第5話 なんとかするさ

「文一。ちょっと今日のゲストについてはみんなに説明しとかないとと思うから、話してもいいよね?」

「ああ」

 今日の深山啓と木道文一は少し雰囲気が違った。いつもの楽しい奇士談倶楽部に臨む態度ではない。少し神妙そうな雰囲気を醸し出している文一というのは滅多に見られない。

「今回のゲストは僕が呼んだんだ。ただ、少し問題があってね。そのことはみんなに話ておかないと彼だけじゃなく、みんなにも迷惑がかかっちゃうから」

 申し訳なさそうに話す啓。それをみてこの会に集うみんなが真面目に聞く準備をする。

「わかった真面目に聞こう。みんなもいいな」

「うっす」

「はいよ」

 戸郷恭介と泉諒一が軽く返すが、その言葉に反して、今までやっていた動作を止め、啓の方へと集中する。

「ありがとう」

 ほっとしたように啓は笑みを返す。

 そして、バイトくんが紅茶を全員のテーブルへと用意すると啓は話し始めた。

「今回のゲストなんだけど。僕の会社、文一と僕が今いる会社に勤めてる同僚なんだよ」

「......それがどうかしたのか?」

「うん。その彼、優秀な人だったんだけど、少し、過労でね。精神も疲弊しちゃってて......その、様子が少しおかしくなっちゃってね。それでここ数ヶ月、休職してたんだけど、今月退職することが決まったんだ」

 なるほど、と得心がいった。掛けていた眼鏡を外し、レンズを拭く。

「うちはよろず相談所じゃなかったはずじゃないのか?文一」

「俺は呼んでねえ」

 文一はつまんなさそうに紅茶を呷る。

「僕が呼んだんだよ。ごめん」

 申し訳なさそうに、啓が頭をさげる。

 その姿をみてそっぽをむく諒一だった。

「それで?その同僚をなぜ呼んだんだ?」

 またおかしな雰囲気へと変わる前に啓の話をうながす。

「うん。彼は僕と文一の同期でもあるんだ。文一と業績争いするくらいに優秀でね。よく文一と張り合っては勝負してたんだ。たぶん社内で彼が一番仲良いのは文一だったんじゃないかな」

 いつもならこんなことを言われれば勢いよく反論する男が、今日はつまんなさそうにぶうたれている。こんな珍しい文一の姿を見るのは久しぶりだ。

「彼はいつも言っていたよ。困ったような笑を浮かべてって。それが口癖だったんだ。そう言って今までなんとかしてきたんだけど、本当になんとかしてきちゃったから周りからどんどん重荷を押し付けられちゃって......僕らは違う部署に移っちゃったから気づかなかったんだ」

 啓が少し悔やしそうな顔を見せる。啓にとっても不本意だったのだろう。

「その彼が実家に養生するから引っ越すらしくてね。最期に挨拶しておきたいっていってきてね。それで僕たちがこういう集まりをしているんだって話たら、それなら話たいことがあるっていってきて。それで断れなかったんだ」

「そりゃ断れないっすね......」

 全員がしんみりとしたなか、文一が口を開く。

「関係ねぇよ」

「え?」

 啓が少し驚いたように顔をむける。

「だから関係ないんだよ。どんなやつが、どんな背景があって、どんな事情で、なんて。俺らはただオカルトな話を酒の肴にして楽しむだけの集まりだ。問題はそいつが話すオカルト話が面白いかどうかだ。それだけなんだよ。そうだろ?それをいっちまったら俺たちだって......」

 肩肘つきながらぶちぶちと子供がすねたように話す彼の姿は少し寂しそうだ。だが、彼のいう通りだ。そんなことは関係ないのだ。

「文一のいう通りだな」

 諒一が珍しく文一に賛同する。そして恭介たちも賛同してそうっすよ!せっかく楽しい時間をすごそうってのにしんみりしてるのなんてらしくないっすね!といつもの元気を取り戻してきたあたりで、自分がオーナーを勤める喫茶店"四辻"の扉のベルがなる。

