④
警戒されない様にしてネズミにゆっくりと近付いた私達は、この子と目線を合わせようと腹ばいになって、そのつぶらな目を覗き込んでいました。
「ちゅちゅー?」
「…………」
「…………」
そしてネズミに話し掛けた私達ですが、困った事が発生しました。
…………何言ってるのか分からん。
冷静に考えればそうでした。向こうが人語を理解出来たとして、その人語を喋る舌の構造を持ち合わせていないのです。であれば、ネズミはネズミ語を話す訳なのですが、私達はネズミ語を理解出来ません。なんてこったい。
「ちゅぴー?」それっぽく喋ってみます。
「ヂヂッ! ヂィー、ヂィー!」
言葉は通じないけど、今のは何となく分かりました。
怒られましたよね、私。
うーむ、どうしたものでしょう。出来ればネズミが友好的な内に説得してしまいたいのですが、意思疎通する手段がありません。
その時です、レーナはネズミの前に座ると「私の言葉が分かるなら、右手に触って?」と言い出したのです。なるほど、その手がありました。
ネズミは鼻を素早く動かしながらレーナの右手に近付くと、そっと小さな手をレーナの指の上に乗せました。
「この子、凄く賢いですね」
「ねー、下手すると馬鹿な人間より頭良いかも」
「……否定出来ないのが悔しいですけどね」
「でさ、この後どうしよう? 木版でも置いてみる?」
「ネズミに文字を書けと?」
「いや、そうじゃなくてさ、子供のやるおまじないみたいに木版に文字を書いて、その上をネズミに通過してもらうんだよ」
あぁ、それって『こっくりさん』でしたっけ? 修道院でも子供達がやってましたっけ。……私は除け者にされてましたが。
「でもレーナ、貴女木版を持ってきたのですか?」
「いや? エレナさんが持ってるかと思って」
「……私、とっても涼しい格好をしてるでしょう?」
「私も涼しい格好だよ?」
「いや競ってないですから……」
そんな感じで困り果てていると、意外な場所から意外な声が聞こえてきました。
「僕と話したいの?」
「「……えぇ!?」」
驚きのあまり、レーナはネズミを投げ飛ばしました。そして何故か私の頭の上に飛び乗ってきました。
「ネズミは目が悪いんだから投げちゃ駄目だよ!」
「ご、ごめん……」
えーっと、これは初めから喋りなさいよと、ツッコミを入れても宜しいのでしょうか?。
本当はツッコミたいですが、今は一刻を争う事態だという事と、このネズミは安全かどうかの確認が取れた訳ではないのです。喋れると分かった訳ですし、早い事話を進めてしまいましょう。
「あの、ここで地震を起こしているのは貴方ですよね?」
「あー、その事か」ネズミは私の頭の上で髪の毛を頬張りながら言います。シバくぞ貴様。
「あの地震で村に被害が出てるんだよ、止めてもらえない?」
「それは済まない事をしてしまったね、でも駄目なんだよ」
「……何故です?」後降りてください。
私が聞き返すと、ネズミは動きを止めて話し始めました。
「僕は、見て分かる通り……普通のネズミじゃないんだよ。魔素によって存在を歪められたネズミなんだ」
「魔素で存在を歪めるって……そんな事出来るの?」
「可能ですよ、現に『月光花』と言う花が魔素で歪められた食虫植物だと言われてますしね」
「あぁ、あの『人の命を吸う花』ね。国でも時々生えてて驚くよね」
「……続けていいかな?」ネズミが困った声で聞いてきます。
「あ、どうぞ」「おなしゃす」
私達の返しを聞いてごほん、と噓くさく咳払いをしたネズミは、途切れた話の続きを語ります。
「魔素によって存在を歪められた僕は、仲間の元には居られなかったんだ。魔素が悪影響を及ぼすからね。だから僕は一匹で生きていく決断をしたんだけど、そこで面白い事に気付いたんだ」
「それは?」私が聞きます。
「魔素さ……魔素で歪められた僕は皮肉にも、魔素で栄養補給出来る事に気付いてしまったんだ。まるで魔物だよね、僕」
「気に病まないでください、貴方はしっかりとネズミです」と言うか、いい加減離れてください。
「ありがとう、脇の魔女」
……ノースリーブ、止めようかな。
涙目になった私に気付かず、レーナはネズミに質問を投げ掛けます。
「それって、魔素に酷似する物なら何でも良いの?」
「基本的には構わないんだけど……吸い過ぎると駄目になっちゃうでしょ? 僕は無暗に食い尽くさないで共存したいんだ」
「まるで寄生虫ですね」
「……エレナさん、クールなのも素敵だけど妙に冷たくない?」
「気のせいです」
即答でレーナに返事をした私は、このネズミにある事を提案してみました。
「それなら、私の頭に住めば良いのではないですか? 魔女の魔力は他の物よりも多い訳ですし」
「……良いの?」
私は頷きます。あわよくばそのまま落ちてほしかったのですが、このネズミ私の髪を頬袋にしまってる所為で落ちませんでした。くそう。
「ありがたいよ、脇の魔女。君の名前は?」
「……エレネスティナです、そして脇の魔女ではなく『星屑の魔女』です。以降、間違えない様に」
