ハレノヒ

山口 ことり

ハレノヒ(読み切り)

雨がきらい。学校に行くのが面倒だから?ううん、この雨がやむのが怖い。もう戻れないとわかっているから。雨は 三日間バカみたいに降った。雨上がりは、街をピカピカにして、空気も綺麗にしてくれた。

「優雨、起きなさい、遅刻するわよ。あぁ誕生日おめでとう。」

あまりの素っ気なさに、血の繋がった親子なのか疑ってしまう。父さんが、十一歳の時に死んでから、母さんは前しか見なくなった。後ろを振り返り、笑う事も泣くこともしなくなった。きっと私を育てるのに精一杯だから。

あれから、もう三年も経つ。

父さんとの思い出はは、ずいぶん色褪せたが、父さんが私を呼ぶ声、笑顔は忘れられない。昔は何度も父さんの声を探して歩いた。いないと分かった時の悲しみはもう忘れることはないだろう。ただ時間がたつと、思い出せる事がどんどん少なくなった。きっと身体のどこかが指令を出して、生きていくために私を守ってくれているんだと思う。今日は私の誕生日で、母さんは仕事で私は学校へいく。これが現実。


「優雨、誕生日おめでとう。」

「ありがとう。覚えててくれたの?」

学校では、理名が小さくいってプレゼントをくれた。思いがけないサプライズに飛び上がるほど嬉しかったが、我慢した。私たちは騒いではいけない。そういうグループに属している。

「理名さん、おはよう。」

クラスメイトの男子がにやけながら理名に挨拶をしている。容姿も成績も普通の私と仲良くする理名でも、みんなから一目置かれている。だって、理名は誰よりも美人で、なんでもできる。本人が望めば、どこまでもいける。そんな理名が私を選んでくれた。こんなに気心知れた友達に出会えるなんて思いもしなかった。いつから親友だったのか分からないほど、私達は毎日一緒にいる。

「中身みて。気にいればいいんだけど・・・」

プレゼントの中身は、お揃いのピアスだった。

「可愛い。ありがとう。大事にするね。」

「私も、優雨とお揃いのものが持てて嬉しい。一緒につけてみない?」

「うん!まだ私ピアスの穴がないから、帰って母さんに聞いてみる。」

「もう、優雨も大人なんだし、つけてもいいんじゃない?」

「母さん、怒ると怖いから・・・でも頑張って説得する!」

理名が隣にいて、同じものを身に着けるだけで、自分が理名だと錯覚して、他の子とは違うんだと心の中で優越感を持っている。

「優雨、何か困ったことがあったら何でも相談してね。」

「うん、ありがとう。」

そんな私を私が嫌ってる。


誕生日のケーキを食べてなかったことに気が付いた。今さら母さんに謝れない。

失敗した。もう十四歳なんだからピアスくらい開けてもいいじゃない。こういう時に母さんぶるのは辞めてほしい。

「あー最悪な誕生日だった。」

「そうかい、そりゃ可哀そうだね。」

窓の外から声がする。理名?来てくれたの?でも、すごくババくさい。ゆらゆらと二階まで上がってきたのは、母さんよりも若いけど、きっと母さんよりも、うんと年上だとわかる綺麗な人。

「誰なの?どこから来たの?・・・・・おっか・・・・・」

叫ぼうとした口を、真っ赤なマニキュアをした指に触れた。声が出ない。

「私の孫はこんな子供っぽいのかい?情けない。きっと優也さんに似たんだねぇ。」

「美雨も年を取ったようだね。私より老け込んじまってるよ。ところで優雨、初めて会ったおばあちゃんに挨拶もないのかい?」

顔を真っ赤にした私にようやく気付き、指でまた私の口に触れた。なにがなんだかわからない・・・

「だれ?」

「話を聞いていなかったのかい?お前のおばあちゃんだよ。」

「おばあちゃん?私にはいないわよ。」

「父さんのお葬式だって2人で済ませたんだから。」

お葬式の日、母さんは、強く私の手を握った。二人で前を向いて生こうと軽やかに言った。私に見向きもせず、前を向いたまま母さんは言った。だから母さんが、どんな顔をして言ったのか私は知らない。私たちはそうやって、ふと感じる悲しみ見ないよう前田だけ向いて乗り越えてきた。

「おまえは、私の顔を見てもそう思うのかい?美雨と同じ顔だろう。まぁ、しょうがないね。魔界を離れた者は、何も持っていけない掟だからね。記憶も、家族も何もかも。」

「魔界・・・何言っちゃってんの?やっぱりおばさん頭がおかしいの?」

「もう、おまえは、気付いているだろう?雨上がりに変わっていくことを。いいかい、魔女が生まれる時には、雨が必ず降るんだよ。だから名前に雨の文字が入るんだ。おまえや、美雨が生まれた日も雨が降ったんだよ。」

「母さんが魔法使い?そんなわけないでしょ。母さんはいたって普通の人間よ。」

「美雨は魔法使いをやめて、人間である優也さんと結婚したんだよ。」

「確かに、私が生まれた日は、雨だったと父さんは教えてくれた。ただ、私の名前は二人から一文字ずつとったって。」

「そうかい、どう思うが勝手だが、おまえは生まれる前から名前は決まっていたんだよ。おまえは人間界で生まれ育ったが、魔女の血は強くてね。十四歳になると血が騒ぐ。おまえはもう一人前の魔女だよ。」

何か言い返そうとしても何を言っていいなかわからない。

「・・・・私もう頭が破裂しそう・・・」

「大丈夫だよ。夜風にあたれば気分もすっきりする。」

そういって、おばさんは目で椅子を見ると、椅子が私をさらって窓から飛び出す。思わず目を閉じて痛みに備えたけど、椅子に座ったまま月の近くまできていた。

「月は本当にきれいだねぇ。人間界に来た時にしか拝めないからねぇ。」

「おばさん、本当に魔法が使えるんだね。私をどうするつもりなの?」

「お前にどうしたいか選んでもらいたいんだよ。私と一緒に魔界に住むのか、それともこのまま美雨と二人で生きていくのか?」

「急な話過ぎない?意味が分からない。」

「いいかい、始まりはいつも突然やってくる。そこで選べなきゃ、ずっとこのままだ。おまえは、こんなものだからと言い訳して、逃げてばかりだ。良くもなきゃ悪くもない。つまんない人生で終わるのかい?」

「でも、そうやって生きていければ、傷つかいないで済むよ。」

私は静かに答える。

「じゃ、おまえは人生を変えてくれるのはずの誰かをずっと待っているのかい?そんな調子のいい誰かなんてやってこない。自分で変えるしかないんだよ。自分を嫌って過ごすには、長すぎる人生を思わんかね?」

誰にも話したことのない、私の秘密を探られたようで、何も言い返せなかった。

「言い過ぎたようだね。」

固まった私を見て、おばさんは急に優しくなった。

「じゃ、お試し期間で魔女をやってみな。魔法が使えるなんて、そうめったにない。誕生日じゃないか。少しの変化を試すにはちょうどいいと思うがね。」

「お試し期間後、もとに戻れるのね。学校も行かなきゃなんないし、私も忙しいんだから。」

私は念押しした。

「その忙しいは、本当に大事なことなのかい?」

おばさんはにやりと笑った。おばさんの言葉は無視して、少し考えてみた。誕生日なんだ。いつもと違う道を選ぶのも悪くない。失敗したら元に戻ればいい。

「もとに戻れるのよね?じゃあ、ついて行ってみようかな。」

何か臆病者だと思われても嫌だし。軽い気持ちで返事をすると、おばさんは少し怖い顔をして言った。

「ただし、魔界に入る時は掟を守ってもらうよ。」

私がうなずきかけた時、おばさんはさらに怖い顔をした。

「最初に言っとくが、私はおばあちゃんであって、おばさんではない。おばあちゃんと呼ぶこと。これから徐々に、掟や魔法を教えていくよ。ここまでで、何か質問あるかい?」

私は最初から気になっていたことを聞いた。

「おば・・あちゃんが乗ってるほうき、どこで売ってるの?」

ほうきを操るおばあちゃんは完全に魔女みたいだ。

「魔女みたいじゃなくて、一流の魔女だ!買ったのは、家の近くのほうきやだよ。最初から、ほうきに乗れる魔法使いなんてみたことないがね。じゃ、準備を始めようか?」

家に戻った私は、理名からもらったピアスや洋服を鞄につめた。

「じゃあ出発するよ。ここから飛び降りるんだ。」

「何を言い出す・・・」

おばあちゃんの指の方向には金色の輪が広がっている。明らかに空気が違う場所だと感じる。

「ほうきに乗せてくれないの?」

「最初からほうきに乗れるとでも思ったのかい?半人前のくせに。地面の向こうが魔界だよ。自分で飛び込むんだ。」

おばあちゃんは、地面の下に吸い込まれるように消えてしまった。

「さっき一人前って言ったくせに・・・最初からきつくない?本当に大丈夫?もう聞いてないし。あぁいってもしょうがないか・・・」

私は漆黒の闇に飛び出した。鞄を抱きかかえ悲鳴をあげながら。

「なかなか勇気があるじゃないか。」

おばあちゃんの声で目を開けると、空は薄い紫色の街のベンチに座っていた。

「家はこっちだ。」

おばあちゃんがほうきの先を上にして歩き出す。

「・・飛んでいかないの?」

「歩いたほうが早い。おまは、私たち魔女のことが何も分かっちゃいない。おまえが生活する人間界とそう変わりはしない。おまえは学生だから、明日から魔界の学校にいくんだよ。」

「学校あるの?ところで魔界って何?」

おばあちゃんは大きくため息をついた。

「魔界は、お前が今いるこの世界だ。魔界には、私たち魔女の一族以外にも多くの種族が存在している。おまえも聞いたことがあるだろう。狼人間、人魚、吸血鬼・・・・」

「本当にいるの?本の世界の話じゃないの?」

「なぜ、そういった本が存在するのかい?知らなきゃ、そんな本など生まれないよ。」

おばあちゃんは急に立ち止まる。

「ここが私のうちだよ。素敵な家だろう。」

二階建ての小さな家だ。

「いいかい、さっきの話はしないでおくれよ。」

私が分からずいると、

「お隣さんは狼人間のルイスなんだよ。ご近所仲良く暮らしてるからさ。」

本当に人間界と変わりはしない。

魔界の朝はどこからだろう。

昨日と変わらない紫色の空だけど、私の魔界での初めての朝だ。絶対眠れないと思ったけど、ぐっすり眠っていたようでおばあちゃんから肝が据わっていると褒められた。

「お前の学校だけど、ルイスの子供のマキと一緒に行くと良い。」

おばあちゃんはパンを食べながら言った。魔法を使ってご飯が出てくるか期待したが、いつもの朝と変わらない。パンを焼き、ジャムを塗って食べて、牛乳を飲む。パンも母さんがよく買ってくる食パンだ。

「人間界には美味しいものがたくさんあるからね。」

おばあちゃんは私の心を読んだかのように言う。

「おばあちゃん、私、何着て学校行けばいいの?」

「あぁそうだった。これを着なさい。昔、美雨が着ていた制服だよ。」

お母さんの名前を聞いて、胸が少し痛んだ。母さん、私が急にいなくなって慌ててんじゃないかな…

「心配することないよ。魔界と人間界は時間が違う。まだ美雨は夢の中だよ。お前がいなくなった事に気づくのは、ずいぶんと後の話だ。私が魔法をかけたから、お前がいないことに気づくことはないよ。」

「おばあちゃん、さっきから思ってたんだけど・・私の心が読めるの?」

「お前も一流の魔女になればできるさ。」

「私の気持ち読まないで!困った事あったら聞くから。」

「おや、そうかい?分かったよ。」

おばあちゃんは悪びれずに言った。私はプリプリしながら鞄に荷物を詰めた。もっていくもの・・・人間界と変わりはしないんだら、こんなもんでいいはず。そう言えばマキってどんな子だろう?狼人間と言ってたけど、見た目が狼?やっぱ満月の夜に変身するの?

