「生」の巻


 和久井先生のもとから逃げようと決めたはいいがこの手足、ないし足手である。うまく走れるかどうか。そもそも足についている腕で移動するべきか、逆立ちして腕についている足で移動するべきかすらわからない。しかも場所は山の森の中だ。森を半日さまよって道路に出れたと思ったら紫色の改造車に轢かれることも十分考えられる。


 こうしたこともあっておれは、より無難で平和で、即座にやれる方法に頼ることにした。


 説明を終えて「ではまた明日」と後ろを向いた和久井先生の首筋にかかとをぶち込んだ。先生は「ぐむ」とうなって倒れた。おれはぎくしゃくする身体を動かして隣の部屋へ行き、使い道のよくわからないコードをとって先生を縛り上げた。コードをとったのは足、縛り上げたのは手である。この人はとんでもないオッサンだとは言えやはり医師としての腕は確かで、足も手もまるで元々そこに付いていたかのように自由に動かせた。もっとも「あれぇっ、なんで足が腕に?」「あれぇっ、どうして下半身に腕が?」という違和感は脳から一度も離れてくれなかったが。 

 それから地下室を出た。廊下に置いてある電話に手を、ではなく足をかける。足で挟んで床に下ろして受話器を首に挟み、足の指て「110」を押した。


「110番です。どうされましたか」

「大変です。人が倒れています。頭を強く殴られたようです」

「どこでしょうか」

「えーっと、医師の、和久井正蔵の家です。山…………山の……………………住所はわからないんですが、この固定電話の番号から辿れませんか?」

「はい、可能です」

「よかった…………。それから、倒れている人とは別に私も……その……ケガをしてまして……」

「えぇ救急車も2台手配します。あなたはどのようなご関係で」

「先生の………………知人です」患者ですとは言えない。

「大丈夫ですか?」

 大丈夫じゃねぇよなと思ったが、「ハイ、大丈夫です」と答えた。


 パトカーも救急車も5分で来た。メッチャ早かった。実は洋館の裏の丘を越えると、すぐさま市内に繋がっているのだった。損をした気持ちになった。

 おれは警察に助けられ、先生は病院に運ばれた。メカ犬のジョンもおれの頼みで保護してもらった。洋館から出てきたおれの姿を見た警官が「ギャッ! おばけ!」と叫んだ下りや、救急車の中での隊員の皆さんの、おれとジョンを見るなんとも言えない目つきのことはこの際、省略しよう。



 こうしておれの、12時間と14日に渡る体験は、存外にあっさりと終わったのであった。



 ケガは頭頂部のハゲを除いて治っていたものの、手足が逆にくっつけられていてある意味では大ケガ状態だったため、おれは街の大きな病院の個室に入れられた。

 全身をくまなく調べられ血液検査まで受けたがどこにも異常はなかった。やはり和久井先生の技術とあのカラフルな注射はすごいものだったらしい。「病気もなく数値も異常なし、健康そのものです」と言った直後、医師がおれの四肢を見て「すいません……」と謝ってきたのでいいんですよ、と答えた。

 それでも前代未聞のケースではあるので、おれはしばらくの間このまま入院することになった。この身体で社会に戻ることは躊躇していたのでよかった。ただ、入院費はおれの身体に興味を持った各方面の医者が出してくれたらしいと聞いたときは複雑な気持ちになった。 


 おれが健康だと知るや、警察がすぐさま病室に押しかけてきた。和久井先生を殴り倒したのは一種の正当防衛ということになりそうでその点は救われた。

「和久井先生は、どうなるんでしょうかね」よれたスーツ姿の刑事におれは聞いた。

「んー、まぁ、昏倒してただけでした。意識が戻ってからとりあえず逮捕しました」

「とりあえず逮捕って」

「んー、まぁ、容疑としてはあんたの監禁つうことにしてありますね、いま屋敷の中を捜索してるんで、出てくるでしょ、なんか。その中から罪状は適当に見つくろっておきますわ」

「適当、ですか」

「あんたの手足をもいだ傷害とか、あと変な薬を人に射った薬事法とか、まぁそらへんすかね。医師免許持ってないとか屋敷から死体が出たとかなら簡単にいけたんですけどもねー」

