第37羽 小鳥、目を輝かせる

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 前書き


 今回、お試しで意識して文体を変えてみました(つもりです)。

 皆さんはどちらの方がお好みでしょうか?


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 彼らはカフェを出る。文芸部は、部員のほとんどが毎年補習を受けるという問題児の集いであるが、何らかの予定の時はいつも、誰一人として遅刻することがない。


 部員・・は。


「悪い悪い。遅れた」


 ちっとも反省の色を見せずに、気怠げに平坦な声で謝る女性がここに一人。


 文芸部顧問の直瀬なおせ美希みきだ。


 髪の長さは小鳥と同じぐらいだが艶はあまりなく、普段から手入れに力を入れていないことが分かる。着ている衣服もだらっとしていて、一見しても教師には見えない。


 美希はまだ若く20代半ば。


「大丈夫ですよ。遅刻を想定して先生にだけ集合時間を15分早く教えてましたから」

「おお、気が利くな。だが私はそれを想定して更に5分遅れてきた」

「遅れて来ないでください」


 高度な心理戦である。


「ん? 小鳥遊じゃないか。どうしたんだこんなところで」

「え?」

「先生、前に伝えたじゃないですか。小鳥遊くんが合宿に参加するって」

「あー、そういえばそうだった気がする」

「「「…………」」」


 いい加減な顧問に呆れる一同。そんな中、ロクが小鳥に尋ねる。


「直瀬先生と面識あったのか?」

「うちのクラスの担任なんです」

「難儀なクラスだな」

「はい」


 一年から美希が担任とは運がない。ロクが不憫に思っていた時だ。


 遠くから大きな車が近づいてきて、徐々に減速して彼らの前に停車する。車は黒塗りで細長く、見るからに高級そうな外車だ。


 車のドアが開いて、運転席から細身で背の高い男性が降りてくる。


「お迎えにあがりました。お嬢様」

「苦しゅうない」


 胸に手を当て、雫に向き合ってお辞儀する彼は、こんな真夏日だというのにタキシードを身に纏っている。首元に黒いリボンをつけていて、年齢はおおよそ50過ぎだろうか。顔にしわがあり、髪は綺麗な白髪だ。


「セバス、久しぶりだな」

「お久しぶりです高坂様。約3ヶ月ぶりでしょうか。最近は水野家に遊びに来られないので、お会いできず寂しく思っておりました」

「私もだよ」

「他の皆様方も1年ぶりですね。ご壮健で何よりです」

「「「お久しぶりです」」」


 ロクたちと挨拶を済ませた男性は、「さて」と小鳥に目を向けた。


「お初にお目にかかります、小鳥遊小鳥様。私は水野家に仕える執事、セバスチャンこと白石しらいし友蔵ともぞうでございます。お気軽にセバスとお呼び下さい」

「よ、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願い致します」


 小鳥は困惑していた。事前に車で別荘まで向かうことは聞いていたが、こんな高級車だともこんな送迎があるとも知らなかったのだ。


「では皆様、荷物を持って車にお入り下さい。エアコンをつけておりますので車内は涼しくございます」


 昨年の合宿の送迎も同じだったため、小鳥以外は驚いた様子もなく乗り込んで行く。車内はマイクロバスじみていて、スーツケースと一緒に乗り込んでも十分なスペースが確保されている。


「先輩、これ……」

「びっくりしただろ? 俺も去年はポカンとしてた」

「どうして先に教えてくれなかったんですか?」

「呆気に取られる小鳥遊が見たくて」

「意地悪です」

「すまんすまん」


 小鳥は車内を見渡す。全員快適そうにくつろいでおり、それでもなお広さに余裕がある。最後にセバスが運転席に乗り、「では参ります」と言うと同時、車がゆっくりと走り出す。速度が上がり、軌道に乗ったところでセバスは音楽をかけた。


 一曲目はテイラー・スウィフトの『We Are Never Ever Getting Back Together』。日本人にも知られている、ドライブに適した陽気な曲調の洋楽だ。

 