「マキは、お前と変わらない見た目だよ。さぁ行きな。遅刻するよ。」

「さっき気持ち読まないでといったじゃない!」

「そうだったかい?あぁじれったいね。早く行きな。」

おばあちゃんが、鋭く睨むと身体と鞄が浮いて、家の外に放り出された。

「あの魔法の使い方どうなの?ひどくない?おばあちゃんだからって何してもいいわけ?」

落ちた鞄をはたくと、後ろから声がした。

「優雨ちゃん?おはよう。制服を着てると、まるで美雨ちゃんだね。」

振り向いてびっくりした。白に近い金髪の長身の男の人がいた。

「…母さんの事知ってるの?」

「あぁ、そうだ自己紹介してなかったね。僕はルイス、美雨ちゃんの幼馴染だよ。美雨ちゃんは元気にしてる?」

「うん。毎日一所懸命働いて頑張ってるよ。父さんもいないからね・・・息つく間もないみたい。」

「そうか、美雨ちゃんに会いたいな・・・そうそう、この子は娘のマキだよ。今日から一緒に学校に行くからね。」

気づかなかったが、ルイスさんの後ろに同じ髪色をした女の子が立っていた。

とても可愛くてドキドキした。

「私マキ。宜しくね。」

綺麗な水色の目で挨拶してくれる。それに比べて、私は髪も目も漆黒の様な黒さで可愛くない。

「君の髪も目も、君の良さを際立たせて、とても綺麗だよ。」

面と向かって、こんなイケメンに褒められた事がないから、恥ずかしくて何て言っていいかわからない。でも気になる事は聞いとこう。

「ルイスさんも心が読めるの?」

「そうだよ!魔界の大人はほとんど読めるよ。」

「パパ!前から言ってるでしょう?心読まないでって。」

マキは私の手を引き、私たちは歩き出した。マキの方が怒ってる。

「大人だからって、何してもいいわけないよね?信じらんない。」

私は吹き出した。さっき私も同じ事で怒ってた。マキはいい子だし、楽しい魔界生活になりそうだ。

マキが職員室みたいなところに送ってくれた。職員室にいるのは先生じゃなくマスターと呼ばれる大人だ。歴史や魔界と人間の関わり方…ここでは掟と言うらしい。そして魔法を学び卒業すると一人前の魔界人となる。人間界より大変なのは、卒業テストに合格するまで、ずっと通い続ける事だ。あー人間界なら必ず終わりがくるのに。魔界って大変そうだな。

「そういう気持ちでいるとケガをするわよ。」

マスターが厳しく言った。とても綺麗で母さんに似てる。

「美雨に似てるのは、いとこだからよ。」

恥ずかしくなって、慌てて頭を下げる。

「すみません、気をつけます。」

人に心を読まれるのは慣れていない。なんでこうも遠慮もなく入ってくるんだろう。

「読まれないように訓練しなさい。それが出来なきゃ、魔界では生きていけないわよ。」

また大きく頭を下げ、行こうとすると

「ねぇ美雨は元気なの?あっちでも楽しくやっているのかしら。」

頭を下げたまま

「母さんは元気です。楽しいかな?・・わかりません。」

と正直に答えた。

「そう、分かった。私のクラスだから、一緒にいきましょう。」

美人マスターとクラスに行く。

「美雨はね、生まれながらに魔法のセンスがあったの。笑顔の絶えない子で、いつも周りに人がいたわ。私はいつも美雨を追っかけていたのよ。」

「想像出来ません。母さんの笑顔はずっと見たことないです。」

私は、母さんが笑ってないことも気にもしてなかった。お互い、必死に前だけを見て頑張っていた証だ。

「何で必死だったのかなぁ」

「そのうち分かる日が来るわよ。お試し期間なんざ言ってないで、目の前に与えられた事を頑張りなさい。さぁ着いた。」

扉を開け教室に入る。知りもしなかった母さんの事が少しずつ分かってきた。知りたいかは別にして、知らない事を知るのは、怖いけど少しワクワクする。


「どうだったのかい?学校は?」

「おばあちゃん、今は私の気持ち読んで、そっとしてくれないの?」

おばあちゃんはニヤリと笑い、温かいココアを渡してくれた。

「気持ちを読むと言うのは、思った言葉がそのまま分かる訳じゃない。イメージを掴むんだ。お前のそのどす黒い気持ちじゃ何も見えやしないよ。」

「私、本当に魔法使いなの?母さんはどれだけすごかったの?皆んなが私に期待しているのが分かるの。出来なかった時の残念そうな感じ…あぁ!絶対中学行ってた方が楽じゃない!」

「何が出来なかったんだ?」

「杖を持てなかった。なんで逃げるの?何度も挑戦したのよ。杖に引っ張られてプールにまで落ちたし。」

マスターは、無言でびしょぬれを私を乾かして、杖を大事にそうに持って行った。

「お前はセンスがないんだねぇ」

「おばあちゃん、気持ち読む前に空気読んだら?もう辞める。明日行ってもみんなの笑いものだし。」

「お試し期間だから、気楽にいくんじゃないのかい?」

おばあちゃんはひとしきり笑って、優しく私をみつめた。

「お前の杖は誰が用意したんだい?」

「母さんのいとこ。担任なの。名前聞くの忘れた。」

「雨実か。元気だったかい?しばらく会っていない。ところで、どんな杖だい?」

「黒で先だけ銀色のもの。」

「何だい。学校で有名な暴れん棒じゃないか。誰も使いこなせやしないよ。」

「何で貸してくれたんだろう?嫌がらせ?そう言えば、母さんの事羨ましがってた!」

「何言うんだい!雨実は、私たちが誇る魔界一の魔女だよ。あの子もセンスがなくて、毎日泣きながら練習したから、今の雨実がある。嫉妬する理由なんかありゃしないよ。ついといで。」

おばあちゃんは椅子に座ったままフワリと浮き、二階の部屋に入った。部屋に入って驚いた。古いレコードが勝手に演奏し、音符が宙に浮かんでは消えていく。窓際の花の上には小さな雲が浮かんでいて太陽が照らし、雨を降らしたりしている。

「すべて美雨がかけた魔法だよ。確かに美雨は生まれながらにセンスがあった。

学校に入って一年目でで卒業テストに挑戦したんだからね。」

おばあちゃんが手を叩くと静かになった。

「この子が誰だか分かるだろう。出ておいで。」

何も動かない。

「誰としゃべって・・・・・」

おばあちゃんは立ち上がった。

「お前の居場所は分かってるんだ。半分に折って燃やしちまうよ!」

クローゼットから白い杖が飛び出して来た。

「これは美雨が使っていたものだ。杖は主人を選ぶ。これは抗えないことだ。今まで美雨だけを見てきた杖だけど、きっとお前を主人に選んでくれる。」

母さんの杖か…杖を掴もうとしたら、すり抜けた。私を認めないらしい。

「お前は私への恩を忘れたのか!美雨がいなくなって、燃やされかけたのを誰が助けてやった!半分にへし折って燃やしてしまおうか?」

杖は私の手に戻った。何だか怯えてる。

「お前も、私くらいの魔法使いになれば何でも思い通りになるよ。さぁ部屋に戻っておやすみ。」

「うん、おやすみなさい。」

部屋に戻る途中、杖に小さく囁いた。

「これが魔法なの?」

杖は力を亡くした、ただの棒きれのようだった。


「大丈夫?」

私はベッドに座り杖に聞いた。杖はぐったりしているように見える。

「私は、優雨。よろしくね。」

元気の出ない杖に、話題を変えて話しかけてみた。

「聞いてもいい?お母さんってどんな魔女だった?」

杖は、ゆっくりと壁に映像を映し始めた。まるで映画館のようだった。

「これが、母さん?」

驚いた。今と雰囲気が全然違う。映像の中の母さんは自信満々だった。鳥のように空を飛び、学校では、母さんの周りには人だかりができていた。その位母さんの魔法は、みんなを魅了していた。その母さんの後ろで、必死に勉強している女の子がいた。

「あれってマスター?マスターなの?」

杖がうなずいた。明らかにセンスがなくて・・・私と同じだ。二度目の落込みがやってきた。暗い気持ちの中、一つ気づいたことがあった。

「いつも母さんの隣にいるのはルイスだったんだね。」

母さんと、ルイスは恋人同士のようだった。

「二人は付き合ってたの?」

お似合いの二人だけど、相手は父さんじゃなかったことに落ち込んだ。杖が肩を叩くと映像が変わっていた。そこには、赤い傘をさした母さんと、父さん?・・若いけどきっとそうだ。父さんと楽しく話している二人の姿が映っていた。

「母さん、嬉しそうね。」

杖に言うと、杖は映像を消し、私のカバンの中に入っていった。

「おやすみ。」

杖に言い、私も安心して眠った。

杖は、おばあちゃんにびびっている。私を起こし、勝手に学校の支度をする。おばあちゃんと朝食を食べさせるのに必死だ。

「杖って勝手に魔法が使えるの?だったら魔法使い要らないよね。」

おばあちゃんはため息をついた。

「おまえは本当にバカだよ。杖は主人が使える魔法の記憶だよ。ただ覚えているだけだ。その杖をコントロールするのも、新しく魔法を覚えさせるのも魔法使いの仕事だ。だから掟を覚えて、規則正しく魔界を守ってるんだよ。」

杖は急に動きを止めた。何だか杖もバカにしている気がする。

「わかったよ。卵使っていい?」

ボールに卵を割り入れて、牛乳と塩をいれかき回す。フライパンに入れて、かき回したらスクランブルエッグの完成だ。

「私にも少しもらえるかい?」

横目で私を見ながら、皿を出した。チャンスだ。

「おばあちゃん、学校行かなきゃダメ?」

おばあちゃんの顔を見て、意味のない質問したと後悔した。

「ケチャップ借りるね。」

ケチャップでにこちゃんマークを描いて、おばあちゃんに渡した。

「こうやって、使うのかい?」

「うん・・つけて食べると美味しいよ。」

なぜ、味も使い方も分からないケチャップをおばあちゃんは持ってるんだろう。


とりあえず学校の準備をして外に出た。家から離れてしまえば、気持ちなんて読めないだろう。私は、学校と反対方向に歩き出した。

「優雨、おはよう!」

がっかりして振り向くと、笑顔のマキが立っていた。

「学校はこっちだよ。一緒に行こう。」

断る勇気もなく、一緒に歩き出した。

「本当は学校に行きたくなかったんでしょう?」

マキが、小さな声で聞いてきた。私は、すぐにうなずいた。

「そうだよね。だけどね、私、優雨のこともっと知りたくなっちゃった?」

「母さんと違いすぎるから?」

「うん!」

がっくり肩を落とした私に、マキが笑いかけた。

「パパから一流の魔法使いの子供だと聞いていたの。昨日会った時の優雨もクールな印象だったし、仲良くできるかなって不安だった。だけど、一生懸命な優雨をみて、私も勇気湧いたの。実は、魔法が得意じゃなくて。一緒に頑張りたいなって思っちゃった。」

