第8話 佳恵side2
3月中旬。
大学に合格した。東京の一番行きたかった大学。
私は真っ先に未来に連絡しようとスマホを取り出した。
そこでふと気づく。お母さんが隣で泣いていた。
生まれてきてから何かと問題があった私の成長を見守っていた親の涙には、少しびっくりしたけれどその姿を見て今までの感謝がじわじわと湧き上がってきた。
そして気づくと「ありがとう」とつぶやいていた。
お母さんはビックリした顔で私を見てから、更に泣いてしまった。
私はこの先、親孝行は出来ない。
女性と生涯を共にすることしか考えていないから、多くの親が経験する孫の顔というものを見せることはできない。
でもそのことをお母さんは知らない。
片親でここまで一生懸命育ててくれたのに、打ち明ける時が来たら裏切りみたいになってしまうんだろうな。
その時、繊細なお母さんはどれだけショックを受けるのだろうか。
この嬉し泣きもこれで見れなくなる。
私はスマホを触るのをやめて、隣で泣いているお母さんを目に焼き付けるように見つめた。
―
上京してすぐ、3月も終わりを迎える頃。
未来と夢の国に来た。私は今日、彼女に告白をするつもりだ。
高校生になってから今日まで、未来を私の涼香ちゃんにする為の人生設計をひたすらに考えてきた。どうすれば彼女は幸せを感じてずっと隣にいてくれるか。
どうすれば自分は涼香ちゃんへの気持ちが未来で満たされるか。
最低だけど、私はそう生きていくと決めた。もう後には引けない。
アトラクションの長蛇の列に並ぶたびに、私達が連絡を取り合わなかった空白の3年間の出来事や最近のたわいもない話をした。
そして気づく。未来も、私の事が気になっていたという事に。
それは予想外のことであり、とてつもないチャンスだった。
受験に合格したらすぐ上京してすぐ思いを伝えるつもりだった。
それは私の欲求不満から来ていたのか、はたまたお母さんにカミングアウト出来ていない自分のもどかしさからか来ていたのか。
定かではないけど、とにかく早く彼女を自分のものにしたかった。
だから、素直に告白をした。
2人しかいない観覧車で、目をまっすぐ見て、真剣に。
このシチュエーションを選んだのは、彼女にドキドキしてもらいたかったから。
高い所が苦手な未来にとって観覧車は絶好のつり橋効果だった。
効果は良好で、案の定告白は成功した。未来からも告白をしてもらった。
薄暗くてはっきり顔が見えていたわけじゃないけど、私に好きを伝える彼女の顔は今までのどの瞬間より綺麗だった。
気が付くと私は彼女に抱き着いていた。
観覧車が揺れる。
その揺れで、未来はここが観覧車であることにハッと気づき慌てて私をはがした。
でも、今は怖がっている姿がさらに愛おしい。
ゆっくりゆっくり観覧車が揺れないように横に座って彼女の手に触れ、指を絡めた。
お互いに好きを確かめ合いながら。
この瞬間、間違いなく私は未来が好きだった。
ここに座って、少し照れながら私を見つめる未来という人間が愛おしくて仕方がなかった。それは確かなこと。今までさんざん涼香ちゃんに重ねて考えてきたけど、直接会っているなら未来にしか見えない。
その事に私は3年間のモヤモヤとして気持ちから解放された気がした。
心の中でホッと安堵した。
なんだ。苦しむ必要なかったじゃんか。
これで未来を、涼香ちゃんにしなくてよくなるんだ。
足枷が外れてより一層彼女が愛おしくなる。
正真正銘、私は未来と恋人になった。
その時。
ふいに視界に入ったのは未来の首元で光るアンスリウムのネックレスだった。
3年前にプレゼントしたネックレス。なかなか話題に出せていなかった事に気づいた。
「あ、あと言い忘れてた。そのネックレス」
私を思ってネックレスをつけてきてくれただなんて本当にかわいい。
嬉しい。嬉しい。話しながらニヤニヤしてしまう。
彼女はネックレスが話題に出ると少し微笑み、花言葉も調べたことを話してくれた。
そしてこう続けた。
「乙女な花だよね。私も好きだよアンスリウム」
未来のこの言葉に、幸せに満ちていた私の思考がピタリと止まった。
そして小学校の頃の思い出の一部が私の脳内で再生される。
「乙女~」
涼香ちゃんの声で、あの時の映像で再生された。
目の前にいる未来にその姿が重なる。
やめて。重ねないで。今彼女を未来として見れたんだ。返してよ。
やっと私はあなたへのアンスリウムから解放されたと思ったのに。
―
あの後私は、少し落ちたテンションで未来と別れそれぞれの帰路に着いた。
別れ際に明日からまた電話を再開しようと提案をした。
付き合ったといっても大学生になって生活があの頃より変わった彼女をよく知っているわけではないから、よく知るために毎日お話がしたかった。
快く承諾してくれた彼女は幸せでいっぱいの笑顔をしていた。
笑った彼女を見て少しヒヤッとしたけどこの笑みは未来のままで、彼女に重なる涼香ちゃんは現れなかった。
疲れた顔をして駅のホームで電車を待った。
何気なくSNSを開く。いつも常に開いてしまうSNSだけど今日は全く触れていなかった。だからいつもよりたくさんスクロールをしていた。
そしてピタッと指が止まる。
それはいつフォローしたか忘れた、顔もあまり覚えていないような小学校の同級生のアカウントの投稿だった。
「本当に久しぶり」という言葉と共に載せられていたのは、
タピオカミルクティーを片手にカメラ目線をする涼香ちゃんだった。
その顔立ちはあの頃の面影を少し残していて今日会った未来に似ていたから、パッと見ただけで涼香ちゃんだとわかった。
心臓の鼓動が早くなる。それはときめいている鼓動ではなく、背徳感のある鼓動だった。
私は緊張した面持ちで投稿した彼女のSNSの返信履歴から、涼香ちゃんだと思われるアカウントを見つけタップした。
アカウントを開いて確信する。間違いない。涼香ちゃんだ。
彼女は私と離れてからどんな生活を送ってきたのだろうか。
私と離れた後の事、たくさん知りたい。
どんな高校に行ったのかな。友達は出来たのかな。就職したのか進学したのか。
まさか…彼氏なんてできてないよね。
いたらどうしよう。
そう考えれば考えるほどアカウントの投稿履歴を遡る手が止まらなくなった。
いや、まてまて。今私は最悪なことを考えている。私は今日彼女ができたんだ。
もうこのアカウントは知らなかったってことにしよう。
そうだ。見れないようにSNSを消そう。
このアカウントを気にしていたって、幸せはここにないってわかっている。
わかっているけど…。
その時、涼香ちゃんのアカウントに新しい投稿が更新された。
「明後日から人生初バイト」
文章と共にハンバーガーショップで自撮りをする涼香ちゃんが写っている。
このハンバーガーショップ、今日未来が話していたバイト先と同じチェーン店だ。
もし同じ店だったら…。
私は運命を決める神様に背中を押されている気がした。
そんなはずないけど。
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