「オーナー。お客様です」

「ああ、バイトくん。よろしく頼む」



「......久しぶりだな、啓、文一」

「そっちこそな」

「うん。大変だったね。今日は楽しんでいってよ。公平」

 啓の案内でいつものテーブルの啓の隣に座ってもらう。

 啓の事前説明でわりと身構えていたのだが、本人はいたって普通の人だった。啓と文一の同期ということは同じく29才なのだろう。髪は整えられていて、きちっとした身なりをしていて、いつもよれよれのスーツをきている文一と業績を争うようなタイプ、というよりかはそもそも争いや競争には興味がなさそうな人間に見えた。少し苦労が顔ににじみでてきているが、それはことなのだろう。

「私の身の上話はみなさんには......」

「啓が少しは事情を話をした。けど詳しい話は俺と同様にしらんから安心しろ。お前が話たくないなら話す必要はない。俺たちはお前が話たいといっている方の話が聞きたくて集まってるだけだからな」

 ぶっきらぼうに文一は言い放つ。

 それを見て寿崎公平は困ったような笑を浮かべる。事前に説明をうけていたが、改めて自己紹介をしてもらった。寿崎公平。文一や啓と同期でエンジニアだったらしい。ただ、長時間労働や上司や客からのパワハラで限界がきてしまい、今は退職して田舎に帰るのだそうだ。まだどうするかは決めてはいないが、今抱えているもあるためあまり先のことは考えていないようだ。

「よく文一とは一緒のプロジェクトになってタスクの消化量や、成果物の納品数とかで争ってたよ。時にはどっちが資格を早くとれるか競争したりもしてたなぁ」

 懐かしそうに寿崎公平は話ている。こうしてみてみると温和で良い人そうな人間だ。だからこそそこをつけこまれてあれやこれやと投げつけられたのかもしれないが。

「全部俺が勝ってた」

「嘘をつくな嘘を......」

「僕、文一が資格取得で負けて悔しいからって焼肉バイキングのやけ食いに付き合った記憶があるんだけどなぁ」

 身内ネタで盛り上がっててそろそろついていけなくなってきたあたりで諒一がチンッとティーカップをスプーンで鳴らした。

「さてさて、盛り上がってきたところで恐縮なんだが、そろそろ本題の話にうつりたいと思っているんだが、いかがかな?」

 少し芝居かかった言い方で諒一が話を遮る。

「そうだな」

「じゃあいつもの役を文一、頼んだ」

「ああ。公平、事前に話は啓にされているな?」

「......ああ、あれのことか。聞いている。大丈夫だ。」

 そうか。と文一は息を整え、いつもの口上を伝える。


「我々は、礼儀正しく、上品に相互信頼のもと紳士的に話を聞くこととする。お前から聞かされる話は全て真実の話として例え罪の告白であろうと胸に留めることを誓っている。お前自身もここでした会話、この会にまつわる全ての話は門外不出のものとすることを誓え。いいな?」

「独特な口上だな。考えたのは文一か?面白い。誓うよ」

 余計なことをいうな、さっさとはなせ!と文一がやじを放って困ったように寿崎公平は笑った。元々こういう関係性だったのだろうというのが垣間見えてくる。


「それじゃあ話をさせてもらいたい。私の身の上話もあるから少し長くなるがいいかな?」

 全員がどうぞとうなづき、話は始まった。


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 私の事情は文一や啓から聞いたかもしれませんが改めてお話しさせてください。今回のお話しに関わる根幹なので。

 私はここ1、2年結構きつい立場にあった。日に日に高くなっていく顧客の要求に答えていくのが辛くなり、私が所属していたチームではどんどん若い子が疲弊し、離職していく。私の上司も最初は協力して改善を申し出てくれていたが、その上司も最終的には離反。離職や、顧客からの要望に応えることができないチーム運営を私に押し付けて、自分は別チームの面倒もみないといけないからと見放すようになった。そんな状況でも企業間で契約がある以上、成果は出し続けて行かなければならない。若い子は育たず、上司や先輩連中はどんどん離れていき、残ったのは中堅どころが3名ほど。最初は7人いたチームが結局は3人に。そんな状況だった私のチームは3人とも極限状態にいた。減らないタスク、毎日残業が5時間を超えるにもかかわらず、会社は知らぬ存ぜぬ。サービス残業、家に帰れずホテルに宿泊は当たり前、そんな状態だった。

