【2】
「よう、お前、学校に来ないで何をしてるんだよ」
僕がいつものように裏庭で遊んでいると、竜二君が後ろに立っていた。
どうしてここにいるの。
僕がそう言おうとした瞬間、竜二君は僕を突き飛ばした。尻もちをついたら、ちょうど地面が石ころだらけのとこで痛かった。
「お前、なんで学校に来ないんだよ。みんながお前を心配してるんだぞ」
竜二君は先生そっくりの笑顔で笑った。言い訳をしようとした瞬間に、今度は顔を思いっきり蹴られた。
顏が地面について凄く痛かった。よろよろ起き上がろうとすると、右下の歯がぐらぐらするのに気が付いた。
竜二君は近寄ってきて、倒れている僕にドスンと跨った。またプロレスごっこだと思って顔を隠したら、腕をぎりぎり掴んで怒った。
「お前があ!来ないとお!みんながあ!楽しくないだろお!先生もお!お前にい!会いたがってるんだよお!」
それだけ言うと、竜二君は僕の顔に唾を吐いてどこかへ行ってしまった。
竜二君がいなくなってからしばらくして、僕は立ち上がった。ぐらぐらしてた歯がポロっと落ちた。
なんだか、全部が嫌になった。お気に入りの棒切れを真っ二つに折って、その辺の草を手当たり次第なぎ倒した。
住処を追われた虫やカエルが出てきて、あちこちでピョンピョン跳ねた。僕はそいつらを全部捕まえて踏み潰した。
石と石の間に挟んで潰したり、生き埋めにしたりもした。一本一本足を千切っては胴体だけにしてその辺に捨てたり、生きたままライターでじわじわ炙ったりもした。
気が付いたら夕方になっていた。おやつを食べるのも忘れて殺し続けた結果、僕の周りにはたくさんの虫とカエルの死骸が散らばっていた。
ああ、もう飽きた。
そう思って家に戻ろうとすると、いつもの日課を思い出した。お供え物だ。
でも、今日はおやつも何も持っていない。
祠を見た。何がほにゃらら様だ。ただのオンボロ祠だ。インチキだ。
イライラしていた僕は散らばっていた死骸をかき集めると、祠の前に置いた。こんもりと積まれた死骸の山に、口に残っていた血をペッと吐きかけてその場を後にした。
その日の夜、おばあちゃんが作った肉じゃがを食べながら、僕は後悔していた。
今日の夜、おばあちゃんがあれを見てしまう。たくさんの死骸を見られたら、僕はどうなっちゃうんだろう。パパやママみたいに、僕の事を要らない子って言うのだろうか。
「おや、乳歯が抜けたのかい?良かったねえ、大人に一歩近付いたんだよ」
そう言ってニッコリおばあちゃんは笑った。僕はその言い方が気に入らなくて、祠を放っておくことにした。
大人になんて、なりたくない。
僕は不貞腐れたまま、眠りについた。
次の日、起きると、おばあちゃんはいつもの調子で朝ご飯を作っていた。なるべく顔を合わせないように食べてから、僕はすぐに裏庭に行った。
あれはどうなったんだろう。気になって仕方がなかった。
すると、不思議なことが起こっていた。こんもり積まれた死骸の山が、跡形もなく消え失せていた。
おばあちゃんが片付けてくれたのだろうか?僕は不安になった。
昼になり、ご飯を食べに戻ると、おばあちゃんはやっぱりいつも通りだった。
「おばあちゃん、昨日の夜、裏庭で片付けてくれたの?」
「片付けるって、何をだい?おばあちゃんは夜ぐっすり寝てましたよ」
おばあちゃんは不思議そうに言った。どうやら本当の様だった。嘘をつく大人はすぐに分かる。おばあちゃんは嘘はつかない。だから好きだ。
昼ご飯を食べ終えて、僕はまた裏庭に行った。祠をよく見てみると、昨日吐きかけた血の染みすら残っていないことに気が付いた。雨は降っていなかったのに。
”ほにゃらら様がお供え物を食べちゃってるんだよ”。
おばあちゃんの言葉を思い出した。あれは本当だったんだろうか?
考えるのが馬鹿らしくなって、僕は足元を見た。昨日殺した死骸の欠片に、蟻がたかっていた。
どこに巣があるんだろう。水攻めにして皆殺しにしてやる。そう思って蟻の行列を追っていくと、蟻が白っぽい何かを運んでいた。
昨日抜け落ちた僕の歯だった。
ひょいと摘まむと、蟻の一団がわらわらと散った。赤いものがこびりついている。僕の肉だろう。
僕はそれを祠に供えた。ほにゃらら様は、僕の歯を食べるだろうか?
いや、やっぱりちゃんとした物を供えよう。
僕は3時を待たずに、家におやつを取りに行った。おばあちゃんはいつものように、テーブルの上におやつを用意してくれていた。今日のおやつはバナナと缶ジュースだ。
それを抱えて裏庭に戻ると、祠に供えたはずの僕の歯が無くなっていた。
変だ。風でどこかに落ちたのだろうか。
でも、いくら探しても僕の歯は見つからなかった。
僕は祠を見つめた。よく見ると、木でできた扉には古めかしい錆びた鍵が付いていた。それだけじゃなく、扉の継ぎ目には何十本も釘が打ってあるうえに、麻紐でぐるぐる巻きにされていた。
それはまるで、中にいる何かを閉じ込めているように見えた。
ほにゃらら様が、この中にいるんだろうか?
僕はバナナと缶ジュースを供えて、その日は家の中で遊んだ。
次の日、やっぱり祠に供えたバナナと缶ジュースは無くなっていた。
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