「ありがとう。嬉しい。」

「今日から一緒に頑張ろうね。」

「うん!」

目の前の事を一生懸命やるのは悪くない。少なくとも私には、マキという親友ができた。急に理名のことが頭に浮かんだ。理名とは色々な話をしたけど、ここまで分かり合えてなかった気がする。理名とは違う気持ちをくれるマキとずっと友達でいたいと思った。

「おはよう。」

マキが笑顔で教室に入った。私も小さく挨拶して後に続いた。

「おはよう、マキ!そして優雨。」

ショートカットの綺麗な女の子が話しかけてきた。

「おはよう。」

私が恐る恐る挨拶すると、急に笑い出した。

「昨日のプールの落ちっぷり、すごく気に入っちゃった。私、ハル。仲良くしてね。あと私、クラス一魔法が上手なの。教えてあげるわ。」

「ありがとう。」

ハルが明るく、話してくれるおかげで、クラスメートも笑顔で私に挨拶してくれた。嬉しい。今まで、長い時間かけて、自分の立場を理解して振舞っていたけど、ここでは自由に素直な私でいられる。おばあちゃんに感謝しなきゃ。

「僕は、ミズキ。よろしくね。」

超イケメンのミズキも、声をかけてくれてクラクラした。さらに感謝だ。

「おはよう、授業始めるわよー」

雨実が入って来た。

「最初は杖を使った魔法から…優雨、今日も杖を借りるの?」

「いいえ、マスター、持って来ました。」

厳しい声で返した。

「あら、そう?残念ね。」

とそのまま流した。おばあちゃんの嘘つき、性格悪いじゃない。母さんとに絶対嫉妬してる。

「優雨、目の前の事に集中しなさい。カエルをペットにでもする気?」

カエル?周りを見ると、逃げ惑うカエルを宙に浮かせて、エメラルドに変えている。カエル一番苦手なんだけど!カエルが机に座って、こっちを見てる。手のひら位の大きさあるわよ。もう無理。涙が出そうになると、杖が勝手に動き出し、カエルをエメラルドに変えてしまった。唖然とした私を、

「優雨、すごい!」

マキが背中を叩いた。突然のことに声が出ず、エメラルドを眺めた。

「おばさん、やっぱり美雨の杖を持っていたのね・・よかった。もう会えないと思っていたから。また会えてうれしいわ。」

雨実は、母さんの杖を優しくなでた。

「美雨の杖は良い杖よ。美雨がここで過ごした記憶が残ってる。大事にしなさい。」

雨実が小さく言った。

「はい!ありがとうございます!」

雨実は小さくウィンクした。。私は、母さんの事なんか気にも止めてなかったのに、会う人皆、母さんのことを口にする。こんなにいい人ばかりに囲まれて、人がうらやむような魔法を使える。私が母さんなら、絶対ここに残る。ここへ来てから、なんだかんだ言って、いつも母さんのことを考えている。母さん、今どうしてるんだろう?元気かな?

「優雨、あっちの世界にもどりたいの?」

マキが心配そうに聞いてくる。

「マキも心が読めるの?」

「うん。だけど読まない。友達だもの。」

「友達が落ち込んでると、心配になるよな。」

ミズキが優しくマキを見る。この数日で分かったこと。ミズキはマキに恋してる。だけどマキは気づいてない。私はハルに聞いてみた。

「ねぇ、ミズキってかっこいいくせに、なんで微妙なアプローチするの?」

「優雨って案外言うのね。ミズキは自分に自信がないのよ。」

ハルは冷静に答える。

「なんで?あんなにかっこいいのに。」

「まだ半人前だからよ。」

「学生だから当たり前じゃない。」

「そっか、優雨は知らないか・・・魔界人は生まれた時から役割が決まってるの。私は人魚だから海を守るの。ミズキもマキも優雨だって決まっているの。私たちの最終ゴールは、自分たちの役割を全うすることなのよ。」

「最初から決まってるなんて、つまんないね?」

私の軽い言葉は、ハルにとって衝撃の言葉のようだった。

「優雨、どういう意味?」

「私たちの世界は、自分のなりたいものになっていいんだよ。」

「・・・素敵。優雨は何になりたいの?」

「それが、なんでもいいですよと言われると、考えられなくなっちゃって。」

「もったいないわよ。」

「そうかもね。逆に決めてくれた方が、一生懸命頑張るかも。」

「そうかな。辛いことも多いよ。」

「そうなんだ。」

暗くなった雰囲気を一掃するかのように、ハルが明るく話題を変えた。

「私さ、魔界から出たことないから人間の世界に興味あるの。どんなとこ?」

「あんまり変わんないよ。でも大きく違うのは朝が来る事かな?」

「朝は魔界だって来るじゃない?」

「なんて言えばいいのか…色が違うの。朝が来ると薄ピンク色の空になって晴れた日は真っ青の空が広がるの」

マキも、ミズキも加わって黙って聞いてる。

「何かへん?」

「素敵…見てみたい!」

ハルとマキがうっとりしてる。

「あーみんなに見せたいな。」

行き方を知っている。杖が、直接頭の中に話しかけてきた。私だけじゃなくハルやマキ、ミズキにも聞こえたようだった。そして私たちは顔を見合わせた。きっと考えていることは同じだ。


みんなと勉強するといい、おばあちゃんに嘘をついた。心を読まれないように、無心で言ってみたけど…まぁ大丈夫だろう。

「本当に杖の言う事を信じていいのかな。」

ミズキが心配そうに言った。

「私は信じてみる。だって母さんの杖だもの。いつも、わたしのことを見守って、困ったら、私を導いてくれる。いつも杖が教えてくれるのよ。私にとって、もう友達と一緒なの。」

私は深呼吸して、空を見上げた。

「分かったこともあるの。おばあちゃんや、マスターは、杖は記憶だと教えてくれた。母さんが人間界に住んでいることを考えると、この杖は、人間界の行き方を知ってると考えられない?」

「私も、優雨の考えに賛成。」

ハルが言った。マキもうなずいている。ミズキも苦笑いして

「わかったよ。先に進もう。」

私は杖にお願いした。

「母さんの所に連れて行って。」

杖は宙に大きな円を描き始めた。円の中は人間界だ。だって星空が広がっている。

中に入るのかと思い、進もうとすると杖が邪魔をする。

「違うの?じゃあどうするの?」

杖は何かを待っている。魔界の空全体が濃い紫色に染まった時、手に持ってた杖が円の中に引っ張り始めた。時を待ってたんだ。

「今みたい。みんな行こう。」

と叫び、一番最初に飛び込んだ。本当は口から手が出るくらい緊張したけど。


最初に飛び込んだ割に、すぐに目を閉じてしまい、ハルに言われるまで到着した事を気づかなかった。目を開けると、家の前だった。あたりは静まり、綺麗な星空だった。おばあちゃんと会ったあの夜のように。

「あの空に光ってる大きいものって何?」

「あの小さいキラキラしたものは?」

質問攻めのハルが可愛い。

「大きいのは月、小さいのは星だよ。」

私は杖をじっと見つめて言った。

「あなたも母さんの様子知りたいんでしょ。一緒に行こう。どうやったら中に入れる。」

杖が宙に浮き、私たち四人の頭に触れた。杖が壁を通過して、家に入る。私たちも続いた。

「ただいま。」

母さんの声に驚いた。慌てて出ようとした私たちだが、母さんはこっちを見ていない。見えてないんだ、私たちの事。母さんは飾ってある、父さんの写真の前に家の鍵を置いた。鍵には懐かしいキーホルダーがついていた。父さんが大事に使っていたキーホルダーだ。

