第50話:青砂の流れる川9(終戦)



 左右から飛び交う石や岩の暴風!

 その嵐の最中、正面からゆっくりと歩を進めるボスオークとその屈強な戦士たち。逃げ場を失くすように左右に広がり、厚みのある前後二列で前進してくる。

 その巨躯の隊列は、正に壁のごとし。

 圧倒的な重圧をもって、ゆっくりと迫って来る!

「「うわああああんん!」」

「「怖いようっ!!」」

 砦に開いた穴から覗くその重圧に、ケンタウロスの子供たちは恐怖する。

 穴だらけの無残な砦前に陣を張るケンタウロスの戦士たちは、槍を高々と掲げ猛々しくいななく!

「突撃だ! 覚悟を決めよっ!」

「「おおっ!」」

 ハルデルクの檄に呼応する戦士たち!

「ダメ! ハルさん!」

「待て! ハル殿!」

 砦に開いた穴からエルフたちが叫ぶ。

 多勢に無勢なのは明らかだ。

 ケンタウロス七名のうち、まともに戦える戦士は三名。ハルデルク、エルデルク、エムデルクの旅の三名だ。残りの四名はオークに囚われ、体力を奪われているのだ。

 しかし、ハルデルクもそれは重々承知の上だ。それでも出撃しなくてはならないのだ! そうしなければ、もっと追い込まれることになる!

「俺は単騎で正面を突く! エル・ドル・ガクは右、エム・ラグ・ダルは左を!」

「「おうっ!」」

「待って! ハルさん!」

「行くぞっ!!」

「「おおっ!」」

 ハルデルクの檄に飛び出すケンタウロスたち!


 彼らの最大の武器は機動力!

 時に時速七十キロ以上で縦横無尽に走りながら、バランスを崩すことなく正確に槍を突き立てる! 敵はついて来られず、華麗なヒットアンドアウェイで圧倒する。それが人馬一体たるケンタウロスの最大の武器であり防御だ。

 ゆえに距離を詰められ、囲まれ、ひと所に留まり、機動力を殺されたとしたら!

 筋骨逞しい体ゆえ、接近戦も肉弾戦も充分過ぎるほど可能だ。だが相手は血液に毒素を持つオーク! 留まって戦い、その返り血を浴びたら、甚大な被害を受ける可能性があるのだ。広く使う方が、勝率が高いと判断したのだ!

「出来る限り戦場を広く使え!」

「「おおっ!」」

 ハルデルクの意図理解しているケンタウロスたちは、隊列を組み、散開しながらドドドドッと大地を駆けオークたちに迫る!

「待って! ハルさん!」

「待て! ハル殿!」


「ブッヒャッヒャッヒャッ! 出テ来タネェ! 逃ガスンジャナイヨ!」

「「ブヒィッ!」」

 オークたちはケンタウロスの動きに合わせ、左右に展開しながら、迫り来るケンタウロスたちを待ち構える。

 逃がさない!

 オークの中心にいる一際大きなボスオークが喜色満面の笑みを見せる!

 その何と邪悪で醜悪な笑み!

 殺せる笑み! 敵を殺せる笑み! 肉をグチャグチャに叩き潰す快感を思い出す笑み!

 最高潮に高まる残虐性!

「足ヲ潰シテ動ケナイヨウニシナ! 後ハ思ウ存分、ブッ叩クヨオオオッ!!」

「「ブヒヒヒイイイッ!!」」

 獲物を殺すのは、石つぶてではなく!

 肉を叩き潰す感触が直に伝わる鈍器に限る!

「叩イテ叩イテ! 叩キマクレエエエエッッ!!」

「「ブギャアアアアッ!!」」

 高まった残虐性がオークたちに伝播!

 邪悪で残忍なオーラが、オークやオーガーから一気に立ち上る! その時!


 ダンッ!!

 ダンッ!!

 ダンッ!!

 ダンッ!!


「「ブヒャアアアッ!?」」

「「うおおおおっっ!?」」

「「ええ!?」」

 大気を破裂させたかのような炸裂音が、全ての者の動きを止める!

 炸裂音は北方向!

 オークたちの大ボスがいる方向!

 その場に存在した全ての者が、炸裂音の方向を見る!

「「ああっ!」」

 砦の上からその方向を見たエルフたちが叫ぶ!

「「あれはっ!!」」

 砦に開いた穴からケンタウロスの女性たちが叫ぶ!

「「おおおっっ!!」」

 突撃の状態で走っていたケンタウロスたちが叫ぶ!

「「ブギャアアアアッ!?」」

 オークやオーガーが目を見開いて叫ぶ!

「バ、馬鹿ナッ!!」

 ボスオークが愕然としながら叫ぶ!