「しかし生徒を車に乗せて移動するのは、学校の規則的に直瀬先生は大丈夫なんでしょうか?」

「先生が運転しなければオールOKだー」


 気の抜けた声で答える美希は、もうアイマスクを装着して寝る態勢に入っていた。蓮はスマホで何かのゲームをしていて、すみれと雫はポッキーの箱を開封して食べている。小鳥の隣に座るロクは小説を取り出して読書を始めた。どうやら会話して話をもたせようとかそういうことは誰も考えておらず、各々好きなことをやるらしい。


 赤信号で車が止まった時、ちょうど曲がサビに入る。そこで歌に詳しくない小鳥も、知っている曲であることに気づいた。


『We are never ever ever getting back together』


 実は小鳥は車に乗った経験が少ない。


 父はおらず、母は運転免許自体持っていなかったため自家用自動車はずっとなく、貧乏だったことから公共交通機関の利用もなるべく避けていたため、バスすら両手の指で数えられる回数しか乗ったことがない。それこそ乗車経験は修学旅行のような学校行事の時ぐらいだ。


 だからプライベートで車に乗ることが新鮮だった。ドライブミュージックに耳を委ね、行儀よく座って、首だけ傾けて窓の外を見る。太陽は小鳥の視線の先にあって、ガラス越しでも日差しは強く眩しい。アスファルトの地面は、日の直接当たる部分と建物の影になっている部分に二分され、明暗の区切りが明確だ。信号待ちの歩行者は日陰に避難している人が多い。


 信号が青に変わる。車が動き出して、どんどんと加速して行き、たった今見ていた光景を置き去りにしていく。


 コンビニもファミレスもデパートも、一軒家もアパートもマンションも、信号も電柱も街路樹も、見慣れた建造物の全てが置き去りだ。


 日傘を差して歩く貴婦人を、立ち漕ぎして必死に自転車を進める少年を、ヘルメットを深々と被り原付バイクに乗るカップルを、みんな追い越して車は先へ先へ行く。


 ふと、並走する車の運転手が視界に入った。小鳥たちの乗る高級車を見て目を丸くしている。大学生ぐらいの男子だ。彼も身軽な服装をしており、もしかしたら小鳥たちと同じようにどこかへ旅行に行くのかもしれない。


 彼は車の格は負けても速度は負けまいと思ったのか、アクセルを少し踏み込んで、速度を上げて悠々と前進していった。並走する車がいなくなったことで、また視界が開ける。


 青く晴れた空がどこまでも続いていて、所々にある草木は夏の日光をたっぷりと浴びて真緑に輝いている。それらが人工的な建物の色と混ざり合って綺麗なコントラストを演出していた。


 やがて車は高速道路に入り、走る速度が一気に上がる。


 景色が単調になった。だからこそ快晴の空に目が眩み、浮かんでいる白い雲は、分厚いものも薄く引き延ばされたようなものもある。


 夏を感じるというのは、もしかしたらこういうことを言うのかもしれない。


「先輩」

「? どうした?」

「私、合宿に来てよかったです」

「合宿に来てって……まだ行きの道中だが……」

「それでも、よかったです」

「……そっか」


 小鳥が子供のように目を輝かせて外を覗いているのを見たロクは、何も言わずに小説に目線を落とした。


 途中サービスエリアなどに寄りながら、数時間を経て高速道路を降りる。目的地が近づいてきたのか、車の窓から海が見えるようになってきた。


「セバス、オープン」

「良いんですか? 暑くなりますよ」

「大丈夫」

「分かりました」


 雫がセバスにそう命じる。確認を取ったセバスは何やらボタンを押した。


 するとどうだろう。車の屋根が自動で開き、たちまち車内の涼しい空気が逃げていく。代わりに夏の暖かい風が車内に雪崩れ込んでくる。


 どうやらオープンカーだったらしい。屋根が開いたことで、より外が見やすくなり、海が鮮明に映る。夏の日差しを反射して水面がキラキラと光っていた。


 既に都会から離れていることもあって周りには自然が多い。木々が生い茂り、それらのおかげでエアコンが効かずとも比較的涼しい。


 全員の髪がなびく。高速はもう降りていたため風の音はやかましくなかったが、音楽は多少聞き取りづらく、それでも何となく心地よかった。


 長かったドライブが終わる。時刻は昼を過ぎていて、昼食は少し遅めの時間からになりそうだ。


「皆さん、到着しましたよ」


 合宿が始まる。

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後輩の女の子を拾いました ほまりん @homarinn

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