「優雨は、昨日から修学旅行に行ってるのよ。嬉しそうにしてたわ。先週話なんだけど・・・・」

「素敵なお母さんね。」

マキが小さな声で言った。

「私、こんな母さん知らなかった。いつもせかせかして・・・」

胸が詰まってうまく言えなかった。

「ところで、お父さんはどこ?」

ミズキは部屋の中を探し始めた。

「ミズキ!」

ハルが怖い顔をしてミズキを睨みつけた。

「父さんは、三年前に亡くなったの。」

マキが後ろから抱きついてきた。

「寂しかったね。」

「うん、でもそんなに寂しくなかったかも。母さんがいてくれたから。」

「そうだよね。私もママが仕事でずっと家にいないけど、パパがいるから安心できるもん。」

私とマキは笑いあった。

「ねぇ、街を散歩してみない?」

浮足だっているミズキが言った。ハルは肘でミズキのみぞおちを突いた。

「ミズキのそういうところが残念なのよ!」

痛がるミズキを見て笑ってしまった。

「私は慣れている場所だから三人で行って来たら?もう少し母さんを見ていたいの。」

「了解!」

みんなが出て行った後、杖にはなしかけた。

「母さんは、どうやって父さんに出会ったの?なんで人間になったの?」

杖は動かない。

「お前のように興味本意で人間界に来ちまって、優也さんに一目惚れしたのさ。」

怖くて振り向けない。おばあちゃんはそのまま続けた。

私の前に、街に散歩に出かけたはずの三人が宙に浮いたまま、固まっている。

「学校で習っただろう。人間界には行ってはならないと。」

私は目を閉じた。

おばあちゃんは、私たちをたっぷり叱った後、ため息をついた。

「朝焼けまでいてもいい。話はわたしがつけとくよ。」

「いいの?おばあちゃんありがとう。」

「朝焼けを見ないと人間界に来た気はしないよ。じゃ、ミズキ帰るよ。」

「僕?なんで?僕もみんなと朝焼けを見るよ。」

「ばかかね。お前は!死にたいのかい?」

「なんで死ぬの?」

ミズキはかなり抵抗している。私は小さな声でハルに尋ねた。

「ミズキはドラキュラでしょ?朝がきたら灰になることを何で知らないの?」

「優雨はなんで知ってんの?」

「知らないの?」

「優雨、今の話本当?」

「よく、聞こえたね。びっくりした。」

「ドラキュラは耳がいいんだ。ところで、僕が灰になるって本当?」

「・・うん、ドラキュラは、お日さまの光を浴びると灰になるって本で読んだ。」

「僕は読んだことがないけど。」

「人間界にある本だよ。たいていの人間は知っている。」

「僕・・・帰ります。」

ミズキとおばあちゃんは魔界へ戻り、みんな屋根に登り、朝焼けを待った。

「優雨のおばあちゃん怖かったね。」

「うん、怖すぎ。」

「でも、許してくれたね。」

「うん。」

「話が変わるんだけど、何で、マキとハルは学校で魔法を習ってるの?魔界の役割って決まっているんでしょう?」

ハルが当然の顔をして答える。

「そんなの習いたいからに決まってるじゃない。」

やりたいことがあるから学校に行くという考えがなかった。ここでの私は、何のために学校に行ってたんだろう。

「人間ってものしりなのね。」

「ミズキのこと?逆に、なんでミズキは知らないんだろう。命にかかる大事なことなのに。」

「だって魔界にはお日さまがないからじゃない?そろそろ来るの?」

マキが待ちきれず、立ち上がる。もうすぐ朝焼けがくる。だんだん空が明るくなってきた。

「綺麗な色。優雨の言った通り。」

ハルが空を眺めながらうっとりしている。

「優雨の世界って素敵なところね。」

マキが笑顔で私を見る。

「うん、すごく気にってる。」

「ところで、優雨のお母さんって、どうやって人間になったんだろうね。」

ハルが何気なく言った言葉が、モヤモヤした気持ちに突き刺さった。朝焼けが綺麗と、はしゃぐ二人と素直に喜べなかった。


魔界に戻って、すぐうちに帰ると、おばあちゃんは出かけた後だった。おばあちゃんが帰ってくるまで待っていたけど、私の顔を見てすぐに部屋に閉じこもった。

「おばあちゃん、聞きたいことがあるんだけど・・・」

「私は、やることがあって、忙しいんだ。」

次の日も同じで、一週間経った。いつもだったら、まあいいかで終わっていたけど、今回は諦めたくなかった。もっと母さんのことを知りたかった。

「どうしたらいいんだろう・・・」

急に杖が、映像を映し始めた。

「・・これって図書館?」

私には味方の杖がいる。怖いものなんかなにもない。ただ、図書館は私の想像をはるかに超えていた。扉を開けると、本棚が空まで続いてる。みんな椅子に座ったまま移動し、本を選んでいる。空いている椅子は散歩しているように、宙に浮いている。杖に助けてくれる?と声をかけると椅子に座らせてくれた。まずは掟を調べよう。まだ、知らない何かがあるかもしれない。杖は優しく導いてくれた。私の前に古い革表紙の本があらわれた。手に取ることをためらった。母さんは、すべてを捨てて人間界へ行った。本当のことを知ると、自分が傷つくような気がして怖い。嵐が通り過ぎるのを待つ方が、いつもの私だ。だけどもう、みんなを好きになってしまった。まだ一緒にいたい。もう待つのも、逃げるのはやめよう。震える手で本を開いた。

一、魔界で生まれし者は、自身の役割を全うすること。

二、人間の前で力を使ってはならない。

三、人間界に行ってはならない。

四、魔界人同士のみ結婚を認める。

五、魔界を出るものは、何も持って出ることは出来ない。

六、人間になってはいけない。

七、魔界から出ていきし者の子は、いかようなるときも魔界へ連れ戻す。

「嘘でしょ。こんなの聞いてない。」

私は震えた。

お試し期間なんかない。最初から戻れなかったんだ。私が選んだんじゃない。

最初から決まっていたことなんだ。母さんは分かって私を生んだの。色々な感情が飛び散って、どう考えていいのか分からなくなった。杖が私の頬を撫でた時、涙を流しているのに気がついた。

「優雨!」

下を見ると、マキが心配そうに手を振った。泣いている私の背中を、ずっと撫でてくれた。いつの間にハルも来て、今にも泣き出しそうな顔して隣に座ってくれた。落ちついて、やっと掟について話した。ハルが不思議な顔で言った。

「優雨のおばあちゃんの話だと、優雨のお母さんは魔界の記憶がないんだよね。なのに、どうして掟だけ覚えていられるの?」

そうだ!母さんは何も覚えていない。誰が子を連れ戻す?おばあちゃん…そのために私の前に現れたの?マキがそっと手を繋ぐ。とても温かい。

「聞こうよ、おばあちゃんに。知りたいんでしょ?私達がついてる。」

そうだ、泣いてばかりじゃ始まらない。


家に帰ると、おばあちゃんが座っていた。私を見て、溜息をついた。

「もう聞く覚悟は出来ているようだね。」

この時は、おばあちゃんが心が読んでくれて助かった。口を開くと涙が出そうだった。

「まずは美雨の話をするよ。お前には本当の美雨を知ってもらいたい。」

おばあちゃんは、杖で私を無理矢理座らせた。キラキラ光る輪が私を包んだ。今まで見た魔法の中で一番綺麗だった。

「美雨はね、知ってると思うが、生まれながらに魔法のセンスを持ち合わせていた。ただ魔法を使うのと訳が違う。魔法を創造する事も出来たんだ。誰もができる代物じゃない。正真正銘、一流の魔女だった。ただ、それを鼻にかけることもなく、明るく優しくて、いつも美雨の周りには人がいた。ゆくゆくは魔法使いの頭に立つ子だと、誰もが期待した。美雨もそれが分かっていたから、学校も常にトップの成績をおさめ一年目で卒業試験を受ける事になった。美雨は喜んでいたよ。卒業試験の内容を知るまでは。」

「卒業試験って何なの?」

「人間を騙して支配する事、、要は一人の人間に自分に恋をさせて、相手の気持ちをコントロールすることさ。」

私は唖然とした。

「それが、私のお父さんなの?」

「あぁ、そうさ…ただ、美雨は前から優也さんと決めていたんだよ。なにがあったか聞く前に、美雨と離れてしまったが。」

おばあちゃんは、何かに気づいて窓の外を見た。

「おや、魔界も捨てたもんじゃないね。時間があまりない。手短に話すよ。美雨は人間界でテストが終わっても戻らなかった。魔界は全て掟で動いている。掟を破ると、闇の狩人がどこからともなく現れ、連れ去っていく。美雨も魔界に連れ戻されて、塔に閉じ込められた。今から私もそうなるがね。」

背筋がゾクゾクした。漆黒の闇が渦をまいて部屋に入り込んでくる。

「一言も喋るんじゃないよ。お前に魔法をかけた。喋らなければ、誰もお前に気づかない。」

おばあちゃんは優しく私の頭に触れた。

「優雨…お前が生まれてから、何度も何度も見に行ったよ。いつかお前に触れたいと、いつかお前と話したいと、ずっと願っていた。私の心の弱さで、お前を巻き込んじまった。ごめんよ。お前と過ごした時間は、本当に幸せだった。ありがとう。」

闇は、渦を巻きがらおばあちゃんを吸い込んだ。声をあげそうになるのを我慢するため、両手で口をしっかり押さえた。私は捕まる訳にはいかない。全てを知るまでは。


闇が去り、朝が来た。私は深く深呼吸した。おばあちゃんが残してくれた時間を大事にしなきゃ。とにかく何か食べよう。冷蔵庫を開けて中を見回して気づいた。おばあちゃん、ずっと私を見守ってくれてたんだ。毎朝食べているパン、使い方の分からないケチャップ…

「おばあちゃん…」

ずっと堪えた涙が一粒こぼれた。

「優雨ちゃん、いるのかい?」

ルイスだ!様子を見に来てくれたんだ。マキにも会って話したい。ドアを開けると、心配そうに立っているルイスがいた。

「優雨ちゃん、ここは危ないから家においで。」

優しい言葉に涙が出そうだった。

「分かった。ありがとう…」

外に出て、ルイスの後にぴたりと引っ付いた。

「怖かったね。優雨ちゃん、おばさんが連れて行かれた時は、どこにいたんだい?」

私は少し後ずさりした。どうしてあの場にいなかったのに知ってるの?ルイスはゆっくり振り向き、私の頭に触れようとした。逃げなきゃ。なにかがおかしい、全身で感じる。でも怖くて足が動かない。何かがルイスの手を弾いた。杖だ。杖が私とルイス間に立ちはだかった。

「相変わらず勇敢な杖だな。さすが美雨ちゃんの杖だよ。だけど、狼に挟まれ

ちゃ、君達に逃げ場はないんじゃないかな。」

ルイスの視線の先にはマキがいた。マキは今まで聞いたことのない唸り声をあげた。鋭い目はまるで狼だ。本当に逃げ場はない。ここで終わりなの?

「ずっとおばさんを監視してたんだよ。 何度も、美雨ちゃんの様子を見に行くなんて。狂ってる。掟を破るのは良くない事だからね。掟があるから魔界の均衡が保たれるんだよ。マキの友達だから手荒な事はしたくない。ついて来るんだ。」

ルイスが私に触れようとすると、杖がまたルイスの手を弾いた。火花が飛んだ。杖は命がけで私を守ろうとしてる。

「鬱陶しい杖だな」

ルイスの左手が、金色に毛をなびかせ、逞しい腕と鋭い爪に変わった。驚いた時には杖はもう、弾き飛ばされて見えない。

「手荒な真似はしたくなかったんだが…」

またルイスが手をかけようとした瞬間、輝く金色の小さな狼がルイスの前に立ちはだかった。唸り声をあげて必死に私を守っている。ルイスは狼狽えて後ずさりしている。

「マキ…何をやっているんだ。パパと一緒に人間を捕まえよう…」

マキは片時も、ルイスから目を離さず、唸り声をあげている。今にも飛びかかりそうだ。私は、小さな金色の狼を抱きしめた。抱きしめて分かった。その狼は泣いていた。これ以上、誰にも傷ついて欲しくない…

「マキやめて!私は大丈夫。」

それでもマキは唸り声をあげたままだった。ルイスは手で顔を隠した。きっと泣いている。

「そう、私が来たから大丈夫よ。」

振り返ると、雨実が厳しい顔で立っていた。

「ルイス、マキに免じて見逃してあげるから行きなさい。マキ…助かったわ。ありがとう。優雨、行くわよ。あなたは言葉を発して、おばさんの魔法を解いてしまった。闇の狩人はすぐに現れる。」

私はうなずくと、マキの背中を撫でた。

「マキ。大好きだよ。今までありがとう」

雨実が杖で大きな輪を描いている。

「優雨、中に入りなさい。ルイス…言い忘れたわ。あなたが監視してた事、あのおばさんが知らなかったと思う?」

ルイスは声をあげて泣き始めた。マキが狼から姿を変え、ルイスに寄り添った。


輪の中はいつもの教室だった。人がいないとずいぶん雰囲気が変わってしまう。

「私の教室は、私の力が一番強いの。ここから出なければ大丈夫よ…優雨、涙を拭いたら?」

黙って涙を拭う。

「マスター、まず魔界の掟を知りたい。そしておばあちゃんを助けたい。」

「優雨、変わったわね。それでこそ魔法使いの一族よ。魔法を使う事も大事だけど、気持ちが一番大事なのよ。あなたは大丈夫そうね。」

「どういう意味?」

「魔法は自分の願いを叶えてくれる。嬉しい事だけど、怖い事でもあるのよ。

正しい気持ちで魔法を使う事が一番大事。」

「正しい気持ちって?」

「誰かを大事に思って、魔法を使う事よ。」

雨実は私に微笑んで言った。

「さっきのルイスに言った事、気になるんでしょ?」

また気持ちを読んだなと思いつつ、うなずいた。

「まだ修行が足りないのよ。ルイスと美雨は幼馴染なの。いつも二人でいたのよ。ずっとルイスは美雨を見守っていた。美雨の隣にいるのは、ずっと自分だと思っていたからね。」

「母さんに恋してたんだよね?」

雨実は悲しくうなずいた。

「美雨が優也さんに恋をした時も、黙って見守っていたのよ。心がここにない事が分かっていたのに。美雨を失って、おばさんとルイスに傷がついたの。その傷は、ゆっくり身体に入り込んで、もがけばもがくほど深く傷がつくの。おばさんとルイスは、静かに痛みに耐えた。何年も続いたけど、優雨、あなたが生まれた。おばさん、ずいぶん喜んで、毎日夜更けになると、あなたに会いに行ってたのよ。少しずつ元気になって、いつもの強くて、優しいおばさんに戻った。」

