魔物の村に住む、優しい少女のお話
①
「おっと……この村はヤバそうな雰囲気がしますね……」
旅人の魔女は、比較的大きな村の入り口で立ち止まりました。ですがそれは入り口を見張る者が見当たらないからではありません。
では、どうしてこの魔女は村の入り口で足を止め、頬から冷や汗を流しながら固まっているのでしょう?。
答えは簡単です。魔女の訪れたこの村は、普通の村ではなく――。
「グルルルル……」
「ヴァァァァァ!」
「たまには人肉も恋しいな……」
――人間の敵である、魔物の住む村だったからです。
(私……この村に立ち寄って殺されないでしょうか?)魔女は冷や汗を掻きながら考えます。
ここで正常な思考、或いは優秀な生存本能を持つ人間であれば引き返すのが当たり前でしょう。ですが悩んだ末に魔女の導き出した答えは、正常な解ではありませんでした。
「……ま、多分大丈夫でしょう。話してみれば愉快な魔物かもしれませんし」
そう、魔女はまさかの村に入る選択をしたのです。
馬鹿ですね。
命知らずですね。
魔女は軽快な足取りで村の中に入ると、鼻歌を歌いながら宿屋を求めて奥の方へと消えていきます。
さて、この馬鹿で命知らずな魔女なのですが……それ、実は私の事なのでした。
〇
何だかんだで宿に辿り着いた私は、普通にチェックインを済ませ、普通の部屋に荷物を置き、普通のシャワーを浴びてから、普通の村の中を見物してまわりました。唯一普通ではない事は、私の傍を通過する存在が人間では無く魔物である事なのですが、彼等は話してみると結構面白い存在なので気にしない事にしていました。
しかしこの村は……そう、一言で表すのならば『村サイズまで縮小した国』でしょうか。国に在った生活必需品を売る店や、大きな牧場、更には娯楽施設や寺子屋まで設けている村だったのです。
気になる点として、魔物が人間の必需品を必要としているのか、そもそも寺子屋は使われているのか等が挙げられますが、意外にも寺子屋は満室で、子供の魔物が宿題の内容で悩んでいたりします。随分と教養は高そうですね。
だからなのでしょうか、魔物は私を見ても普通に挨拶をしたり、少し話して笑い合う事しかしないのです。私からすると人間と接しているのと何ら変わりないので、変な錯覚を起こしそうになります。
さてさて、この村が国を真似ているのだとすれば、美味しい料理もあったりします。国でも人気の、牛や豚や鳥の肉をふんだんに使った肉料理を見つけた時は感動しましたね。値は張りますが絶品です。
私は気が付くと、この肉料理を魔物から買って、近くのベンチで寛ぎながら食べていました。
「何か良い匂いがするね」ネズミが帽子の隙間から鼻を出して言ってきます。
「食べますか? チョロ子」
「……チョロ子?」
「えぇ、君の名前です。いつまでもネズミと呼ぶのは面倒ですし、考えてみました」
「僕、オスなんだけど……」
「細かい事気にしてると、お腹が空きますよ? はい、あーん」
私はチョロ子を頭の上から膝の上に移すと、肉をあげました。ネズミは雑食でしょうし、肉も食べれるでしょう。多分。
「まぁ、エレナさんが呼び易い様に呼んでくれればいいよ」
チョロ子は肉を受け取ると、何を考えてるのか分からない愛らしい瞳を揺らしながら、頬袋に渡した分の肉を全て詰め込みます。
「……口の中で腐らせないでくださいね?」
「善処するよ」
……本当かなぁ。
チョロ子と会話をしながら肉を頬張っていると、隣に座った魔物がビールを飲みながら私に話し掛けてきます。
「魔女か……珍しいね」
「そうなのですか?」
「あぁ、珍しいよ。皆僕等を危険な魔物と思って近付いて来ないんだ」
まったく悲しい限りだよ、そう言いながら魔物はビールを一気に飲みました。
「白状しますと、最初は私も村に入るのを躊躇いましたし、仕方ない事ですよ」
「普通に考えれば、確かに仕方ない事だろうね。でも僕等は争いを好まない温厚派の魔物なんだ、出来れば人間達とも仲良くしたいと思っている」
「温厚なのは良い事ですね。私も争いは好みませんし、その気持ちはよく分かりますよ」
それからも魔物と色々な話をして時間を潰した私は、何だかんだで魔物に勧められたビールの飲まされ、先につぶれた彼に別れを告げて、夜の星空を眺めながら酔いを醒ましていました。
とは言っても、別に酔っ払ってる訳ではありません。単に気持ちが高ぶって身体がポカポカしてるだけです。うん、酔って無い、酔って無い。
さて、魔物から聞いて面白いと思った話が幾つかあります。
それはこの村の他にも、近隣にもう1つだけ魔物の村があると言う話と、この村にも数人だけ人間の魔導士が住んでいるという話でした。憶測ですが、この村の姿が国に似ているのは魔導士の影響が強いのでしょうね。
それから1時間ほどチョロ子と会話をして身体を冷ました私は、睡魔に誘われて宿の方に足を運んでいました。
その時です、私は人間の小さな女の子を見つけたのでした。
「こんばんは」私はしゃがみながら女の子に声を掛けます。「もう夜ですよ? 帰らないのですか?」
私の質問に頷いた女の子は、小さな声で「こんばんは……魔女様」と言うと、地面に生える雑草を集め出したのです。
「……どうしてこの時間に雑草を抜いているのですか?」魔法で手元を照らしてあげながら、私は聞きました。
「これ……ハーブじゃなくて雑草なの?」
「…………」この子、本当にハーブを見た事があるのでしょうか?。
私は地面に杖の先端を押し付けて、ハーブの絵を描いて見せます。
「これがハーブの形で、これが雑草の形です。どうです? 全然違うでしょう」
少女は無言で小さく頷きます。
「所で貴女は――」
私が話し掛けた瞬間、女の子は立ち上がると何処かに走って行ってしまいます。まぁ普通に考えれば家に帰ったのでしょうけど、どうしてこの時間までハーブを集めていたのでしょう……。
ちょっと不思議に感じながらも、別に困っていないのならば手を貸す必要も無いかなと思い、私はそのまま宿に帰って爆睡するのでした。
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