一線を越えて

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

第1話

 日曜日の朝、地下鉄駅のホーム。

 いつもならホームは人で埋め尽くされているが、珍しい事に今日ホームに居るのは私ともう一人だけ。

 停滞した地下鉄特有の温い空気の中。

 私と、制服に身を包み、墨のような艶のある黒髪を持った蒼白い顔の高校生の女の子が一人。


 とても、とっても不思議だった。


 今日は日曜日。当然の様に学校は休み。それなのに女の子は制服を着て、鞄を持って、こちらを正面からじぃっと見ていた。


 奇妙だった。


 私と女の子は、駅ホームの点字ブロックを挟んで互いを見ていた。

 勿論、ココは廃線の駅じゃない。

 点字ブロックで仕切られた先は、時間になれば電車が走り抜けてとても危ない。

 「あの、危ないですよ!」

 声をあげる。

 しかし、女の子は蒼白い顔のまま、黙ってその場を動かない。

 「早くこっちに!」

 再度そう言うも、一歩も動かない。

 駅員も、他の人も居ない、ひっそりとした駅。

 さっきまで温い空気が溜まっていたそこに、涼しい空気が横から流れ込む。

 遠くから響く轟音と共に。

 『まもなく電車が到着します。』

 駅のホームに、機械的な声が響く。

 駅員は居ない、電車を止めるボタンも無い!

 風が流れてくる先、トンネルの暗闇に光が二つ、浮かび上がる。

 轟音と共に。

 「早く、早くこっちに!

 手を…手を伸ばして!」

 そう言って女の子に手を伸ばす。

 女の子はこちらを見て、黙るだけ。何で動かないの?

 手を伸ばすだけ。伸ばすだけなのに!


 ファアアアン!!


 暗闇から電車が現れ、風が髪をなびかせる。

 電車は直ぐそこ迄迫ってる。だというのに、女の子は微動だにしない。何故………………!

 女の子に無我夢中で、その後ろに気が付かなかった。

 蒼白い顔の女の子、その肩はがっしりと誰かに掴まれていた。

 ファアアアン!!

 電車がホームに侵入し、少女を飲み込み、減速して………止まった。





 「よっ!おっはよー!どしたん?線路なんか見て?」

 後ろから肩をがっしり掴んだまま、友達が私の背中から首を突き出し、視線の先を見て首を傾げた。

 電車は徐々に減速し、停止しようとしている。

 「ぇ…見えなかったの?」

 「?なにが?」

 「点字ブロックの向こう、線路に制服の女の子がこっちを見て、手を伸ばしてた!」

 「んなバカな、そんな大事故起こってたら電車止まってるでしょ?」


 プシューッ!


 アナウンスが流れて空気が抜ける音と共にドアが開く。

 事故の後のホームとは到底思えない。

 あんな風に線路の真ん中に立っていた少女を、運転手が見逃す訳もない。

 「幽霊じゃあるまいし……早く乗らないと遅刻するよ………って顔真っ青!どうしたん!?風邪?今日は部活休む?

 別に体調不良で休んでもあの顧問は文句言わないでしょ?

 肩貸すよ?如何する?」

 心優しい友人は私の顔を見て不安そうにする。

 「…や、大丈夫!ごめん、ただの見間違いだった!行こう!」

 そう言って今にも閉まりそうなドアに向けて駆け出した。










 あーあ、あと、ちょっとだったのにな。

 さ、切り換えて、次の人に手を伸ばさなきゃ。

 そして…ひっぱらなきゃ。

 こっち側に。




 少女は手を伸ばす。

 線の向こうから此方に引き寄せようと、手を伸ばす。

 一線を越えさせる為に。

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一線を越えて 黒銘菓(クロメイカ/kuromeika) @kuromeika

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