 彼らの見つめる場所は、炎が立ち上り夜空を染めている。大火と言っても過言ではない、燃え盛る炎が!

 炎は黒煙を上げ燃え上がる。

 そこには大ボスとさらに強い戦士たちがいた場所だったが、誰もいない!

 いや、いる!

 背の高い五人の人間が。

 大火を背に、中央の一人は大きなウォーエルクに跨がり、残りの四人は等間隔に並んでいる。

「アソコニハ、大族長タチガイタハズ!?」

「ナッ、ドウナッテイル!?」

「大族長ハ!?」

「強戦士タチハ!?」

「ア、アノ火! 燃エテイル物ハ!!」

 ボスオークが気づく!

 あの燃えている物は!

 紛れもなく、オークやオーガーだ!

 大きな体が燃え上がっている!

「マ、マサカ!?」

 大族長まで!? まさかと目を疑うボスオーク。

 だが次の瞬間、それに気づく!

 炎の前に立つ四人の人影のうち、ウォーエルク横に立つ二人が生首を高々と掲げたからだ!

「「ブギャアアアアッ!?」」

 オークたちが悲鳴を上げる!

 自分たちが戦いに興じている間に、まさか! 大族長の本隊が全滅するなんて!

 しかも本隊は、こちらよりも数が少ないとはいえ、特に精強で屈強な戦士たちで構成されていたのに!

「「よっしゃあああっ!!」」

 ケンタウロスたちが叫ぶ!

 作戦どおりだ! こちらに敵の大勢力と目を集中させる間に、少数の本隊を叩く!

 やってくれた!

 神殿騎士が!

「勝鬨だ! 勝鬨を上げろ!」 ハルデルクが叫ぶ!

「「おおおおおおおおっ!!」」 呼応するケンタウロスたち!

「「うおおおおおおおおっ!!」」 砦の者たちも歓喜の声を!

 逆に、オークとオーガーたちは声もなく、呆然とする。

「「オカシラ! ドウスル!?」」

 狼狽え間抜けな質問をしたオークの一匹を、ボスオークは棍棒で殴り付ける!

 ボキャッ!! 「ゲフッ!!」 頭が胴体に埋まる!

 どうするもこうするもない!

 精強な護衛の戦士たちと、自分より強い大族長二匹がこの短時間でやられたのだ! 敵うわけないのだ! あそこにいる戦士は! ヤバい者だ!

 その戦士が! ウォーエルクを前に進め始めた!

「グゥッ、ズラカルヨッ!」

「「ブギイイッ!!」」

 ボスオークは炎の前の騎士を睨み付ける!

 そして鋭い爪で自らの腕に長い爪痕を刻む!

「ソノツラ! 覚タヨッ! 次ハ! 必ズ殺ス!!」

 それはオークの復讐の誓い! 必ず殺すことを決意した証!

 ボスオークが走り出すと、オークやオーガーたちも一斉に駆け出す! 川を取り囲んでいた魔物たちも、一斉に退く!

 その様子を静かに見つめる神殿騎士。そして長い息を吐き出した。

「ふぅーー……間に合った」

 ウォーエルクに跨がったまま、神殿騎士は退く魔物たちに安堵のため息をついた。

 危なかった!

 もう数十秒遅かったら、ハルデルクたちはボスオークと交戦していただろう。そうしたら、大族長ら本隊を全滅させても向こうのボスオークたちは怒りに燃え上がり、撤退することはなくなっただろう。

 より強く狂暴になり、ケンタウロスたちに襲いかかり、全滅していたかもしれない。

「間に合った!」

「でしし! 上手く行ったね、神殿騎士様!」

「ああ! テルもよくやってくれた!」

 神殿騎士が本隊を急襲するにあたりテルメルクの陽動があったり、さらには毒性血液の汚染浄化と衝撃的な演出のために火をつけて貰ったり、陰で動いていたのだ。

「残党は……ない」

 神殿騎士は千里眼で付近一帯から魔物たちが去ったことを確認した。

 そして砦に眼を飛ばせば、砦自体はボロボロであるものの、怪我人などいないことに安堵するのであった。

「「神殿騎士殿~~!!」」

「「コークリットさん!」」

 広場に集まった皆が、神殿騎士とテルメルクを歓喜をもって迎え入れる。

「皆さん! ご無事で!」

「そっちこそ!」「大丈夫か!?」「よくやってくれた!」

「でしし!」

 グータッチやハイタッチなど、肩や頭をグシャグシャされるなど歓喜の中でもみくちゃになり、神殿騎士は胸が熱くなる。法王庁にいた時、こんな風に出迎えて貰ったことはなかった。歓喜の渦に入れて貰えることはなかったから。

