黒い回る

森茶民 フドロジェクト 山岸

 白痴



 「ねぇねぇ、⬛⬛⬛⬛って知ってる?」

 そう得意気な顔で話し掛けてきた5つ年下の友人シンゴ。

私は知らなかった様子で、頭部を左右に振った。

それを見たシンゴは、ますます得意気な表情を形作り、少し上擦った声色でこう言った。

「じゃあさ、じゃあさ、お前は―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 私は、最寄りのコンビニエンスストアへ小腹を満たすために小走りで向かっていた。

 昼間は五月蝿かった工場も今では鳴りを潜め、辺り一帯はシーンと静まり返り、大雑把に剪定されたアラカシの生け垣の隙間から覗く薄暗い工場内と、何故か点いていない街灯、月光は厚い雲に遮られ、その光が届く事は稀で――

 突然、目の前に巨大な何かが現れた。

 私は驚いた様子で、すぐさま巨大な何かに背を向け引き返した。

既に景色に工場も点いていない街灯も無く、同じ形をした家々と10階は有りそうなマンションと疎らに小さく輝く街灯とが延々と続く道を走っていた。不思議には感じなかった。

 私は脇道を利用して巨大な何かから免れた様子で、ある白いマンションに息も絶え絶え辿り着いていた。

その白いマンションで戸惑いもせずに階段を駆け登り、戸惑いもせずに廊下を移動して、戸惑いもせずにドアノブに手を掛け、慌てた様子で部屋に転がり込んだ。扉には鍵が掛かっていなかった。

 その部屋には家具が置かれてあって、花が挿してある花瓶や水滴が付着しているコップなども有って生活感が有る部屋だった。

 私はカーテンで隠されているガラス張りの窓に近付いてカーテンを少し開けて外の景色を確認しようとした瞬間、服を後ろに引っ張られた。シンゴだった。ガタガタと震えていた。頭を左右に振っていた。

私はそんなシンゴに「⬛⬛⬛⬛⬛⬛」と言った。シンゴは渋っていたが、私が念を押したところ、シンゴは渋々頷いた。

 私はシンゴを連れて外に出た。白いマンションではなく、灰色の団地になっていた。4階建ての団地だった。不思議には感じなかった。

 いつの間にか巨大な何かが近くまで迫っていた。私は、近くに駐車してあった軽自動車の下にシンゴと一緒に隠れた。

「ドスン……ドスン……」と巨大な物体が地を叩く音と衝撃が近付いて来る。近付いて来る度に、私の口角は上がっていった。

ドスン、ドスン、ドスン、ドスン――笑顔に成って行く。

 巨大な何かが軽自動車を通り過ぎる。それは、ぐるぐるぐるぐると渦巻いていた。それは、大きいような、小さいような鋭く輝く眼を持っていた。赤いような、青いような、黄色いような、緑のような、オカシナ色の目だった。不思議には感じなかった。

 私が軽自動車から飛び出していた。私はぐるぐるに何かを投げ飛ばした。何かは見事命中したようだ。何かはどうなったのだろうか?弾かれたのだろうか?埋まったのだろうか?わからない。けれど、ぐるぐるは怒っているようだ。ぐるぐるは私を見据えて咆哮した。グオーとも、ガオーとも、ギャオーともつかない音だった。酷く頭が揺さぶられた。目の前が、ぐわんぐわん、ぐわんぐわんした。軽自動車は揺れていなかった。やがてぐるぐるは、私を見据えて、さっきよりも力強く、大きな音と衝撃を伴って動き始めた。軽自動車は揺れていなかった。不思議には思わなかった。


 前と速さが変わらない規則的な音と衝撃を背に、私とシンゴはぐるぐるから逃げていた。ぐるぐるは時々小さくなって、車の下を確認していた。逃げるのは簡単だった。何回も何回も同じ場所を逃げ続けた。僕は笑っていた。シンゴはわからない。何回目だっただろうか?電灯が消えてしまった。真っ暗に成った。何も見えない。僕は僕の体を見た。ずぶ濡れだった。「雨宿りしなきゃ」そう思った。

