山の噴火が収まり、溶岩の流れも無くなった頃、私達はレーナの見つけた地震を起こしている犯人の元に急行していました。

 因みに付近にある崖っぷちの村なのですが、どうも村の方まで溶岩が達する事が無かったらしく、今も普段通りの暮らしをしている様でした。

「さて、到着だよ、エレナさん」

 そう言って私達が止まった場所は、山の反対側でした。

 足元に目を凝らしてみると、確かに煙に紛れて何かが居るのが確認出来ます。あれは魔物……と言うよりは小動物でしょうか?。とにかくシルエットが小さいのです。

 私は風魔法を作り出すと、山から発せられる煙を吹き飛ばして小動物の正体を確認しました。

「……ほう、これは意外な犯人ですね」

 私は感心した様に呟きますが、レーナは驚きが隠せないのか箒から身を乗り出して犯人を凝視しています。

「え? えーっと……えぇ!?」

 感心したり驚かれたりした犯人の正体なのですが、それはまさかのネズミでした。

 しかもこのネズミ、よく観察をしてみると魔導士と同等の魔力を体内に秘めている事が分かります。しかもその魔力を自身の身を守る為に用いているので、常に一定量の魔力を放ち続けていたのです。

 私がネズミの魔力に気付けなかった理由は、この山に蔓延る魔力がネズミの物では無く、この地域特有の魔素濃度だと勘違いしていたからなのでしょう。だから犯人を見つけても、観察しなければこの子が魔力を放ってる事に気付けなかった。

 分かり易く言うのならば高度な擬態化、或いは世界の崩壊前に使われていたステルス能力のジャマ―に近しい物でしょうか。とにかく、そんな感じで気付き難いのでした。

「とりあえず怪しいし、あのネズミ排除しようよ!」

 そう言ったレーナは、バレルロールしながらネズミに接近していきました。

「止めなさい! レーナ!」

 レーナを止めようと声を大きくして言いますが、時既に遅し……レーナの放った魔法はネズミを包み込んでいました。

 いきなりネズミを殺したレーナにお説教しようと近付いた私でしたが、そこで予想だにしない事が起こりました。

 ――ドォォン。

「え? また噴火?」レーナが驚いた表情で上空を見上げます。

「ボサッとしてないで逃げる!」

 レーナの腕を引いた私は、溶岩の陰から逃れる様に全力で退避しました。

「待ってエレナさん! このままじゃ村に溶岩が掛かっちゃう!」

「ですね……レーナ、爆発魔法は使えますか?」

「一応ね、でも実戦で使った事は無いかな」

「それでも構いません、溶岩を吹き飛ばしますよ!」

 そう言った私達は村の真上に移動すると、その場で爆発魔法を飛んで来た溶岩に向けて撃ち出しました。

 大量に流れ出る溶岩を幾多の爆発が食い止めています。しかし少しずつ押されてきてるのは明白で、後数分もしない内に私達は溶岩に呑まれてしまいます。ハッキリ言って最悪の状況です。