「……何かごめんよ、エレネスティナ」
「……えぇ」
とりあえずこの場は落ち着いた訳ですし、後の事は村を直しながら聞きましょうか。
こうして私達は、意外とあっさり村の問題を解決してしまうのでした。
そして崖ごと村を時間逆転の魔法で修復している私は、ネズミがあの場所で何の魔素を吸っていたのかを聞きました。
するとネズミ、この活火山に流れていた魔力の地脈から魔素を吸っていたのだと言いました。なるほど、地脈ですか……。
そして村の修復が終わった私達は、宿に預けていた荷物を回収すると、何かお咎めを受ける前にそそくさと村を後にするのでしたとさ。
〇
あの村の出来事から半日が過ぎ、空が明るくなり始めた頃、野営していた私達は目が覚めました。あぁ、宿のふかふかベットが恋しいです。
「さてと、旅の続きにでも戻りますかね」寝間着を脱ぎながら大きく背中を伸ばした私は、ネズミに落ちていた木の実を与えるレーナに向かって聞きます。
「レーナはどうするのですか?」
「うーん……本当はエレナさんと一緒に行きたいけど、それはもう少し私が魔女として成長してからにしようかなと思うんだ」
「良い心掛けですね」
私はレーナの頭を撫でました。するとネズミも私の方に頭を付き出してきたので、指先で軽く撫でてやります。
「だからさ、私はもっと魔道協会で仕事をこなして魔女として成長してからエレナさんを追い掛けるからさ……寂しいけど帰るよ」
「そうですか」ちょっと残念だった私は、彼女を抱きしめながら言います。「頑張ってください、レーナ……応援してますから」
「……うん、私が追い付くまで、エレナさんも旅は止めないでね?」
私は笑顔で頷きます。
……さて、名残惜しいですし、話したい事も山の様にありますが、そろそろ出発しましょうか。
「それでは……また会いましょう、レーナ」
「うん、元気でね……エレナさん!」
別れを済ませた私は、ネズミを頭に乗せて帽子を被り、箒に乗って先に出発しました。
少し進むと、不意に私の後ろ髪がフワッと動きます。きっとレーナが出発した際に噴出した風魔法でしょう。
「…………」
ちょっぴり寂しさを感じた私は、少しだけ後ろを振り返ります。
しかし私達の居た場所にレーナの姿はもう無く、遥か遠くの空を飛んでいる姿が小さく映るだけでした。
「レーナ、だったかな? 良い子だね」
ネズミが帽子の隙間から鼻を出して言います。きっと彼なりの私に対する気遣いなのでしょう。
「えぇ、自慢の弟子です」
そう噛み締めながら言った私は、寂しさを堪えて国に戻ったレーナに恥ずかしい姿を見せぬようにと、前を向いて進み続けるのでした。
〇
魔道協会の仕事を終えて、私の弟子の弟子、或いは私の使用人が私の家まで戻って来たです。
無事に戻って来やがったのは良い事ですが……ウザさに磨きがかかった様な気がしてならねぇのは何故です?。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! ぜんぜー!」
「うぜぇし、汚ぇし、暑苦しいし、近付くんじゃねぇですよ」
「だっでぇぇ! エレナざんがぁぁ! 一緒に行ぎだがっだぁぁぁぁぁ!」
「…………」
とりあえず仕事先でエレナと鉢合わせたのは分かったです。そして察するに、仕事を理由にエレナの旅に同行しないで帰ってきたのも何となく分かったです。
エレナは魔道協会にあまり良い印象を持ってねぇですし、あの無駄に優しい性格も合わさって「任務は終えたんですし、報告とかしなくても良いではないですか」とか抜かして、レーナを旅に連れてってもおかしかねぇです。
という事は、レーナが自分の意思で帰ってきた事になるですが……大方「魔道協会で働いて、もっと優秀な魔女になったらエレナさんを追い掛ける!」とか何とか言って、カッコ付けて強がって、その反動がコレって事ですかね。
「わぁぁぁぁぁん! ざみじぃぃよぉぉぉぉぉ!」
「うっせぇですよ! ちょ、私のスカートに鼻水付けんじゃねぇです!」
「エレナさぁぁぁぁん!」
……どうして私の下で修業を積む魔女は、こうも変な性格の奴ばっかなんです?。
既にレーナの涙や鼻水で塗れたスカートから空に目を移した私は、タメ息を吐きながら「戻ってきたらシバくですよ、エレナ」と呟いて、レーナを風呂桶に閉じ込めてやるのでした。
「先生ー! 出してー!」
「落ち着くまでそこで喚くといいです、感謝しやがれです」
「このスパルタ先生がー!」
「おっとー? そんな事言う奴には夕飯やらねぇですよー? しかも数日間閉じ込めたままにするですよー?」
「いや……マジ……すいませんでした……だから出して……暗いの怖い……チビりそう」
……はぁ、外では事件とかあったそうですが、私達の所はまだ安全です。だから、安心して旅を続けるといいです。
その代わり、無事に私の元に帰って来て、その意味分かんねぇ下らない話を面白おかしく聞かせやがれです。
絶対ですよ、エレナ。
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