第6話 プレゼント 下

 翌日は、大雨だった。当然のように、客はやってこない。博とあかねは、すっかりひまをもてあましてしまった。


「まいったな……ほんとになにか集客作戦を考えないといけないな。あー、めんどくさい」


 博はレジ台にひじをついて、頭をかかえた。スマホのゲームにもあきてしまった。あかねは、あいかわらずはたきをかけている。


「あかねちゃんは、なにかいいアイデアある?」

「んー、花火大会かな」


 あかねはあごをちょっとつまんで顔をかたむけた。


「あれ、すごく人を集めるよね。みんな浴衣を着て楽しそうにでかけていく」

「あのさ、でもこのお店で花火大会はできないよ」

「じゃあ、無料で映画上映会をやるとか」

「そんなスペースがどこにあるんだよ」


 ふー、と博はため息をつく。


「広告を出すとか、宣伝の動画を作るとか、そういうことだよ。みんなが見たがるような目玉商品を仕入れてくるとかね。あかねちゃん、この間おじさんと京都行ったんだろ。なんか、いいものなかった?」


 あかねははたきを手のひらの上に立てて、首をひねる。


「んー、あそこはいい街ね。古いものたちがとても大切にあつかわれていた。すてきなお店にもめぐりあえたし」

「そうだろ? で? なんか目玉商品になりそうなものなかった? 由緒正しい掛け軸とか、焼き物とか」

「そういうのもあったけど、百万円以上したよ」


 博はがっくりうなだれた。


「そんなもの買う予算はないよな」

「そもそもこの店は、誰の目にもとまらないようなものや捨てられそうなものを必要としている人に届けるのが目的なので、そういうわかりやすい目玉商品はしいれないんだけど」


 あかねは指摘する。


「それでもさ、なんというか、インパクトのある商品が必要だと思うんだよ。あー、どっかから掘り出し物が降ってこないかな」


 トントン、と階段をのぼってくる音がした。


「いらっしゃいませ!」


 二人は大声で叫んだ。また、客を追い返しかねない迫力あるいらっしゃいませをしてしまった。


「あ……ごめんなさい」


 おずおずと入り口から姿を現したのは、佐久間竜。昨日ガラクタを売りに来た少年だ。


「うう」


 なかなか中に入ってこようとしない。


「どうした? また売りたいものがあるのか?」


 竜は青白い顔をしながら、ゆっくりとうなずいた。


(まだあるのかよ)


 と思いつつも、博は手招きした。


「じゃ、見せてみなよ」


 時間は、たっぷりある。



 竜は傘を傘立てにさして、ふらふらとした足取りで、中に入ってきた。昨日と違って、少し泣き顔にも見える。


(なんだ? いじめでも受けているのか?)


 博は、小学校のころ「金持ちめ!」とか言われて理不尽にいじめられた経験があるだけにいじめには過敏だ。いじめというものを見たり聞いたりするだけで、体中の血液がざわざわしてくる。

 竜はポケットの中に突っこんであったくしゃくしゃの白い紙袋を、レジの横に置いた。

 すっ、と竜の後ろからきたあかねが、白い袋の中身を手に出した。


「おっ」


 博の声が思わず出た。

 緑……というよりあざやかなエメラルドグリーンの蝶。黒ではねの模様が描いてある、なかなか繊細な作りの金属ブローチだ。


「これ、どこで手に入れた?」


 つい博の声がきつくなる。きのうのガラクタとは、異質だ。竜がいじめを受けていて、いじめたやつらが万引きしたものを換金するために竜を使った……というストーリーが頭に浮かんでくる。昨日も、金をせびられてしかたなく作るためにガラクタを持ちこんだのではないか、とか。


「しっ」


 あかねが、ブローチに手を当てている。


「あなたの声を聞かせて」


 博には、なにも声は聞こえてこない。

 あかねはブローチを耳に当てたり、額に当てたりして、必死に声を聞こうと努力している。

 そして、ブローチをそっとレジ台の上に置いた。


「この子は新品だよ。魂も、声も、あるかないかわからないぐらい小さい。昨日、駅前の雑貨店で竜くんに買われたんだって。定価は、二千円」

「二千円、か。てことは、昨日の買い取りのお金と小遣いを合わせて買ったのか?」

「はい」


 竜は、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「自分でほしかった……ってわけでもなさそうだな。だれかへのプレゼントか? なんで買ったばっかりで売りにきた?」