 しかし最悪は連鎖的に続くもので、更にとんでもない事が起こりました。

「エレナさん!」

「はい?」

「地震で村が崩れた! 皆落ちちゃうよ!」

 ……マジですか。このまま溶岩を食い止めても村人は全滅でしょうし、かと言って村人の救出に回れば、私達も溶岩の餌食です。

 …………。

 私は継続して魔法を放ちつつ、策を巡らせました。そして思いついたのは1つだけだったのです。

「……レーナ、1分間だけ私が溶岩を食い止めます」全身から魔力を解き放った私は、杖を取り出して言います。「貴女は全力で村人を連れて安全な場所に避難してください」

「二人でもギリギリなのに、エレナさんだけじゃ無理だよ!」

「多分、この噴火はレーナがネズミを刺激したのが原因です。甘えた事言ってないで私が死ぬ前に皆を助けてきてください」

 私にそう言われて少し傷付いたのか、レーナは涙を拭う様な仕草を取ると「……分かった」と、そう言ってから村の方に飛んで行きました。

 ごめんなさい、言い方がキツかったと思っています。だけど今は急ぎだったのです……許してください。

 心の中でレーナに謝罪をした私は、杖の先端から闇魔法を作り出し、それを板状にして目の前に展開させました。

 正直、かなり辛いです。ただでさえ究極魔法は魔力の消費が尋常では無いのに、それを板状にして広げているのですから一瞬で私の魔力は空っぽです。

 端の方から少しずつ、闇魔法が崩れていきます。もう気合を入れても復元出来ません……後は徐々に崩れていくだけでしょう。

「レーナ……早く!」

 両手で杖を握り、自然界に霧散する魔素を無理矢理吸収しながら、私は魔法を辛うじて継続的に展開し続けます。

 しかしどれだけ頑張ろうと、所詮は一人の魔女。とても優秀な存在であろうとも、自然の驚異は押さえきれません。

 徐々に闇魔法全体から溶岩が零れ落ちてきます、もう……駄目!。

 魔力が切れて闇魔法が消滅する音が響くのと同時に、私の眼前に高温の粘り気がある液体が襲い掛かってきます。

 もう、箒を動かすほどの魔力もありません。

「ヤバい……ですね……」

 箒を空中に維持出来なくなった私は、重力に引かれて真っ逆さまに落ちていきます。運が良ければ溶岩で溶かされて死ぬ事は無いでしょうけど、このままでは潰れて死んじゃうので差異はありません。

 諦めずに周囲を見渡しますが、私と共に崩れ落ちる瓦礫しか見当たりません。掴まれる場所なんて、もう何処にも……。

「…………………………………………」

 諦めかけた私は、流れに身を任せて目を瞑りました。えぇ、万策尽きました。

 目を瞑る私の手に、何か温かい感触を感じます。溶岩が触れたにしては痛みも無く、寧ろ優しさを感じずにはいられない温かさでした。

 手が骨になってたら嫌だなぁ、とか思いつつ恐る恐る目を開けた私の先には、箒の先に火が着いて、熱さに表情を歪めたレーナが映りました。

「エレナさん! 私、間に合った?」

「遅いですよ、まったく……」

 そのままレーナに救出された私は、とりあえず村人を避難させた安全な場所に移動してから対策を練る事にしました。


 私達が安全な場所に移動すると、そこに居た村人達は私達を睨み付けていました。どう見ても歓迎してる雰囲気ではないですね。

 しかしそれも仕方ない事でしょう。彼等からすれば、私達が山の調査に入った所為で居住区を失ったのですし。実際その通りなので言い訳も出来ませんし。

 しかし彼等の目を気にしていたら、いつまで経っても状況は好転しません。いい加減に作戦会議を始めて、早急に村を直して立ち去るのが吉でしょう。

「さて、この地震の犯人がネズミだった訳ですが……レーナは気付きました?」

「うん、デカい魔力を感じたね。でもネズミってあんなに魔力を溜め込めるもんだっけ?」

「それが不思議な所なのですよね……明らかに体の質量を越えた魔力でしたし」

 私がネズミの抱える魔力の事を考えてる間、レーナはレーナで別の事を考えていた様で、1つの疑問を私にぶつけてきました。

「と言うかさ、あのネズミ……多分エレナさんの声にも反応してた気がするんだよね」

「ネズミは耳がいいですからね」

「いや、そうじゃなくて。エレナさんが私を止めようとした時の声を聞いたネズミは、そのタイミングで既に魔力を自身の周りに収束させてたんだよ」

「つまり?」

「あのネズミ、もしかしたら人語が分かるんじゃない?」

「随分と薄い根拠ですけど、まぁ話し合いを視野に入れて対策を考えましょうか」

「はーい」

 それから数時間を掛けて作戦を練った私達は、結局話し合いが1番安全な解決策だと言う結論を下し、ネズミに話が通じる事を祈りながら安全な場所を後にするのでした。

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