十夜火姫の歌

 黒崖タシンの里に、岩地のクイが帰ってくることはなかった。


 その年、里にはついに雪が降らず、次の初夏はあらゆる作物が芽を出さず、わずかに芽吹いたものもひどい成長不良になったため、里の者は口々に様々なことを言った。


――あのクイがついに白の斎文ユーミを見付けられなかったのだろう。

――クイは里長の一族を恨んでいて、斎文ユーミ探しをせず逃げたのでは。

――白の斎文ユーミが里に届かなかったのだから、仕方がない。


 

 そうして次に斎文ユーミ探しに送り出す子を選ぶ。芽吹きの神、若芽神ミーンにするか、草と作物の神、千穂姫マイマにするか、里長たちは話し合う。どちらにせよ探すのは緑の斎文ユーミだ。


 不作、日照り、洪水、虫害、山火事、地震、疫病、あらゆる『悪いこと』が起こるたび、里は子どもを送り出す。

 そして、誰も帰ってはこない。




 何年か後、黒崖タシンの里の子どもたちはこんな噂をするようになる。

 里のはずれの岩地で、岩でできた大きな黒とかげに乗る女の人を見た、と。

 それは、おきのように赤々とした尾をゆるやかに振る真っ黒な大とかげで、宙を滑るように進み、その通ったあとは赤く光って焼けている。背に立っている女性は、種火石エペ探しの金槌とたがねを腰の革帯にさげ、髪の先も真っ黒な指の先も赤い火の粉を吹くという。


――それはきっと、火の神、十夜火姫エペフィヤだ。おまえたちはまだ子どもなので、見えることがあるのだろう。


 里の古老はそう言って、少し渋い顔をした。

 あの辺りは以前、火種石エペが採れたのだ。ただ、最後の岩売りがいなくなって以来、誰も見つけ出すことができない。それでよその商人から火種石エペを買い付けている。値は少しずつ上がり、いずれ里ではまかなえなくなると里長も気付いているはずだった。

 そうなれば、朱の斎文ユーミ探しに子どもを出さなければならない日が来るだろう、と古老は思う。

 神の恵みが不足しているのだから、それも、仕方がない。

 それに最近、このあたりではやけに地震が多くなってきた。


 子どもたちが話の続きをねだる。

 古老は微笑みを作り、言葉をつむぎ始める。



 十夜火姫エペフィヤ。あらゆる点火とおきの神。

 この世の新しい火はすべて、十夜火姫エペフィヤの恵みによって生まれる。


 火の化身である彼女はうたう。



――火よ、熱よ、輝いて地に隠れよ。時に種火石エペとなり火打石カリヨプとなり、おおきなものは火山となって、この大地を遠い未来まで動かしてゆくがいい。










〈了〉

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十夜火姫の歌 鍋島小骨 @alphecca_

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