後日譚
ぷっぷー
大きなクラクションを鳴らしてみるが、渋滞は一向に改善する気配はなかった。辛抱強く待っていると、なにやら前方向で事故があって通行止めであることがわかる。迂回するしかなさそうだった。田園に伸びているトラック一台がかろうじで通れる道に曲がり、進んでいく。路肩に足を取られないように慎重に。そこでかび臭いにおいに気が付き顔をしかめた。
またあの町に戻ってきていた。何も変わっていない町。運送業故、避けて通れない道と言うのは必ずしもあるものだ。さっさと通り過ぎてしまおうか。とか思っていると例の神社が視界に入って、また顔をしかめる。
と、前方向から人が歩いているのが見えた。危ないなあ、と思ってよく見てみると、見覚えのある顔だった。私はいったんトラックを止めて、呼びかけてみる。
「乗ってかはる?」
最初は目を丸くしていた彼女だけども、私だとわかるとさらに驚きながらも、私の提案に乗ってきた。
「いや、凄いですねお義姉さん。運送業とは聞いてましたけど、10tトラックに乗ってるんだ……」
死んだ夫の兄の元嫁の呼び方は義姉で正しかったと思いだそうとしたものの、まあいいやとなった。
未だに彼女がこの町に残っていることが驚きだった。明らかに憔悴しきっていて、目に光がない。
謙遜しようと思ったのだけども、他のトラックの理に悪いので、「まあね」とだけ答えた。
「ところで義父さんはまだ生きてはる?」
「えっ、ええ、元気ですよ。毎晩神社にお祈りしてるのが効いてるとかで。」
「はあ~」
私は少し空を仰ぎ見た。
「よう生きてはるね~」
「え、ええ?」
「なんでまだい生きてはるの? 息子二人先に死なせてよくも恥知らずにこの世にしがみついてんの? 自分の息子を殺したいちびった子供の霊にペコペコして。えらいけったいな呪い受けて、それでも育て方が悪かったが自分の考え方自体は悪くないって自己弁護して、狭い田舎でしか通用しない権力振りかざして、なにがしたいん? そりゃ私も悪いところもあるかもしれへんよ。私はただ黙っとっただけやさかい。それでもなんやあのおもちゃ。子積柱やて。初めて見た時笑うの止めるの苦労したわ~ごめん、嘘……怖かったわ。こんな不気味なもん崇め奉ってるこの町が怖かったわ。壊して正解やって思う。あっごめん。今のはデリカシーがなかった……」
「い、いえ」
少し饒舌になった私に驚いたのか、義妹は俯いた。
少し熱くなってきたので、窓を開けるが、またかび臭いにおいが流れてきたのですぐに閉める。頭の中に栓が詰まったような状態がずっと続いていた。
「ねえ」と私は義妹に話しかける。
「なんかこう、やったらあかんことやりたくなること最近ない? これって呪いなんやろうか?」
義妹はそれを聞いてはっと顔を上げる。
「私もそれあります! でもそれは耐えなきゃ……呪いに飲まれてしまう」
「ああやっぱそうなんか。最近その誘惑に耐えきれへんようになってきたかもしれへん……」
「耐えてください! 耐えないと大変なことになる!」
「ああ、やっぱそうか……やっぱこのトラック神社に突っ込ませたいとか考えたらあかんやろな……」
「え……」
私の言葉を聞いて義妹の顔がス……と無表情になった。そして口角が少し上がる。
ふと車内にかけられてあるお守りに視線を送った。
「なんや嬉しそうやね」
「え、え、いやそんなことはないですよ。いやでも、そんなことは……いやお客さんの荷物を運んでいるわけだし……だめ?……でも今度は呪いが町中に伝播するかも……」
彼女は頭を下げて少し考えて、顔を上げた。
「それよくないですか?」
彼女の言葉に私も笑顔になる。
「やろ~。じゃあさっそくやろか」
「やりましょうやりましょう。あそこの道を曲がっていけば神社に突っ込めますね」
「まかしときや」
「あーぎりぎりですね」
「ギリギリ大丈夫やね」
アクセルを踏み込み一気に加速していく。
「うわっと」義妹が驚きながらも笑う、こんなにも笑顔なのは始めて見た。
「ああと、あれは……」
目を凝らすと神社の中に子供が集まってるのが見えた。
「多分あれですね。子供の霊が集まって思いとどまらせようとしてるんじゃないですか?」
「そうはいくか」
とさらに加速した。
風景が後ろの流れていく。同じように走馬灯のようにこれまでの思い出も流れている気がした。
ふと思う。これが霊たちの思惑通りの行動だとしたらと。
どうでもいい。もう何が正しくて何が間違っているのかもわからない。
誰が正しくて誰が間違っているのかもわからない。
高揚する気持ちと刹那的なスピードによる快楽が今見てる現在のすべてであった。
この町の人々も被害者なのかもしれない。そもそも義父もそこまで悪いことをしてるわけじゃないのかもしれない。それでもこんな町潰れてしまえ。
子供を積む 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa
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