第13話 初めての試合

 ―『アステリア』内、学園の地下に位置する闘技場。


 ここでは真ん中に大きなモニターが設置し、それを囲むように100人以上もの学園の生徒が集まっていた。

 モニターには王都『ヴォルマ』にて行われている『武闘競技祭ストラグル』の様子が映し出されており、学園に在籍する生徒であればここで観戦することできる。

 いわゆるパブリックビューイングというやつだ。


 映し出される映像と共に会場の音声も闘技場内に響き渡る。


『そこまで! ソロ勝者、『アステリア』!』


「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」


 試合の勝者を告げるアナウンスが流れると、すぐ後に物凄い歓声も聞こえてきた。

 歓声は中継の映像だけではなく、パブリックビューイングを見ている生徒からも沸きあがる。


「よっしゃー!」

「まずは1勝!」


 思いを抑えきれずに大声を上げる生徒が何人もいる。

 これで1勝1敗。

 次の試合で全てが決まる。


「次は誰なんだろう?」

「さあ? とりあえずウォード先輩は確実じゃね?」

「だよなー」


 最後の1試合。

 その出場選手が誰なのかはみんなの気になるところだ。

 実力だけで見ればデュオのうちの1人はセリーナ・ウォードになる。

 そうするともう1人は誰になるのか。

 そのことを近くの生徒同士でみんな予想しあっていた。


 そんな中、周りの生徒とは話さず静かにモニターを見る1人の少女の姿があった。

 短めの茶髪のポニーテールが特徴的ないつも明るく優しい少女、オリビア・シュワールト。みんなからはリヴィと呼ばれている少女だ。

 そのリヴィも口には出していないが他の生徒と同じことを考えていた。


「ウォード先輩が出るとして、授業の時にウォード先輩とデュオだったのは…」


 小さくそう呟いたところで1つの考えが頭に浮かんだ。

 両手を胸の前でギュッと握り祈るようにモニターを見つめるリヴィ。


「…でも、まさかね」


 さすがにそれはないだろうと自分の考えを否定する。

 