「コークリットさん!」

 馬の馬体を掻き分けて、エルフの可憐な少女が神殿騎士の腕にしがみつく。

「シスさん! 無事ですか!?」

「こっちのセリフです! ケガは!? 胸は!?」

 歓喜の渦の中で、一人神殿騎士の身を案じる少女に、戦勝の喜びとは別の暖かい喜びが広がり、胸が熱くなる。

「ふふ、大丈夫!」

「あ! 笑顔が! 少し!」

「えっ!?」

「「おお! 本当だ! 珍しい!」」

「ほ、本当に!?」

 神殿騎士は慌てて剣を手に取ると、鞘から僅かに抜いて鏡のような刀身に顔を写す。しかしその頃には笑顔は消えていて。

「ダ、ダメか……」

「いいえ! 少しずつ少しずつ! 笑顔が取り戻せていってますよ!」

「そうですね! そうですよね! やった! やったぞ! よし、よ~し!」

「やりましたね!」

 神殿騎士は拳を作って喜んでいる。

 そんな神殿騎士を見てシスティーナも堪らなく嬉しくなる。彼女自身、なぜ彼のことでこんなに嬉しくなるのか分からないけれど、自分も嬉しくて嬉しくて堪らなくなってしまう。

 そんな時、彼女の双子の弟や仲間たちも歓喜の輪の中にやってきた。

「お疲れ様でした、コークリットさん! 助かりました!」

「皆さんご無事で良かったです」

「ウム、よくやった」

「言い方っ! 何なの、ローレンのその上から目線!」

「うふふ、膨らんだ膨らんだ~~」

「くっ」 神殿騎士はそのやり取りに吹き出す。

 すると神経質そうな美青年が眉をひそめた。

「オイオイ。オークの首を、わざわざ持ってきたのか?」

「わ、本当だ!」 銀髪の美女が驚く。

 そう、神殿騎士は大族長二匹の首を持っていたのだ。

「ええ。少し気になったことがあるので解剖しようと思いまして」

「「またですか!?」」

「ええ、解剖といっても鼻腔内なんですが」

「「鼻腔内?」」

 騒いでいたケンタウロスたちも、何が始まるのかと静かになり固唾をのんで見守る。

「では開きます」

 神殿騎士は短剣に魔法をかけると、族長の鼻を真っ二つに切り開いていく。

「おかしかったんです。この族長だけ反応が鈍くて……霊視すると頭部、脳というよりはこの鼻の方に霊力が集まっているようで」

 魔法の短剣は、驚くべき切れ味で族長の生首を縦に真っ二つにしていく。神殿騎士は頭部を、まるで切り分けたスイカのように開く。女性たちは正視できず、顔を背けたり薄目で断面を見る。すると。

「「あっ!」」

 見ていた者たちはソレに気づいた。神殿騎士は呟く。

「やはり。鼻腔内に……」

「び、鼻腔内に!? 何!? 何があったの!?」 システィーナが目を瞑ったまま問う。

「フン、訊くくらいなら見よ」

「姉さん。フレラの実ほどある白い石が……鼻腔内の奥にくっついているんだ」

「え!?」

 フレラの実は直径五センチほどの多肉の果実だ。そんな大きさのものが、オークの鼻の奥にあるなんて。

 神殿騎士はそれを剥ぎ取ると、手のひらの上に乗せると皆に見せる。システィーナも目を開くと、確かにフレラの実ほどの石に驚く。

「これを割ると」

 神殿騎士は短剣を石に当てると、白い表面が削れて中からソレが姿を現す。

「「ああ! 青い石が!」」

 月の明かりを反射してチカチカと輝く青い石が!

 まるで種のように!

 美青年エルフのスランは気を落ち着けてから口に出す。

「コークリットさん。やはりこの一連のオークの事件は……」

「ええ。やはり、この青い砂粒が関わっている。しかも今回は腹部ではなく、鼻の奥……なぜだ?」

 やはり青砂が関わっていた。

 そしてその青砂は腹部ではなく鼻の奥で見つかるなんて。

 今までは魚貝類が青砂を取り込み、それを動物や人間が食べることで、腹部で石になっていたのに?

 いったい何が起こっているのだろうか?

 なぜ今回は違うのだろうか?


 しばらく沈黙して考えていた神殿騎士は皆に話し始めた。

「ハルさん、エルフの皆さん。川の遡上ですが、ここで二組に分けて①川の遡上組、②獣人の護衛組に分けようと思います」

「「ええ!?」」

 皆が驚く!

 隊を分ける!?

 なぜ!?


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ヴァチカニアの神殿騎士と森の妖精の物語 藻知 @685709-685709

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