第7話 悪役
私は昨日、好きな女の子から告白をされて無事付き合うことになった。
女性同士。彼女と彼女。れっきとした恋人だ。
「まだ信じられない…」
こんな漫画みたいな展開に、私はまだ冷静になれるわけがなかった。
そして冷静にならないままバイトに来てしまった。
私のバイト先のハンバーガーショップは、女性はウンターを担当することが多い。
だけど、私は極度の人見知りということもあって大抵の時間は裏で黙々とハンバーガーを作っている。
今日のシフトは15時~18時の全くお客さんが来ない時間帯だったのもあり、注文が入らず私は上の空を決め込んでいた。
ずっと昨日の事を思い出してしまう。
告白をする佳恵の真剣な表情とか、喜びながら手を繋いできてくれた時の事とか、抱きつかれた時の事とか…。
走馬灯のように頭の中で繰り返し上映される。
そのたびにニヤついてしまう気持ちを必死に押し殺していた。
「お客さん来ないね」
「ヴァッ!?」
いきなり人に話しかけられる。私は驚いて声のする方を向く。
そこには、佐野さんがいた。
佐野さんは一個上で同じ大学の男の先輩。
人見知りの私とは正反対の性格をしていて、社交的でなんでもそつなくこなしてしまう完璧な人だ。
シフトが被る全員に話しかけるようにしているのか、いつも何かしら話しかけてくる。少し苦手なタイプの人だ。
「暇だね~」
「そ…そうですね」
「さっき注文入ったの10分前だよ?」
「はは…」
「…未来ちゃんてさ、彼氏とかいるの?」
「ぇえっ!?」
またオーバーなリアクションをしてしまった…。
「なるほどね。今日めっちゃ上の空で、たまにニヤニヤしてるからさ、もしかしたら昨日彼氏ができたばかりなのかなぁって思ってたんだけど、当たりっぽいね」
「えっと…」
「どんな人なん?あ、うちの大学?」
「えっ、違います」
「ふーん。高校の同級生とか?」
「えっと違くって…」
「まさかネット?」
「え…あ…」
「ネットなの!?めっちゃビックリ。だって未来ちゃんそうゆうの苦手そうじゃん。リアルじゃない出会いとか」
嘘がつけない自分を心の中で往復ビンタする。
「そうですか?」
「うん。だって人見知りで奥手そうだし。ネットの出会いって両方に会う気力とかなきゃ難しいじゃん」
「そうゆうもんですかね?」
「だと思ってたけど。え、イケメン?」
「え?」
「彼氏。イケメンなの?」
「えぇ…イケメン…なのかな。ていうか」
「もしかしてさ、男じゃないとか?女と付き合ってるとか?」
「え…」
私の顔が強張る。
「ははっ。冗談冗談。俺、無理なんだよね。そうゆうの。
――――きもいじゃん。同性と付き合うとか」
「…あはは」
怖くなって笑って受け流してしまう。
そんなひどいこと言わなくてもいいじゃないか。
なんてひどい考え方だ!と心の中では非難殺到していたけど
直接本人に訴えるなんて私にできるはずもなかった。
「なんで異性が好きになれないんだろうな。ああいうやつらって」
「えっと…」
「あ、やべ。店長きた。カウンター戻らないと。じゃあね」
「あ」
私は小走りでカウンターに戻る佐野さんを目で追う。
なんでカウンター空けてんだと店長に注意され、笑ってごまかしている姿が見えた。
ぼんやりとしか知らなかった佐野さんの印象はこの一瞬で最悪になった。
昨日の佳恵が私の王子様だとするならば、佐野さんは私達の物語の悪役だと思う。
—
「まず、いきなり同性愛を否定してきてさ、馬鹿にしてさ。そもそも話し方自体好きじゃないんだよね」
ベットに寝転がりながら、電話越しの佳恵に今日の愚痴を漏らす。
昨日の帰り途中、高校生の頃みたいに毎晩電話をしたいという佳恵からの要望があり無理のない範囲で毎日寝る前に通話することを再開した。
「でも、一番腹立ったのは私。反論とか説得とかできない弱虫で。ていうか、まず気にしなければいいことなのにさ。やーだな」
「まぁ仕方ないことだよ。人がこんだけあふれてるんだから、意見の3つや4つでてくるよ。それにどれが正しいとかないから。佐野さんとはこれから一生関わるわけじゃないし、理解なんて得ようとしなくていいんだよ」
「…佳恵は大人だね。高校生の時も、私がネガティブ発言するたびにいいこと言ってくれてさ…。もう数えきれないぐらいの感謝だよ…」
「何言ってんの。小さい頃から同性が好きってだけでいろいろあったし、そういうところの考えはしっかり持ててるだけだよ」
「…ごめんね。今日愚痴ばっかりで。付き合った翌日で記念すべき電話第一弾だったのに」
「ううん。ていうか愚痴とか嫌だった事とか話してくれて嬉しい。もちろん未来の気持ちを前向きにしてあげたいって思いもあるけど、それ以前に私は未来が体験した出来事とか抱いた感情とか全部知りたいって思ってるからさ」
「なんだか…恋人っぽい発言だね」
「恋人だからね」
少し気恥ずかしい。でも、幸せな気持ちになる。
佳恵は、私の心を浄化してくれた。
「じゃあ、おやすみ」
「うん。おやすみ。未来、大好きだよ」
「えっ」
「だから、好きだよって」
「えっと…うん。ありがとう」
「ありがとうじゃなくって!未来の気持ちも聞きたいの」
「えぇやだぁ。なんか恥ずかしいもん。無理」
「やだぁじゃなくって、ほら」
「えぇー。・・・私もすき」
「よくできました!」
「はいはい。おやすみ」
「おやすみ!」
通話が切れる。
私は咄嗟に両手で顔を覆ってベットでじたばたした。
そして恥ずかしい気持ちを落ち着かせる。
人と付き合うなんて今まで経験してこなかったけどこうゆうやりとりって普通なのかな?
「そっか。好きを言葉にするのって告白の時だけじゃないか」
好きと言い合うカップルはたくさん見てきて来たけど、こんな緊張しながら言ってはいなかった。こんなにいちいち緊張していたら心臓が足りない。
早く慣れないと…。
私はスマホを光らせる。
時刻は24時。そろそろ寝る時間だ。
明日は朝からシフトが入っている。
人が少ないからと言われて仕方なく入ったけど、いざ前日の夜になるとめんどくさくなってくる。
でもしょうがない。
「よし寝よう。…そっか。また明日の夜も通話できるのか。楽しみだな」
私の日常に楽しみが1つ増えた。
私は今、幸せな世界にいる。
このまま何も嫌なことなんて起こらず、ただただ佳恵を幸せに生きていきたい。
まだ始まったばかりの物語に起承転結なんていらないから。
ただただ平和に、2人で、幸せに包まれていられますように。
そう、願って目閉じた。
―
今日から4月に入る。
4月といえば出会いの季節。新しくバイトを始める学生が増える季節だ。
「おはようございます」
STAFFと書かれたドアを開ける。
「はい。おはよう」
私の挨拶に応えたのは、いつものパソコンの席にいる店長。
それと、その横の椅子に座る初めて見る女の子だった。
「お、おはようございます!はじめまして」
彼女は緊張した面持ちで勢いよく椅子から立ち上がった。
「大学1年生の大野涼香です。よろしくお願いします」
大野さんの雰囲気は、どことなく私に似ている気がした。
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