贄の祠

椎葉伊作

【1】

 僕は静かなところが好きだ。

 小学校には、僕の好きな場所がたくさんあった。

 図書室に保健室、渡り廊下のそばの花壇。体育倉庫の跳び箱の中に、百葉箱の近くにある植え込みの中。誰も使わない三階のトイレに、鍵の壊れてるボイラー室の隅っこ。

 でも、どこで僕が静かに過ごそうとしても、同じクラスの竜二君が邪魔をするんだ。

 竜二君はクラスの人気者だけど、みんなの目の前で威張りたいのか、僕に暴力を振るうんだ。へんてこなプロレス技を仕掛けて来たり、雑巾を顔にぶつけてきたり、給食に砂を入れられたりもする。

 コンパスで背中を刺されたり、引き出しにミミズを入れられたり、リコーダーに洗剤が塗られてたこともある。

 先生に言いつけたけど、先生はなぜか僕の方を怒った。よく分からないけれど、竜二君のパパが強いからだ、ってみんなは言ってた。体にお絵描きしてる人には先生も逆らえないんだって。

 その後、竜二君は僕を”先生に言いつけた刑”にした。クラスみんなの前で正座させられて、みんなが代わる代わる僕に悪口を言う刑だ。

 みんなが笑いながら、次々に僕の悪口を言った。なぜかその中に先生も混じってた。先生が一番楽しそうだった。

 僕は小学校に行きたくなくなった。だから、おばあちゃんにもう小学校に行きたくないって言った。

 おばあちゃんはニッコリ笑って許してくれた。行かなくていいよって言ってくれた。

 だから、僕は毎日こうして裏庭で遊んでる。僕んちの裏庭は広くて、なんにもない。草がぼうぼうに生えてて、石ころがごろごろしてる。僕んちの裏手は山の斜面になってるから、誰の目にもつかない。何をやっても、木と草と石ころしかいないから気が楽だ。何をやったって、誰も何も言わない、静かな場所だ。

 さっき、なんにもないって言ったけど、ひとつだけ変なのがある。

 それはほこら。墓石みたいな四角い岩の上に、ランドセルくらいの大きさの小さな小さな神社みたいなのが乗っかってるんだ。

 おばあちゃんが教えてくれた。これは祠なんだよって。この中には、ほにゃらら様がいるんだよって。

 ほにゃらら様っていうのは本当の名前じゃない。本当の名前は口にしちゃいけないんだって。だから、おばあちゃんは祠の中にいる何かをほにゃらら様って呼ぶんだ。

 おばあちゃんは、あんまりほにゃらら様の事を話してくれないから分かんないけど、ずうっと昔にほにゃらら様は、おばあちゃんを悪いおじいちゃんから守ってくれたらしい。

 僕はそれを聞いて凄いと思った。ほにゃらら様って凄いんだって。

 だから、僕は裏庭で遊ぶようになってから、祠にお供え物をするようになった。僕の好きなおばあちゃんを守ってくれたんだから、ほにゃらら様に感謝することにしたんだ。

 静かな静かな裏庭で、僕は毎日虫を採ったり、石を投げたり、棒切れで木とチャンバラしたり、クラスみんなの写真をライターで炙ったりしながら、心ゆくまで遊んだ。

 そして、夕方になって裏庭を出ていく時に、祠にお供え物をするんだ。

 お供え物はその日のおやつだったり、ジュースだったり、もう遊ばなくなったおもちゃだったり、色々だった。

 不思議なことに、次の日の朝見に行くと、お供え物は必ず無くなっているんだ。

 僕はそれをおばあちゃんに話した。そしたら、おばあちゃんはニッコリ笑って言った。

「ほにゃらら様は、今も欲しがっているんだねえ」

 おばあちゃんは、ほにゃらら様がお供え物を食べちゃってるんだよ、とも言った。

 でも、僕は信じてなかった。おばあちゃんが夜、僕が寝ている時に、こっそりお供え物をどこかへ隠しているんだと思ってた。

 だって、おばあちゃんは大人だったから。

 大人は大っ嫌いだった。嘘つきだし、力を持ってるくせに、それを僕の為に使ってくれなかったから。

 パパも、ママも、パパのお姉ちゃんも、パパの会社の人も、ママの弁護士も、ママの新しい彼氏も、先生も、竜二君のパパもみんな。

 おばあちゃんだけは別だけど。

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