第三十八幕 それぞれの道
不思議な夢から目を覚ますと目の前にアニマが立っていた。
どうやら準備を整えているようで着替えも済ませている。
「おはようございます。ネモ。」
「ああ、おはよう。」
言う事の聞かない身体に命令して何とか身体を起こした。
「ザラと一緒に朝食を取りにいくので準備が出来たら一緒に酒場に行きましょう。」
「ああ、分かったよ。」
頭は何故かいつもより重い。
あの訳の分からない夢のせいだろうか。
「ネモ。何か調子でも悪いのですか?」
彼女が自分の不調を感じたのか心配そうに声を掛けてきた。
「夢を見てたんだよ。」
「夢ですか?」
彼女がきょとんとした顔で答えた。
自分は片手で頭を押さえてああと答えた。
「自分が知らない女の人に抱きかかえられたまま、その女の人が先生と話してたんだよ。」
「その女の人は力持ちなんですね。」
彼女が口に手を当てて驚いたような素振りを見せていた。
「いや、違うんだよ。自分が何て言ったらいいのかな。小さくなってたんだよ。」
「小さくですか?」
「ああ、大きさは椅子の足ぐらいの大きさまで。」
部屋にある椅子を指し示した。
「それはネモが赤ちゃんの時の思い出じゃないですか?」
「思い出?」
「そうです。そのネモ抱きかかえている人は多分ネモのお母さんじゃないですか?」
「俺の母さん?」
自分の母親は自分が生まれた時に死んだはずだったのでそれはあり得ないと思った。
だがなぜ自分はあの女性に安らぎを覚えているのか、なぜだかとても懐かしく感じているのかそのせいでただアニマの言葉を選択肢から排除することはできなかった。
夢みたいなものを見始めたのは最近だった。
旅を始めた時からだ。
何か頭の片隅にある硬く蓋をされていたものが少しずつ緩んでいくような感覚を覚えた。
今までの自分が記憶の蓋、その蓋の中に自分の知らない記憶がある。
「傷つくかもしれない。」
頭の中で父の言葉が通り過ぎた。
だが月都に行って自分の記憶を確かめたいと思った。
「これも月都に行けば分かるってことか。」
荷物を整えると部屋を後にした。
昨日同様騒がしい酒場を掻き分けていくとザラが待っていた。
「おはよう。」
彼女の挨拶に自分は片手を少しだけ上げて返した。
自分とアニマ席に座るとザラが給仕を一人呼び止めて注文を取った。
しばらく待っていると給仕が食事を二つ持って来た。
「あんたたちはやっぱり出発しちゃうの?」
「晴れてるからな。ここに留まるつもりもないよ。」
「そう、私もこの町を出るわ。あんた達の目的地とは別の場所に行くけど。」
「悲しくなりますね。」
「また逢えればいいじゃない。光継ぎの時には月都に来るわ。そこでまた会いましょ。」
「ええ、そうですね。」
アニマは嬉しそうにしていた。
「光継ぎか・・・。」
光継ぎを一緒に見に行くことを先生と約束したことを思い出した。
もうそれは果たされそうにない約束になってしまったが。
「何よ、しんみりしたみたいな声しちゃってさ。」
ザラが怪しむように見つめていた。
「別になんでもないよ。」
「光継ぎは二十四年に一度行われるドゥンケルナハトの一大行事よ。他の渡り狼も月都に集まるでしょうね。」
彼女はフォークをぐるぐると回した。
そしてそこからは他愛のない話をしながら食事を取って、酒場を後にした。
自分たちはこの門を潜り抜けて、町の傍に立ち止まった。
壁の周辺にも街道があり、巡回の監視者たちとは途中で何度もすれ違った。
町の他の出口にも街道が多く続いており、地平線の向こうまで小さく灯りがついている。
「それじゃあね。また会いましょう。」
「ああ、またな。」
「ザラもお元気で。」
別れを告げるとザラは鉄馬に乗って、起動させた。
鉄馬は唸りを上げると自分たちとは別の方向の街道に向かっていった。
ザラの乗った鉄馬は自分たちと距離をどんどん離して行って最後には見えなくなった。
「さて俺たちも行くか。」
「ええ、そうですね。」
自分たちも鉄馬に乗り込んで、起動させた。
鉄馬は軽快な音を立てた。
舵を捻ると鋭い唸り声を上げたかと思うと進んでいった。
そしてザラとは別の道に進んでいった。
白い壁はみるみる離れていってあっという間に小さくなってしまった。
振り返ると一面の星空、そして地平の向こうには月が黄色く幻想的に輝いていた。
月は空より下に輝いていてもう少しすれば手が届くかのような錯覚を覚える。
しかし月はまだ遠く、ネモとアニマは次の目的地を目指して遍く広がる星の海を進んでいく。
第三十八幕 それぞれの道 完
月と渡り狼 繭月 久 @hisashimayutuki
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