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「なぁ。お前の会社どうなってんだ?」

「安心しろ。その上司はもうパワハラで懲戒解雇済だ」

「見放した同僚連中も同罪だ、覚悟しろ!って恫喝してまわる文一は怖かったよ」

「......想像もしたくないな」

 あの文一が恫喝してまわったということは、弱みもちゃんと握っていたんだろう。自分が正義だと力を持った異常者に責められるのは恐怖でしかない。

「文一には救われたよ」

「お前も悪い!なぜもっと早く俺にッ......!?」

 バンッと机を叩きながら立ち上がる文一。瞬時にハッとして気まずそうに座りそっぽをむきながら腕を組む。

「いいんだ。ありがとう。文一。続けてもいいだろうか」

「ああ、続けてくれ」

 寿崎公平に話を続けるように促す。

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 そんな極限状態も佳境を迎え、私たち3人もおかしくなっていった。幸い、さっきもいったように文一や他の仲間たちが事態を収拾するために動いてくれた。契約も顧客側がパワハラの露呈を恐れたのか、時期に打ち切り、超過分の料金請求も飲んで円満に終わるように道筋が見えてきていた。

 しかし、私は既におかしくなっていた。

 精神的に限界のきていた私にはおかしなものが見えるようになっていたんだ。

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 寿崎公平はその先を言い淀んでいた。

 その姿に啓は少し目を逸らすように俯いていた。おそらく彼は既に聞いているのだろう。事前説明を言い出したのはこれが原因なのだろう。それを察してか、誰も何も言えないまま、静寂の時が過ぎていく。そんな中でも無神経に口を開ける男が一人いた。

「おい、何が見えるようになったんだ?」

 ぶっきらぼうに言い放ったのはやはり文一だった。

「......知りたいか?」

「ああ」

「......お前はそれを知っても」

「俺がつるし上げのためにオフィスで服ひん剥いて土下座させたお前の元上司のクソ野郎でも見えてるんなら一緒に笑ってやる。だからさっさといえ」

 寿崎公平にはこれまでにそれを聞かされた人間がどういう風に自分を見てくるのか知っているのだろう。それゆえに言い淀んでいたのだろうが、そんな迷いを俺は知らんとでもいうかのようにぶった斬るのはやはり文一だった。

 今日はやけに極端な言い方をするがおそらくそれが彼なりの優しさなのだろう。

 観念したかのように一瞬項垂れる寿崎公平だった。改めてピシッと背筋を伸ばし、話を続ける。


「見えているのはな、文一。楽しそうに笑って死ぬの姿だよ」

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 毎日見えるんだ。ふとしたときの景色に、笑って死ぬ自分の姿が混じってしまう。最初は通勤をしているときに、向かいのホームに笑いながら電車に飛び込む姿だったかな。最初は自分の見間違えかと思っていたがそんなことはなかった。鏡を見ながらネクタイを締めているとそのまま笑顔で首をしめていたり、外にでていて空を眺めながら歩いているとビルの屋上から笑って落ちてくる自分がいる。

 オフィスで夜遅くまでパソコンに向かっていると突然動画ソフトが立ち上がって、笑いながら首を包丁で切る自分の動画が流れた時は絶叫をあげたよ。幸いオフィスには誰もいなかったからよかったけど。


 他にもあるぞ。会社を辞めることが決まって、ゆっくりしているときにも見えるんだ。風呂に入ろうとすると既に湯船の中で水に沈みながら、笑って息を吐き、こっちを見ている自分がいたり、交差点で赤信号の中を笑いながら駆けていく自分や、鍋を食べようとして白菜を切ろうとしたら、自分の笑った顔を切ろうとしていたのにはさすがに笑ってしまったよ。