 僕はシンゴを連れて茶色い団地に入った。ぐるぐるは消えていた。水溜りは見当たらなかった。私が僕になっていた。真っ暗じゃなくなっていた。不思議には思わなかった。

 シンゴが笑っていた。「⬛⬛⬛⬛だな!⬛⬛⬛⬛だ!」嬉しそうに言っていた。僕は少し口角を上げて、ぐるぐるの名前をシンゴに聞いた。シンゴは首を横に振った。言わなかった。

 僕は「部屋まで送るよ」シンゴに言った。シンゴは頷いた。シンゴが住んでいる階に居た。僕は階段に立っている。シンゴは廊下に立っていた。

僕は「⬛⬛⬛だ。またね」と言った。

シンゴは手を振った。


 リョウマは走って階段を下った様だ。

「タンタンタン……ドン……」

下から階段を駆け下りる音が聞こえる。

「俺も帰ろ」

シンゴはそう呟いた。


 私は、シンゴが住んでいる部屋の近くに立っていた。

「タン、タン、タン……」

誰かが階段を上がって来たようだ。

シンゴの父親だった。

 私は会釈をして、シンゴ一家が住んでいる部屋へと向かった。序でにとその隣の4号室も様子を見に行った。不思議には思わなかった。

 しかし、隣の部屋に行ってもシンゴ一家が住んでいる部屋と同じ3の番号が振られていた。私は吃驚して、シンゴの父親と一緒にシンゴ一家が住んでいる部屋を2号室に近い方から確認した。家具類は一切が消えており、シンゴが履いていた靴だけが脱ぎ捨てられていた。

シンゴの父親が玄関と部屋を区切る扉を開けた。

光が無かった。永遠とも見える闇が広がっていた。

 ドコか青白くなったシンゴがいつの間にか居た。扉の近くで座りこんでいた。横座りだった。

 私はシンゴを部屋から連れ出そうした。シンゴは動かなかった。シンゴの父親は焦った様子で「駄目だ早く逃げよう」と言った。私は部屋から出た。瞬間、藍の光を薄く纏った、枝毛が酷そうな黒髪を伸ばし放題にした白いワンピースを着た女が居た。

シンゴの父親が言った。「カゲ⬛⬛⬛なだ!」

 私とシンゴの父親は階段へと逃げた。階段にカゲ⬛⬛⬛なが居た。私とシンゴの父親は慌てて引き返した。団地から運動公園へと続く広場に居た。私の前には誰もいなかった。不思議には思わなかった。

 後ろから「2枚抜きィ!」という音が聞こえた。文字が頭に浮かんだ。二人はもう駄目なんだろうなと思った。不思議には思わなかった。

 私は運動公園の7メートルは有りそうな高いフェンスを登った。カゲ⬛⬛⬛なも登ってきた「登れないと思った?」声が聞こえた。私は急いでフェンスを伝って逃げた。フェンスを繋ぐボルトが邪魔で逃げ難かった。

 カゲ⬛⬛⬛なが「⬛⬛⬛は⬛⬛⬛罪⬛⬛⬛ァ⬛⬛⬛!!!」と叫んだ。

私は「あぁそうか」と納得し、決心してカゲ⬛⬛⬛なに捕まりに行った。

 捕まった瞬間私は、フワフワと青白い色に成った二人の所に落ちて行った。

 私は二人の手を頑張って捕まえて、笑うだとか何かを何回か言う歌を歌った。

 女の子も一緒に歌ってくれた。シンゴの父親は動かなかった。カゲ⬛⬛⬛なは近くで佇んでいた。

 不思議には思わなかった。







 「グッ……ハッ……ゴホッ、ゴホッ」

 目が覚めた。

 喉が痛い……。

 悪態を思わず吐いた。

 何てチープな夢なんだろう。そう思った。

 「ゴホッゴホッ」

 喉が痛い。

 蜂蜜レモンを飲もう。

 寝床から出た。

 まだ2時だった。

 「なんだ、全然寝れて無いじゃないか」

 扉を横に引いた。

 「そういえば、蜂蜜酒が有ったな……」

 少し迷った。

 「いや、蜂蜜レモンにしよう」

 明りを灯した。

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