藤森先生の授業
藤田大腸
藤森先生の授業
あれは確か中学二年生の頃だったと思う。二学期終了前に年末の大掃除があって、私は校舎外の清掃を担当することになった。
当時はまだダイオキシン類対策特別措置法の施行前で、学校には焼却炉があり、校内で出たゴミはそこで燃やしていた。大掃除ともなるとゴミの量は多くなるので、焼却炉で燃やしきれない分はその近くの空いた場所に集めて燃やすことになっていた。そこは敷地の端で道路に面していたから、随分と通行人と環境に優しくないことをしていたが、それが当たり前のように行われていた時代であった。
冬の寒さの中、私は体操服に着替えて草むしりや溝掃除をやったが、青空の下、冬休み直前の開放感もあって周りとワイワイ楽しく騒ぎながら仕事に勤しんでいた。思春期真っ只中の時期、ある級友と溝にエロ本落ちてへんかなあなど冗談を言って、それから女子生徒が周りにいないのをいいことに下ネタトークに発展していったが、結局エロ本は落ちていなかった。それでもモチベーションは落ちることなく、仕事をきちんとこなした。
さて、我が中学校には藤森という体育教師がいた。私の学年の受け持ちではなかったので直接関わったことはないが、体格の良さに加えて面構えはいかつく、髪型はアイロンパーマで、ジャージではなくスーツを着ていたらヤのつく職業と見られてもおかしくない風貌であった。確かバレー部の顧問だったと記憶しているが、見た目だけでなく指導も厳しい教師であり、見た目と相まって生徒たちに恐れられる存在であった。
この日、藤森先生も校舎外掃除を担当していて、焼却炉そばの空き地で落ち葉をかき集めていた。先生は喫煙者であったが、生徒が目の前にいるにも関わらずタバコを吸いながら作業をしていた。出口の見えぬ不景気に突入して世知辛い世の中になっていたが、今と比べるとまだまだおおらかな気風が残っていたのである。もっとも、いい加減であったと悪く言い換えられることもできるが。
私たち生徒も一通り外を回り終えて、集めたゴミや枯れ草は相当な量になった。焼却炉は校内で出たゴミですでに埋まっていたから、藤森先生はここで焼くから適当に置いとけと、自分がかき集めてきた落ち葉の山を指差した。
藤森先生は相変わらずタバコをふかしていたが、不意に笑みを浮かべた。
「おい、エエもん見したるわ」
そう言うなり、加えていたタバコを枯れ草へと投げ捨てたのである。
しばらくすると、煙がくすぶりだしてきた。やがて炎が姿を現して、乾ききった冬の空気を孕んで大きくなって、ゴミと枯れ草と落ち葉の山を包んでいった。
藤森先生は新しいタバコを取り出し咥えてから言った。
「お前らはタバコ吸うてへんやろな?」
私は自分で言うのも何だが優等生で通していたので、即座に否定した。周りはどうか知らなかったが、怖い先生相手にはい吸うてます、と正直に答える者はいるはずもない。藤森先生も「当たり前やわなあ」とタバコに火をつけて、白い煙を冬の空に吐き出した。
「大人になってタバコを吸いだしたら、ちゃんと火の始末はせえよ。うっかりポイ捨てしたらこんな風に火事になるぞ」
その立ち振る舞いは、まさしく教師の姿であった。
私は結局のところ非喫煙者となり、今後もタバコを吸うことは一切無いのだが、藤森先生のお言葉は今でも覚えている。中学時代には良いこと悪いことたくさんの思い出があるものの、それらを押しのけてこの大掃除で受けた藤森先生の「授業」が一番心に残っているのである。
藤森先生の授業 藤田大腸 @fdaicyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます