第5話 プレゼント 上
「すごい! ここが京都なんですね。わくわくしちゃう」
バスの窓にはりつくようにして、あかねが声をあげる。
「しーっ、あんまり声をあげるなって」
雅季が困ったように口に指を当てる。
雅季とあかねは、京都まで買い付けの旅に出ていた。今日は、たまたまネットで見つけた骨董品店を、あかねといっしょに見に行く。
「しかし、その木桜さんは、大丈夫だったのか? ほとんど危篤状態みたいなものだったんだろ」
「慢性疾患で、手のほどこしようがなくて、それで家にも帰してもらえたんですけど」
あかねは、にっこりして、雅季を見上げた。
「大丈夫、愛する人に再会できたんですもの」
***
法外な絵が、作者に引き取られてから、二週間。はがきが、あかね骨董店に届いた。ところどころ色づき始めた色彩豊かな山奥を描いたすいこまれそうな絵に、文がそえられていた。
「二枚の絵は、毎日夫婦みたいにわいわい楽しくやりとりをしています。それを聞いて、おじさんはすっかり元気を取りもどしました。最近、元のように絵筆もとれるようになったんですよ。ほんとうにありがとうございます」
博は文を読んで、はたきをかけているあかねに絵を見せた。
「この絵、大吉さんと舞さんのサインがある。いっしょに描いたみたいだな。いいなあ、おれも、絵を描こうかなあ」
「それで、舞さんに気に入られようというのかな」
あかねがちくりと言うと、博は手をぶんぶん振った。
「いやだなあ、そんなんじゃないって」
とは言うものの、舞にまた会いたいという気持ちはある。
「まあよかった。よくないのはこの店だね」
あかねは、はたきをかけながらため息をついている。
開店当初の物珍しさが消えてしまったか、だんだんと客足がにぶり始めていた。今日など、午後二時を過ぎるというのに、一人も客が来ていない。
「わたしは、もっとものたちのために、この店を大きくしたいんだけど」
あかねと雅季が京都にまで買いつけに行くなどして、根付けや書画、古地図、民芸品など品揃えは充実してきたが、売るためにどうすればいいのか、その方法がわからない。
と、トントン、とかすかに足音が聞こえてきた。
(お客さん?)
二人は入り口を見て、身がまえた。
こがらな人影が、中をうかがうように、そっと首をのばす。
「いらっしゃいませ!」
客を逃がすものかというようなするどい叫び声が、店内に響く。
「わ」
人影は、すっと消えていなくなってしまった。
「お客さんが逃げた!」
あかねが手をわなわなさせる。
「あかねちゃんが、こわい声出すからだぞ!」
「博の方がこわい! なにより、顔がこわい!」
二人で言い合いをしていると、また入り口に顔がのぞいた。
「い」
いらっしゃいませといいかけて、二人は止まった。また逃げられてはたまらない。
「あの、入って、大丈夫ですか……?」
おずおずと二人に声をかけてきたのは、三年生か四年生くらいの男子小学生だった。
「どうぞどうぞ。なんでも見てってよ」
見た目は完全にこどものあかねが大人のように対応をするのは、何回見てもほほえましい。
「あの、えっと、買ってほしいものがあるんだけど……」
「買い取り?」
あかねと博は、顔を見合わせる。基本的に、未成年からの買い取りは、断っている。
「まあ話だけでも、聞いてみよう」
博は、言った。あまりにもひまなわけだし、何か役に立てることもあるかもしれない。
「これなんですけど」
小学生は、レジの横、作業部屋へのあがりがまちのところへ、大きな紙袋から出したものをならべていく。
大小さまざまな菓子の空き箱。やたらとたくさんある鉛筆のキャップ。ごっそりまとまったキャラクターのシール。観光地のご当地キーホルダー。図工の授業でつくったような紙の家。未使用の絵はがき。バッジ、メダル、マグネット。
ところせましとならべられたのは、まさに単なるガラクタだ。
「あの……どうですか?」