雨実は魔法でホットココアを作ってる。

「ルイスは違ったのね。あなたが生まれた事で、美雨が本当に戻らないと分かったのね。」

ルイスは悲しい人だった。誰も悪くないけど、みんな傷ついた。母さん、どんな気持ちで魔界を出たんだろう。

「ココア置いとくわね。そろそろ、おばさんを助けるために皆んなで作戦会議するわよ。」

「みんな?」

雨実は魔法でドアを開けた。そこにはミズキ、ハルに抱えながら、辛うじて立っているマキがいた。私はマキを静かに抱きしめた。

「マキ、ごめん…ありがとう。大好きよ」

マキは泣きながら黙って頷いた。


雨実は厳しい顔した。

「まず最初に。今から掟を破る覚悟があるか聞きたい。闇の狩人に追われるだろうし、学校もやめる事になるかもしれない。」

「私は覚悟があります。優雨は悪いことはしていません。」

マキは私を見つめながら言ってくれた。

「そうよ!なんだかモヤモヤするし。はっきり分からないと、何が正しいのかも分からない。」

ハルは、にっこり笑って私の背中を叩いた。

「僕はみんなについて行くよ。」

「なんなのミズキ!命かけるってんのに腑抜けた決意は!」

ハルが思いっきり背中を叩く。痛がってるミズキをみんなで笑った。

「じゃ掟について話すわね。ハルが知ってる掟を教えて。」

「はい、マスター 。まず魔界を出てはいけない。人間の前で力を使ってはいけない。」

「学校で教えているのはそこまで。美雨が出て行って追加された掟は、優雨が見つけた掟よ。」

私は驚いた。

「なんで知ってるの?」

「あの本は魔法がかけられていて、見るべき者の前にしか現れない。本を開けた時、魔法が解け、魔法使いは皆知る事になる。」

だから、おばあちゃんは話してくれたのか。

「ただ、優雨は全て掟を読んでいないのよ。」

まだ続きがあったんだ。

「魔界に戻りし子は、記憶を消し、新たに魔界人として生きること。」

恐怖でクラクラした。今までの記憶を消されるなんて。母さんを忘れるなんて有り得ない。

「だから、おばあちゃん連れて行かれたの?」

消え入りそうな声で尋ねると、雨実は目を閉じて頷いた。

「おばさんは、むりやり魔界に連れて来られる前に、優雨を助けたかった。おばさんなりに考えた結果よ。」

「おばあちゃん、謝ってた。」

「そうね、人間界で優雨に魔法をかけて、魔界人から見えなくすることもできたけど…きっと出来なかったんだと思う。魔法をかけたら、おばさんも二度と優雨に会えなくなるから。」

「それで良かった。わたしもおばあちゃんに会えないのは嫌だから。」

雨実が、眉をピクリと動かす。

「おかしいわね…居場所がわからないよう、何重も結界を張ったのに。場所が分かったようね…移動しましょう。どこが最適か…」

何かが胸に引っかかる。そんな事思いたくない。でもきっとそうだ。

「マスター、ごめんなさい。もっと早く気づくべきだった。人間界にいた時、誕生日に親友からピアスをもらったの。その子は、普通の子と違ってた。ずっと親友だったんだけど、出会いが、全く思い出せないの。それが関係あるのかも。」

理名といるべくしていたんだ。偶然じゃなかった。私はピアスを見せた。マキとハルは、黙って様子を伺ってる。

「へぇ、綺麗なピアスだね。しないなんてもったいない。」

ミズキが触れた瞬間、闇の狩人が現れた。

「皆、杖を構えて!私の後ろに回って」

雨実が叫ぶと、ハルが私を引っ張って、自分の後ろに隠した。マキが出遅れ、闇の狩人が、マキの頭に触れようとした瞬間、沢山のコウモリが闇の狩人を覆いつくした。ミズキの目は赤く光り、大きなマントでマキを隠した。闇の狩人も負けていない。大きな鎌でコウモリを払いのけている。ミズキはマキをハルに任せると、自身も大きな鎌を持ち戦ってる。

「私も戦う。」

「ダメよ優雨。あなた杖がないじゃない。ハル、次の場所見つけたわ。皆を移動させて。」

「わかりました、マスター。じゃあ、優雨から光の反射輪に飛び込んで。その後マキと続くわよ!」

輪をくぐるとそこは暗い穴の中だった。最後に雨実がくぐると、静かに輪が消えていった。雨実は、私の後ろを見ながら静かに言った。

「ここは、図書館の中よ。ハル、ミズキの手当をお願い。」

手当…嫌な言葉に振り向くと、ぐったりとしたミズキから血が溢れてる。

「イヤ、イヤ!ミズキしっかりして」

マキが狂ったように泣き叫んだ。

私は声が出なかった。私が巻き込んだせいで…

「それは違う。僕の意思でここにいる。」

ミズキが苦しそうに微笑んだ。

「心苦しいけど、ミズキの手当は2人にお願いして、私たち2人で進みましょう。闇の狩人の目的は優雨、あなただから。」

「分かった…みんな、助けてくれてありがとう。」

私は、明るく笑顔で立ち上がった。振り返らず前に進んだ。振り返ったら、みんなに甘えてしまいそうだから。

「優雨、必ず追いつくから!それまで捕まったりしないでよ。」

ハルが叫んだ。私は、振り返らず頷いた。私は小さな声で雨実に尋ねた。

「ミズキは助かるの?」

「助かると信じるしかない…それより、ミズキは一族に刃向かった。これからどうするか考えなきゃ。」

「どういう意味?」

「ドラキュラ族は、闇の狩人となり、魔界に仕えるの。ミズキは同族に刃向かったのよ。ハルも、マキもそうよ。種族によって仕事が分かれているの。全ては魔界を守るため、掟で決まっているのよ。」

私は振り返ろうとしたが、雨実がさせなかった。

「ミズキは優雨に同情を求めていない。ミズキのためにも、私たちの行動で全てが決まる。私たちは前に進むしかないわよ!」

私は考えた。今までの人生の中で、一番大切な人達の事を思いながら。

「掟通りに進んでも、欲しい答えは出てこない。だけど、私たちの要望ばかりも通らない。」

雨実はニヤリと笑った。

「さあ、これからどうする?迷う時間なんかないわ。」

「どうすれば良いか分からない。だけどこれだけは譲れないおばあちゃんを返してもらう事。今まで通りみんなが楽しく暮らせること。」

「同感よ。」

「母さんが魔界から消えてから掟が厳しくなってるよね。ここが分からないと掟の意味も分からないんじゃないかと思うの。」

そして見えてきた一つの真実がある。

「母さんは試験の前に人間界に行って父さんに会ってる。そして試験中にまた父さんのところに行った。連れ戻される前に何か父さんに目印をつけたんじゃないかな。今度は人間になって父さんに恋をした。母さんは考えたんじゃないかな?人間になれば、魔界の掟から逃れられるって。」

雨実は頷いた。

「そうだと思う。美雨は人間になる魔法を作り出したのよ。魔界は人間を利用しても人間と等しくなる事を許さない。禁忌の魔法だわ。その魔法を知っているのは美雨の杖だった。その杖を、闇の狩人が必死に探しても出て来なかった。だから、おばさんは監視されていた。そして美雨の血を受け継いだ優雨を手に入れて、二度とあの魔法が使われないようにするつもりだった。」

「私とおばあちゃんがその魔法は使いませんと約束したって、信じてもらえないよね?」

「多分ね。だったら襲ってこないでしょ。」

急にアリサが立ち止まった。

「どうしたの?」

「早く移動しましょう。もう気づかれてる。」

「マスター、あの杖貸して。」


「あの杖って…良いわよ!使いなさい!」

雨実の手から現れた暴れん棒を、しっかり握りしめた。もう手からすり抜けようと、うずうずしてる。

「あなた、暴れん棒って名ばかりなの?闇の狩人を蹴散らす位の力もないわけ?」

杖はピタリと止まり、狙いを定めて光を打った。

「何やってん・・・」

光の先に闇の狩人が現れて、光の縄のようなもので縛り付けている。

「あなたってすごい!」

暴れん棒を抱きしめた。

「そりゃそうよ。」

雨実は手を止めず、戦いながら言った。

「それ、おばさんの杖だもの。この杖はおばさんを待ってるのよ。美雨が消えた時、おばさんは杖を取り上げられたのよ。」

「私が必ず、おばあちゃんに届けてあげる。それまで一緒に頑張ろう。」

暴れん棒という強い味方がいるけど、闇の狩人の多さに押されて、前に進めない。ふいに闇の狩人が接近した。避けきれずにいると雨実が倒してくれた。雨実の背後には、鎌を振り上げた闇の狩人が迫っていた。

「雨実危ない!」

その時、金色の綺麗な狼が飛び出して、闇の狩人の腕に噛み付いた。あの綺麗な狼を私は知っている。狩人が、腕を振り回して、狼を投げ捨てた。壁にぶつかる寸前に、沢山のコウモリが狼のクッションになった。立ち上がった狼は、威嚇をしながら、背後からの攻撃を防いでくれている。隣で杖を構えたハルが左手を差し出した。

「優雨、あなたの杖があったわよ!」

驚いてハルを見つめた。いつの間にか、ハルの手には、懐かしい杖があった。

「どうやって・・・?」

私が聞こうとすると、

「知ってる?私が学校一番優秀な魔法使いってこと。話す時間はないから全てが終わったらじっくり教えてあげるわ。」

ハルは、微笑みながらが母さんの杖を渡してくれた。

「みんなありがとう!」

「優雨、次はどうするの?」

「一つ考えがあるの。母さんの所に行く。」

「優雨!何を考えてんの?」

ハルが厳しい声で答えた。

「うん、もう決めたの。」

母さんの杖が、クルクルと大きな円を描き始めた途端、おばあちゃんの杖が手から離れた。

「なんで…あなたも一緒よ。」

おばあちゃんの杖は天高く登り、光の大きな玉を作り始めた。吸い寄せられるように闇の狩人が入っていく。

「おばあちゃん!必ず戻ってくるから!絶対捕まらないで」

「優雨早く行きなさい!私と暴れん棒でここを食い止める。」

雨実は手を止めず叫ぶ。

「分かった!マスター行ってきます。」

「はい、行ってらっしゃい!」

こんな時でも、雨実は余裕で微笑む。私たち四人は光の輪に飛び込んだ。目を開けると、私の家の前だった。隣を見るとマキに支えられたミズキがいた。ことの外デレデレしてる。なんか腹立つ・・・・

