第4話 僕(2)
「いてて」
湯船に浸かりながらついさっき叩かれた頬を擦る。患部はまだ熱を持っており触るとヒリヒリと痛む。
あんなに強くすることないじゃないか。完全なる不可抗力だというのに。
(それにしても一体何が起こっているんだ…)
彼女は『如月葵』である。
そして、僕自身も『如月葵』である。
彼女も僕も父と母の子であるが双子ではない。
というより兄弟姉妹といった関係はない。
──自分の知らない自分。
(まるで、ドッペルゲンガーだな…。)
そんな事を考えたりもしたが、よくよく考えてみるとドッペルゲンガーって性別までは変わらないな、と自己完結した。
色んな考えを巡らせてみたが、やはりこんな奇々怪々な状況に対する解決法なんて浮かびやしなかった。
何度も頭の中で反芻した。何度も考えたのだ。この状況が一体どういう理由でできたのか。どうすればそんな状況が、出来上がるのか。
結論は出やしなかった。
今も尚分からず終いである。
この謎は高校二年生の頭脳では持て余してしまう。
ブクブクと風呂の水面で泡をたてる。
(どうしたものか…)
風呂から上がり二階の自室(?)の扉の前に戻った。そこに女子がいるという事実が扉を開こうとする手を一瞬鈍らせる。
(何を緊張してんだ僕は…)
「風呂空いたぞ」
意を決してドアを開けながら声をかけるとなんと彼女の服や、勉強道具、そして私物等々、様々な物がこの狭いスペースにて散乱していた。
「…何してんの?」
「整理してのんよ。さっきみたいなことされちゃ堪ったもんじゃないもの」
「不可抗力だって…」
部屋の有り様を見て脳裏に掠めるものがあった。
(ということは、『あれ』が…!)
急いでタンスの三段目を物色する。見られないよう全開にはしないようにして、奥の方に手を突っ込む。
「残念、もう無いわよ」
「嘘だろ…。何でそんな勝手に!」
余計な事を!と、心の中で吐き捨てた。最悪だ、よりによってこいつに…。
すると、彼女はこちらを酷く侮蔑するような目付きで睨んだ。さながらゴミを見ているかのようだ。
「…変態」
お互いの想像が齟齬をきたしていたことを理解した。
「違う!お前が考えているような事じゃない」
再び奥の方を手探りで探す。暫くして、右の隅に探していたそれが有ったことを手のひらで確信し、俺は胸を撫で下ろした。僕はそいつをその近くにあったパーカーで包み、ばれぬよう一緒にタンスから取り出した。かなり自然に出来たと思う。
これだけは絶対に見つかるわけにはいかない。
「何?エロ本でも隠してたの?それはごめんなさいね」
「…違う。それよりここは僕の部屋でもあるんだ。勝手にかき乱したりしないでくれ」
「何よ下着ドロ」
「うぐっ…」
痛いところを突かれ、言葉が詰まる。わざとじゃないと言っているのに…。
僕は黙ってパーカーを羽織り外に出た。日課を果たすために。
彼女もまた黙々と整理を続けた。
今夜はなんだか、風が冷たかった。
自己恋愛 冬蜜柑 @syouyusashi
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