最終話「イマガクを完成させよう!」

 俺が三人を引き連れて向かった先は学校の屋上。


「ここで撮影するの?」

「おう。ここで撮影するぞ」


 火野の問いに俺はカメラを掲げて答えた。


「えぇ~。せっかく黄金が学校の言いつけを無視してまで協力してあげるのにこんなとこなの~?」


 金魚鉢はもろに不満そうな顔をする。しかしバッチリとポーズは取っていた。


「確かに、ここじゃありきたりだよね。それに……」


 湊土は顔と掌を空に向ける。

 天気は曇天。今にも雨が降ってきそうだった。


 ここまで条件が悪いと屋外での撮影は普通はしないだろう。それでも今の俺たちには時間がない。締め切りは明日なんだ。それにいくら金魚鉢が学校を無視して協力してくれると言っても人目に付く所では流石に申し訳ない。だから天気が悪かろうと撮影するのはここしかない。


「これくらいの天気なら大丈夫だろう。それに後から湊土が上手く修正してくれる。青空とヤシの木を合成すれば一気に南国リゾートだ」

「えぇ~、なんかダサい。黄金もっと芸術的なのがいいなぁ」

「僕もそんな違和感ありありの合成したくないよ。それならハルが修正してよ」


 金魚鉢と湊土は俺の提案を即座に却下した。


「言ってみただけだよ、本気にすんなって。駄弁ってても時間が勿体ないし雨も降りそうだから、さっさと撮影始めるぞ」


 そう言うと皆は「はーい」と返事をした。

 火野はカメラを受け取ろうと俺に手を差し出す。


「カメラ貸して。日下部は指示してよ、どんな感じで撮るかは決めてるんでしょ?」

「いや、まったくのノープランだ」

「はあ?」


 火野は呆れ声で俺を見ていた。


「もう何でもいいや。黄金先輩なら勝手にいろいろポーズ取ってくれるから先輩に任せよう。ほら、早くカメラ渡してよ」

「撮影するのはお前じゃない」


 火野にそう告げると、俺は既にポーズを取り準備万端の彼女に声を掛ける。


「金魚鉢先輩、カメラお願いします」


 そう金魚鉢は撮影される側ではない、する側だ。その為に俺は彼女に協力を頼んだのだ。

 俺の予想外の申し出に金魚鉢は体をカクっとさせていた。


「黄金がカメラマンなのっ? なんでぇ⁉」

「そりゃ先輩は学校からFP同好会に近づくなって言われてますからね。流石にモデルとして協力させる訳にはいきませんよ」

「ごめん、言ってる意味がわからない。それじゃあ、さっき散々私を煽ったのは何だったの?」


 困惑する金魚鉢は口調が素に戻っていた。


「俺は一度もモデルとして協力してくれなんて言ってないですよ。それに先輩を表紙に使うのなら、もう素材はありますからわざわざ取り直す必要ないです」

「じゃあ私は何の為にここに居るわけ?」

「だからカメラマンですって言ってるじゃないですか」

「もおっ! だからそれなら私じゃなくてもいいじゃない。元日くんでも湊土くんでも、桃火ちゃんだっていいじゃない。私である必要はどこにあるのっ?」

「だかぁらっ――」


 言いかけた時、頭に一つの雫が落ちた。遂に雨が降って来たかと空を見上げると、次の瞬間にはバケツをひっくり返したような大雨が俺たちを襲った。



 階段の踊り場へ避難した後も金魚鉢は俺に文句を言ってくる。


「黄金がカメラマンなんて勿体ないと思わないかなぁ、こんな美少女そうそう居ないよぉ~?」


 少し濡れた髪をかき上げポーズを決める金魚鉢。いつの間にか口調は元に戻っていた。


「それにしても凄い雨だな」


 無視して外の様子を見ていると湊土がスマホを片手に近寄って来た。


「雨雲レーダー真っ赤になってるね」

「そりゃ困ったな……」

「聞いてなかったけど誰を撮影するの?」と訊いてきた。


 そういえば、まだ話してなかったな。

 言えば嫌がると思っていたから隠しておいたんだが。