 モニターには大歓声に包まれる中登場した第2デュオの出場選手を映し出した。

 リヴィは映し出された選手の内の1人の少年を見て言葉を失った。

 胸のところで握っていた手は力が抜け、両腕はだらんとなってしまった。


「…悠翔?」




 ~~~~~~~




 廊下を歩いていても歓声は聞こえて来てたけど、フィールドに出たらレベルが段違いだった。

 この声援全てが俺たちに向けてのものなんだ。

 そう考えるとなんか足が震えてきそうになる。


 でも俺は何が何でもこの試合に勝つ!

 勝てばウォード先輩が1つだけ俺の言うことを聞いてくれるんだ!

 男として負けるわけにはいかない!


 絶対に負けられない試合の対戦相手も俺らとは反対側の出入り口からフィールドに出てきた。

 茶色の髪で中肉中背、顔もごく普通の男子で正直どこにでもいそうな感じの少年だ。

 もう1人はアッシュグレーの髪色のショートカットの可愛い少女だ。敵ながらかなりの美少女レベルだ。

 まあ、ウォード先輩には勝てないけどな。


 あの2人は強いんだろうか。

 パッと見ではそこまで強そうには見えないんだけど、実際のところはどうなんだろう。


「あの男の子の方はワンド・スカルネア君ね。彼はかなりの実力者よ」


 …やっぱりそうですよね。


 群都市の代表として出てくるんだ。弱いわけがない。


「もう1人の女子の方は知ってますか?」

「彼女はクオン・リンディアさんね。前に1度だけ見たことがあるのだけれど詳しいことはわからないわ」


 なるほど、クオンさんか。

 ルックスに見合った可愛い名前だ。


 …って、そうじゃなくて今は敵だ。

 あの2人をどう倒すかを考えなきゃ。


「男の方については何か知ってますか?」


 俺が聞いても意味ないかもしれないけど、何が起きるかわからないし一応聞いておいた方がいいだろう。

 先輩はスカルネアという人についての知っていることを説明してくれる。


「彼も私達同様、英雄よ。『浮動するウェスティ斬撃展郭オル・ブレイザー』という能力の使い手で彼の周囲に斬撃を発生させることが出来るわ」


 他の群都市にも英雄はいるのか。

 まあそうだよな。じゃなきゃ『武闘競技祭』のパワーバランスがおかしくなっちゃうもんな。


 やっぱり英雄なだけあって強そうな能力じゃねーかよ。

 斬撃を発生させるってめちゃくちゃ攻撃向きに思えるけど、うかつに殴ったりしたら俺の手が血だらけになるぞ。

 どうすりゃいいんだ?


「普通に殴ったら逆にこっちがやられそうなんですけど攻略方法とかってあるんですか?」

「とりあえず接近戦はしない方がいいわ。斬撃じゃ止められない攻撃をするしかないんだけど魔力が使えないとまず無理ね」


 とりあえず俺は男の方にはなす術無しって感じか。


「一応は練習したフォーメーションで行きますけど俺は女子の方をメインで相手する感じの方がいいですかね?」

「そうね。それで行きましょう」


 本当はパーカーの炎とかで攻撃するのが一番なんだろうけど生憎と俺にはそんな攻撃はできない。

 おまけに魔力も使えないから俺は本当に打点がない状態だ。

 というかウォード先輩は魔力を扱えるけど、そもそも魔力で何ができるのかすら俺は理解してないんだよな。


「おそらく相手も私の能力についてはある程度把握しているでしょうから用心してね」

「わかりました」


 ウォード先輩だってスカルネアさんの能力を知ってたんだ。

 相手だって先輩の能力について知っていてもおかしくない。

 向こうだって何か対策してくるだろう。


 まあ相手がどう出てこようと俺にできることは限られてる。

 自分にできることを最大限やるだけだ。


『気張れよ、悠翔。この試合に勝てば年上美女がお前のものになるんだぞ』

「別に俺のものになるわけじゃねーよ」


 ぎりぎり先輩に聞こえないくらいの声でルリアが話しかけてきた。

 俺はついツッコんだけど、ルリアはそんな俺の反応を見て楽しんでるみたいだった。


「始まるわよ」

「はい!」


 先輩の言葉で気を引き締め直す。

 相手選手2人も準備万端といった感じで臨戦態勢に入ってる。

 俺も開始の鐘が鳴った瞬間に動き出せるよう低い姿勢で構える。


「これより、『武闘競技祭』トライ・スヴェンダー方式、第2デュオの試合を開始する」


 ――ゴォォォォォン


 進行役の人の宣言の後に鐘の音が響き渡った。


 俺から見て右側にはスカルネアさん、左側にはリンディアさん。

 ウォード先輩との連携攻撃をするけど、あくまでも俺のターゲットはリンディアさんだ。


 俺は左側に走り出す。

 それを見たスカルネアさんがこっちに向かってきた。


 ここまでは予想通りだ。

 先輩の『無限追尾の聖弓エピストリー・アーク』は光の矢だ。斬撃では消せないんだろう。

 もう1人の相手選手のリンディアさんを見てみると彼女は先輩の方に向かって走っている。


 先輩は左手に白い金属みたいなのでできた弓を出現させ矢を放つ構えをしている。

 先輩を除いたフィールドにいる3人全員が走っている。

 俺とスカルネアさんの距離はかなり近くなっている。


 もう少しで拳が届く距離になるというところで俺はブレーキをかけて体の向きを変えて右に走り出す。

 このまま殴りかかっても俺の手が切り刻まれるだけだ。

