掌編小説・『Good Father』
夢美瑠瑠
掌編小説・『Good Father』
掌編小説・『Good Father』
「私は少女時代虐待を受けてきたいわゆるアダルト・チルドレンで、そういう診断をされていて、父親はアルコール依存症で、母親もリスカの常習者で、そのせいで、自分もアルコールに溺れているような男性に魅かれてしまうらしいんです。父親が不在というか、社会的に子供を自立させる、自我を形成する、そういう役割を放棄した、そういう父親だったので、人生において苦労をしています。
歪んだ人生への認識と、セルフイメージを抱いていて、誰をも本当に愛せないんです。
セクシャルな、刹那的な情事とかで、欲望を満たすのは可能なんですけど、健全な人格の異性と本当に愛し愛されるという関係を持つのが、どうも難しいという、そういう問題を抱えていて、そうゆうことは薬とかでは解決しにくい感じがするんです。
私自身も薬物やら整形やら繰り返していて、いろいろと困った人生なんです。精神科にも通院していますけど、そういう精神史に起因する疾病というのは対症療法では根治できないなーみたいな話になるんです。結局家族という育ってきたねぐらというか巣というかがちょっとこう毒に犯されていて、そのためにねじれた妙な生き物ができてしまったんだと思います。
先生は精神医学界の最高権威だと伺っています。
私のようなもののケースだとどういう処方箋をくださいますか?」
非常に美貌にも見えるが、少し妖怪?じみているような、パセティックな印象のある女性患者にそう訴えられて、「斯界の最高権威」と呼ばれる名医・結城志麻子は、さっきからじっと患者を観察していたのだが、厖大な脳内のインデックスを検索して、怜悧な頭脳と超絶的な勘と、無数の臨床経験の函数として、ある答えを算出した。
「あなたに必要なのは「父親」ですね。父親は社会の体現者、つまり攻撃衝動の昇華です。母親は家庭と愛の体現者です。ふたつがうまく調和することで人間の精神は健康になって、みんなとうまくやっていけるようになるんです。
フロイト風に言うと、タナトスとエロス、そういうことになるかもしれません。
だけど、私はいろいろと試行錯誤して、「父親不在」のために失調している患者さんに「人工の」父親を仮構するテクニックを編み出しています。
催眠術で「理想の父親像」というものを時空を超えた空間でインプリンティングするのです。
それはだから・・・端的に言うとあなたの人生経験と認知体系をリフレイミングするということで、理想の父親というののイメージはあなたのいろいろな条件に応じたオーダーメイドで、それは私が考えてあげますから・・・それでもだめなら今度はお母さんというのの理想のイメージをインスパイアしていくという・・・
家族療法ですね。そういう道筋になるんですけど・・・」
赤い眼鏡のフレームを光らせて、ドクター結城は少し考えこんだ・・・
「父親不在の自我というのはつまり、社会化が不十分で・・・本来は社会に適応して能力を発揮している健全な人物を血のつながりのある、愛情でも相互に結ばれている似姿としてモデリングして同一化することで、ナチュラルなダイナミズム一個の健康で通常的な人格が形成されるわけだけど、パパが社会的に逸脱しているような存在であると、そうした自我形成が機能不全になるという・・・そういう摂理だと、そうした理解で、精神分析を応用して、催眠術で人工的にあなたの自我に超自我としての父親像を作り上げる、そういうシステムを私は開発しました。
「パトリシア」と、名付けています」ドクター結城は微笑んだ。
「あなたの精神的な健康とかバランスを回復させるための「最適な父親」を、容姿やら性格やら知的なレベルやらを細かく設定して、3DのCGとAIで、モニター内に再構成して、おしゃべりもできるようにして、催眠にかかっている貴女に刷り込むというセッションを何度も繰り返して・・・」
・・・ ・・・
そうして治療が始まり、父の日の今日に、一応半年間の女性への「父親」によるカウンセリングのセッションが終了した。
「父親」のアバターは、女性の好きな映画の主演俳優のリチャード・ギアに似ていて、ロマンスグレーの長髪だった。
包容力がある感じで、それでいて毅然とした、きっぱりとした話し方をするのだ。
「私はあなたの父親だ。信じろ」、「全て受け止めてお前を守る」、「ありのまま何でも話せ。すべて赦(ゆる)して受け入れる」、「私は絶対に裏切らない。死んでもお前を守る」、頼もしい声でそう繰り返すVRの「パパ」の癒し効果は絶大だった。
色々な心理テストでも、女性の精神的な健康は有意に回復していて、全くアルコールやドラッグへの依存とか、意味不明な不安や妄想も影を潜めていた。
精神のリフレイミングは成功を収めて、彼女はアダルトチルドレン、でなくなったのである。
「良かったですね。もう多分大丈夫ですよ。貴女には、本当の人生、本当の恋愛が待っています。健康な社会人として、幸福な生を全うしてください・・・おめでとう!」
患者はうれしそうな、晴れ晴れとした表情になって、解放感に浸っていた。
「先生、ありがとうございます・・・最近はよく眠れるしすごく調子がいいんです。気持ちが明るくなって世界が生き生きしてきました。 本当にうれしいです。ただ・・・気になることがあって・・・」
「え?何かしら?」
「最近その「パパ」の夢ばっかり見ちゃうんです。この間はとうとう抱かれちゃいました。父親がいなかったせいでこういう夢を見なかっただけなのかしら?」
「それは精神的な依存がその人工の「パパ」に転移したんですね。よくありますね。だけどそれもあんまり健康的では無くて・・・」
ドクターはまた考え込んだ。
「それ用の治療を始めましょう。私の好みが入ってパパがちょっとハンサムすぎたのかもね。うふふ。ファザコンというか、エレクトラコンプレックスの治療用のプログラムも私は開発していて・・・」
えーまだまだ治療は終わらないのー?
女性患者は「父」だのなんだの本当にややこしいのねーと、げっそりしたのだった。
<了>
掌編小説・『Good Father』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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