺傷力を持つ攻撃である事は間違いありません。これは一体……?。
顔を上げると、魔物が吹き飛んできた方には村長の姿がありました。覚悟を決めたのか、その殺気には重みを感じます。
「ミルフィを……皆を傷付けるお前等は……殺すッ!」
村長が怒りの遠吠えをあげます。
「待って! 村長!」
「止まってくださいミルフィ! 今の彼に近付いては――」
走り寄ったミルフィに気付かず、村長はその大きな腕で彼女を弾き飛ばして私の前に立ち、過激派を殴り飛ばしました。
その風圧で吹き飛んだ私は、幸運にも力なく倒れるミルフィの傍に転げていきます。
「ミルフィ、無事ですか?」
フラフラと立ち上がった私は、ミルフィに近寄りました。
そして気付いてしまったのです。彼女の小さな腕に刻み付けられた、大きな爪後に。
目を見開いたまま、頭から血を流して血溜りを作る……まるで死んでいるかの様な彼女の姿に。
「…………………………………………」
膝から崩れ落ちた私は、ミルフィを抱き上げて胸に手を当てます。
……大丈夫、生きてます。
ホッとするのと同時に、私の中には押さえきれない程の怒りが湧いてきていました。
「魔女様! ご無事ですか!?」
傷だらけの魔導士が私の元に近寄ってきます。ですが私の放つ魔力を見て驚いた魔導士は「ミルフィの治療の為、退かせてもらいますね」と言い残すと、足早にその場を去って行くのでした。
「…………貴方達、自分が何を傷付けたのか、本当に分かっているのですか?」
再び村の中心まで歩いて行った私は、そこらじゅうで戦う全ての魔物に対して問い掛けます。
しかし戦う事に夢中になった魔物達は私の問いを無視、あろう事か私にまで攻撃を仕掛けてくる始末。
――……ふざけるなよ?。
攻撃してきた魔物を魔法で弾き飛ばした私は、体中に最大まで魔力を込めて杖を振りかざします。
そして次の瞬間……村全域に基本属性5つの上級魔法が無数に降り注ぎ、辺りを一瞬にして地獄絵図に変えてしまうのでした。
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