 ずいぶんざっくりしたものだなと思った。ただこれだけのことをされて先方は無罪放免となるのもそれはそれで嫌だった。


 おれはてっきり、和久井先生が6時間に渡って語り倒した半生記は全部ウソっぱちだと思っていた。頭のおかしな医者の妄想だと。だがその警察官が言うには多少大袈裟な部分はあれど、ほぼ事実であるらしかった。

「頭がよすぎるとねー、やっぱり揉めるんですよー組織と。やっぱり妥協しないとねー。だからこーいう、変な手術とか考えついちゃうわけですねー」

 おれはそれは違うだろうな、と思った。あの人はずっとこういうことを、平たく言えば「人体実験」をしたかったに違いない。医学の、人類の未来のために。手足を入れ替えることが未来にどう役立つのかは全然理解できないけれど。

 和久井先生にこの手足をつけ直してもらうことは可能か、と聞いた。「あ、無理ですね。被疑者で被告で囚人になるんで。それは他のお医者さんにまかしてください」との答えであった。

 おれが言うのもおかしいが、こんなに細やかで正確な手術ができる人がそうそういるとは想像できなかった。「はい! 私できます!」と手を挙げるような医者がいたらそっちの方がよほど危険人物だ。

 しばらくはこの手足、ないし足手のままで我慢するしかなさそうだった。


 事情聴取があらかた終わると、今度はお見舞いである。まず親父とおふくろが田舎からやって来た。

 おれはショックを与えないよう手足を布団の中から出さないようにしていたがふとした拍子に足がぽろりと見えた。おふくろが「お前、その、腕、ウウーン」と卒倒したかと思うと親父がおれの頬を平手で叩いた。

「お前! 母さんになんてことを!!」

 おれは何もしていない。こんな状況になっても両親とは反りが合わない。抱き合って慰め合う感動的な場面を期待していたとは言わないが、もう少しこう、柔らかな再会であってほしかった。

 一組目がそんなのであったためおれはすっかりうんざりし、会社の同僚ひとりと課長と社長がセットで来たの以外は体調不良を理由に断った。そう、会社からは直々に社長が来たのである。年に数回しか顔を見せないあの社長が。

 同僚と課長はいかにもしおらしい態度で「このたびは……」などとおれに言ってきたが別に葬式ではない。ただおれの遭遇したひどい目のことを考えれば、そのくらいの態度でいてもらったほうがしっくりきた。

 その点、社長の態度はどうかと思った。

 60歳を過ぎているはずだったが、病人というかケガ人というか、とにかく入院している者に対する態度行動ではなかった。挨拶もそこそこに「ちょっと見せてくれるかね?」とこう来た。おれが足と手を出してやると「ははー、すごいねー」「ほほーう、これはこれは」「いやあー、おもしろいねー」と言うのだった。同僚も課長もそれを止めなかった。社会人として、大人としてどうかと思う。おれは彼らが帰ったあとですぐさま辞表の文面を考えた。


 やっと静かになったと思った矢先、マスコミの取材依頼が立て続けに飛び込んできた。そりゃあまぁ、「車にはねられ崖から落ちクマに襲われた男」「狂気の外科医による禁断の手足交換手術」である。他人事として考えるならこんなに興味を引かれるニュースはない。

 新聞、テレビ、ラジオ、週刊誌、月刊誌、隔週誌、隔月誌、季刊誌、ネットメディア、フリーのカメラマン、フリージャーナリスト、友人を名乗るフリージャーナリスト、フリージャーナリストを名乗る一般人、カメラを持った一般人、スマホを構えた一般人、手ぶらの一般人、突撃で名をはせる動画配信者などが病院の前や中に押し寄せた。

 おれは前述の通りほぼ面会謝絶、ただしお見舞いの物品だけはありがたくもらいます状態で通していた。看護師さんもそのへんはわかってくれていて、おれの部屋までにはマスコミや一般人は一人も来なかったが、廊下や階下から「すいません、お会いできないんです」「本人の体調がすぐれないもので」「帰れよてめぇ、警察呼ぶぞ」などの声が聞こえてきたのは数回にとどまらない。本当にありがたいことである。


