エピローグ

 部室でデータ整理をしていると火野がやって来た。その数分後には部長、後ろには停学明けの美空が居た。以前と全く変わらない美空は入って来るなりこんなことを言う。


「元日、あんたカメラ壊したでしょっ⁉」


 イマガクの表紙撮影をした時、雨にうたれたカメラは水没してしまい見事に壊れてしまった。データが無事だったのが唯一の救いだ。


「そのお陰で良い表紙が撮影出来ました」


 俺の言葉に美空は呆れたと頭を抱える。


「カメラ代、給料から引いとくからね」

「それを言うなら、表紙のモデル代ちゃんと支払ってください。俺と湊土と火野の三人均等にお願いしますよ」

「なかなか言うようになったじゃない。それでもカメラ代の方が高いんだから、その分は――」

「まあまあ、それはいいじゃないか。編集長だって本当はそこまで怒ってないでしょ?」


 部長が間に入ると美空は大人しくなった。そんな美空を不思議そうに火野は見ていた。

 部長と美空の関係は俺しか知らない。だから火野の反応が可笑しくて堪らないのだが、それを言ってしまうと、どんな仕返しをされるかわからない。今はまだ俺の胸だけにしまっておこう。


「そういえば湊土くんはどうしちゃったんだろう? 今日、学校に来てたよね?」

「そうだな。でもあいつ朝から調子悪そうだったから来ないかもな」


 今は次号の制作が始まっていないので、同好会でやることは基本的にはなく自由参加のような状態だ。だから湊土が来ないのをそこまで気に掛ける必要はない。


 そう思っていると美空が声を張り上げた。


「湊土っ! いい加減、覚悟を決めなさいっ!」


 俺と火野はそれに驚いて美空の顔を見た。


「……わ、わかりましたから、お、大きな声出さないでくださいぃ……」


 部室の外から湊土らしき声が聞こえ、俺と火野は今度はそちらを見る。

 すると部室のドアがゆっくりと開き、湊土が顔を覗かせた。

 なんだ湊土のやつ来てたのか。だが湊土の表情はあまり冴えない。


「おい、湊土。調子悪いんなら無理しなくても――」


 開いたドアから湊土の全身が目に入ると俺は言葉を失う。

 モジモジとさせながら部室に入って来た湊土は、「ど、どうかな?」と両手でスカートの端を摘まんで広げてみせた。


 湊土は女子の制服を着ていた。


「お、お前っ。遂に学校でも自分の趣味を全開にするつもりかっ⁉」

「しゅ、趣味? ハルは何のことを言ってるの?」


 大きな瞳を向けたまま首を傾げる湊土。


「湊土くん、似合ってるっ。え、ていうかわたしより似合ってるかも……。足細っ」


 スカートから伸びる湊土の白く細い足を見て火野は驚嘆する。

 いや、確かに足は細くて綺麗だけど驚くのはそこじゃないだろ。


「火野、なんでそんなに冷静なんだよっ⁉」

「……え、だって次の企画かなんかでしょ? 男の娘ってあるじゃん。そうですよね美空さん?」


 火野の問いに美空と部長は口を手で抑え必死に笑うのを堪えていた。


「ちょっと、二人とも酷いよっ。趣味だとか男の娘だとか何言ってんの⁉ 僕はちゃんとした女だよっ」

「「…………えええええええっ‼」」


 俺と火野の声が部室に響いた。


「驚き過ぎっ。僕が女って気付いてないのハルと桃火ちゃんくらいだよっ。美空さんも部長もすぐに気付いたし、クラスの皆だって気付いてて何も言わなかっただけだよ!」


 湊土は俺と火野の傍に来て抗議する。前に湊土が女の恰好をしていた時は夜で暗かったし、動揺していたのもあってちゃんと見ていなかったが、こうして女子の制服を着た湊土は完璧に女だった。


「お、お前が女だというのはわかった。本当はわからないけどわかった! なんで今になって男の恰好をやめるんだよ?」

「そ、それは……」


 湊土は言いたくないのか髪の毛をクルクルと弄ると上目遣いで、

「ひ、秘密……」と頬を膨らませた。


 それを見て火野は、

「か、かわいい……」とがっくり肩を落す。


「僕が女だって知って……怒った?」

「怒るというより……これは……」


 理解が追い付かず言葉に困っていると湊土は俺の腕に抱きついた。


「ハルは怒ってないよね? だって僕たち仲間なんでしょっ」


 もとから湊土に対して怒る気はなかったが、そう言われてしまったら嘘でも怒れない。

 多少のモヤモヤは残るが、俺は全てを認めるしかなかった。

 それにこれからの人生を考えればこんなのは取るに足らない、日常の一コマにしかすぎないのだ。

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女に優しくするのやめてみた~唯一の取り柄だった優しさと脂肪を削ぎ落とした結果、残念なイケメンが誕生した~ 兎井まだか @toymadaka

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