「うっ」


 とうめいて、竜はボロボロと涙を流しはじめて、あわてて手でそれをぬぐった。


「おかあ、さんに、買って……いらないて、いわ、れた」


 たどたどしく言葉をつむぐ。


「誕生日、だからあげたのに、そんなことに金使うなって、返品してこい、って」

「あー、お店に返しにいくのが恥ずかしくて、それでまたうちの店にきたのか」


 なるほどね、とあかねは納得する。


「それにしても、こんなすてきなプレゼントを受け取らないなんて、ひどい親もいたもんだ。よし、じゃあ文句を言いに行こう」


 あかねはブローチを白い袋に戻してにぎりしめ、作業部屋から今日出勤に着てきた

雨合羽を引っぱりだすと、上からかぶってすたすた歩き始めた。


「おい、ちょっと待て」


 博は声をかけた。


「あかねちゃんが文句を言うのか? こどもみたいな子に言われるって、大人としてどうなんだろう」

「じゃ、博も来たらいいよ」


 にっこり笑われて、博はとまどう。


「いや、おれそういうキャラじゃないし、店番がいなくなるじゃないか」

「この大雨だよ。もう今日は休みにしていいんじゃない?」

「いや、しかし」

「おれも、そんなこと、してもらわなくて、いいです」


 竜が声をしぼりだす。


「おかあさん、これから仕事できっといらいらしてるし、文句なんて、言わないでください」

「なにいってるのさ! おかあさんは竜くんの、誕生日を祝う気持ちを無下にしたんだよ! その気持ち、ひとこと言わないで、どうするの!」


 あかねはさっと店を出ていってしまう。


「なんてやつだ」


 博はあわててレジ台の中に立てかけてあった傘を取りだす。


「追いかけよう、竜くん」

「はっ、はい」


 看板はそのまま。ドアに臨時休業のお知らせを下げて、鍵をかける。この雨の中を来たお客様のために、傘の形をしたかわいいマグネットの入ったかごも下げておく。


「行こう、家は駅の向こうだよな」

「はい……」


 二人は傘をさして、土砂降りの雨の中に飛びだした。

 博は昨日竜に書いてもらった領収書の住所を思いだす。駅前通りを抜けて、線路をこえて、駅の北側にあるアパートだったはずだ。

 駅の改札は、駅舎の二階にある。その改札の横を通って、駅の北側に下りる階段で、博と竜はあかねに追いついた。


「待て、あかねちゃん」


 あかねはボールがころころと転がり落ちるように、軽やかに階段をかけおりていく。


「なんでそんなに気合いが入ってるんだよ」


 傘をさしかけながら博は聞いた。


「人がせっかく心をこめてわたしたプレゼントを突き返して返品してこいとは、許しがたいよ。ものに対しても失礼!」


 あかねは、水たまりををばしゃばしゃ豪快にはね飛ばしながら進む。見ただけでは、あきらかにただの小学生だ。

 三人は、ほどなく住宅地の一角にある竜の家にたどりついた。昔ながらの木造モルタルの白い壁に、赤いトタン屋根。台風が来たら吹き飛ばされそうな古い二階建てアパートだ。

 かけあがろうとするあかねの前に出て階段をのぼり、博はドキドキしながら二○三号室の呼び鈴を鳴らした。


「はい?」


 合板製のドアを勢いよくあけて、目つきのきつい女性が顔を出した。ひっつめた髪はパサパサで、ひどくやる気がなさそうな無愛想な顔を際だたせてている。


「なんですか?」


 竜をまん中にはさんだ博とあかねをうさんくさそうににらみつける。家庭用の消臭剤のにおいが鼻をさす。


「あの、ですね」


 言葉につまった博にかわり、あかねが一歩前に出る。

 あかねは、蝶のブローチを取りだした。


「せっかくの竜くんの誕生プレゼント、受け取らないってどういうことですか? 彼の気持ちがつまっているんですよ!」

「あの、いいよ、その……」


 竜があかねと母親の顔を交互に見つめておろおろする。


「意味わからないんですけど。子どものくせに、何様なの?」


 竜の母親は、思いきり顔をしかめる。


「そんなガラクタ、持っていたって……食費とか、給食費のたしにしたほうがずっとまし。どうせもともと、わたしの稼いだお金。そんなところから出た誕生日プレゼントなんて、全然うれしくないし」

「世の中、大事なのはお金ですか!」


 あかねがどなる。


「はあ? なんなんですか、警察を呼ぶわよ」

「あ、あの、ぼくたちはあかね骨董店のものです。すいません、ちょっと、竜くんがブローチを持ってきたので、本当にいらないのかなと思ってお邪魔しました。すいません、失礼しました」


 博がなんとかおさめようと頭を下げる。

 バシッ、と竜の母親が竜の横面を張った。


「このバカ! リサイクル屋に持っていってどうすんの! わたしは、返品しなさいって言ったのよ!」

「ひどいですよ! これ、ちゃんと包装してもらって、丁寧にリボンもつけてもらったものでしょう?」


 あかねが、ブローチの入っていた白い紙の袋をかかげる。たしかに、星の模様が入った袋はもともとはきれいな袋で、リボンのシールが貼ってあったあともわかる。


「そこに返品だなんて、よっぽど図太い神経を持った人じゃないと行けませんよ!」

「なにもしらない子どものくせに! あなたも、どこのいいとこの子かしらないけど、人を下に見るのも、いいかげんにしてくれません?」


 竜の母親はすさんだ目をあかねと博に向ける。


「この子の世話がじゅうぶんにできるくらい、お金と心の余裕ができたら、お誕生日おめでとうごっこぐらい、好きなだけやってやるわよ! こっちの気も知らないで、ふざけないで……」


 かすかに震えたその声に、博の胸はずんと痛くなる。


「竜! 早く返品してきなさい。それからあなたたちは……消えて」

「はい、わかりました」


 面倒ごとにまきこまれたくない博は行こうとするが、あかねはまだ昂然と頭を上げて竜の母親の前に立っている。


「なら、竜くんが稼いだお金なら、受け取ってくれますか?」

「は?」


 あかねの言葉に、博も竜も、竜の母親も意表をつかれた。


「竜くんを、あかね骨董店でやといます! それでもうけたお金でプレゼントするなら、問題ないでしょう?」

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あかね骨董店 これる @agric20

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