魔物の住む村に来てから、かれこれ数日が経ちました。

 この村は何と言いますか……国と同じ雰囲気を感じて落ち着けます。

 更に村に住む魔物とも仲良くなり、初日には考えられないほど、私は無警戒のまま伸び伸びと羽を伸ばしていました。

 私はずっと、魔物は明確な『悪』として認識していたのですが、この村で過ごす内にこの認識が間違いである事に気付かされ、今まで酷い思い込みをしてごめんなさいって感じましたね。

 そう思えるほど、この村の魔物達は優しくて社交的なのです。

 そうそう、初日に出会ってからずっと気になっていた女の子なのですが、毎日の様に村近辺の雑草を拾い集めては、私に「これはハーブ?」と聞いてくるのです。

 で、本当は向こうから事情を話すまで触れない方が良いかと思っていたのですが、女の子がハーブを集める姿があまりにも必死過ぎに感じてしまい、迷惑とは思いつつも彼女がハーブを求める理由を教えてもらいました。

 すると彼女、どうやらこの村で自分を住まわせてくれている魔物が怪我をしたらしく、その傷を一日でも早く治したいと思い、朝から晩までハーブを探していたという事を語ってくれました。……健気で可愛いし良い子だと思いますが、無知さ故の残虐さも感じてしまいましたね。

 と言うのも、雑草とは魔力に対する毒を持つ事もあります。それこそ死んでしまうほどの毒を持つ雑草など、ごまんとあります。

 特に魔物は、言ってしまえば魔力の塊です。魔女の私が高熱を出すほどの魔素毒であれば、恐らく魔物では即死でしょう。

 雑草とは魔素を体内に多く持つ者にとって、それほど危険な野草なのです。

 その事を女の子に説明した所、彼女は心底悲しそうな顔をしながら、何処かに行ってしまいました。

「……教えない方が良かったのでしょうか?」

 女の子の哀愁漂う背中を眺めながら、私は呟きました。

 その時、ひょこっと私の髪の中から顔を出したチョロ子が「いや、教えてあげたのは正解だと思うよ」と、言ってくれます。

 ……そうですよね、大切なものを自ら壊してしまう前に止めてあげられたのです。きっとショックを与えてしまいましたが、彼女の為になったと信じましょう。

「……さて!」私は頬を叩いて俯いていた顔を上げると、元気な声で「気分転換に何か食べましょうか」と、チョロ子に提案しました。

「エレナさんに任せるよ、なんせネズミには頬袋と言う異次元があるからね!」

 ……初日の肉を頬袋で腐らせたネズミが何を言う。

 そんなこんなで女の子の後ろ姿が見えなくなるまで見送った私は、美味しい物を求めて村の中を物色し始めるのでした。


 この村に来てから数日が経ちますが、私は毎日欠かす事無く例の肉を1食は食べてました。ですが昨日あたりから妙に体が重いのですよね……太ったのかしら?。

 まぁ体重の事はさて置き、食生活は間違い無く乱れていたので、今日はサラダを沢山食べようと思い、屋台でコーン入りサラダを購入して、ベンチに座って食べ始めていました。コーンは甘く、サラダはみずみずしくて美味しいです。……欲を言えばドレッシングか塩が欲しかった所ですが、無い物ねだりは止しましょう。

「そう言えばネズミやハムスターって、野菜から水分を摂取するから水自体は飲まないのでしたっけ?」

「いや? 夏場とかは普通に水を飲むよ。濡れたくないから水場には極力近付かないけどね」

「へぇー、水飲む姿のイメージが湧かないですね」

 緩い会話をしながらサラダをむしゃむしゃと草食動物の様に頬張っていた私達の前を、ローブを着た数人が通過していきます。

「――あ」ローブを着た一人の青年が私の前でそう呟くと、足を止めます。

「……んぁ?」そんな彼の顔を、私も見ます。「あ……魔導士だ」

 そう、私の前を通過していたローブを着た数人の正体は、10代の魔導士達だったのです。きっと彼等が、この村に移住した魔導士なのでしょう。

 ……しかし不思議ですね。魔導士のローブを着ていますが、その中に着ている服はこの村で売られている私服です。しかも杖や箒ではなく、何故か大量の木版と筆を持っていました。