 そのうちどこから聞いてきたのか、おれのスマホにメールや電話がかかってくるようになった。両親に頼んで電話番号、アドレスをそのままに新しいスマホを持ってきてもらっていたのだ。

 大半は取材依頼の連絡だったがこちとらこの手足である、メールを打つことはおろかスマホを手にとって「ハイ、もしもし」と言うことすらままならない。看護師さんにそばについていてもらって「お電話です」「うむ」と政界の黒幕のように振る舞うわけにもいかない。第一会話するのがおっくうだ。それでも液晶に友人や旧友の名前が出てくるだけで少し心がおだやかになった。一度、半年前に「あなたって鈍感ね」と言って離れていったあいつから着信がありおれはあっと叫んで出ようとしたがコール2回で切れた。あれはなんだったのだろう。


 一度、お見舞いに送られてきた花の中に、手紙が挟まっていたことがあった。

 便箋に丁寧な文字で記されたそれには、こう書かれていた。



 その節はどうも、うちの若い者がご迷惑をおかけしました。

 我々3人は幸い、軽傷で済んでおります。若い者にはけじめをつけさせておきました。

 当方がお約束を果たせなかったにも関わらず、黙っていただけているようで、本当に本当にありがたく思っております。

 ところで例の物品なのですが、あなたはあれを「動物の死骸」か何かだと勘違いされている様子でしたので、ここで訂正させていただきます。

 近年、法律の改正により、尖ったものや飛び出すものの所持に関しても厳しい時局になってまいりました。

 先日のあれは、処分に困ったそれらのものです。信じていただけるかどうかわかりませんが、一応、お伝えしておきます。

 報道によればあの後も大変だったようで、心が痛みます。どうかお体とお心を大切に、ゆっくりお休みになってください。

 なお先日お会いした際にはお顔を拝見しており、後日報道で、あなたのお名前と入院先も承知しております。

 今後も静かにしておいていただけますよう、何卒よろしくお願いいたします。


 なお、子供は無事出産いたしました。男の子でした。


         金内 拝

 


 おれは震えがきて思わずナースコールのボタンを押してしまった。「いやぁ~、昼寝してたら怖い夢を見ましてぇ~」とごまかした。そう、金内さんや金髪やケンジくんのことは、みんな怖い夢だったのである。

 

 おれは日がな一日を病院の個室のベッドの上で、スマホでネットを見て過ごした。テレビを見る気にもならなかった。横になった状態で足の親指で動かしタップするくらいはできた。

 月々の通信量を越えないようにするため動画サイトは見れないしゲームもできなかったため、テキストサイトばかり眺めていた。できるだけ馬鹿馬鹿しいサイトか、真面目な大手のニュースサイトか、ネコの画像を集めたサイトだけだ。 SNSは見なかった。おれについて何を書かれているやらわからない。

 …………とは言えこれも人のサガというやつで、何度か自分の名前で検索してみた。

 インターネットの人々は和久井先生に対しては「マッドサイエンティストじゃ~ん!」と散々にネタにしこき下ろしていたが、おれに対してはだいたい優しいコメントを書いてくれていた。「そもそも、きまぐれの軽装で山に登るのが間違い」とのまっとうな批判もあった。本当にそうである。ごもっとも。「手足が逆とかマジウケる」と書いた大学生らしい奴が不謹慎だと炎上していたりもした。いやぁ~よく燃えてるなぁ~、マジウケる~、と思った。