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 ははっと笑う寿崎公平の顔には笑みはなかった。

「私は怖いんだ。その姿が徐々に自分と重なりつつあるんじゃないかと。いつか本当に、自分で自身を殺してしまうのではないかと。そして日に日にその姿に憧れている自分に恐怖すら感じてしまう」

 頭を抱える彼の心境を思うととても苦しい。

 こんな話をされて何を思えばいいのか。彼に何をいってやればいいのか。それがわからない。おそらくこれはオカルトの話ではない。彼は彼自身が異常をきたしていることを誰かに伝えたいのだ。そしてそれを知らせたいのはおそらく......

「ふーん。笑って自殺する自分の姿ねぇ」

 文一はなにやらぶつぶつ言いながら考え込んでいた。

「なぁ、恭平。怪異に自殺する自分の姿を見せるやつとかいなかったか?」

「あえっ?はい?な、なんですか?」

「だーかーら。自分の自殺する姿を見せる怪異だよ。風俗や民族系の怪談話はお前の分野だろうがよ」

 急に話題を振られた恭平は素っ頓狂な声をあげた。

「うぇ!?いや、やー、どうっすかねぇ......ぱっとはでてこねぇっす」

「そうか。どっかでそんなオカルト話聞いたような気がするんだけどな。なんだったけっかな」

「......文一、お前はなんとも思わないのか?」

 寿崎公平はあくまでもオカルト話にくくろうとする文一に問いかける。

「あ?あー。初めて聞く話だから真新しいといやそうなんだが、どっかに似通った話がありそうで、あんまり面白みにはかけるなぁ」

「そうか......」

 寿崎公平は呆れたような、少し寂しいような表情を見せた。

「あくまでもお前にとってはオカルトの......酒の肴なのだな」

 寿崎公平の言い分はもっともだった。

 こんな自分が頭おかしいやつと思われかねない話をするのにどんなに勇気がいったことか。おそらく覚悟の上で話たのだろう。プライドもあっただろう。同期の桜で、競い合った仲だ。二人の間でしかわからない感情もあっただろうに。現職から退くことになっても弱さをみせたくない相手はいるものだ。文一はその一番見せたくない相手だったのだろう。

 それでもさきほどの話では率先して動いてくれたのが文一だったから。不義理をするのはよくないと、自分が少し休むことになった理由を話しておこうと今日はプライドも何もかもを振り絞って、ここに話にきたのだろう。

「......文一。さすがにその態度はねぇと思うぜ?」

 諒一も少し良心の呵責に苛まれたのか、口を挟む。

「ああ?」

「いや、そのな?少しは察するということをだな......うぅむ」

「なんで俺らが気を遣ってやらにゃならんのだ?あ?」

「......」

 寿崎公平は閉口する。

「だってそうだろ。話を聞いて欲しいって言われたから聞いてやってんだ。それにここは奇士団倶楽部だ。人の怖い話やオカルト体験を聞いてそれを酒の肴にする場だ。こいつの話を酒の肴にして何が悪いんだよ」