「ミズキ…死んだんじゃなかったの」

「勝手に殺さないでよ。あの位で死ぬ訳ないじゃん。」

「そうなの?なんで?すごい血の量だった。」

ハルが肩を叩きながら言った。

「元々ドラキュラは、永遠の命を持ってるの。そして、人魚の涙は治癒力を持っているから、あんな攻撃位大丈夫なのよ。」

「良かったー、死んでなくて。」

ふいに涙が出て、ミズキを抱きしめた。突然の事でミズキが驚いたけど、構わず抱きしめた。マキも黙って私達に抱きつき、

「こういうの苦手なんだけど」

と言って、ハルが抱きついてきた。私たちに何があっても恐れる事はない。傷ついても立ち上がる。

「優雨、何を笑ってんの?」

マキも今にも笑い出しそう。

「私たち無敵だわ。」

「もう離してくれよ。苦しいよ。」

ミズキが照れながら言う。ミズキが元気なら、言いたいことがあった。

「ミズキ…友達なら気持ち読まないって言ったのに、あの時、私の読んだわね。」

「あの時はしょうがないだろう。緊急事態だったし。」

「言い訳は見苦しいわよ」

ハルがキツく言う。マキが慌てて

「ハルだって、さっき優雨の気持ち読んだじゃない!」

「そうだよ!」

マキを味方につけたミズキは最強だ。

「これからどうするの優雨?」

無視したハルが聞く。私はすーっと息を吸い込んで答えた。

「時間を巻き戻して、母さんが初めて父さんを見つけた日に行く。」

「見つけた日?どういう意味?」

ハルが不思議そうに聞く。

「おばあちゃんが言ってたの。試験の前から、母さんは父さんを知ってたと。そこに何か隠れているかも。もう何も見落としたくない。お願い出来る?」

杖に優しく問いかけた。杖が空に向かって光を放つ。空が少しずつ回り始める。


降り立った世界は雨が降っていた。手をかざしても、雨に濡れない。人は、私たちが見えてないようだ。

「あれ、優雨のママじゃない?」

雨を不思議そうに見ている母さんがいた。杖を出してはしまいと忙しそうだ。そこに、赤い傘をさした男の人が走って行った。母さんに傘を渡そうと必死だ。母さんのびっくりした顔が見える。傘を渡した男の人はすぐに離れていったが、母さんはずっと見つめていた。きっと父さんだ。そしてまた、時が動く。次は赤い傘をさして、男の人に駆け寄る母さんの姿が見えた。

「晴れた日は、傘をささないんですよ。」

優しく母さんに教えたあの声は紛れもなく父さんだ。母さんは、嬉しそうに赤い傘と水色の球がついたキーホルダーを渡していた。あのキーホルダーを覚えている。父さんはずっと大事に使っていて、今は母さんと一緒だ。また時が動き、とても綺麗な母さんが、父さんと一緒に楽しそうに暮らしている。マキが笑顔で囁いた。

「優雨のお母さん、、幸せそうね。」

私は黙って頷いた。母さん幸せな日々を送っていた。毎日笑って過ごせたんだ。

そこに突然闇が訪れ、闇の狩人が母さんと父さんを襲った。

「やめて!いやー」

と私が叫んだ。ハルが肩を掴む。

「優雨、ちゃんと目を開けて。」

目を開いた先に、勇敢に戦う母さんがいた。必死に父さんを守りながら、闇の狩人と戦っている。母さんは、闇の狩人をどんどん光の縄でまとめている。母さんは最強の魔女だった。唖然として見つめているとミズキが言った。

「おじいちゃん、何で片目が見えないか分かったよ。今、優雨のママを捕まえたの僕のおじいちゃんだ。」

大勢の闇の狩人を従えた、大きな男の人が目を押さえ、母さんを連行している。

「優雨、ごめん。」

ミズキが頭を下げる。

「ミズキやめな!」

ハルが厳しく言う。マキがミズキの手を握り、困った顔で私を見る。

「掟を破った母さんを捕まえるのは仕方がないと、頭で分かってる。だけど、母さんを父さんから引き離したのは許せない。どうしよう、ごめん。何が正しかったのかな。正しいって何だろ?わかんないや…でもね、私はミズキが好きよ。こんなことぐらいじゃミズキを嫌いになんかなれるわけがない。こっちもごめんね、おじいちゃん痛かったよね。」

「ミズキが謝るから、優雨もどうしていいか分かんなくなるじゃん。この話はもう終わり。」

ハルが背中を叩く。また、時が静かに進む。

「優雨のお母さん、暗闇に座ってるわ。」

マキの声で周りを見ると、母さんが背中を向けて座ってる。

「母さん…」

回り込んで、母さんを見て驚いた。

「お母さんがどうしたの?」

マキが心配そうに声をかける。

「全然泣いてない…むしろ、張り切って魔法を勉強してる。」

本を開き、一心不乱に勉強してる。父さんの事どう思ってるんだろう。次は、魔法学校に通う母さんとルイスが映った。

「パパ…」

消え入りそうな声でマキが呼ぶ。私は満面の笑みでマキに振り向いた。

「ルイス、めちゃくちゃイケメンだね。ミズキが霞むわー」

私達の間は、何があってもひび割れない。ただ、母さんとルイスのあまりの仲の良さに不安がよぎる。常に一緒に行動している。話に聞いていた優等生の母さんそのものだった。

「…ねぇ私が生まれない事ってあるのかしら。」

「たしかに不安になるね。」

ハルと目が合う。

「不自然よね。いい子過ぎるよね。」

「何を考えているんだろう・・」

マキが私を抱きしめた。

「優雨のお父さんのことだけ考えてるに決まってるじゃない!」

「私のパパだって、これからママに出会うのよ。ママは素敵な人だったんだよ。」

マキが自信満々に言い放つ。そうだった。母さんは強い人だった。父さんに会うために何でも頑張ってるんだろう。涙が出た。分かって良かった。母さん、本当に父さんを好きだったんだ。

「優雨、あれ見て。」

ハルが静かに言われて、また時が動いたことを知った。雨の中、赤い傘を持った母さんがいた。私達は静かに見つめた。そのくらい母さんは真剣な顔をしていた。母さんは、きっと今から自分に魔法をかけるんだ。今しかない。私は杖に静かに伝えた。

「母さんと今話せる?」

ハルはハッとした顔でこっちを見てる。マキは今にも泣きそうだ。

「ミズキ、マキをルイスの元に連れて帰ってね。」

「ハル、もし私がいなくなったら、この杖で魔界に戻って。」

杖は私に触れた。

「ここでさよならね。今までありがとう。」

私は小さく杖に口づけをして、ハルに手渡した。私はまっすぐ歩いて母さんの所に行った。

「母さん」

私は、母さんの目を見ながらいった。

「誰なの…優雨ね?」

一瞬で私の気持ちを読んだ。

「そう。何で分かったの?」

「私は、子供を産んだら、優雨と名前をつけると決めていたから。」

「そうだったね。私の名前は、母さんと父さんから一文字ずつ取ったんだよね。」

「少し違うわ。私と優一さんは、雨の日に初めて会って、私が魔法を使う最後の今日も雨だからよ。あなたは私達の大事な宝物だから、優雨と言う名前に決めてたの。」

私の名前に、そんな大事な意味が込められていることを知らなかった。

「わからないことがあるの。母さんは、どうして自分の名前を憶えていられたの。今から全てを忘れるんじゃないの?」

「確かにそうね、これから魔界のこと全て忘れてしまうわ。母さんのことだって。ただね、名前は、母さんが私にくれた最初のプレゼントだから私が持っておく必要があると思うのよ。」

母さんは自信満々に言った。

「私は、一流の魔女よ。ここに来るまで色々あったから、これからの幸せが壊れないように、もう魔法をかけてあるのよ。」

あのキーホルダー?私は言いかけたが、母さんは首を振った。

「違うわ。私は今まで思い通りに、魔法が使えたし、創造もできた。ただね、優一さんは別。魔法じゃなくて、私を知って、好きになってもらいたいの。キーホルダーは、優一さんを見つけるための、ただの目印よ。優一さんが、私に恋をした時、初めて魔法が生まれて、私は名前を取り戻す。」

「母さんだって、今から父さんのこと忘れてしまうじゃない。」

母さんは、とっびきりの笑顔で私を見た。

「忘れたって大丈夫よ。私は、何度だって、優一さんに恋をするから。」

私は、目の前の、強くて美しい魔女を見つめた。母さんは私を抱きしめた。

「これから傷つくことくらい、どうってことない。私は大事な人たちを、たくさん傷つけた。その代償を払う日は、必ず来ると分かってる。だけどね、私はもう、何があっても前に進むと決めたの。」

全然わかっていなかった。前を向いて生きていくこと、ずっと前から、母さんは教えてくれていたのに。私は、抱きしめてくれている母さんを引きはがした。

「母さんと父さんはこれから仲良く暮らすわ。」

私はわざと明るくいった。

「ただ、私は人間として生まれなかったみたい。それで父さんがいなくなったんだと思う。だから、私がいない方が、ずっと幸せが続くと思うの・・・」

母さんは、じっと私を見つめていたが、にこりと笑った。

「悪いけど、それは出来ないわ。優雨の事をもう愛してるんだもの。あなたに会って余計にね。これ以上大事なもの手放したりしないわ。」

「でも…」

「私がこれからすることは、これから起こる不幸を考えて、用心して生きる事じゃなくて、これから出会える幸せを考える事なの。」

「母さん…」

「優一さんの受け売りだけどね。」

「そうね、父さんはそうだったね。」

2人で笑った。

「そろそろ行かなきゃ。」

「私も優一さんの所へ行かなきゃ。」

「優雨、あなた今幸せ?」

「うん!たまらなく幸せだよ。」

「良かった。また会いましょう!楽しみにしてるわ。きっと私、人間になったら記憶がなくなっちゃうけど…大丈夫。何度でもあなたを愛すわ。つかの間のさよならね。」

「うん!」

母さんと笑顔で別れた。

「失敗しちゃった…」

「当たり前よ。優雨のママが同意したら、ぶん殴る所だったわ。」

ハルが睨みながら言った。

「ありがとう。皆がいて本当に良かった。」

マキが抱きついてきた。杖にまたお願いした。

「今度は、私が生まれた日に連れて行って」

土砂降りの雨だった。病室に入ると、苦しそうな母さんと心配そうな父さんがいた。

「行こう。時間がない。」

「待って!自分に人間になる魔法をかけるのか?」

今までにない鋭い声でミズキが言った。

「また人の気持ちよん・・・・」

「うるさい!僕はもう、優雨のいない世界なんて考えられないんだよ。僕たちは最強の仲間だっと言ったのは、優雨じゃないか!」

ミズキを思わず見た。私の大事な仲間が泣いている。でも皆を守ると決めたんだ。

「これが一番、皆にとって幸せな結末だと思う。」

「皆って誰?少なくとも私は幸せじゃない!」

泣きながらハルが言った。

「その皆の中に、優雨は入ってる?」

マキが優しく微笑んだ。

「私の幸せ…考えてなかった。色々あって傷ついたりしたけど、今までの事忘れたくない。」

私は目を閉じて考えた。母さんが言ったこれから起こる私の幸せって何だろう…未来なんて分からない。だけど今、そばにいてくれる仲間から離れられない。母さんが父さんと離れられなかったように…それで傷つくことがあったとしても絶対に仲間を守る。

「当り前よ。みんなで仲間を守るのよ。」

ハルが笑顔で言った。私に色褪せた思い出が一つ蘇った。うまくいくか分からないけどかけてみたい。私は、杖に囁いた。

「本当は生まれるはずだった、もう一人の男の子を、母さんに生ませて」

杖は理解したようで、小さな光を、母さんのお腹に入れてくれた。急に、母さんの苦しみが大きくなり、慌ただしく分娩室に運ばれた。

「どういうこと?」

マキが驚いて聞いてきた。

「父さんが教えてくれたことを思い出したの。母さんは、私が生まれる前まで双子を授かったと勘違いしてたって。それは本当だった。ただ魔女しか生まれなかったのよ。きっと私がそうさせたのよ。私の家系は、魔女しか生きられない。だから、双子の男の子も、父さんもいなくなった。そうでしょ、ハル。」