 そんな中で、こんなやりとりをしている人たちがいた。


「本人の写真もコメントもないってのはガード固いよね」

「マスコミも警察発表とかこの人の生い立ちとか、そういう記事しか書いてないし」


 ここでおれはおれの名前と「生い立ち」のワードで検索してみた。ゴミより役に立たないまとめ記事が山と現れたのでおれはすぐに彼らの会話に戻った。


「そりゃこうなったらマスコミへの対応どころじゃなく、寝込んじゃいますよ……」

 おれは起きている。8時起床9時就寝、手足が逆である点とつむじがあったあたりがズル剥けな点を除けば健康である。

「でもこの際だし、マスコミからたんまり金ふんだくって取材受けちゃえばいいのに」

「そうですよね、マスコミつったらとにかく無料で取材させろ、ですし……」

 それからその会話はお定まりのマスコミ非難の流れになっていった。


 ははぁ、なるほど。金をとって取材を受ける、か。

 なるほどね。

 おれはそうすることにした。



「インタビュー」と称して、取材を申し込む面々からから金をとるのだ。

 足の親指で苦労してスマホに入力した短文を病院で印刷してもらい、病院に来る取材希望者に配った。

 オークション形式である。期日を切って、手紙で「おれにインタビュー費をいくら払ってもらえるか」を送ってもらい、上位のマスコミの取材に応じる。先払い、無礼な質問や本人の体調の変化により打ち切ることもある。写真やビデオ撮影は別料金、などなどの条件を簡単に書いた。これで看護師さんたちの負担も減るはずだった。



 いちばん高い値をつけてきたのは、あるテレビ局と出版社と個人の連名であった。値段はここには書かないが、相当な金額であったことだけは記しておく。ちなみに最低金額は「僕のチャンネル💃で配信📹することで、すごく💯有名💯になれますよ😄」と書いてきた動画配信者のゼロ円だった。なにが100点だ。金を払え。



 その連名の最後に記してあった個人が、カメラマンをはじめとしたテレビスタッフを引き連れてその日、病院にやってきた。

 武士の情けで名前は出さないが、テレビのレギュラーを何本も持っていて本もたくさん出しているとても有名な男であり、おれも名と容姿くらいは知っていた。「壮絶な体験をした男性による人生相談」という体裁で、番組の中でおれの映像を使うらしい。

 もらった名刺によると彼の肩書きは



 スピリチュアルヘルスケア

 ポジティブメンタルアップリーダー

 カンパニーマネジメントラーニングプロデューサー

 PDCAサイクルスムーザー

 ソーシャルバックアップワードアドバイザー

 げんきいっぱい!日本の会 副会長

 ヒューマンライフコンサルタント

 

 であるらしい。髭を生やしつつ身なりはポロシャツに短パン、麦わら帽子をかぶっており、とてもこういうカタカナの肩書きが似合う服装ではなかった。病院に患者を訪問しに来る服装でもなかった。



「うん、それはねぇ! 学びだね! 人生の学び!」

 カメラの前でおれが一部始終を語り終えると、そいつは言った。 

「はぁ。学びですか」おれは聞いた。

「そうそう、学び! 学びがあったねぇ! キミそれ、すごい体験だよ! ボクはそういう体験を『エクスペリエンス』って呼んでるんだけどね! まさにエクスペリエンスだよ!」

「エクスペリエンスって体験って意味ですよね」

「すごく苦しかったろうね! つらかったろう! 痛かったろうね! 聞いているだけで身体が痛くなったよ!」

「いや、最初から最後まで全然痛くはなかったんですけど、聞いてましたか?」

「ひどいケガにひどい体験、どんなことにも、意味があるんだよね!」

「……そうですかね?」

 おれの腹の底にむずむずしたものが溜まりはじめた。

「そうそう、人生何事も、すべてが学び! キミがそこから何をどう学んで、どう役立てていくか! これが大切なんだねぇ!」 

「役立てる」

「そう! そうそう!」そいつはおれの顔を指さした。「役立てる! はい言ってみて、『役立てる』!」

「役立てる」

「はいそう! 病院のベッドで寝てるだけじゃなくて、『体験を役立てる』『人生すべて学び』って言葉を一日100回言ってごらん! そうするとね、100日で10000回になるよ!」

