第9話 大野涼香


「大野さん。バイト初めてなんだってさ。ちょうどいい機会だし佐田さんがトレーニングしてあげなよ。なんか2人、雰囲気似てるしさ」


店長がパソコンに向き直る。


「え…?え、私ですか?」

私はいきなりの事に動揺を隠せなかった。


私の様子に気づかなかったのか、緊張した顔で大野さんがピョコピョコとやってきて再度お辞儀をした。

「よろしくお願いします!」

「あ、えっと…。よろしくお願いします」


私は人見知りで、こうゆうのが苦手だと周りに理解されているものだと思っていた。

トレーニングだなんて、正しいことをしっかり教えてあげられるか不安だし。


もしかして、最近いいことばかりだったからそれの代償?

だからってこんな目に合わせなくてもいいじゃんか。

鳥の糞が落ちてくるとかでいいじゃんか。


私は突然の試練を前に立ち尽くす。


いや、いやいや絶対に無理!無理…なんだけど無理ですなんて言えないし。

どうしよう。どうしたら正解なんだろう。


その時。


ひょこっと心配そうに大野さんが私の顔をのぞきこんできた。

「あの、私働くことが初めてで、すごく迷惑おかけすると思いますが…。でも、できる限り頑張るつもりなんで、あの、よろしくお願いします!」


素敵。

意気込みを述べる大野さんの目はキラキラしていた。

頑張るぞという純粋な気持ちがひしひしと伝わってくる。


私と雰囲気は似てるけど、それ以外はまるっきり違う。

いい子だ…と心の底から感じた。


そしてその気持ちにつき動かされたのか私の気持ちが少し前向きになる。

私もこんな風に純粋な気持ちで頑張ってみたい。


「えっと…。私、人見知りで。こうゆうの苦手なんですけど。やりにくいと思ったら言ってください。すぐ別の人にお願いしてもらっていいから。でも、できるだけ頑張ってみます」


私の言葉を聞いて大野さんの顔が、パァッと明るくなる。

「ありがとうございます!!私も頑張ります!!」


早速制服に着替え、説明に入る。

仕事に入る前の準備から、ハンバーガーの作り方までたどたどしてわかりにくい説明だったかもしれないけど大野さんは必死にメモを取って理解しようとしてくれた。

失敗してもめげないで今度こそはと頑張ってくれた。


それに、大野さんはとても接しやすかった。

人と話す事すら苦手だから、教えることなんてもっとできないと思っていたけど

それは相手によるのかもしれない。


私は佳恵と初めて通話をしたときを思いだす。

あの日も、通話前には倒れそうなぐらいの緊張をしていたけど、佳恵のおかげで私はすぐに素で話をすることができていた。


大野さんも、それと似たものを感じる。


12時に入り、平日とは思えない予想外の忙しいお昼を迎えて、大野さんと私は後ろの倉庫で大量に積まれたダンボールの片づけを頼まれた。


ダンボールに占拠された薄暗い倉庫。

みんな忙しいから片づけができないでダンボールを倉庫に積み上げてしまう。

気持ちはわかるけど無造作すぎて見ただけで途方に暮れた。

このお昼の時間はめいっぱい使って片付けてってことなんだろうな。


ダンボールひと箱を持ち上げる。

私達はダンボールのガムテープを取っては、たたみ、取ってはたたみを繰り返した。


少しの沈黙。


どうしよう…。何か話した方がいいのかな。


隣を見る。大野さんは黙々とダンボールをたたんでいた。


一生懸命にやっているようだし、話をしたらかえって邪魔になってしまうんじゃないか。やっぱり話しかけるのをやめよう。


そう決意したとき、いきなり大野さんが口を開いた。


「佐田さん。優しいですね」

「え…!?そ…そうですか?」


いきなり話しかけられてビックリして変な声が出てしまった。

恥ずかしい。


「はい。凄くいい人なんだなぁって思います」

「そんなこと言われたことないですよ!私なんかより大野さんのが純粋でキラキラしていて、いい人です!」

「えへへ。そんな風に思っていただけたなら嬉しいです。でも私、臆病で自信がないから悪い部分もちゃんとあります。逆にそっちの方が多くて…。あ、じゃあ1個話をしてもいいですか。私の臆病エピソード。この性格で後悔してることがあるんです」