「あの――」私が声を掛けた、その時でした。

 ――バッ!。

 魔導士達は一斉に姿勢を下げると、地面に這いつくばる様にしながら伏せます。

 そして「貴女は『星屑の魔女』のエレネスティナ様とお見受けします」と、強張った口調で言ってきました。

「えぇ、いかにも」サラダをチョロ子に渡しながら、私は言います。

「……我々を、連れ戻しに来たんですか?」

 後方に居た女性が、同じく這いつくばりながら涙ぐんだ声で聞いてきました。……何の話でしょう?。

「……?」私は首をかしげて聞きます。「何処に連れ戻すのですか?」

 私の質問に、魔導士の誰かが「……魔道協会」と呟きます。なるほど、考えてることは分かりました。

 きっとこの魔導士は、この周辺に魔道協会の任務で来たのでしょう。ですがこの村が気に入り、任務を放棄してこの村に移り住んだ……まぁその様な感じでしょうか。

「別に連れ戻す気はありませんよ」

「……えっ?」

 私のそっけない返事に困惑する魔導士達。そんな彼等に、私はサラダと間違われて指を噛まれ、地味に出血した指をハンカチで押さえながら言います。

「私は旅人ですし、この村に寄ったのも偶然。それに魔導士が居ると知ったのも、この村に着た後です。わざわざ旅を中断してまで連れ戻す必要を感じません」

「…………」呆けた表情で、正面の青年魔導士は私を見ています。

「何か?」

「いえ……エレネスティナ様は完璧主義者の、曲がった事が嫌いな方だと聞き及んでいたので」

 わぁお、私って周りからそこまで堅物に見られていたのですね。……ちょっとショック。

「私は完璧主義者ではありませんし、曲がった事が嫌いなのは私の師匠です」

 そう言った私は、サラダを食べ終えたので宿に戻ろうと立ち上がります。

「それでは、何をしていたのかは知りませんが、ごきげんよう」

 地面に突っ伏したままの彼等にお辞儀をした私は、頭にチョロ子を乗せると、宿に戻っていくのでした。

「規則を破ってまで我々の事を見逃してくれて、ありがとうございます! エレネスティナ様!」

 後方では魔導士の誰かが私にお礼を言っていますが、はてさて、文字通りに何もしていない私に対して何を感謝しているのでしょうね?。それに魔道協会の規則は、離反して『犯罪者』になった者に適用されると説明されています。

「……魔物とは言え、あんなに子供から好かれてる魔導士が『犯罪者』だとは、私には思えませんから」

 後ろを振り返り、子供に囲まれた魔導士を見ながら、私は小さく呟いて、今度こそ宿に戻っていくのでした。


 宿に戻ると、入り口の階段の前にはハーブの女の子が立っていました。

 また私に雑草を見せに来たのかと思いましたが、今回は何も持っていない様子。

「……魔女様、ハーブって何処に生えてるの?」

「そうですねぇ……少し遠いですが、村の外の崖で自生してるのは見かけましたよ」

 私がそう言うと、女の子は「そう……」と残念そうに言います。

「……一緒に取りに行きますか?」私が聞きます。

「いいの?」

「えぇ、今日は不思議と気分が良いのです」

 私はニコッと笑って見せると「それに、私は困ってる人には手を差し伸べる主義ですから」と言いました。

「それじゃあ、お願い……魔女様」

「えぇ、行きましょう」

 女の子の手を取った私は、箒を呼び寄せて座ると、膝の上に女の子を乗せて出発するのでした。



 暫く進んで崖に到着した私達は、早速ハーブを集め始めました。

 移動中に女の子から教えてもらったのですが、どうやら先程の魔導士達、この村の寺子屋で先生をしているそうです。あの沢山持った木版は教科書みたいな物なのでしょうか。

 それに魔導士達は、あの村の警備もしているそうです。

「頑張っているのですね、あの魔導士達」

「うん……だからね、魔女様」薬草を摘みながら、女の子は真剣なトーンで言います。「お兄ちゃん達、絶対に捕まえないでね」

 おっと? さっきの話を聞いていたのでしょうか?。

「捕まえませんよ、別に悪い事をしてる訳でもないのですから」

 少し話が途切れた所で、私はすっかり忘れてた自己紹介を女の子にしました。

「そう言えば、私はエレネスティナです、エレナと呼んでください」

「あ……そう言えば自己紹介、して無かったね」

 少しお姉さんっぽくクスッと笑って見せた10代そこそこの女の子は、ロングスカートをつまむと「ミルフィです」と、上品な挨拶をしてきました。

 形の話をするのならば、かなり様になって見えますが、ミルフィは何処でこの挨拶の仕方を覚えたのでしょうね?。……ちょっと子供っぽく無くて違和感があります。

「所で、エレナ様?」ミルフィは草を持って私に見せてきます。「これ、ハーブ?」

「…………」

「…………」

 うん。この周辺、ハーブしか生えていない筈なのに、どうして彼女はこうも雑草を引き当てるのでしょう……。

 それからも私はミルフィに色々な方法で雑草とハーブの判断を点けさせながら、彼女の持参したカゴいっぱいにハーブを詰めるのでした。

「エレナ様! これは自信ある!」

「…………雑草です」

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