 おれの腹の中がぐらぐらと煮えてきた。おれはこらえつつ、こう言った。

「…………今日のお昼ごはんに、モヤシの味噌汁が出たんですね」

「おお! いいねモヤシ! 日々の生活に彩りがあるね!」

「そのモヤシの毛の部分がいま、奥歯に挟まってるんですよ」

「うんうん! よくあるよね!」

「そのことも、学びになって、人生の役に立つんですか?」

「………………おお! そりゃもう! なるよ! 人生の頭からシッポまで、ぎっしり学びがあるからっ!」

「それでこの」おれはかけ布団から足と手を出した。「手足が入れ替わりにくっつけられたことにも、学びや役立つことがあるとおっしゃるんですね?」

「当ったり前だろうっ! くじけちゃだめだぜ! 人生前を向いて行かないと!」

「それはたとえば、どんな学びがあるんでしょうか?」

「それはキミね! 自分の学びは、自分自身で考えて役に立てないと」


 ゴスッ。


 おれは言い終わらないうちにそいつの顔面を足でぶん殴った。

「うるせぇバカ! バーカ!!」

 おれは叫んでいた。

「勝手なことばっかり言いやがって!!」

 おれは相手に飛びかかり、頭にゴンゴンと足裏をぶつけてやった。

「そんなに貴重な体験ならてめぇが車にはねられろ! 崖から落ちてトゲトゲになってみろバーカ!」 

 おれはスタッフに足を押さえられた。おれは宙ぶらりんになったが下半身についた手でそいつの胸ぐらを掴んだ。

「ほらっ痛いか! 痛いだろおれと違って! コノヤロー! バーカバーカ! 帰れバーカ!」


 そいつはうめいて鼻血を出しながら、他のスタッフに抱えられて病室を出ていった。よかったなここが病院で。すぐ治療してもらえる。


 おれが落ち着いた後での話し合いの結果、これはおれの精神的不調が原因ということで話がついた。幸いなことに事件にはならなそうだ。この騒動がテレビで放送されることもないだろう。たぶん。 



 テレビ関係者も看護師もみんないなくなって一人きりになった病室で、おれはベッドに仰向けになった。足を頭の後ろにやる。太股というのは案外柔らかいもので、腕枕よりもいい具合だった。


 さっきは激昂したが、おれは腰を落ち着けて考えてみた。おれは律儀なのだ。

 実際問題として、この体験に、意味があっただろうか? あるいは学びや、役立つようなことが? 

 おれは「おっ神社いいじゃん」と思って軽い気持ちで階段を上りはじめた時から今現在までを頭の中でゆっくりと、じっくりと思い返してみた。

 ちなみに、おれを轢き逃げした兄ちゃんは数日後に恋人と先輩のツカグチさんに連れられてシクシク泣きながら自首してきたらしい。クマはまだあの山にいる。金内さんたちは……まぁ忘れよう。和久井先生は収監の身で、メカ犬のジョンは警察署で元気でやっているらしい。


 30分ほど前の、あの野郎を足でぶん殴るまでのシーンまでを思い返してみて、改めて思った。


 やっぱり、意味も学びも役立つことも、何もなかった。

 何もだ。

 おれはただワーッと、出来事に巻き込まれていただけである。 



 それでいいのではないかと思った。

 別にそんな高尚なものがなくても、おれは生きている。手足が逆で頭のてっぺんに髪の毛がないがそれはさておき、とりあえず生きている。

 それでいいのではないだろうか。 

 これから先、この足と手がどうなるかわからない。よほどの人物が現れない限り、この足と手を元通りにすることはできないだろう。

 でも髪の毛だけはどうにかしたい。こればっかりはちょっと……現代科学で……どうにかこう…………



 そんなわけで、おれのこの話には学びもなければ役立つこともない。ためになる情報もなければ含蓄もなく、特に意味もない。もしかすると価値もないかもしれない。そして困ったことにオチもない。

「次の瞬間、俺の脇腹にピリッと『痛み』が走った」とか、そういう広がりのある締めも残念ながらない。

 正直言うと、これがきっかけで半年前の彼女が帰ってきてくれたら大団円なのだが……ちょっと電話をかけてみようかなと思っている。



 おれの話はこれで終わりである。

 話は終わりだが、おれの人生はどうやら続いていくらしい。


 まぁ、つまりそういう感じなのであった。










 あっそうだ。

「山を舐めて登山をすると、紫色の改造車に轢かれる」という大事な学びがあった。

 そう……みんなも軽い気持ちで山登りはしない方がいい。

 さもないと、道に迷った挙げ句、改造車に轢かれることになる…………!








【完】

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