むずかしい顔をしているあかねと博に、小学生は不安そうにたずねる。
「うーん、これは……」
さすがに買い取りは難しい。人に転売できるような価値のあるものが、ほとんどない。
「一応、聞いてみようか」
あかねは、ガラクタたちの上に手をかざした。
「こんにちは、みなさん。あなたの声を聞かせてね」
すると、かすかなささやき声が、ガラクタたちから聞こえてきた。どうやら、小さくとも魂はあるようだった。
「あなたをわたしたちが買い取るとしたら、いくらで買えばいいですか?」
わっと声たちのボリュームがあがった。
「なにそれ」
「いやだ」
「リュウくんと離れたくない」
「捨てないで!」
そのうるささに博は辟易したが、持ち主の小学生の耳には届いていない。
「ねえ、買い取るとしたら、よ。どうしても持ち主から離れたくないものは無理には買いません。……あなたはどう?」
あかねは、比較的きれいな金属製のミニカーに声をかけた。
「わたしたちは、絶対に買い取られたりしません! わたしたちは値段なんてつけられません! かけがえのないプライスレス! リュウくんと絶対離れない!」
「おい、リュウくん」
博は苦笑しながら、小学生に言葉をかけた。
「どうもこれには値段がつけられそうにないぜ」
小学生は、目をぱちくりさせた。
「ぼく、名前言いましたっけ?」
「え? うん、あー」
「ここに、名前が書いてあるよ」
あかねが、かなり古くなった布製の筆入れを裏返す。
「二年一組佐久間竜」ときちょうめんな字で書いてあった。
「ああ、そうそう、うん、それでわかったんだ」
博はうなずいた。
「それでね、そもそもうちでは未成年からの買い取りはしてないんだけど、これは、どこの店に持っていっても売れないと思うぞ」
そう言うと、竜はあからさまに悲しそうな顔をして、肩を落とした。
「そうなんですか……」
「悪いけど、持って帰ってね。。思い出の品として、大事にしてあげて」
あかねの言葉に、わーい、とものたちの無邪気な歓声がこたえる。
「うん……その、どうしよう」
竜は、困ったように何度かため息をついた。
「だめだ、どうしよう」
「どうしたんだよ」
博は竜の顔をのぞきこんだ。つり目で冷たそうだとも言われる自分の顔とちがって、二重まぶたの、ほおがふっくらしたかわいらしい顔をしている。中学生になったらもてるのではないだろうか。
「持って帰れないんです、ぼくこれ、捨てろってお母さんに言われてて」
「まじか!」
博は思わず叫んだ。たしかに、どれも、もう実用レベルを引退してもいいようなものばかりだ。絵はがきなども、コレクションにしては保存状態が悪い。
「それはたちが悪いよ、竜くん。捨てるものをうちに持ちこむなよな」
それでこづかいかせぎされては、たまったものじゃない。
「捨てられないから、持ってきたんです!」
竜は博をにらむ。
「このお店で買われれば、新しい持ち主のもとでもっと長く大事にされるかもしれないでしょう?」
竜には、ものの声は聞こえないようだが、ものに魂があるように感じているのかもしれない。
「そうとはかぎらないけどね……」
あかねがつぶやく。
「買われないで、ただただ残り続けるつらさもある」
「あのさ、そんなに大事なものなら、箱に入れて自分の部屋に隠しておけばいいだろ。捨てられないように」
博の言葉に、竜はぷいとそっぽを向いた。
「そんなこと、とっくにしてます。もう二個も箱があるし、ぼくのうち、せまいからそれ以上は無理なんです」
「そうかよ……」
博とあかねはまた顔を見あわせる。
「わかった! 買いましょう!」
パン、とあかねは手を打ち合わせる。
「ほんとに?」
竜がほっとしたように笑う。
「えー!」
「いやだー!」
「竜くんといるう」
ガラクタたちが、不満の声を次々とあげる。
「ぐだぐだ言うな! わたしが買わなかったら、あんたたち捨てられるんだからね!」
