愛のために曝け出せる何かを誰よりも持っている人

 交際相手の男性に対して、本当の自分を包み隠さずすべて打ち明ける女性のお話。
 怖い話です。ジャンルとしてはSFとのことですが、個人的にはホラーであったりサイコスリラーでもありました。具体的にはヤンがデレている感じがあります。愛ゆえの暴走。とはいえ人には言えない秘密を抱えたまま付き合う、つまり最愛の彼を騙したままでいる彼女の気持ちもまあわからなくないというか、いえすいませんやっぱりわかりません。ほらあの、手段がね? もっと穏便にさあ、ね?
 約4,000文字という分量のコンパクトさもあり、たぶんこの先はどうあがいてもネタバレになります。ご容赦ください。
 強烈なインパクトのあるお話でした。特に最後、『彼女』の物理的な外見の印象が消えません。ゾッとするような恐ろしさがありながら、でも終盤付近の彼女の振る舞いや言葉に謎の色香のようなものを感じたりして、なんだかとてもドキドキしている自分に気がつきました。やだ、どうして……知りたくなかったこんな気持ち……。
 つまるところこの物語はアイデンティティのお話、彼女自身が最後に問いかけた「わたしってなんなんだろう」のひとことに集約されると思うのですけれど、でもこれ、中盤までに想像していた「なんなんだろう」と微妙に違うという、その予想外の裏切りが最高でした。
 あれだけの数の『借り物』の姿を持っている以上、どうしても『本物の自分自身を見失った空虚な存在』をその正体として予想してしまうのですが、さにあらず。確かに外見的にはだいぶスッカスカになっちゃいましたが、でも個性自体はありすぎるくらいで、だって他にこんな人いません。つまり人のフリをしているうちに本当の自分がわからなくなったとかではなく、彼女は終始一貫して「本当の自分」を持ち続けていて(最初からそれを見せると言ってましたし)、だから欲しいのはあくまで「なんなんだろう」の答え。これは何。この世にふたつとない何かであることはわかる、でも一体それってなんなの、という、自分からも他者からも「わたし」を定義することができない、異端の個性ゆえの苦悩が胸に突き刺さるかのようでした。
 彼の見つけた彼女の個、姿は変われど「いつもと変わることがない」「熱のこもった潤んだ瞳」が好きです。情緒と色香のたっぷり詰まった、心の底からゾクゾクさせてくれる作品でした。