「このままだと撮影は厳しいかも……」と火野も近くに来た。


 出来れば今日中に撮影は終わらせたい。明日は明日でやることがある。

 こうなればもうヤケクソだ。


「湊土、そのスマホって防水か?」

「えっ? そうだけど、それがどうかしたの?」

「火野は?」

「わたしのも防水だよ。ってか今時、防水じゃないスマホなんてないでしょ」

「そうか、それなら二人とも大丈夫だな」

「元日くんっ。黄金、無視されるとか一番嫌いなんだけどぉ~」


 無視されたことに不満気な金魚鉢に俺はカメラを渡して、湊土と火野の肩を抱いた。


「ちょ、ちょっとっ、なになにっ⁉」

「きゃあっ、へ、変態っ⁉」

「はははっ、行くぞ湊土っ、火野っ! 先輩カメラお願いしますっ!」


 戸惑う湊土と火野を抱き俺は大雨が降る屋上へ飛び出した。


「うわっ、冷たいっ!」

「何やってんのよっ、マジ最悪ー!」


 一瞬にしてずぶ濡れになった二人は悲鳴を上げていた。


「先輩っ! 早く写真お願いしますっ!」

「もうー、黄金も濡れちゃうじゃんっ!」


 文句を言いながら金魚鉢も俺たちを追って屋上に出て来た。


「えっ、もしかして僕たちを撮るの⁉ 聞いてないよ⁉」

「雨で髪グシャグシャだし、化粧落ちるし、絶対にやだっ‼」


 抵抗する二人の肩を抱いたまま、俺は雨の中ではしゃいでいた。


「はははっ。そんなに怒ってると不細工に写るぞ、表紙に使うんだから笑え笑えっ」

「はあっ表紙⁉ やだやだっ!」


 暴れて逃げようとする火野を俺は強く抱きしめる。


「逃げるな。お前が言い出したんだぞっ」

「何でわたし⁉」

「表紙を三つ合わせたらいいって言ってただろ?」

「言ったけど、全然意味が違うじゃんっ! 何でそれでわたしたちが表紙になるの⁉」


 イマガクは『今を生きる学生を応援するフリーペーパー』という意味だ。それなら表紙に街並みやアクセサリー、イラストなんか使ったって意味がない。


「今を生きる学生って俺たちのことだろっ!」


 そう言った俺を火野は眉間に皺を寄せて見ていた。その表情に俺は思わず笑ってしまった。


「その顔、超不細工だぞ。笑えば普通にカワイイんだから笑っとけよっ」

「か、カワイイっ⁉ バカっ! 不細工って言われた後じゃ嬉しくないっ!」


 火野は逃げようと俺の顔に手を押し付けた。


「だから逃げるなって。湊土は全部理解してくれてるぞ」


 反対側の湊土に目を遣ると、湊土は大人しく俺に寄り添っていた。


「えっ? う、うん。こうなったらハルに全部任せるよ……」

「ほらみろ。文句言ってるのは火野だけだっ」


 そう言うと火野は湊土の方をそっと覗いた。


「湊土くんはあんたに抱きしめられて喜んでるだけじゃんっ!」

「ちょっ、桃火ちゃん、そんなことないよっ⁉」

「え~? 本当に違うって言えるの~?」

「そ、それは……」

「お前らごちゃごちゃ言ってないでカメラ見ろよ。先輩どんどん撮ってくださいよ!」


 俺たちと同じようにずぶ濡れになった金魚鉢がシャッターを切る。


「あはは~。湊土くんも桃火ちゃんも笑わないと、このまま表紙に使われちゃうよ~」

「先輩の言う通りだ。三万人に見られるんだからな、後から後悔するなよっ」


 俺が二人に喝を入れると、あれだけ激しく降っていた雨が止み雲の切れ間から強い陽が差した。


「見て虹だよっ」と湊土は目を輝かせた。


 湊土が指差す方を見上げると見事な虹が空に架かっていた。


「ほんとだぁ。キレイ……。ってかこんなにすぐ止むんだったら、もう少し待ってれば良かったじゃんっ!」


 言って火野ははあーと大きなため息を吐いた。

 俺はそんな二人の肩を強く抱きしめて、虹を背にするようにくるりと回転した。


「うわぁっ!」

「きゃあっ!」

「先輩お願いしますっ!」


