第14話 透過の力

 周りを見渡してみるけど、視界全体が土煙で覆われていて何も見えない。

 俺はしりもちをついていて、さらに両手も地面についた何ともみっともない態勢だ。


 上からスカルネアさんが迫ってきていて…、

 俺が気付いた時にはもうすぐそこまで来てたから避けることが出来なかった。


 ここまでか、そう思った時にルリアの声が聞こえて…。


 俺はとっさに『透過』を使った、…のか?


 こうして俺は無傷でここにいる。

 まあここがフィールドであるという確証はないけど、別に攻撃が当たった記憶はないし気絶もしてない。


 何が起きたのか理解が追いつかない状態の俺に、答え合わせをするかのように土煙が晴れていく。

 そして少しずつ周りの状況も視認できるようになっていく。


 辺り一面がゴツゴツした岩場になってる。

 突出した岩の柱みたいなのもいくつもあり、ここがさっきまで俺がいた『ラーマスタジアム』のフィールドであることがわかった。


 そしてすぐ近く、後ろの方に人の気配を感じた。


「ってー…、何が起きたんだ?」


 聞こえてきたのは男の声だ。

 首だけを傾けて声のした方に視線を向けてみる。


 そこには無数の切り傷が刻まれた地面に手をつき、ちょうど立ち上がろうとしているスカルネアさんの姿っがあった。


 それを確認して俺も急いで立ち上がる。

 2人ともが立ち上がってお互いの向かい合う形になる。


「何が起きたのかよくわかんないけど、やっぱり君も何かしらの能力を使えるってわけか」


 面白いとでも言わんばかりに少しニヤついた表情で俺を見ながらそう言ってくる。


「さあ、どうですかね」


 俺は肩をすくめてみせる。

 というか実際、俺も本当にどうだかわかってない。

 ちゃんと能力を使えるのか、それともたまたま使えただけなのか。


 とはいえこうやって向き合う形になった以上、この人から逃げるのは難しいだろう。

 本来ならここでウォード先輩の光の矢が飛んでくるはず。


 なのに飛んでこない。

 ということは…、


 チラリと先輩の方を確認してみる。

 先輩はもう1人の対戦相手のリンディアさんに間合いを詰められてしまい、光の矢を放つことが出来ず接近戦を強いられていた。


 こりゃ俺の援護なんてしてる場合じゃなさそうだ。


 そう考えスカルネアさんの方に視線を戻す。

 しかし、さっきまでいた場所にスカルネアさんの姿はなかった。

 どこいったのかと周りをキョロキョロしてみるが姿が見当たらない。

 周りの岩を利用して俺の死角に入ったんだろう。


 さっきの動きを見てる限りだとかなりの跳躍力があるみたいだし、岩陰から飛び出してきて一気に間合いを詰めてくるかもしれない。

 おそらくリヴィみたいに魔力で身体能力を強化してるんだろうけど、ただでさえ強力な能力なのにさらに魔力まで使ってくるなんて厄介極まりない。


 どこから出てくるだろうか。

 さすがに正面ってことはないだろうけど、


『右後ろだ』


 ルリアに言われて振り返ると、岩の陰からスカルネアさんが飛び出してきた。

 体の周りには何かオーラみたいなのを纏っていた。


 オーラをまとった拳で攻撃を仕掛けてくるが、俺はそれを体を捻ってかわす。

 スカルネアさんは俺にかわされるとすぐに俺の方に向き直りまた拳を繰り出してくる。

 それでも今の俺は態勢を崩してない。

 余裕とまではいかないけど一応かわすことはできていた。

 これもウォード先輩に特訓してもらった成果だ。


 しかし周りのことまでしっかりと把握できるほどには上達してなかった。

 硬い岩肌が背中にぶつかってしまった。

 これ以上は下がることが出来ない。


「追い詰めたぜ」


 スカルネアさんがそう言うと、体に纏ったオーラが一層濃くなったのが俺にもわかった。


『あれは魔力だ。おそらくあれを使って年上美女の矢も何とかしたんだろ』


 確かにあれが魔力なら光の矢を打ち消せるのかもしれない。

 てか、年上美女って、呼び方ひどいな。


「まあまずはこの状況だよな」

『そうだな。悠翔よ、お前もわかってるんだろ? ここを切り抜ける方法』


 ルリアの言う通りだ。

 俺はわかってる。

 成功するかはわからないけど、失敗したらその時はその時だ。


「覚悟はできたか?」


 スカルネアさんはそう問いかけてから俺に殴りかかってきた。

 俺もそれに合わせて前に走り出す。


 それを見たスカルネアさんは一瞬、驚いたような表情をしたけど構わずにそのまま拳を俺に突き出してくる。