ハルは下を向いたままだった。

「なんで分かったの?」

「前にミズキが、私のお父さんを探すことをすぐに止めさせたことを思い出したの。そして、あの騒動の中、行方不明だった母さんの杖を私にくれた。ハル・・・あなた何者なの?」

「優雨、何を言ってんだよ。僕たち仲間だろ。」

「掟は絶対なのよ。闇の狩人だけじゃ、うまくいかないことくらい魔界省も分かってた。だって優雨には、最強の魔女たちがついてるから。私たち人魚族は、魔界を守る義務がある。優雨に近づいて、魔界に不利にならないようコントロールすることが私の役目だった。」

「ハル、嘘ばかり言わないで!」

マキが、ハルの肩を激しく揺らした。

「みんな、ごめん。」

ハルは、振り切って逃げだした。すぐにコウモリが現れて、ハルを覆っていた。私は杖で、コウモリを打った。宙に投げ出されたハルをミズキが受け止めた。

私は杖を構えた。背後には大事な仲間がいる。

「私なんか助ける必要なんてない。」

ハルの震えた声が聞こえた。

「言ったじゃない。仲間を守るって。」

ミズキが急に私の前に立ちはだかった。

「これは、僕の役目だ。僕が決着をつける。優雨、みんなをよろしくね。」

ミズキはそう言って、目を赤く光らせ、黒いマントを広げた。コウモリを吸い込み、杖を出し光を放った。その光にめがけて飛んで行った。

「分かった。」

私たちは膝から力が抜け座り込んだ。

「ミズキ、大丈夫かな?」

マキが心配しながら聞いてきた

「きっと大丈夫よ。仲間を信じてあげるのも大事なことだしね。」

私がハルに同意を求めた。ハルは泣きながら頭を横に振った。

「ハルは私を信じて見守ってくれたじゃない。」

「そんなことない。」

「本当にそう思ってる?」

マキが私とハルの手を握った。私も強く二人の手を握った。

「ハル、マキ助けてくれてありがとう。」

マキは照れて下を向いた。ハルは泣きながら私たち二人に抱きついた。

「もう、どうしようもなく、みんなのことを好きになっちゃったの。役目なんかどうでもいい位。」

「うん、私も大好き。これからもよろしくね。」

笑顔になった私たちで最後の仕上げをしよう。


産声が聞こえた。私は走って分娩室に向かう。

「赤ん坊の私を頂戴!」

杖は、生まれた私に近づき柔らかい布で包み、私にくれた。

その後、大きな泣き声の男の子が続いた。

「さよなら、母さん、父さん」

小さな私を抱えたまま病院を出た。雨は止み、空は澄んだ青空だった。

「皆、うちに帰ろう。」


魔界に戻った私たちは、そのまま魔界省に連行された。私だけ別にされ、長くて暗い廊下を歩いた。牢に閉じ込められる覚悟はできている。だけど、仲間は今まで通りであって欲しいと強く願った。

「優雨」

顔をあげると、雨実が微笑んで立っていた。そして、雨実は私の目を探って、苦笑いした。

「よく頑張ったわね。」

頭を撫でてくれるその手が温かく涙がこぼれた。その涙が、小さな私の頬落ちた。小さな私は、私に手を伸ばした。私はギュッと抱きしめた。

「私たちは、今から会議にかけられる。掟を破ったからしょうがないわ。だけど、納得できなかったら・・その時は分かっているわね?私たち魔女一族の力を見せつけてやるわよ。」

小さな声だけど、雨実の決意は心に響いた。私も同じ気持ちだ。私はうなずき顔をあげて、会議室に入っていった。一斉に大人たちの目が私に降り注いだ。何も怖くない。まっすぐ顔をあげたまま前を見続けた。

「赤ん坊のあなたを渡してもらえますか?」

「条件があります。」

「分かっていますよ。もうあなたの家族を襲うようなことはしません。ただし・・」

「分かっています。私はここで生きます。」

「では、交渉成立ですね。」

私は素直に、小さな私を手渡した。この世界で生きるなら、掟に従おうと思った。掟に振舞わされたけど、確かに私たちが生きていくために大事なものだ。でも、おかしいと思ったらら、逃げずにちゃんと立ち向かおう。私は母さんの子供だ。これからきっと強くなれる。

「もう面倒は起こさないでくださいね。」

「私たちが面倒に思うかどうかによりますね。」

雨実が聞いたこともない位優しい声で答えた。

「マスター、余計怖い。」

私たちは噴出した。これだから魔女はと小さな声が聞こえたが、無視して笑った。

色々な手続きを終えて、幽閉されたおばあちゃんを迎えに行った。おばあちゃんは、仁王立ちで私が来るのを待っていた。

「遅いじゃないか!」

「久しぶりに会ったのに、最初の言葉がそれなの?」

雨実は大きな笑い声をあげた。

「おまえは、美雨を知ることができたかい?」

ニヤリとおばあちゃんが尋ねた。

「知ってるくせに・・・・」

私がふてくされて言うと、おばあちゃんは、私を抱きしめた。

「言葉で語るのは簡単だ。それじゃおまえが、美雨を知ったことにならないだろう?美雨を知ることができなかったら、幽閉された意味がないじゃないか!」

「おばあちゃん・・・そのために捕まったの・・?」

「当り前だ。そうでもしないと、おまえが動かないことがわかっていたからね。」

自信満々で、強気ないつものおばあちゃんがそこにいた。

「私を誰だと思ってるんだ。こんな牢くらい容易いわ。」

…私はいつになったら気持ちを読まれないように出来るんだろう?

「半人前のくせに何を言ってるんだ。」

「そうよ、優雨、もっと学校で勉強しなきゃ。努力が足りないのよ。」

口うるさくて優しい魔女が、私の家族だ。

その夜、遅くにルイスが謝りに来た。

「おばさん、僕・・・・」

「なんだい、ルイス!手ぶらで来たのかい?当てが外れたよ。いつものミートパイを差し入れしてくれると思っていたのに!」

ルイスは、泣き出しそうになる顔を隠して、頭を下げた。

「ごめんなさい・・・ずっとおばさんや、美雨を恨んでいたんだ。恨む事で辛い日々が乗り越えられたんだ。だから・・」

「違うね!ルイス!」

おばあちゃんは、ルイスの胸ぐらをつかんだ。私は、慌てておばあちゃんを止めようとした。

「いいんだ、優雨ちゃん。僕が悪いんだから。自分で起こした罪はつぐわなきゃ。」

「お前の起こした罪って何だい?何も罪なんかないよ。確かに私たちは、美雨がいなくなった後、抜け殻のようだった。美雨の空気を感じるだけで、心がどんどん欠けていくような感じがしたよ。私たちには時間が必要だったんだよ。そうだろ?ルイス。ララと出会い、マキが生まれて今日まで、おまえは一度だって私や美雨を恨んでないはずだよ。おまえが一番よくわかっているはずだ。ったく、魔界省は、おまえの弱みに付け込んで、意のままに動かしていたんだ。やっぱり鼻持ちならないね。あんなところ、ぶっ壊してしまおうか・・・・」

「おばあちゃん・・・本当にやめてよね。私、もう闇の狩人と戦う気力がない・・」

ルイスは、胸ぐらをつかんだおばあちゃんの手を握った。

「おばさん、ありがとう。そうだった。僕はとても幸せな毎日を過ごしていたんだ。ララが急にいなくなった時も、マキがいてくれたから、僕は乗り越えてきたんだ。」

ルイスは笑っていた。ルイスはもう大丈夫。マキも私も、おばあちゃんもいる。

ララ・・・マキのお母さん?仕事ってなんだったんだろう。

「優雨ちゃん、それは誰にも分らないよ・・・・」

「優雨!お前のせいで、またルイスが落ち込んだじゃないか!」

気持ちは読まれるわ、怒られるわで損した気分・・・落ち込んだ私を見て、おばあちゃんとルイスは顔を見合わせて大笑いした。

「確かにそうだね、ごめんね、優雨ちゃん。あぁ!おばさん、大事なものを渡し忘れていたよ。」

ルイスが、暴れん棒をおばあちゃんに渡した。おばあちゃんの手に渡った途端、暴れん棒は嬉しさのあまり思いつくまま光を放つ。ルイスと私は必死によけた。おばあちゃんは、最初は笑っていたけど、段々笑顔が消え去った。

「静かにおし!へし折ってしまうよ。」

暴れん棒はおとなしくなった。おばあちゃんは鼻でふんと笑った。

「明日から職場復帰してほしいと魔界省からも話があったよ。」

「そうかい。ふーん、魔界省も粋なことをするじゃないか・・」

ルイスと私は顔を見合わせて笑った。

「ところで、おばあちゃんの仕事って何?」

「おまえは本当にバカだよ。そんなこともわからないのか・・・・」

おばあちゃんんは、深くため息をついた。


その夜、屋根に上って空を見上げた。相変わらず、紫色の空で、どこまでが夜なのかわからない。物音がして隣を見ると、綺麗な小さな狼が座っていた。

「ルイス、元に戻って良かったね。」

「うん、優雨のおかげだよ。ありがとう。」

「ううん、マキがいたおかげで、ルイスも元に戻れたし、私もここにいる。今更だけど・・・友達になってくれてありがとう。」

その綺麗な狼を抱きしめて言った。

「あと一つやることがあるの。」

「杖のこと?」

「うん、今更新しい杖なんか要らない。母さんの杖で魔女になりたい。」

今となっては杖が、母さんと私をつなぐ唯一のものだから。ただ、魔界省が、必死で探していた母さんの杖の処分は、いまだ決まらず、私も何となく宙ぶらりんのままだ。私、これからどうすればいいんだろう?皆といたい、その夢をかなえた後は・・・・私は何をしたいんだろう。何になりたいんだろう。時間が止まってしまったのか、自分のせいなのか動けずにいる。


少しして、魔界省から連絡があった。おばあちゃん、雨実と行くと、ミズキが門の前で手を振って待っていた。私は、ミズキに駆け寄った。

「久しぶり!元気にしてた?」

「元気だよ。優雨はどうして学校に来ないの?」

「うん・・・杖もないしね・・・」

「そうなんだ。僕はね、あの出来事のおかげで、自分のやりたいことが見えてきたよ。おじいちゃんのようにもっと強くなりたいと思ったんだ。だから勉強もするし、修行もするんだ。」

「ミズキのおじいちゃん?」

記憶が戻り黙りこんでしまった。

「ねえ、僕のおじいちゃんに会ってよ。おじいちゃんのことちゃんと知って欲しいんだ。」

おばあちゃんは、嫌だねと言い放ち、雨実は魔界省の友達に会うとかで、付いてきてくれなかった。ミズキと一緒に薄暗い長い廊下を歩く。

「実はね、優雨の杖だけど、おじいちゃんが預かっているんだ。」

「えっ・・・なんで。」

ミズキが立ち止まり私を見る。

「あの時は、必死だったから考えもしなかった。優雨のお母さんは、自分に人間になる魔法をかけた。その後、杖はどうやって優雨の家に帰ったのか。」

唖然とした。そうだ、なんで私、母さんの杖を持っていたんだろう。私が持っていた杖は、本当に母さんの杖なの?