 金魚鉢は俺の意図を汲み取りすぐさま回り込む。


「ほら、二人とも笑えっ。表紙はこれで決まりだっ!」

「ハルのアホっ!」

「日下部のバカっ!」


 二人が俺を罵倒した瞬間、シャッターは切られた。




 翌日の放課後。俺は湊土と火野を連れて部室に向かっていた。

 昨日のうちにイマガクは完成させており後は入稿するだけ、しかしそれが問題だった。


 部長と美空はイマガクを発行しないと決めていた。俺たちが勝手に作ったことを許してくれるだろうか。どうしても昨日で撮影を済ませたかったのは、これがあったからだ。


「完成させたもの持って行けば、部長も駄目とは言わないとおもうけどなぁ」


 湊土は大丈夫だと気楽そうに言う。


「わ、わたしはダメって言って欲しいけど。……表紙に自分が写ってるし」


 火野はまだ自分の顔が表紙になっているのが不満らしい。


「嘘ばっか言うなよ。本当は嬉しいくせに」

「う、嬉しくなんかないっ! バカ日下部!」


 茶化すと火野は顔を赤くして俺の肩を叩いてきた。


「じゃあお前、イマガクが発行できなくてもいいのか? あれだけ頑張ったのに、それでも喜べるのか?」

「そ、そんなつもりで言ったんじゃ……」


 俺が真顔で訊くと火野はわかりやすく凹んでいた。


「そうなの? 桃火ちゃんはイマガクが発行出来ないのが嬉しいの?」

「どうなんだ?」


 湊土と一緒に俺は火野に訊ねた。


「……う、嬉しくないよっ! わたしだって、もうFP同好会の部員なんだから、ちゃんとイマガクを発行させたいよっ!」


 そう叫ぶと火野はまた顔を赤くさせていた。


「だってハル。これで満足?」

「ああ、そうだな。ほんと火野は扱いやすい――じゃない。からかいがいがあるな」

「それどっちも悪口だからねっ!」と火野はツッコむ。


 言い直したつもりだったが、結局は悪口だったようだ。そんな他愛のないやり取りをしていると部室に到着した。

 俺はドアに鍵を差し込んだのだが、なにか違和感がある。


「ん? 開いてる……」


 昨日、最後に部室を出たのは俺。その時、確かに鍵をかけたはずだ。

 嫌な予感が胸をざわつかせる。つい最近あった事件が脳裏に浮かび、俺は慌てて部室のドアを開けた。

 中に人影があった。それが誰かわからないが恰好から女だ。


「おい、誰だっ⁉」

「っ――!」


 そいつは俺の声に体をビクッと反応させ、こちらを向いた。


「お、お前は……」

「なになに? どうしたの?」


 俺の脇から湊土と火野が顔を覗かせる。


「……ああああっ! AOIちゃんだっ!」と火野が叫ぶ。


 そう、部室に居たのは、これまで毎回イマガクの表紙を飾っていた謎の美少女AOIだった。


「うわぁ、本物だっ」


 火野は嬉しそうにAOIに近づいて行ったがAOIはそれをサッと避けると、ドアの付近に居た俺と湊土を跳ね飛ばすとそのままの勢いで走り去っていった。


 あまりに一瞬の出来事に俺は固まって呆然としていた。

 そんな俺に火野が笑顔で駆け寄って来た。


「見て見て、これっ!」


 火野は手にしたものを俺に向ける。


 それは最終校正の為に出力していたイマガクだった。


 俺たち三人がびしょ濡れで笑う表紙。


 その上に見覚えのない付箋が貼ってある。


 それを見た俺たちは自然と抱き合っていた。


 湊土はだから言ったでしょと笑い。


 渋っていたはずの火野は涙を流していた。


 そして俺は付箋に書かれたソレにこれまでの努力、思いが全て報われた気がして喜びが爆発した。




『三人とも、ありがとう。すぐに入稿! 風間 空本――』

                                   〈了〉

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