「え、なんですか?なんですか?」


大野さんが話をしたいと言ってくれた。自分から話をしてくれるなんて嬉しい。


「私、小学校の時に好きな子がいたんです。結婚したいぐらい好きで。でもそれは私の片思いだからって、ずっとその子には隠してました。そしたらある日相手から告白をされたんです」

「え!よかったじゃないですか!」

「って思うじゃないですか。ここで臆病が出てしまって。私、その子を避けるようになっちゃったんです。告白に返事もしないで。そのうちタイミング悪く親の仕事の都合で引っ越しが決まって。何も話せないまま…」

「え…それは…確かに悔しいですね」

「はい…」

「…今でも好きなんですか?」

「それは、わからないです。会ってみたらわかるのかなぁって。でも、もういいんです。臆病な自分を変えてくれるきっかけではあったので、今ではいい思い出です」

「そっか…。それならいいんですけど。未練を自分の成長につなげることって大事ですし。でも、好きでい続けるのもいいことだと私は思いますよ」


思い続けて結ばれた。たとえそれが同性だったとしても。

私は佳恵の顔を思い浮かべる。


「…なるほど。やっぱり佐田さんはいい人です」

「え!?話聞いてただけですよ!?」

「それでもいい人です」


大野さんが微笑む。


ダンボールの片付けをなんとか終えると、大野さんは退勤、私は休憩とタイミングが被り控室まで並んで歩いた。


「初めてのバイトの初めてのシフトでしたが、本当に佐野さんのおかげでいろいろなことを学べて楽しかったです!これからよろしくお願いします」

「私も、人見知りだから不安だったけど大野さんのおかげで初トレーニングを順調に進められました。ありがとうございます」

「あの、もしよかったら、連絡先交換しませんか?」

「え!?はい!ぜひ」


連絡先を交換しましょうなんて、人生で初めて言われた言葉だった。


すごく…すごく嬉しかった。


朝、唐突にトレーニングしてあげてって言われたときはついてないって思ったけど今は違う。今日はすごくいい日かもしれない。


服を着替えて靴を履き替えて朝出会った時の大野さんに戻って彼女はドアを開けた。


「では、お先に失礼します」

ドアが閉まる。遠ざかる足音。


私服も可愛いし、雰囲気も見た目も全部かわいい。


さっき倉庫でした話を思いだす。

あんなに可愛くていい子なんだから、絶対に未練の相手に運よく再会して幸せになってほしいな。私は1人の休憩室で朝買ったパンを食べながらぼんやり考えた。


そこに、控室に近づく足音が聞こえた。

誰だろう。この時間の休憩は私1人だし…。大野さんかな。忘れ物?


コンコン


ドアがノックされる。少しビクッとする。

ここの従業員は全員ドアのキーを渡されているから、ノックをするのは部外者だけだ。


イタズラかな…。無視していれば諦めてくれないかな。


コンコン


まただ。私の頭に可能性が思い浮かぶ。

大野さんみたく今日から働く人だったらどうしよう。


もしそうだったら、すごいかわいそうなことをしているのではないかと不安になる。


ドアの前に立つ。深呼吸をして、ゆっくりドアノブに手をかける。

イタズラだったら相手は逃げるから大丈夫。

新しく入る人だったら下にいる店長を呼びに行こう。

もし、怖い人だったら…。

大丈夫。逃げよう。逃げればすぐそこには客席もあるし。


最悪なパターンを想定してドキドキしながらゆっくりドアノブを下げ、後ろに引く。

そこに立っていたのは…


佳恵だった。


「え!?佳恵?なんでここにいるの!?」

「あはは。遊びに来たのに下にいないからさ、カウンターの人に聞いたらここの部屋で休憩してるから行ってみって言われたの」

「ゆるいな…」

「でさ、いきなりで悪いんだけど今日はシフト何時にあがり?」

「え?えっと…今日は17時」

「そっか」

「なになに。遊びに行きたかったとか?」

「ううん。全然」

「え、それじゃあどうして?」

「えっとね…すごい急なんだけどさ、今日うちに泊まり来ない?」


思考と時間が止まる。


『今日うちに泊まりに来ない?』

この言葉が頭の中で永遠とループしている。


えっと、泊まりに行くってことは、そうだよね。お泊りをするんだよね。


佳恵の家に、佳恵と…2人で…お泊りを…。


「えぇっ!?」






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