「会としては文一は正しいよ?でも今回はそういう......」

「じゃあどうして欲しいんだ?なぁ公平。俺にどうして欲しいんだよ」

「俺は......別に。ただ......」

「おら言ってみろよ」

 文一が寿崎康平を煽る。

「俺は......お前には、俺がどんな状態かを知って欲しくて」

「なんだよ。俺がお前を慰めてやるとでも思ったのか?ふざけんな」

 しっしと嫌そうな顔で手を振る文一だった。

 それを愕然とした顔で見る寿崎公平。

「そうじゃない!そうじゃないんだ......くそっ......こんなやつだとは思わなかったよ。」

「あ?お前の理想を押し付けんじゃねぇよ。俺は元からこんなやつだっただろうが」

 寿崎公平はもう何も言えなくなってしまった。唇をかみ、泣きそうになるのを堪えているのが、遠目にもわかってしまう。

「文一。いい加減にしないか。さすがにいいすぎだ」

 文一の煽りにはこんなやつだからといつもは静観を決め込んでいるが、さすがにこれは言い過ぎだ。

「清隆までどうしたよ。こんな甘えん坊のガキみたいなこというかまってちゃんの肩を持つのか?」

「そうじゃない。お前らしくないぞ。なんでそこまでこんな状態の人間を煽るんだ」

「こんな状態だと?こんな状態といったか?清隆。じゃあ逆に聞くがなんだ?なぁ公平。教えてくれよ」

 寿崎公平はゆっくりと顔をあげる。理解して欲しい相手に理解してもらえずに落胆を隠せずにいる。

「......どんな状態って......さっき話たじゃないか」

「ああ、自分が笑って死ぬ姿が見えるんだろ?」

「......ああ、そうだよ。それでいつ自分もそうなるか」

「今はどうなんだよ。今もその笑って死ぬ自分はいんのかよ?」

「は?」

 寿崎公平は呆気にとられたようだった。

「俺にはさっきから楽しそうに笑って死ぬお前の姿なんぞみえやしねぇ。どころか、既に死んだ人間の顔をしているテメェの顔しかみえちゃいねぇぞ。これはどういうことだ?ああ?身も凍るようなオカルト話してくれるんじゃねぇのかよ。ここは奇士談倶楽部だぞ?」

「......文一、お前」

「啓も清隆も恭平も諒一も、てめぇら何を勘違いしてやがる。今日は楽しいオカルト話を楽しむ夜だぞ。格好の材料があるのに追求しなくてどうしたんだよ」

 文一は笑い飛ばすように激昂する。

「公平。お前は勘違いしてるかもしれねぇがお前の見てるような世界の話なんぞこっちは飽きるくらいに聞いてんだ。オカルト界隈じゃあありきたりな話さ。世界中探せばどっかに似たような話も転がってるだろうさ」

「......お前、俺がおかしい奴に見えないのか?」

 寿崎公平が一番恐れていた核心に自身で触れた。

「あ?何いってんのかわかんねぇな。こっちは青春をホラーやオカルトに捧げたそれこそ異常者の集まりだぞ。人が死んだり、恐怖する姿を見て楽しんで、誰ぞが死んだ廃墟に行っては暗がりに潜む何かにワクワクする連中だ。それに比べたらてめぇなんぞそこらの街中でうつろな顔して歩いてるサラリーマンとどう違う?あいつらも頭ん中では死にてぇとか殺してくれとか考えてるアホどもだぞ」

 恐るるに足りんわと寿崎公平のつぶやきを一蹴する。

 寿崎公平は少し呆けているようだった。

 彼がどうして欲しかったのかはよくわからないが、おそらく想定外だったのだろう。おそらく自身の悩みを話して、それでも、腫れ物を扱うような形になっても、いままでと同じような形で、友達としていてくれるかとかそういった話になるのではないかと思っていた。

 しかし、文一は彼が見えている姿なぞ問題にすらならんと。そこらへんに転がっているオカルト話で済ませてしまった。

「公平。お前のオカルト話、新しくはあるが、つまんねぇ。それが俺らにも見えるようになるか、誰かに伝染するようになったらもう一度話にこい。いまいち怖がりどころがわからねぇんだ」

「ふざけるなよ。こっちは真剣に困ってんだぞ!」

 今度は真っ当にキレ始める寿崎公平だった。

「しらねぇよ、お前が困ってるなんて。ここは精神病院でもなければよろず相談所でもねぇんだ。それこそてめぇでなんとかしろよ。てめぇの口癖だっただろ?って」

「......」

「文一......」

 啓が思わず声を出す。だが、文一は止まらない。

「いいか?何度でも言う。ここは奇士談倶楽部。いい歳した大人が子供みてぇにオカルト話を楽しむ素敵な面白空間だ。てめぇの心の病なんざしったこっちゃねぇんだよ。それによぉ。俺はさっきからてめぇに答えてほしいことがあんだよ。ぐちゃぐちゃ余計な話ばっかで差し込めなくて困ってたんだ」

