悪夢のSNS逆検閲

@HasumiChouji

悪夢のSNS逆検閲

「たしか、今、先生が主に使われてるSNSのアカウントを作られる前に、blogで『樹を隠すなら森の中』について書かれてましたよね」

 またしても大学にやって来た警官は、そう切り出した。

「それが何か?」

「じゃあ、その名文句を考えた小説家の別の名文句も御存知ですか?」

 すまん、その引用元の小説、実はちゃんと読んでなかった。同じ作家の別の小説なら猶の事だ。

「えっと……どんなセリフ?」

「『人間は必ずしも自分のものでない原則を議論する事ができる。しかし、人間は自分のものでない原則議論する事はできない』ってヤツですよ」

「えっ?」

「心の底ではマルクス主義者を信じているブルジョワは、マルクス主義の言葉や論理で、自分がブルジョワだと証明しようとする。労働運動に賛同する資本家は社会主義や共産主義ではなくて資本主義の言葉や論理で労働運動を擁護する。革命で国を追われた王族が労働運動を擁護しようとしたなら……労働者の悲惨な状況は民主主義のせいだと言うだろう。……まぁ、そう云う意味のセリフですよ」

「えっと……つまり……その……」

「先生が考えを変えたように見せ掛けても、ウチのAIには御見通しって事ですよ」

 警官はにっこりと笑って言った。

「と言う訳で、先生、今後も、毎日、最低1回はSNSに何か投稿して下さいね」

 「本音が言えない世の中なんて息苦しい」と思ってた頃の俺をブン殴りたくなってきた。

 「建前や綺麗事を嘲笑い、本音だけを言ってたつもりが、いつの間にか、建前や綺麗事を言っても本音を見透かされる状況になっていた」……それは「本音が言えない世の中」より息苦しい。

 世の中全てがそうなったんなら諦めも付くが、建前や綺麗事を信じてきた奴らは、そんな状況を免れ、俺達みたいな本音を言ってきた連中は、警察に監視され本音を晒し続ける事を強制され、自分を偽ろうとしても本音を見透かされ続ける事になった。

 話は1ヶ月ほど前に遡る。


 恩師であり、今の上司である教授が3月末に定年退職する事になり、代りに俺が教授になるまで、あと1月と少し。

 俺は、研究室の学生の卒論・修論の準備や、教授からの引き継ぎ、5月に予定されている学会での発表の準備で忙殺されていた。

 そんな時、内線電話代りに大学から渡されていた構内用の携帯電話が鳴った。

「すいません、先生、第○会議室まで、すぐにお越しください」

 事務からだった。

「どうしたんですか?」

「聞きたいのはこっちです。何をやったんですか?」

「えっ?」

「警察の方がお見えです」


 俺は、指定された職員用の会議室に入った。会議室と言っても10人で満杯になるような部屋だ。

 そこに居た警官は、制服ではなく背広だった。

「お忙しい所、お呼び立てして申し訳有りません。○○県警サイバー犯罪対策課の××と申します。さて、先生は、ここ数日、SNSに何も投稿されていないようですが……」

「はぁ?……えっと……何で、私のSNSの内容を警察の人が見てるの?」

「とりあえず、このチェックリストを御覧下さい」

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・SNSに現政権を擁護する内容の投稿をする事が多い。

・自分は現実的・合理的な思考を行えると思う。

・いわゆるポリティカル・コレクトネスに批判的である。

・建前や綺麗事しか言えない社会は息苦しいと思う。

・以下の社会運動に対して批判的である。

 ………

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 その他、ダラダラと続くチェックリストの大半が俺に当て嵌った。

「……な……なんですか、これ?」

「このチェックリストの8割以上に当て嵌り、社会的地位……例えばそこそこ以上の会社の管理職とか……の有る40代後半以上の年齢の男性が起す暴力事件や憎悪犯罪が、ここ2〜3年急激に増加してまして……」

「いや、だから、私は……」

「大学の先生だから、暴力事件や憎悪犯罪を起こす筈が無いとおっしゃりたい?」

「そうですよ」

「だから、社会的地位が有る男性が暴力事件や憎悪犯罪を起す頻度が増えてるんですよ。大学の先生って、社会的地位が有る人ですよね」

 おい、俺が「社会的地位が有る」なら、何で、「そこそこ以上の会社の管理職」になった学生の頃の同期より少ない給料しかもらってないんだ?

「SNSをやめろとでも言いたいの……それは表現の自由の侵害……」

「逆です」

「へっ?」

「絶対にSNSのアカウントを鍵アカにしないで下さい。そして、毎日、SNSに何かの投稿をして下さい。書きたい事を好きに書いて下さい。それが先生の本音であれば猶よろしい。あと、出来れば、その日どこに居たかが判るような写真も投稿するように心掛けて下さい。外食した時に食べたモノを写真に取るでも良いので。写真を投稿する場合は、可能なら、SNSとスマホのカメラアプリの設定を変えて、撮影時刻と位置と撮影したスマホの識別情報を画像ファイルに埋め込むように……」

「な……なにを言ってるんですか?」

「いや、ですから、もし、先生が警察の人間だとして、何かやらかすかも知れないと目を付けていた相手が、急にSNSに何も投稿しなくなったら、どう考えますか? 何かをやらかす兆候だと思うのが普通ですよね?」

「あの……私……警察から、そう云う人間だと思われてるの?」

「御協力お願いします」

 普通なら、弁護士に相談すべきだろうが……そんな事をする暇が出来るのは、早くても2ヶ月後だろう。


「『表現の自由』の中には『表現しない自由』も有ると思いますよ。マスコミが『報道しない自由』を行使したからって『マスゴミ』呼ばわりは感心しませんね」

 早速、フォロワーの投稿にそんなレスポンスを付けた。

 半ば本気だった。「表現の自由」は結構だが「何を表現しても良いが、表現し続ける事を強制される」状態は、絶対に「表現の自由」を侵害されてる……気がする……。

 「好きな時に好きな事を表現する」自由を取り戻す為に、SNS上で自分がこれまでとは正反対の人間になったかのように装い続けた。

 政権を批判し、国内外を問わず若者がやってる政治デモを称賛し、ポリコレ的な言い替えを擁護し……でも結局、全部無駄で、警察には俺が以前と何も変っていないと見抜かれていた。

 単にSNSでのフォロワーが減っただけだった。


 大学から自宅まで20分かからないのに、帰宅できたのは夜の10時過ぎだった。これでも、ここ数週間の中では早い方だ。

 ここんとこずっと、寝るのは1時か2時なので、疲れているのに、まだこの時間だと眠くない。

 暇潰しに自宅のPCを立ち上げて、ネット配信のラジオを聴き始める。

『……と云う訳で、ストーカー被害に遭う可能性が有る場合こそ、SNSで相手をブロックしてはいけません。そんな事をしたら、相手の動向が掴めなくなり、却って危険です。事態が解決するまで、相手をSNSでフォローし続けて、相手の動向を確認し続けて下さい』

『あ、そろそろ時間です。どうも、ありがとうございました。続きは番組のWEBサイトでPodcast配信します。本日のゲストはストーカー問題に詳しい……』

 どうやら俺は、警察の中の誰か……または何かにストーカーに似た対処をすべき人物だと見做されてしまったらしい。

 それだけでも大問題だが……更なる問題が有る。

 この場合、何をもって……そしていつになったら、解決したと見做されるんだ?

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