 そしてスカルネアさんの拳が俺にぶつかる直前、俺はイメージした。

 すり抜ける、そんなイメージだ。


 スカルネアさんの攻撃は俺に当たった、

 はずだったけど俺には当たらずに俺の後ろにあった岩肌にぶつかり大きな衝突音が聞こえてきた。

 俺はそれに目もくれずに走り続ける、ウォード先輩の元に。


 それでも俺は生身で、向こうは魔力で身体能力を強化してる。

 すぐに追いつかれてしまう。


「鬱陶しいな!」


 ついそう叫びながら俺は進路を横に変えて大きな岩へと突っ込んだ。

 スカルネアさんはすぐに反応し俺を追って飛びかかってくる。


 しかし俺には攻撃は当たらず、さっきまで目の前にあった大きな岩は今は俺のすぐ後ろにある。

 岩を挟んだ向こう側からは岩を殴ったであろう音が聞こえてきた。


 岩にも『透過』は使える!


 それがわかれば作戦の幅は一気に広がる。

 俺は岩場でできたこのフィールドを最大限に利用して上手くスカルネアさんの攻撃をかわしながら先輩の元に向かう。


「全く当たんないじゃねーかよ! こうなったら向こうを狙うか」


 俺が先輩のところに向かってるのに気づいたのか、スカルネアさんは俺に攻撃するのをやめて先輩の元に向かった。

 それを見て俺も全速力で先輩の元に向かう。

 それでもスカルネアさんの方が数段速い。


「先輩! そっちに行きました!」


 精一杯の声でそう叫ぶ。

 俺の声が届いたのか一瞬、ウォード先輩がこっちに視線を向ける。

 その隙を逃さずにリンディアさんが身を低くして先輩の懐に潜り込んだけど、今度はスカルネアさんが叫んだ。


「リンディア、どけ!」


 それを聞いてリンディアさんは先輩から距離を取った。


 なんでリンディアさんにそんな支持を出したのか一瞬疑問に思ったけど、すぐに答えは浮かんだ。

 あのままリンディアさんが先輩の近くにいればスカルネアさんの攻撃の巻き添えになってしまう。

 それを避けるためにリンディアさんに離れるように言ったんだろう。 


 けどこれはこれで好都合だ。

 元々、俺たちがやりたかったペアリングになった。

 俺はリンディアさんの方へと向かう先を変える。

 最初の予定通りスカルネアさんは先輩に任せて、俺はリンディアさんに集中する。


 リンディアさんは1メートルほどの大きさの盾を持ってる。

 さっき、離れたところにあったはずの盾がなぜかリンディアさんの元に戻ってきて俺はそれで吹っ飛ばされた。

 彼女の能力がわからない以上、本当は色々と警戒しなきゃいけないんだろうけど生憎俺にできることは限られてる。


 俺は意を決してリンディアさんの盾に殴りかかる。

 リンディアさんは盾を前に出して、守りの態勢となる。

 

 俺にそんなものは通じない!


 リンディアさんの構えた盾を俺の手がすり抜ける。

 さらに俺の体全体が盾をすり抜けると、驚愕の表情を浮かべたアッシュグレーの髪の少女が俺の視界に入った。


「うそっ!?」


 突然、盾をすり抜けて目の前に現れた俺にリンディアさんは反応できずにいる。

 今ならかなり隙がある。

 ウォード先輩に教わったことを思い出しながら狙いを定める。


「ここだっ!」


 俺は全体重を拳に乗せて勢いそのままにリンディアさんの顎目掛けて一発叩き込んだ。

 リンディアさんは2メートルほど吹っ飛んだ。


 俺のパンチがクリーンヒットしたのか一向に体を起こす気配がない。

 警戒しながらリンディアさんに近づいてみる。

 恐る恐る顔を覗き込んでみると、どうやら気絶してるみたいだった。


 どうやら一発で仕留められたようだ。

 とりあえず1人倒した。

 これで残るはスカルネアさんだけになった。


 先輩とスカルネアさんの戦況を確認すると、どうやら少し先輩が押されてるみたいで苦悶の表情を浮かべながら戦っていた。


 俺はすぐに2人の方に走り出す。


 先輩も俺とは違って魔力が使える。

 2人とも魔力と自分の能力を使って凄まじい攻防を繰り広げている。

 そんな中に俺は突っ込んでいく。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ」


 無意識に声を出しながら俺はスカルネアさんに殴りかかる。


「チッ」


 俺を見たスカルネアさんは舌打ちをして、一度後ろに下がって俺たちとの間合い取ろうとする。

 しかし間合いを取ると有利になるのはこっちの方だ!