 にやにやしながら文一は言う。

「......何が聞きたいんだ?」

「もう一回言うぜ?今のお前に、自分が死ぬ姿は見えてんのか?」

 全員が思わず、あっと声を漏らした。

 寿崎公平ですらはっとした顔をしていた。

「......みえて...ない」

「それじゃあつまんねぇ妄想話とかわらねぇじゃねぇか。よーし、じゃあ俺らの前でも見えるようになったらまた話に来てもいい条件に加えてやるか。それかまた別の話を持ってくるかだな。ただし、今度はもっと面白怖い話にしてくれ」

 文一は、これだから真面目くんの話はストレートすぎて捻りがなくてつまらんとぼやく。

「なぁ......文一。なんでみえないんだ?」

「あ?」

 寿崎公平は本当に不思議そうに言う。

「みえないんだ。本当に自分が笑って死ぬ姿が今はみえないんだ。嘘じゃないんだ。ここに来るまで、店に入る瞬間にもみえていたんだ」

 

 ほら、あそこだ。バーカウンターの方に立って刃物をもって自分の首を切る姿がみえたんだ。


「ほんとうに、見えたんだ。でも、なんで......」


 本当に不思議そうにみえないということを繰り返し、急に泣き、嗚咽を吐く寿崎公平だった。





 もう今日はこれ以上、会を継続できないということで締め、いまだ泣き続ける寿崎を啓が付き添い、帰してやった。いつもよりも日付も変わらない早い時間に終わったためか、他のメンバーはテーブルにそのままついて、とりあえず啓が戻ってくるのを待つ。

「なぁ、文一。お前会社でいつもあんな感じなのか?」

「あんな感じとはなんだ、えぇ?諒一」

「いや、いつも相手を煽るような言い方してんのかなって。俺はよかったぜ。働く同僚にお前がいなくて心底ほっとしている。」

「よかったな。もし取引先にお前が出てきたりしたら担当者の胃に穴あけてやんぜ」

 相変わらず腹の虫がおさまらない様子の文一だった。

「少しいいですか?」

「どうした?バイトくん。」

 バイトくんが席についている人間にコーヒーを出し終わったついでに、尋ねてきた。

「文一さんは寿崎さんがここでは笑って死ぬ姿が見えていないことがなぜわかったのでしょう?」

 細身の少し中性的に見えるバイト君が小首をかしげるように訪ねてくるその仕草が若干可愛げがあった。

「別に?わかってたわけじゃない。感で言った」

 何か根拠があって言ったと思っていたのだろうか。バイト君は珍しく口を開けてぽかーんとしてしまった。

「......お前ってやつは」

 清隆が呆れたように首を振る。

「逆にバイト君はなんで文一先輩が根拠を持ってるって思ったんすか?」

 急に振られたバイト君はえっ?ととまどっていたが、少し呼吸を整えると話始めた。

「いえ、特に理由はなかったのですが。最初は機嫌が悪そうにして、あんまり話をするつもりがなさそうだったのに、途中から急に煽るように暴言を吐いてらっしゃったんで。意図的にそうしていたのかなと。そして最後のトドメにあの言葉です。流れ的に最初からわかってやっていたのかと思いまして」

 自然に文一のあれを暴言と言い切ったバイト君に賞賛をあげたい。文一はバイト君の発言にはだいたい甘受するからぴくりとも反応しない。

 ただ、別の反応はあった。

「......あいつの目がまだ死んでなかった」

「目?」

「ああ。最後の挨拶にって今日は気張ってきたんだろ?その時点で気にくわなかったんだが、精神病んでるっつうから死んだ目で幽霊みたいな感じで来るのかと思って少し期待してたらいたって普通だ。しかも話を聞いてたら、笑って死ぬ自分の姿をみたら憧れてうれしくなってんだろ?なんて気持ち悪いやつだって罵倒を飲み込んだだけ感謝してほしいね」

