最終話 Day After Day

 終戦後、職から食料からなにまで不足し始めた連邦国内から、多くの人々が脱出しようとしていた。

 しかし……此処はとある空港のカウンター、家族連れの男が係り員と大いに揉めていた。


「何故、通してくれないんだ!?

 やっと、チケットを手に入れたって言うのに! 」


「申し訳ありません。……ですが、それは非合法ルートから購入したものでしょう?

 先週から配布されている、臨時政府承認のチケットが優先なのです」


「いつまで経っても、配られないじゃないか!?

 抽選式ってなんだよ、僕にはチケットがある。でも、この国にはもう仕事がない。

 僕は優秀なエンジニアだ、子供だっている。他の国なら簡単に仕事を見つけられるんだ! それに……なんであんなに飛行機がいるのに、飛ばさないんだ!?」


 男が指さした先には、何処か寂し気に駐機している大量の旅客機がある。

 だが、実際に運航しているのは一割以下なのだ。


「あれを飛ばせよ!」


 その時、空港の真上から轟音が迸った。

 思わず、男が窓から屋外に目線を移すと、数機の戦闘機が編隊を組みながら、高速で飛び去って行くところだった。

 国籍マークは、よく男が自分の息子に、酷く惨めで貧しい国と言い聞かせていた小国の者だった。



「……この国は戦争に負けました。

 この空は最早、我々のものではありません。管理下に置かれているのです。

 我々……私だって、十分な給料をもらってないんですよ!」


「っ!? そんな、そんなことって!」

 

「……お引き取り下さい、でなければ、貴方を強制排除せざる負えなくなります」


 向こうから列をなした警備員たちが、歩き寄ってくるのが見え、男は最後にカウンターに拳を叩きつけた後、怒りに震えた顔で立ち去った。

 その男の息子は泣きじゃくり、妻もしくしくと静かに涙を流した。他の客たちもそうだ。誰もが絶望していた。


こうして、から希望を奪い取った彼らは、希望を失った。






 アルタイル連邦は崩壊した。

 一応、アルタイルという国は今も存在している。だが、国土面積は1/3以下になり、国力はそれ以下になった。

 多くの国が連邦から独立した。

 独立を勝ち取ったもの達も居れば、このまま連邦の輝かしい歴史が続くと信じ、戦い続けて居ていた人々を笑っていた者達は突如として全てを失った。


 とにかく、連邦は負け、戦争は終わった。


 あの式典での展示飛行のことは、国際放送されていたということもあり、多くの人々が知っていた。

 赤翼は人々の心を奪うことに成功したのだ。

 それとは対照的に、銀色の翼をもつ戦闘機のことは忘れ去られていった。


 それから一年近く経った。


 ◇


 とはいえ、赤翼のパイロットの正体というのはほとんど知られていない。

 実は複数人居るとか、そもっそも赤翼の飛行隊は一個飛行隊では無かった等……連邦に反旗を翻す為、度々違う仲間達と飛んできた弊害とも言える。そもそも、一人であれだけの戦果を上げたと信じられる方が空想的なのだ。

 今もなお、少数残る連邦急進派の残党を欺けるので、現実的な見方をすればこれで良かったのかもしれないが。


 しかし、当然、彼を間近で見て来た人物はこれが作られた物語ではないと知っている。

 例えば、彼女、フィオナ・ユリウスはその一人だ。

 彼女は、結局今も軍にいる。彼の機体を調整できるのは自分だけという謎の自信が芽生えたのもあるし、極々個人的感情な別の理由もある。


 フィオナは食料品を買って来て、自分の基地に戻ろうとしていた。

 パルクフェルメには平和が戻ったが、だからと言って超大国に成り上がったわけでもない、小国のままだ。

 軍の食料品の調達数が予定より遅れてきたりと言うのもざらにある。

 変わったことと言えば、空襲に恐れることも無く、普通に商店に並んでいる食料品を買ってこれる平和が戻ってきたということぐらいだ。


 変わらないことと言えば……轟音が響き、フィオナは空を見上げる。

 その空には赤色の機体が飛んでいた、言うまでもない彼の機体だ。


 パルクフェルメ空軍、曲技飛行隊、スワロー。これが今の彼の所属部隊だ。

 今は三機という、少なめの編成だが……いつかは増えていくことだろう、彼らの存在は国民にとっても誇りなのだから。


 と、フィオナは基地のフェンス沿いから空を見上げる車椅子の初老の男性を見つけた。


「あの……観光の方ですか?

 今日は見学が可能な日です、身分証があれば基地の中に入ることも……」


「静かに」


 その男は空を見上げたまま、ぴしゃりと言った。

 少し独特な、だけどどこかで聞いた事のある訛りの人だな。そう思いつつも、おせっかいならば仕方がないと立ち去ろうとした。

 しかし、だ。


「違う、そうではない。

 だから、そこは……やはり、あいつの飛び方はまだ未熟ではないか」


「……なんですって?」


「ん……誰だ、お前は? 」


 彼が馬鹿にされ、しかも、自分の事を認識されていなかったのが、穏やかな性格のフィオナの琴線に触れた。


「取り消してください、彼はこの国の誇るエースパイロットです」


「分かったような口を聞きやがって……空の事なら私の方が詳しい、小娘は失せろ」


「小娘……? 私は技術士官です、貴方だってご老人ではないですか」


「うるさい女だ、あっちに行けと言っただろう?

 何なんだ、いつまでも付きまといやがって、まるであいつみたいだ。鬱陶しい」


 目の前にいる老人は、彼女とを重ねているようだ。

 フィオナも、この老人に似た人物とあった気がする。

 芯が強く、無理難題を言い出したり、無謀無茶をしてしまったり……とにかく自身の思うがままに、でも誰かの為に行動する人物が。


「とにかく、取り消してください――」


「しつこい奴め、何なんだ、お前は? 

 まさか、あいつの女か? 」


「お、女……!? 違います、私は、その……ええと……確かに……。

 それよりも、貴方は何なんですか!?

 まるで自分ならば彼に勝てるみたいに! それとも、勝ったことでもあるんですか!?」


 半ば、話題を逸らす為に顔を真っ赤にしてそう叫んだ彼女。

 だが、意外なことに、老人は一度押し黙った後、自嘲するような落ち着いた笑みを浮かべた。


「飛行兵らしく機体と対話して、教官らしく生涯で学んだ教本に書いてある全ての技術を使って、新兵のように無我夢中で挑んで……それでも、私は負けた。一切の悔いは無いがな。


 何も言うな……帰る、ほら、退くんだ。

 シュワルツに伝えておけ、良い飛びっぷりだったと」


「どうして、貴方がシュワルツの名前を……ちょ、ちょっと!?」


 老人はフィオナの言葉を無視して、何処かへと消えていった。

 一人残された彼女は、頭上の爆音で我に返った。

 その音の主を見上げ、微笑を浮かべるとフィオナは歩き出した、彼女には平穏な日常が待っているのだ。


 憎悪と嫉妬に溺れたエースパイロット、自身の半生に後悔を抱きながらも再び空へと舞いあがることを決意したエースパイロット、結局、最初から最後まで空を求め続けただけのエースパイロット。

 複雑に絡み合い、戦い続けた物語は終わった。

 しかし、空は続いていく。



 赤い翼の戦闘機達が通り過ぎた空には、大きなリボンが描かれていた。

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反逆の翼―祖国に見捨てられたエースパイロットは空を求め、敵国の英雄へ @flanked1911

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