 俺はスカルネアさんとの距離を詰め、先輩は弓を構えて矢を放つ。

 スカルネアさんは光の矢を叩き落そうと、矢に殴りかかる。

 俺はタイミングを合わせてスカルネアさんに殴りかかる。


 スカルネアさんが矢を叩き落したのと同時に俺の拳がスカルネアさんの腹を捉える。

 スカルネアさんは1メートルほど飛んだが、受け身を取って態勢を立て直す。


 それを見て俺も一度態勢を立て直そうとした時だった、

 俺の右腕に痛みが走った。


 右腕に視線を落とすと、なんと俺の腕には無数の切り傷があり血がしたたっていた。

 つい痛みで苦悶の表情を浮かべてしまう。


「あれ、今度は効いてるじゃん」


 俺の様子にスカルネアさんも気が付いたみたいだ。


 これが『浮動するウェスティ斬撃展郭オル・ブレイザー』か。

 何か所かかなり傷が深いとこもあって、あんまり手に力が入らない。


 『透過』を使うと俺のパンチはスカルネアさんには当たらない。

 でもそれだと『浮動する斬撃展郭』の餌食になってしまう。


 まあでも、あと一発くらいなら行けるかな。

 この試合だけ、あと少しだけ我慢すれば…。


「月城君、一旦引きなさい」


 ウォード先輩がそう指示してきた。

 でもここで引くわけにはいかない。


 先輩の指示を聞くべきか、それともこのまま引かないで攻撃を仕掛けるか。

 迷う俺にさらに先輩は続ける。


「あなたの力を最大限に生かすために一度立て直して。冷静になるのよ」


 冷静に…か。


 確かに今の俺は能力に頼ってワンパターンになっていた。

 一度、先輩のところに戻って態勢を立て直す。


「このまま殴り続けてもあなたが先に倒れるわ」


 先輩にそう指摘された。

 確かにこのままだと俺の方が早く力尽きてただろう。

 見た感じスカルネアさんにはそこまでダメージが入ってるようには思えない。


 どうすればいいんだ…。

 ここまでなのか?


「俺の能力は『透過』…、何か、何か手段はないのか」


 色々考えてみる。

 しかし策が浮かばない…。


 藁にもすがる思いでポケットに入ってるルリアに手を当ててみる。


『すまんが何も思いつかん』


 俺の能力じゃあの人を倒せないのか?

 先輩の矢をかわすスカルネアさんの動きを見て冷静に考える。

 最悪の場合、俺が捨て身で攻撃を仕掛けるしかないのか。


『悠翔の能力で何を透過できるのか、それが鍵になるかもな』


 何を透過できるか、か。

 そういえば、今まで特に何も考えないで使っていた。


 もし俺以外も透過できるとしたら?

 スカルネアさんへの攻撃を透過出来たら?


 そこで俺は1つの作戦を思いついた。


「先輩、俺の考えがあるんです」

「私はあなたを信じるわ。何をすればいいかしら?」


 先輩は俺の目を真っ直ぐ見て頷いてくれた。


「先輩は最大限のパワーで矢を撃ってください」

「わかったわ」


 先輩は何も聞かずに弓を構える。

 俺は先輩の肩に手を乗せた。


 先輩は気にせずにそのまま力を貯めていく。

 光の矢はどんどん大きくなっていき、物凄いパワーが集まってるのが俺にもわかる。


 これが先輩のフルパワー。


 なんかバチバチと音まで聞こえてくる。

 先輩は異様な雰囲気を纏った矢を放った。

 矢は一直線にスカルネアさん目掛けて飛んでいく。


 スカルネアさんは体に魔力を纏わせて矢を打ち落とす態勢に入る。

 これまでとはパワーが違うのを感じ取ったのか、スカルネアさんもこれまでとは比べ物にならないくらい身に纏った魔力が濃密になった。

 この一撃の攻防に2人とも全力を注いでる。


 そしてスカルネアさんは矢に殴りかかった。

 そのタイミングで俺は『透過』を使った。

 一か八かの賭けだったけど、俺の狙い通り先輩の放った矢がスカルネアさんの拳をすり抜けた!

 それを確認してすぐに『透過』を解除する。


「グ八ッ」


 矢を打ち落とそうと拳を繰り出したスカルネアさんは、口から血を吐いてそのまま倒れこんだ。


「これは…」


 先輩は何が起きたのかわからないといった様子だった。


「先輩の放った矢を透過させたんですよ。それで矢がスカルネアさんを通過しきる前に透過を解除したんです」


 つまり体の内側に光の矢を食らったことになる。

 これはさすがにかなりのダメージが入ったようで起き上がってくる気配がない。


 まだ起き上がってくるのではと思い警戒態勢を続ける。

 闘技場を静寂が支配する。

 本当は一瞬だったんだろうけど、かなり長い時間が流れたようにに感じられる。


 そしてついにその時が来た。


 ――ゴォォォォォン


 試合終了を告げる鐘の音が闘技場に響き渡った。


「そこまで! 第二デュオ勝者、『アステリア』!」



 勝者のコールが闘技場中に響き渡った。

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ガチャ廃人、ガチャの世界でシークレットを当てる 村凛太 @murarinta

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