 文一の罵詈雑言に熱が入ってきた。

「それに最後なら言いたいこと全部いってやるかと言ってたらあいつ生意気にも言い返してくるじゃねぇか。上等じゃねぇかと思ったね。それで言いまくってたらなんかやり返そうと頭ん中夢中で動かしてるように見えたんだよ。そういうときあいつの目がだいたい生き生きしてるんだよ。あいつは俺みたいに力じゃなくて理詰めで静かに責めてくるタイプだからな」

 啓が言ってた通り、よく争いあった仲だからなのか、相手の性質をよく理解している。この熱の入り用はそれもあるのかもしれない。

「どうせ今日来た理由の最後の挨拶というのも怪しい」

「え?」

 バイト君が少し驚いたような反応をする。それは他の人員も同じだった。

「あいつは言っただろ?って」

「......確かにそう言ってたな」

 清隆が思い返すような仕草をしながら言う。

「最後の挨拶をするような人間が、どんな状態か知ってほしいなんてのはおかしいもんじゃねぇか」

「......自分の死ぬ姿に憧れる......ですか」

 バイト君が文一の話を聞いて言葉を返す。

「どうした?何か思い当たることでも?バイト君。」

 呟いたバイト君に清隆が問う。

「ああ、いえ。自分の死ぬ姿。夢占いでよく言われることなんですが、それは自身が生まれ変わる、今の自分から変わりたいという欲求の現れというのはよく聞く話です。寿崎さんの場合、弱っている今の自分から変わりたいという思いが強すぎて見えていたのかもしれないなと。仕事を辞めてからも、いや、仕事を辞めてからもいっそう見えるようになったということはそれこそ自分を変えようと強い思いを持っていたのかもしれません」


 そして、もしかしたら、こんな自分を変えてくれるのは文一さんしかいない、と信じていたのかもという言葉をバイトくんは飲み込んだ。


「それいいな。寿崎さんの手前あんまり喜んじゃいけないかもしれんが、好意的に解釈してやれば少し俺らも受け入れやすい。それに、まだ寿崎さんが死ぬ気ではないという風にも思える」

 オカルトを愛するこのメンバーならではの受け入れ方になるだろう。それにまだ死ぬ姿は見えるか?と連絡を取る口実にもなるし一石二鳥だ。

「それが事実だとしたらだ、この場でみえなかったというのはどういうことだろうな?好意的に解釈できる事象が消えたのはいいことなのか?」

「そんなの簡単だろ」

 清隆の疑問に間髪入れずに文一が返す。

「おう、わかんねぇよ。教えろ」

「諒一先輩、なんで偉そうなんすか」

 恭介が呆れてつっこみを入れてくるが無視をする。

「もう生まれ変わったんだろ。なんでかはしらねぇがな」

 

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「すまない。啓」

「あやまらないでいいよ。公平。時々あるんだ。文一のせいでゲストと言い合いになって途中でおじゃんになること」

 タクシーを拾い、寿崎公平を家まで送り届ける車中だった。

「あいつらしいな」

 そう言い、ククッと笑う。その笑い方は彼が病む前の笑い方に酷似していた。

「少しは気分転換できたかな?」

「ああ。少しとはいわず、大いになったよ」

 ワイシャツの上のボタンを外し伸びをするように、車の後部座席で体を預けるように沈み込む。

「珍しいね。人のいる前で崩すなんて」

「そうだな。でもいいんだ。なにか、生まれ変わったような気分だから」

 彼のその顔は晴れ晴れとしていた。

 彼が泣き出した時は少し心配していたが、大丈夫なようだった。

「啓の口から伝えておいてくれ。次は20キロじゃすまさんぞとな」

「え?」

 少し驚いた。

「なんだ。忘れたのか?あいつ、負けたらいつもやけ食いするだろ?あいつを10キロ以上太らせた記録を持っているのは社内で俺だけだったじゃないか」

 にやりと笑う寿崎公平の目はやけに生き生きしていた。







 

 















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奇士談倶楽部 平 歩 @utsumiayumu

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