「僕のおじいちゃんは二度も優雨の杖を見てるんだよ。優雨のお母さんを捕まえた時と、今預かっている杖・・・・おじいちゃんのことを知ってもらいたいのは、本当だけど、杖の秘密も知りたくない?」

ミズキがニコリと笑う。そういうことか。

「私も知りたい!行こう、ミズキのおじいちゃんのところへ。」

怖いけど知りたい!ワクワクする気持ちが戻ってくる。母さんと私をつなぐ唯一のもの。知らないでは済まされない。


重厚なドアを、ミズキが緊張気味にノックする。

「はいりなさい。」

心地よく響く声がする。窓に背を向けて、大きな男の人が座っている。逆光で顔が見えない。

「よく来たね、ここにかけなさい。」

言われるがまま、ミズキと私はソファに座った。

「ミズキは、いままで頼りなかったが、君との出会いのきっかけで、ずいぶん強くなったよ。ありがとう。」

「いえ・・私がずいぶん助けてもらいました。ありがとうございます・・・あのミズキは、今まで通り、一族の仲間に入れるのでしょうか?」

雨実が言ったことを思い出した。ミズキは同族に歯向かったと。

「優雨、ありがとう。」

ミズキは笑顔で私を見つめた。

「君は、ミズキの言う通り、人のことばかり心配するんだね。」

優しい温かい声で、ミズキのおじいさんは言った。

「心配しなくても大丈夫だ。ミズキは大事な跡取りだから。君に出会う前のミズキだったら、何もしなくても除外されていたかもしれんが・・・」

私は声をあげて笑った。ミズキは赤い顔をして下を向いていた。

「私に聞きたいことがあるんだろう?」

「はい、あの・・・私の杖はいったい誰の杖なのでしょうか?」

ミズキのおじいさんは、立ち上がり窓の方を向いた。

「美雨の杖だよ。」

「お母さんを知っていたんですか?」

「知っているも何も、私の娘だよ。」

「・・・はっ?」

ミズキも私も声が出ない。

「知らなくて当然だ。君のおばあちゃんと私だけの秘密だ。ただ、君とミズキは知る権利があると思ったんだよ。もう知っていると思うが、君は魔女の一族だ。子は必ず女しか生まれない。そして、魔女を愛した男たちは必ず消滅をするんだ。君のおばあちゃんに一目ぼれをしたが、私はもう、闇の狩人の長となる事が決まっていたんだ。知っているだろうが、掟は絶対だ。だが、掟は心を縛れない。若い私は、君のおばあちゃんの元に向かった。もう消えてなくなっても構わないと思って。あの人は違ったよ。お互い、全うすべきことがある。別々の道を向いて生きていくんだと、怖い顔をしていったんだよ。」

私は、おばあちゃんの怖い顔を想像して、身震いをした。

「おばあちゃんらしい。それがおばあちゃんが決めた生き方だったんだ。」

「美雨は、私が父親だとは知らずに育った。私も闇の狩人の長として、もう

あの親子とは関わらず生きていたんだ。美雨は優秀だったから、時折聞く

美雨の噂がとても嬉しくてね、誇らしかった。美雨が事件を起こすまでは。」

母さんはとても素晴らしい人だと反論しようと思ったけどやめた。きっと、ミズキのおじいちゃんは母さんの素晴らしさを知ってる。

「成長した美雨を見て驚いたよ。強くて綺麗で、後世に残る魔女だったからね。美雨は愛する人を守ることに必死だった。闇の狩人が、束にかかっても歯が立たない。私が連れ戻すしかないと思った。」

「自分の娘を捕まえたの?」

「君のおばあちゃんと約束したからね。お互いすべきことを全うするんだと。

私は、それでも甘さがあったんだろう。美雨にやられてしまって、このざまだ。」

振り向いたミズキのおじいちゃんの左目には、大きな傷がついている。

「たいした傷じゃない、美雨の絶望に比べたら。美雨の悲しさを忘れないように、この傷があるんだと、ずっと思っていた。ただ、美雨はやり遂げた。もう美雨に会えないと思うと、美雨が残してくれた傷跡が愛しいよ。」

「おじいちゃん、母さんは幸せだったよ。これからもずっと。」

私は、おじいちゃんに抱きついた。ミズキは固まっている。

「ありがとう、君のような勇敢な孫が持てることを幸せに思うよ。」

おじいちゃんも抱きしめてくれた。私は、手からこぼれ落ちるくらいの温かい仲間や家族に囲まれてここにいる。

「美雨の杖の秘密なんだが、申し訳ないが私と、君のおばあちゃんとの秘密でね。これだけはずっと大事にしていきたいんだ。」

「わかった、おじいちゃん。もう聞かない。でも、私のおじいちゃんであることは、四人の秘密でいいよね?」

「もちろんだ。秘密は、持てば持つほど辛くなる。ただ、自分に似合った数なら人生を素敵にしてくれる。」

おじいちゃんは、そっと耳元で囁いた。

「必ず杖は、君に返そう。」

部屋の扉を閉めて、元の道を戻る。ミズキがため息をついた。

「やっと口を開いたと思ったら、ため息なの?」

「だって、はるかに想像超えた話だったから。」

「複雑よね。自分以外に孫がいるなんて。」

「・・・・気持ち読めるようになったの?」

「まだ読めないけど、そのくらいわかる。」

「ごめんね。」

「なんで謝るの?私はすごくうれしかったけど。」

ミズキは驚いて私を見た。

「だって、家族が増えたんだよ。それがミズキだなんて!嬉しいに決まってるじゃない。」

ミズキも顔をクシャクシャにして笑う。

「そうだね!うまく言えないんだけど、優雨とは気持ちが通じてる感じがしたんだ。優雨に会えないと寂しくて、今日も何とか理由をつけて、ここで待っていたんだ。こういうことか!マキを想う気持ちとは別の温かい想いは。」

「何気にマキへの想い伝えてこないでよ。私が失恋したみたいじゃない。」

「ちっ違うよ。何を言ってんだ僕は・・・・マキには内緒にしてくれる?」

私は無表情でミズキを見た。

「魔界中の人全員、ミズキの気持ち知ってるから心配しなくていいよ。」

「嘘だろ。マキも知ってるの?」

「幸運なことに、マキだけ気付いてない。」

「そっか、そっか!」

ミズキは幸せそうにうなずいた。・・・なんかムカつく。通りの向こうで、おばあちゃんが待っていた。

「何をしてるんだい。魔界省様からお呼びがかかってるんだ。早くしな。」

嫌味たっぷりのおばあちゃんに、ミズキと顔を見合わせて笑った。

「はい、おばあちゃん急ごう。」

おばあちゃんの手をつなぎ、私は走り出した。

「お待ち!まぁなんて乱暴なんだ。」

そう言いながら、おばあちゃんは手を強く握り返した。私は、素敵な魔女になる。おばあちゃんや母さんみたいな。

おじいちゃんの言う通り、杖は私の手元に戻った。私は杖を抱きしめた。

「また会えた。これからもよろしくね。」

そう伝えると、杖がふんわり私を抱きしめてくれた気がした。母さんみたいに。

明日から学校へ行こう。私にはまだまだ足りないものばかりだ。


「おばあちゃん、おはよう!…おばあちゃん?」

ペンが飛んで来て、スラスラと宙に文字を書く。

「嘘でしょ?先に行っちゃうの!?」

職場復帰したおばあちゃんは、今までになく強くて綺麗だ。ただ、前より学校が厳しくなったけど…慌てて準備をして出かける。私は走り出した。立派な魔法使いにならなきゃ!それから、おばあちゃんや雨実みたいな先生になるの?…どうしよう。これからの事はゆっくり考えよう。とにかく今を一生懸命生きてみよう。杖が肩を叩く。

「分かってるってば。忘れてないよ。」

教室の前で息を整える。

「おはよう!」

私の声に、優しく微笑んでくれる仲間がいる。ここが私の居場所だ。


学校終わりに、杖とベンチで待っている。あたりに誰もいない。杖に優しく囁いた。

「よし、行こう。」

杖が前と同じよう宙に円を描く。懐かしい家の前で立ち止まった。そこから、元気のいい男の子が飛び出した。その後に、母さんが追っかけて出てくる。

「優雨、お弁当忘れてるわよ。」

「ありがとう、母さん」

「気をつけろよ、優雨!」

父さんの優しい声だ。父さんを久しぶりに見た。昔の思い出がよみがえった。いつも私だけに向けた笑顔そのものだった。急に胸に棘が刺さったようで苦しくなった。私はもう戻れない。私が決めたことだった。それなのに、何で苦しくなるの?さみしくなるの?私は間違えたの?私は目を閉じた。母さんが人間になると決めた後、おばあちゃんが、母さんを一人で育てると決めた後も、こんな思いをしたのかな。選ばない選択肢の答えは永遠にわからない。ずっと、この気持ちと隣り合わせで生きていくんだ。皆そうやって強くなるんだ。私は三人を見つめた。三人とも幸せそうだった。これだけで充分。優雨の後に続いて私も走った。青い空に、優雨の背中がまぶしかった。優雨が急に立ち止まった。

「誰かいるの?」

驚いて杖を見た。杖も驚いている。私は見えてないはずなのに。優雨はたしかに私をみて微笑んだ。私も笑い返した。

「またね。」

と言い残して私は帰った。優雨は私と同じ時を生きているんだ。世界が違っても、私たちは繋がっている。


戻った先のベンチにハルが座って待っていた。

「お帰り。どうだった?」

「みんな元気だったよ。ハルはなんで、私が母さんたちに会いに行くことを

知ってる・・・気持ちまた読んだわね。読みっぱなしじゃないの?」

「私だけじゃないわよ。皆心配してたけど、私が代表して待ってたのよ。」

「じゃ、どうだったか知ってるでしょ?」

むくれて隣に座った私をハルはぎゅっと抱きしめた。

「気持ちを読んで、理解したいわけじゃない。優雨の言葉で話を聞きたいの。」

私もハルを抱きしめた。

「ありがとう。私の決めたことが間違ってないと思えるように、これからもっと勉強して素敵な魔女になる。でも、なんだか不思議な気分。今まで人間界にいたし、覗きに行くと懐かしいと感じちゃったり。魔女の素質あるのかな?」

「優雨は立派な魔女の一族よ。今までのしきたり通り、名前に雨の字を持ってるわ。」

「本当の意味は違ってたけどね。」

「何言ってんの。優雨の名前は、二つの素晴らしい意味があるのよ。一族の血を引く意味の雨と、優雨のお母さんの想いの意味と。素敵な名前ね。」

「うん!」

私は恥ずかしくなってわざとはぐらかす。

「まぁ、でも雨だなんて憂鬱な感じになるよね。」

「魔女はきっと、雨がはれのひなのよ。」

ハルが自信満々に言い放つ。

「そうよね。魔女だもん。少しは陰がないとね。」

私も自信満々にいってみる。明日もきっといい日だ。これから、いい日じゃない日もきっとくる。でも乗り越えてみせる。きっと。


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ハレノヒ 山口 ことり @kotori_y

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