 俺はリンディアさんの方へと向かう。


 しかしスカルネアさんも俺の動きを見てから向きを変えて一瞬だけ止まり、両足で地面を蹴ってこっちに跳躍して一気に間合いを詰めてきた。

 そしてそのまま右ストレートを繰り出してきた。

 俺はぎりぎりのところで体を捻ってそれをかわした。


 おいおい、マジかよ…。


 俺に当たらずそのまま地面と衝突したけど右手は無傷で逆に地面はえぐれていた。

 いや、よく見ると抉れたというよりはいくつもの切り傷があって地面を削ったという感じだ。


 あんなもん当たったらマジで死ぬぞ…。


 そんなこと思ってるそばからまたこっちに向かって一気に間合いを詰めてきた。

 さっきかわす時に強引に体を捻ったため、態勢はまだ立て直せてない。

 これはかわしきれるかわからない。


 あと少しで当たる。

 そう覚悟を決めた瞬間、俺の目の前を光る何かが通過した。


 ウォード先輩の『無限追尾の聖弓』だ!

 スカルネアさんは光の矢を避けようと俺から離れていく。

 だけど先輩の放った矢はどこまでも追っていく。

 どんなに逃げても無駄だ!


 スカルネアさんが光の矢を巻こうと物凄いスピードで移動してる隙に俺は一気にリンディアさんのところへと走り出す。

 先輩もリンディアさんに向けて矢を放った。

 それでもリンディアさんはお構いなしに先輩の元に向かって行く。


 何か策でもあるんだろうか。

 というか無きゃそのまま突っ込んだりしないだろう。


 光の矢がリンディアさんに当たる!

 そう思った時だった。


「顕現せよ、ガルディスの盾!」


 リンディアさんがそう口にするとリンディアさんの目の前に五角形の形をした縦の長さが1メートルほどの盾が出現した。

 そして光の矢は盾に当たると消滅してしまった。


 しかし先輩は間髪入れずにもう1度矢を放つ。

 さらに矢の行方を見届けずにもう1度を放つ。


 リンディアさんは前方に盾を構えたまま先輩の方に向かっている。

 ということは後ろと横ががら空きだ。


 まず一本目の光の矢が盾によって防がれた。

 そしてもう一本の矢が盾にぶつかるより前に俺はリンディアさんに殴りかかる。


 女性を殴るなんて本当はしたくない。

 でも彼女は対戦相手だ。


 そんな葛藤の中、俺は拳を繰り出した。


「はあ!」


 リンディアさんは俺が殴りかかってるのを確認すると、盾に一発打ち込んで前に飛ばした。

 そしてこっちに向き直ると俺のパンチをなんなくかわしてしまった。


 その間に二本目の光の矢は盾にぶつかって消えてしまっていたが、先輩はさらにまた矢を放っていた!

 今リンディアさんの手元に盾はない。

 これで確実に光の矢が当たる!


 そう考えながら俺はリンディアさんとの格闘戦を続ける。

 一瞬、彼女が手に力を込めたように見えた。

 しかし何も起こらない。

 気のせいだったのかな。


『後ろだ!』

「!?」


 一気に畳みかけようとしたところで突然、ルリアの声が聞こえてきたけど俺はそれに反応することが出来ず背中側に強い衝撃が走ってリンディアさんの後方に吹き飛ばされてしまった。


 全身に走る痛みを何とか堪えつつ体を起こしてリンディアさんの方を見てみる。

 するとなんと!

 さっき前に飛ばしたはずの盾が彼女の手元にあった。

 しかもそれでまた先輩の矢を防いだようだった。


 何が起こったのか全くわからない。

 それでも今の状況から推測を試みる。


 俺の背中に強い衝撃が走って吹き飛ばされた。

 それで俺が吹き飛ばされる直前にいたところを見てみるとなぜか盾が戻ってきている。


 ということは…、


 そこまで考えて俺は1つの説を思いついた。


「俺は盾で吹き飛ばされたのか?」


 そうとしか考えられない。

 彼女の能力なのかそれとも盾の能力なのかはわからないけど、盾が彼女の元に戻ってきて俺とぶつかったんだろう。

 もし意図してぶつけられたならかなり厄介だ。 


 どうしたもんかね。

 これじゃあうかつにリンディアさんをメインで攻撃するのさえ難しい。


 俺は彼女をじっと見つめて彼女に対してどう攻撃していくかだけを考えてしまっていた。

 もう1人のことをすっかり忘れて。


「月城君! 上よ!」


 ふとウォード先輩の凛とした声が聞こえてきた。

 先輩の言う通り上を向いてみた。

 するとそこにはスカルネアさんの姿があった。


「先輩の矢に追われてたはずじゃ…」


 このタイミングじゃスカルネアさんの攻撃を避けることはできない。

 かといって先輩の矢でも今かでは間に合わないだろう。


 万事休す…。


 まさに絶体絶命だ。

 でも俺には負けられない理由がある。

 この試合に勝てば先輩に…。


 何か…、何か方法はないか。

 何でもいい。

 どんな手段でもいい。


 あと50センチもない。

 ここまでなのか…。


 そう諦めかけて時だった、


『悠翔! 『透過』だ!』


 …『透過』


 俺は一縷いちるの望みにかけて、イメージした。

 すり抜けるイメージ。

 それを頭に浮かべたまま力を込めた。



 そのコンマ何秒か後、俺の周りは土煙に包まれた。

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