あかねは一喝して、自分の財布から千円札を取りだした。
「はい、竜くん。これが買い取り代金です。あと、この領収書に住所と名前を書いてくれる?」
「ちょっと待てよ、あかねちゃん。そもそもうちの店は未成年からの買い取りはしてないし、もしするとしても、保護者の同意が必要だし、内訳の明細も作成しないと……」
「今回は特別。この子たちはわたしが個人的に買い取ります」
「本気で?」
「盗品じゃないことははっきりしてるし、レジのお金は使ってないから、明細は後でゆっくり」
竜は、住所と名前を書いた領収書をあかねにさしだした。
「ありがとうございました!」
顔がほころんでいる。
「竜くん、置いてかないで!」
ガラクタたちの叫びは、まったく聞こえないようだ。
「本当に、ありがとうございます」
おじぎをして、店を出ていく。
「気をつけて帰れよ」
博の声を背にして、階段をものすごい速さでかけおりていくのが聞こえた。
「それにしても、いいのか、こんなガラクタに千円もはらっちゃって」
博はあきれて肩をすくめる。
「これに味をしめて、あいつ、また売りに来るかもしれないぞ」
「いや、大丈夫」
あかねは、首を振った。
「博、これは、あの子の命より大事な宝物たちだよ。博だって、小さいころ、宝物を集めていたことあるんじゃない? この子たちを手放すのに、どんなに決意が必要だったか、想像できない?」
「まあ……わからないことはないさ」
博も思えば小さいころのおもちゃやぬいぐるみ、出かけた先で拾った石やどんぐり、友だちにもらった消しゴム、おみやげの包装紙や空き箱などを、大事に取っておいた思い出がある。
家が広いだけに、そうしたものは、全部しまいこんでおくことができた。そのことは、竜よりずっと幸せにちがいない。ただ、しまいこみすぎて数が多く、中学生のころ持ち物を整理したときにどうして取っておいたのか記憶が薄れ、そのために多くのものを捨ててしまった。
「そうだな、たしかに売りに来るだけでも勇気が必要だよな」
博は、竜の置いていったガラクタの中から、ガチャポンなどの景品を入れる丸いカプセルを拾いあげた。
「こんな、なんでとってあるのかわからないようなゴミでさえ、物語があるのかもしれないな」
「失礼なことを言うな!」
高い声でキイキイわめき、カプセルは博の手から飛びだした。
博にもはっきりわかるほどの声を出す、強い魂を持つものだ。
「あれは去ること五年前、竜さんは家族とともに訪れていた温泉のホテルのゲームコーナーで、景品の腕時計をものほしそうにながめている女の子に出会った」
博とあかねは、耳をかたむけた。
「竜さんは両親に三百円だけ借りて、そのシューティングゲームにチャレンジ。三回目、残り一機でついにゲームをクリアしておれをゲット。中身を女の子にあげて、竜さんはおれを持ち帰る。竜さんはおれを見るたびにそのときの甘酸っぱい気持ちと勇気を思いだすのだ! おれほど竜さんにとって大事なものはいないのだぞ!」
「わかった! ありがとうね、話を聞かせてくれて」
あかねは、紙袋の中にカプセルを落とした。
「ぼくなんてもっとすごいぞ!」
「わたしだって!」
騒ぎ始めたガラクタたちを、あかねはどんどん袋に放りこんでいく。
「ここまで数多くのものと強く結びついた持ち主って、めずらしいかもしれない」
あかねは、声をひそめた。
「むしろ、ものを甘やかしすぎているんじゃないかしらっていうぐらい。人とものとの関係ってね、少しドライな方がいいときもあるの」
「そうだよな……大事に思う気持ちはいいことなんだろうけどな」
博は、腕を組んだ。
「とにかく、売るわけにもいかないだろうから……」
あかねはいっぱいになった紙袋を倉庫にしまって、その日はそれで終わった。
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